本記事は 4月19日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、どうもありがとうございました。



スケルツォ倶楽部 Club Scherzo ⇒ Home
執筆するスヌーピー
短い オリジナル小説 ⇒ もくじ



短い小説 「この曲を つくったのは誰? 」

(一 )
 デスクの上に 手書きの楽譜が一枚、ふわりと載っていた。
 エム氏は、開け放したオフィスの窓の外から 暖かい四月の春風に飛ばされてきたのだろうかなどと思いながら、その譜面を手にとった。

 エム氏は 若手の音楽プロデューサー。
 結婚式や披露宴などのセレモニーや パーティ会場へ セミ・クラシックからポップスまで 顧客の要望に合わせて幅広いジャンルの演奏家を派遣したり、イベントなどの音楽演出などを手掛けていた。といっても 小規模な催しが殆どで、この音楽事務所も都内に借りてはいるものの 経営は質素で慎ましかった。自分よりかなり年上のベテラン女性事務員をひとり雇っているだけで、現場に派遣するミュージシャンや歌手などは すべて登録契約を交わしている外部の演奏家ばかりである。
 誠実な仕事を信条とするエム氏は、日頃の営業活動から 演奏家との交渉、現場の手配から後片付けや掃除まで、基本的には何でも自分自身で 忙しくこなしていた。

 手にした譜面に並ぶ音符たちが 五線の川を流れてゆく先を エム氏は 何気なく目で追った。
 それは 上下二段に書かれた 32小節という 短いピアノ曲だった。アダージョ・カンタービレ Adagio cantabile -  一見して小学生でも弾きこなせそうな 易しい面譜を眺めているうち、音大出身のエム氏は 何となくこの曲を 音に出してみたくなった。
 オフィスの入っているビルのすぐ近所に大型CDショップがあり、そこの楽器売場の広いフロアの一角に ピアノが並んでいることを エム氏は思い出したのだった。
 今日は土曜で、唯一予定されているセレモニーで使うCDの準備などは すでに整っており、一曲だけピアノの生演奏をする予定の音大生が 遅刻さえしなければ、午後から会場に行っても余裕の現場だった。
 エム氏は 事務員に早めの昼休みに出かける旨を告げると、楽譜を片手に 外へ走り出た。


(二 ) 
 エレクトリック・ギターやドラムスといった軽音楽の楽器が大量に並ぶ反対側に、ヴァイオリンや管楽器が ガラスケースの中に陳列されているフロアがあり、その一番奥にグランド・ピアノがいくつか置かれていた。イベントの演奏家を斡旋している仕事上の間接的な付き合いから、エム氏はこの楽器コーナーのマネジャーとは 顔見知りの親しい関係だった。
「もちろん いいですよ。土曜日だから売り場にお客さんも多いですし、ついでにデモンストレーションしていってくださいよ 」
エム氏は ベーゼンドルファーを弾かせてもらうことにすると、オフィスから持ってきた「アダージョ・カンタービレ 」の楽譜を 譜面台に置いた。
 
 思ったとおり、初見でも楽に弾きこなせる 技巧的には易しい曲だった。けれども わずか32小節の中で 変ホ長調ともハ短調とも判別しかねる 独特の和声進行は 初めて目にする個性的なもので、その流れの末にハ長調へ転調したかと思うと そっと途絶えるように 曲は終止する。
 既存の音楽の種類から これに似た曲を無理やり探そうとすれば、前半は 伝カッチーニ「アヴェ・マリア 」の和声進行を 多少ながら連想させるものがあり、後半の16小節は ラフマニノフ「第2交響曲 」第3楽章で使われた あの美しいコードのようだった。けれども それら綾なすハーモニーの隙間を縫って 浮かび上がってくる絶妙なメロディは、「アヴェ・マリア 」でもなく ラフマニノフとも異なる、まったく新しい曲線を描いていた。この旋律の魅力は とても言葉では表現し得ない、唯一無比のものだった。

