本記事は 5月10日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、どうもありがとうございました。


スケルツォ倶楽部
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「感動は、最初の一度だけ 」 
クラシック喫茶 「バロック 」 で教わったこと

フルトヴェングラー_シューマン_DG_0001 吉祥寺 バロック_看板 リパッティ名演集(EMI)
今日の文章は、 
A (現在 )⇒ B (過去の思い出 )⇒ A′(現在 / 続き )の
 「 三部形式 」 です。


 こんにちは、 “スケルツォ倶楽部発起人です。
 5月のゴールデン・ウイーク期間中、ある休日の午後のこと。
 数年ぶりにJ.R.中央線の吉祥寺駅ホームに立ち、そこから頭上を流れる白い雲を見上げつつ 駅を吹きぬけてゆく涼しい風に当たっていたら、やっぱり懐かしさを抑えきれず、そのままぶらりと 改札を降りてしまいました。

JR吉祥寺駅

 そんな吉祥寺駅ビルは、今、大規模な建替工事中です。
 計画どおりに 来年(平成26年 )の春 竣工すれば、その新しい駅ビルは 地上10階-地下2階建てという巨大なものになってしまうらしく、そうなったら 私のような古い世代の人間が心の裡に温めてきた 吉祥寺駅界隈の素朴な思い出などは、遥か過去へと さらに遠くへと 漂流してゆくのでしょうね。

 吉祥寺は、私 “スケルツォ倶楽部”発起人が、高校時代から 焦燥の浪人生活一年 を経て 四年間の大学生時代を通し、いずれも その通学途上の「寄り道 」ポイントのひとつでした。
 それから四半世紀もの時間が経過するうち、私自身の住まいも生活圏もJ.R.中央線沿線からすっかり離れ、今では ここを訪れることも 実は 殆どありません。
 すっかりご無沙汰にもかかわらず、この駅で降りれば 足が向く方向は 決まっています。
 それは ― 老舗のクラシック名曲喫茶「バロック 」です。
吉祥寺 喫茶バロック (2) 吉祥寺 喫茶バロック (3)

クラシック音楽鑑賞店「バロック 」
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-31-3 みそのビル2F
電  話 0422-21-3001
営業時間 12:00~22:00
定 休 日 火・水
創  業 昭和49年、私語厳禁


 喫茶「バロック 」は、私が高校生の頃から 時々訪れては、幾度となく 静かな時間を過ごさせてもらった、忘れられない場所のひとつです。
 強烈に記憶しているのは、訪問する頻度も高校時代より少し増えた、大学一年生の時の思い出です。


▼ 1982年
 大学に入って初めての前期試験を無事に終え、帰宅すれば 明日から夏季休暇という 精神的にも開放感に満ちた午後、いつものように 吉祥寺駅で途中下車した私は、ひとり「バロック 」に向かいました。

 季節は夏でした。
 店内に来客は他になく、閑散とした静かで涼しい席に坐って、顔見知りのウェイトレスさんに アイスコーヒーを注文すると、まさにちょうど 一枚のレコードが 新しくプレイヤーにかかるところでした。
 「演奏中 」のレコードが掲示される定位置 - すなわち厨房とホールを隔てているガラスの向こう側 - には、フルトヴェングラーの「シューマン 第4交響曲 」という 渋い一枚が。

フルトヴェングラー_シューマン_DG_0001 フルトヴェングラー_シューマン_DG_0002
ロベルト・シューマン作曲 交響曲第4番 ニ短調
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
音 盤:ドイツ・グラモフォン
録 音:1953年 イエス・キリスト教会


 私には 大指揮者フルトヴェングラーに対する思い入れは 特になく、これは 初めて目にするレコード・ジャケットでした。
 当時すでに19歳でしたが、私は シューマン交響曲は タイトルがついてる 「春 」「ライン 」以外の 2曲を まだよく知らない頃で、恥ずかしながら、第4番を聴くのは この時が初めてでした。
 馴染みの薄い名曲を初めて聴くというのに、こんな古い録音では イヤだなー と、正直 その時は 心の中で思いました。

 「バロック 」店内に 昔から鎮座しているイギリス製 ヴァイタヴォクス Vitavox のスピーカーからは、レコードの外周を 針が最初にトレースする音 - それはまるで 巨大な線香花火が 四方へ ばちばちと火花をランダムに飛び散らせるような、豪快なノイズ - が 聞こえてきました。

 けれども シューマンが始まった途端、その音楽の物凄い求心力に 私は 無理やり両耳を引き寄せられてしまったのです。
 1953年のベルリン・フィルの弦セクションすべての - ヴァイオリンもヴィオラもチェロもコンバスも - 楽器にぴんと張られている弦の一本一本が、演奏者たち自身の血管であり、そこには どくんどくんと血が通い、激しく脈打っていることが判りました。
 ひとつの音楽を奏でることを目的に ベルリン・フィルのメンバー全員は、恣意的なフルトヴェングラーの棒(タクト )につつかれ、転がされ、弾(はじ )かれ、ひとつの有機的な楽器と化して 鳴り響いていました。
 最初から その音楽は まったく弛緩することなく、気づいたら あっというまに第一楽章が終わってしまいました。信じられないことですが、感覚的には それは 本当に一瞬のことでした。
 続く二つの素晴らしい中間楽章を経て、やがてクライマックスの終楽章を目指して 音楽はひたすら駆け昇っていました。そう、足元は険しい山岳地帯であるにもかかわらず、そこではシューマンが遺した聖句を 熱烈に伝えることを託された演奏家たち全員が 一斉に同じ方向に顔を向け、足取りも確実に、歩幅も大きく、音楽の頂上を目指して ただひたすら勇ましく邁進する姿を描いています。
 しかも そこで フルトヴェングラーは 容赦なく さらなる加速を指示するではありませんか。すでに もう十分に ここまでのプロセスで 興奮の極みに達していた 私にとって、さらに登り切ったその頂上で 炸裂するように光り輝く 眩しい第四楽章が 遂にその姿を現した時の 内心に沸き立った高揚感は 筆舌に尽くせませんでした。
 はい、この時 私は 間違いなく「感動 」していました。
 これは 何と素晴らしい曲、また何と説得力ある演奏であろうか、この日まで これほど心を動かされた演奏には 出会ったことがない、とさえ思いました。

 「感動 」は、その日の帰り道、まだ若かった私を クラシックのレコード店へと走らせました。新しく知った、このシューマン交響曲第4番という名曲を レコードで手元に置いておかなければ なりません !
 しかし その日、レコード・ショップには フルトヴェングラーのレコードはなかったので、代わりに たまたま店頭在庫があった 比較的新しいステレオ録音の国内盤L.P.を 買い求めて帰宅しました。
 けれども それが誰の指揮で、どこのオーケストラだったか、レーベルさえ記憶していません。なぜって、貧しい学生だった私が 大枚 はたいて購入したにもかかわらず、そのレコードの演奏内容ときたら - 「バロック 」で体験した 素晴らしいフルトヴェングラー盤の感激とは 似ても似つかぬ、まったく生ぬるい ふやけた演奏だったので、これに激しく失望、若かった私は 腹立ちまぎれに 翌日すぐに 中古盤店へと足を運び、その一枚を 未練もなく 手放してしまったからです。
( 尚、そのとき売却したレコードが何だったか、その記憶は 全くないのですが、念のため、少なくとも それは EMIサヴァリッシュ / シュターツカペレ・ドレスデン盤では ありませんから。あのドレスデンの太鼓は 大好きなので、サヴァリッシュシューマン については、また別の場で 改めて、思いきり語るつもりです。 )