 エム氏は、最初 音量をとても控えめに抑え、周囲にも遠慮がちに稽古していたが、二度目には ほぼ正確に弾けることを確かめた。そして一旦 椅子に浅く座り直すと、意を決したように力強いタッチで しかしテンポは逆にぐっと落とし、深く感情を込めながら 三度目を弾き始めた。これは良い曲だ と思いながら、エム氏は 何と 自分が涙を流していることに気づき、内心 狼狽した。ピアノを弾きながら泣くなんて、生まれて初めてのことだった。

 その頃には エム氏が弾いていた楽器売場のベーゼンドルファーの周りには 相当の人だかりが出来ていた。しかも驚くべきことに その場に集まった数十名の人々は、その全員が この音楽の抗しがたい魅力に感動し、泣いていた。エム氏もまた涙を拭きながら 四度目を弾き終えたものの、彼らは口々に「今の曲、もう一度 弾いてください 」、「素晴らしい 」、「アンコールお願いします 」と求め続けた。果たして このあと一体何度 この「アダージョ・カンタービレ 」を エム氏は 弾いたことであろう。

 店の出口までエム氏を見送りにきた 楽器コーナーのマネジャーもまた その目を 感動の涙で腫らしていた。
「さっきエムさんが繰り返し弾いてくださっていた曲、きっと有名な作品なんでしょうね。知らなくて 恥ずかしいんですが、あれ 誰の曲ですか 」
エム氏は 躊躇しながら 小さな声で答えた。
「実は・・・ ぼくも知らないんです 」


(三 ) 
 
その日の午後、エム氏が出向いた仕事は、内々に家族葬を営む30名ほどの親族の葬儀だった。それは、生前音楽を好んでいたという故人の好みを反映させた いわゆる「音楽葬 」で、あらかじめ親族との打合せも万全に準備されていた。
 音楽とは 生花に似ている。喜びの空間では 場を華やげる効果を発揮するのと同時に、通夜・告別式のような悲しみに沈む場所では 心を癒(いや )す浄化作用も持っている。最近では 葬儀場などへの訪問演奏の依頼も増えており、数年前まで、どちらかといえば特殊だった「音楽葬 」も もはや めずらしいものではない。

 今回のそれは、親族ひとりひとりが 故人との思い出をスピーチするという心のこもった試みで、背景に 彼らが故人と一緒に写した写真をパワー・ポイントで編集したものをプロジェクターで順次 映し出し、さらに 親族がスピーチする間、追悼の気持ちを込めて 一人一曲ずつ音楽を選び、音源のCDを エム氏がタイムリーに替えながら 会場に流すというものだった。
 興味深い その音楽は、バッハの「G線上のアリア 」や モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス 」、「レクイエム 」から「ラクリモーサ 」、フォーレの「レクイエム 」から「ピエ・イェズス 」といったクラシックの定番的名曲から、「千の風になって 」、賛美歌「主よ、身許に近づかん 」、果ては 近年話題の 佐村河内守(さむらごうち・まもる )の「交響曲第1番 HIROSHIMA 」から 浄化の終結部だけを流してほしいと、わざわざ指定してくる親族までいた。
 準備には余念はなかったものの、最後の最後 ピアノの生演奏で献花、そのあと 故人を見送り、しめやかに散会という手前まで進行していた、まさにその時、本日 派遣契約していた筈のピアノ科の音大生から「JRの信号機故障で 山手線電車の車両内に閉じ込められてしまっている、定時には着けない 」というCメールがエム氏の携帯電話に届いた。え、こんな直前になって・・・と、エム氏は心の中で舌打ちしたが、葬儀は 献花・出棺の時刻が近づいている。
 未だピアニストのスタンバイしていない楽器をにらみながら、エム氏は、やむを得ず 自分自身でピアノを弾くことに決めた。幸いにして 親族との打ち合わせ段階においても 最後の生演奏の選曲は こちらのお任せということになっている。
 衝動的に「アダージョ・カンタービレ 」を選んだ。エム氏は専門家の直感で、これほど献花の場にふさわしい音楽は稀である - とわかっていた。
 エム氏の直感どおり、その音楽の効果は絶大だった。懐かしい故人に ひとりひとりが別れを告げながら 生花を献じる中、静かに流れるピアノの調べは 目に見えない花を添えることになった。集まった参列者は 一人残らず涙をしぼり、人目も忍ばず 号泣してしまう家族までいた。