 さて、当時まだ19歳だった私は、この失敗(? )を振り返って、こんなふうな考えに至りました。
 きっと私は シューマンの4番に「感動 」したのではなく、実は フルトヴェングラー / ベルリン・フィルの演奏に「感動 」したのだ、と。だから 同じレコードからでなければ、あの「バロック 」で味わった「感動 」を 追体験することは出来ないのだろう。そうだ、あのレコードを探すんだ !  
 若かったです。 J.R.中央線沿線にあるレコード店 & 中古盤店をしらみつぶしに通い続けた挙句、少しばかり時間を要しましたが、たしか国立駅のディスク・ユニオンに「バロック 」で聴いたのと同じレコード = フルトヴェングラー / ベルリン.フィル(1953年、グラモフォン)盤をようやく見つけ、中古で購入することができました。
 大喜びで 自室にこもり、愛用のパイオニア70年代型セパレート・シスコン(笑 )で思い切りの大音量で鳴らしてみましたが・・・ 何故か 最初に味わった時の高揚感が 訪れてくれません。こんなはずではないのに、と思いながら聴き続けます。第4楽章の主部に突入する直前の盛り上がりは 素晴らしく、あの夏の日の午後に「バロック 」で耳にしたレコードと たしかに同じ演奏である という記憶は鮮明でしたが、しかし、私の耳は、あの日に感じた 同じ「感動 」のエクスタシーに浸ることは、許されなかったのです。

 当時まだ19歳だった私は、ここで さらに考え込みました。
 きっと、あのときの「感動 」は「バロック 」だけでしか味わえないものなのだ。そうに違いない、よし 試してみよう・・・ って、今 思えば、もはや病気かも(? )です。
 再び「バロック 」を訪れた私は、逸(はや )る心を抑えつつ アイス・コーヒーを注文するより先に フルトヴェングラー盤で「シューマンの4番を! 」リクエストしました。けれど・・・
 若かったです。 当然のことですが、やはり 最初に聴いて感じた あの陶酔は、二度と訪れなかったのでした。
 ただ、初めて フルトヴェングラー盤で「シューマンの4番 」を聴いたときに、その第1楽章で、さらに第4楽章の主部に至る序奏部で、ここで 自分が「感動した 」という記憶を 「思い出した 」だけでした・・・。



▼ 現在 (2013年 ) 
 ・・・でも、さすがに 今の私であれば、もう すでに悟りを得ています。
 そうです。「感動 」とは 極めて個人的なものであり、そして 常に一度だけしか訪れないものであるということを - 。 
 ある意味で、音楽の「感動 」とは、それまで未知だった 価値の高い作品や演奏、あるいは 解釈と、初めて出会うという「体験 」、その「驚き - サプライズ 」や「衝撃 - ショック 」に似ています。しかし それは、最初に出会った 一度限(き )りのもの なのです ( 一度限りで 空中に消えてしまう生演奏 = ライヴの価値が高い理由も、まさにそこにあるわけですが、この文章の論旨は 録音された音楽に限定しているつもりなので、そちらの話題は 脇に除(よ )けておきます、スミマセン )。
 もとい。
 ある音楽を 聴いた体験が どれほど大きな「感動 」を生んだとしても、その素晴らしさを 認識してから もう一度 同じ「感動 」を 期待して 二度目を聴いたとしても、それは「すでに知っているものを再確認 」する行為に過ぎないのです ( 但し、一度目の邂逅において気づかなかった要素、部分、見落としていた工夫などを、二度目以降に接した結果 そこで「初めて 気づき、発見する - というレベルにおいての「感動 」は “あり”と思います )。

 たしかに フルトヴェングラー / ベルリンフィル による 1953年録音「シューマン:第4交響曲 」は、たいへん素晴らしい、多くの優れた要素を含む 価値も高い歴史的名盤です。
 しかし、だからといって それは、誰が、いつ聴いても、何処で聴いても、何度聴いても、常に繰り返し「感動 」を得られるような 便利なスイッチ ではないのです。
 それは、考えてみれば 当たり前のこと。だって、「感動 」とは、音楽作品の側に存在するものではなく、音楽を享受する人間の心の側にしか起り得ない現象である、という、そんな基本的なことは、スケルツォ倶楽部会員の皆さまなら どなたもご存知の真実です。

 たとえ いかなる「歴史 」も、過去に一度しか起きたことがなかったように、個人レベルの「感動 」も また 実は同じです、決して 二度と 起きません
 思えば、 村上春樹の小説「ノルウェイの森の登場人物 直子が、主人公である ぼく(ワタナベ君 )との 身体の交歓によってエクスタシーを感じることができたのは 最初の一回限(き )りだけのことで、それを 彼女自身も悩んだ末、あれは「何かの加減で一生に一度だけ起こったこと 」だったなどと、振りかえるところに なんだか 象徴性を感じてしまいます。
 また、中井正一の「歴史の聖なる一回性 」という有名な言葉も思い出しました。「一期一会 」の本質も まさにそこにあると思います。はい、今の私なら よく わかっています。
 ・・・で、ようやく 話は 本文の冒頭まで 戻ってまいりました

吉祥寺 喫茶バロック
 この5月のゴールデン・ウイーク期間中の休日の午後、私は本当に久し振りに吉祥寺「バロック 」を訪れました。
 ・・・店内に入ると、そこは ずっとあの日のままでした。
 月並みな表現ですが、ここでは本当に 時間が止まっているのです。この貴重な空間は、まるで真空パックで保存されてきたようです。
 厨房の奥からは 「バロック 」のオーナーさん(女性 )の 優しい声が聞こえました。
「何か、リクエストはありませんか? 今なら すぐに入りますよ 」
私は ほとんど無意識に これに応じていました。
 ・・・いいえ、もはやフルトヴェングラーのシューマン4番を リクエストしようなどとは 思っておりません。あのすばらしい演奏は、もうすでに 一度 ここで「体験 」しました。私にとっては、過ぎ去りし「歴史 」です。

 お店に備えつけの蔵盤台帳を開くと、最初に 偶然目についた 一行を、なんとなく反射的に受け入れていました -  ディヌ・リパッティ。 1943年から1950年頃までの録音を集めたEMI盤があるらしい・・・
 ああ、これがいい - 「すみません、リパッティ 聴かせてください 」

 なぜ この一枚を選んだのか、自分でもわかりません。
 白血病で夭折した 若き天才ピアニスト悲劇的な生涯について、何かで読んだことがある程度の認識です。その死の2か月前に録音されたという「感動的な不滅の記録 」とまで呼ばれる、有名な「ブザンソン告別リサイタル 」盤にも、不幸なことに 好んで聴くというほどの思い入れはなく、一体どんな演奏だったか、俄かには思い出せない、実は そんな情けない私です。
 ホント 恥ずかしながら告白しますが、リパッティを 意識して聴くのは、初めてのことでした。



 スクラッチ・ノイズの 包み紙をひらくような針音の中から、目に見えぬギフトが 静かに姿を現わしていました。古いピアノの音が、「バロック 」の 決して高くない天井いっぱいにまで 満々と満ちあふれ、こぼれます。
 J.S.バッハ「主よ、人の望みの喜びよ 」  - バッハでスタートするとは 予想していなかった私にとって、これは 完全な 不意打ち で、思わず「あっ 」と声を上げていました、その素晴らしい一撃の 驚きのあまり。
 相当古い録音であるにもかかわらず、ピアノの音の粒 ひとつひとつが たった今 磨き上げられたばかりのようにつやつやと光る、なんと 美しい演奏でしょうか。