 葬儀の後、親族らは エム氏に真心からの礼を述べながら、異口同音に「最後にお弾きになった、あのきれいな音楽は 何という曲ですか 」と尋ねた。
「ええと、あれは・・・本日のために用意した オリジナルの楽曲です 」
作曲者が誰かを知らなかったとはいえ、おのれの営利ビジネス用に楽曲を無断使用してしまったということに 罪悪感を覚えていたエム氏は、とっさに本当のことが言えなかった。ずっと誠実な仕事を信条としてきたエム氏は この時 真実を口にしなかった自分自身のことを あとで責めた。


(四 ) 
 月曜日、エム氏は 八方手を尽くして 「アダージョ・カンタービレ 」の楽譜を書き置いたのが何者だったか 突きとめようとした。最初のうちは 簡単なことのように思われた。音楽事務所の関係者に決まっている、オフィスのデスクの上にわざわざ置いた者が、絶対にいる筈なのだから - とエム氏は考えていた。
 ・・・しかし、見つけることはできなかった。
 ここに 少しでも出入りする可能性のある 契約先の演奏家・ミュージシャンはもちろん、直接 音楽ビジネスとは関係ない筈の オフィス管理会社の担当者や貸主、挙句の果て、新聞配達や宅急便・宅配オフィス用品の配送業者、郵便配達員に至るまで くまなく確認したが、そんな楽譜には 誰も覚えがないという。

 「アダージョ・カンタービレ 」の価値を実感していた エム氏は 焦り出した。
 曲の作者が特定できなければ、公けに演奏できないではないか。
 それでは、質問を変えてみよう - この「曲 」を知っている人間を探せばいいんだ、と エム氏は思いついた。「アダージョ・カンタービレ 」の楽譜を PDFファイルに取り込むと、音大の同級生だった友人・知人、放送局で音楽番組を制作しているディレクターの知人、以前 エム氏の仕事を取材に訪れたことのある民放ラジオ局の番組制作者など それぞれの宛名に 楽譜のPDFを添付して「知りませんか 」メールを送信した。
 ・・・その多くが、すぐ回答を返してくれたが、皆いずれも「初めて見る楽曲の譜面だ 」、「まったく知らない作品 」と口を揃える代わり、誰しもが「アダージョ・カンタービレ 」を、「似た曲が思い出せない、独自の作品 」、「尋常でない傑作 」として絶賛していた。


(五 )
「うわ、やられた ! 」 
はやくもその週のうちに ネット規制の緩やかな動画共有サービスに、明らかにこの楽譜を演奏している動画が しかも「Adagio Cantabile 」というタイトルで アップロードされていることを エム氏は知った。
 その映像は、短い32小節の「アダージョ・カンタービレ 」全曲を 電子ピアノで弾いているプレイヤーの両手と鍵盤とを 頭上の位置から簡易カメラで撮影したらしい動画で、演奏自体は エム氏の手元にあるオリジナル楽譜に忠実で、音質も必ずしも悪くはなかった。

 軽率に 多方面へ楽譜データを撒いてしまったことを エム氏は 後悔した。配布先のどこかで データ管理の不徹底なところがあり、不心得者が面白半分に演奏映像をアップしたのだろう。 
 しかし よく見ると、そのアクセス数が すでに 10,000件を超えており、「グッド! 」も800回以上押されているのを知って、エム氏は 肝をつぶした。 コメントは ことごとく好意的なものばかり、いずれも 「これは大名曲 」、「泣いた! 」、「何て美しいのでしょう 」、「コレ、現代音楽なの? 」、「感動しました 」、「楽譜キボンヌ、どなたか 情報をkwsk 」、「この曲を聞けて、心から感謝しています 」、「作曲者って 誰? 」、「素晴らしいメロディです 」、「CD、買えないの? 」などというコメント、さらに同傾向のコメントが ずらーっと無数に並んでいる。