リパッティ名演集(EMI) Dinu Lipatti
ディヌ・リパッティ(ピアノ )名演集から
Side A
1.J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
2.スカルラッティ:ピアノ・ソナタ ホ長調 L.23
3.スカルラッティ:ピアノ・ソナタ ニ短調 L.413「パストラーレ 」
4.ショパン: 舟歌 作品60
5.リスト: ペトラルカのソネット 第104番 ~「巡礼の年 」第2年より
6.ラヴェル: 道化師の朝の歌 ~ 組曲「鏡 」より
音 盤:EMI、 録 音:1943、1947、1948、1950年


 タンノイ Tannoy のスピーカーからは、想像していたよりも 遥かに力強いタッチで リパッティピアノを打鍵する音が降ってきます。当時の録音技術でも これほどまでに繊細な音色を再現し得るのか - 。

 時間が止まっている この不思議な空間「バロック 」に、また こうして再び訪れることができて、ああ、本当に良かった - と思いました。
 心をこめて、どうもありがとうございます。
 数十年ぶりに、私は「再び 」 一度限(き )りの「感動 」を、ここ「バロック 」で得ました、それも わずか 一杯800円のコーヒー代だけで・・・ !

素敵な音楽を ごちそうさまでした
お支払しようと 厨房に声をかけたら、記念にと お店のマッチを 頂きました。

BAROQUE (2) BAROQUE.jpg
 このイラストのモデルは、店内の真空管アンプを手作りされたという、伝説の初代マスター 中村数一さん でしょうか ?
 今度 また吉祥寺に行ける機会があったら、訊いてみようと思ってます。
 クラシック喫茶「バロック 」! ああ、いつまでも ずっと この懐かしいお店が オープンしていますように・・・

 ↓ 本日もありがとうございました。 私 発起人 です。
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コメント

Re: unagiさま !

コメントをどうもありがとうございます! 
一度だけの感動をもらえた「音楽 」を 今になってあらためて聴きなおし、感動した当時の若かった自分自身の姿を思い出しては 感動の追体験に浸る - などという、感傷的で不健康な行為におぼれている(笑 )最近の発起人です。
さて、作曲家でもいらっしゃる unagiさまは「オーケストラの変に細かいところを聴いて喜ぼうという」ブログ “それでいいの” http://unagi596.blog.fc2.com/ の Authorでいらっしゃいます! 毎回 新たな発見に満ちた 質の高い視点に基づいた記事、楽しみにしています。また!

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

こんばんは
感動は一度だけというお話に感動しました。
いつ来るかわからない一期一会の感動かぁ・・と。

URL | unagi ID:-

たつ さま !

お便り ありがとうございます(喜 ! )。
たつ様とは もしかしたら過去のある日の午後、バロック店内で - しかも すぐ隣りの席に座って - ヴァイタヴォクスのブラームスに耳を傾けながら、一緒にコーヒーのお代わり(は 半額 )を頼んでいたかも知れませんね(笑 )。今後とも スケルツォ倶楽部へのご来場、何卒よろしくお願いします。

URL | “スケルツォ倶楽部”発起人 ID:-

NoTitle

  はじめまして
 バロックでのレコ-ド鑑賞の感想を読ませていただきました。
フルトヴェングラー指揮によるシューマンの4番に感動されたとのこと、私はこの音盤は手にしていませんが、想像がつきます。
実は11月30日にコンサートに行き、この音楽を鑑賞しました。
アマチュアオ-ケストラでしたが、楽器に突出した音もなくよいアンサンブルでした。

バロックへは、何回か寄りましたが、あのヴァイタヴォックスはいい音がしますね。
中広域がツヤツヤした音色には魅力があります。
で、フルトヴェングラーの演奏は「感動は最初の一度だけ」・・・・・そのとおりだと思います。
続けて聴くと「あの感動もうすくなった」となりかけねませんね。
この喫茶店へはこの何年も足を運んでいませんが、再度いってみたいと思っています。

 乱文で失礼いたします。

URL | たつ ID:mQop/nM.[ 編集 ]

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