 この曲の「第一発見者 」である筈のエム氏は、不本意な成り行きに胸が詰まり、次に 心の中で「当り前だ 」と叫んだ。
 「アダージョ・カンタービレ 」の素晴らしさを 一番よく知っているのはオレだ ! と心の底で呟いた。
 この時 エム氏は、自分こそが この名曲の「最初の紹介者 」になりたかったのに、と無意識のうちに 考えていたことを、痛感していたのだった。


(六 ) 
 さらに翌週になると、今度は 何と「アダージョ・カンタービレ 」の 吹奏楽編曲版が複数現れた。それだけではなかった。メロディに 勝手な歌詞が付けられ、これを歌っている動画も インターネット上に投稿され始めた。いずれも 根拠なく「作曲者不詳 」などとされており、それも 一つや二つのことではなかった。
 「ヴォーカル版 」の多くは、単に 原曲のピアノ演奏の上に乗せながら歌っているものだったが、さらに時間が経つにつれ、さまざまな混声合唱によって歌われはじめたり、果ては ロック・バンド用にアレンジされたものまで登場するようになった。

 ― これは フェアではない。
 ― 常識的に 作曲者が誰だか判らぬまま演奏するようなことは 許されないだろう、と エム氏は憑かれたように 心の中で 呟き続けた。
 「作曲者が誰だか 調べても判らなかっただと? 」 - これは 自分自身に対して叫んだ。
 ― 言い訳に過ぎない!
 ― この「アダージョ・カンタービレ 」を作曲した本人は 絶対どこかに存在しているに違いないんだから!

 やがて 日本語の歌詞だけでなく、海外の歌手が外国語の詩をつけたものまで 現れた。
 かなり優れた歌詞を当てはめている演奏もあったが、中には 明らかに稚拙で 聞くに堪えない歌詞もあった。しかし不思議なことに、音楽自体の素晴らしさを損なうものは、ひとつとしてなかった。

 しかし、パソコンを前にしながら エム氏の やり場のない怒りは 治まらなくなった。
 ― 出版されていなくても 作者を敬う著作権というものがある筈だろう
 ― 芸術家の創作に対して 礼儀を尽くせ
 ― 勝手に演奏し、こんな形で 拡散させてしまった後になって、もし作曲者本人が気づいて 名乗り出たら、訴訟沙汰になってしまうではないか
 ― 「作者不詳 」と「作者がわからない 」というのは、厳密には異なる概念なんだ。
 ― 「作者不詳 」であると決めるには、複数の専門家が 研究の末に決定するくらいの周到な調査が求められるのだ。
 ― 単に「作者が誰だかわからない 」うちは、まだ調査継続中であるとして 二次利用しないことは、そんなの 演奏家として常識だろうが!

 これほどまでに 楽曲が独り歩きを始めてしまっても、「アダージョ・カンタービレ 」の作曲者が 自分から名乗り出ることは なかった。
 曲が世に知られるようになってから 数ヵ月後、ひとりの韓国人青年が「自分が作曲した 」などと名乗り出たものの、殺到したマスコミのカメラの前で この男が実は まったくピアノを弾けないという事実を露呈したため、「僭称者 」が 失笑を買っただけで終わった。


(七 ) 
 それから 数年が経過した。
 依然として「アダージョ・カンタービレ 」の作曲者は 現われないままだった。作者が判明しない以上、営利目的で レコード会社や放送局がこの曲を取り上げることは できなかったし、同様に 正式なコンサートホールのプログラムの隙間に入り込むようなことも 決してなかった。
 しかし、公けに演奏されることが皆無であるにも関わらず、インターネットの動画サイトにアップされ続ける「アダージョ・カンタービレ 」の拡散映像は、その後もどんどん増え続けていた。
 昨年の冬には オリジナル歌詞を ヴォーカロイドの人工歌唱に歌わせる動画 - ツインテールの可愛らしいアイドル・キャラクターが 草原で風に吹かれながら歌うアニメ映像を組み合わせた 手の込んだ映像 - まで登場し、素人愛好家の作品にもかかわらず 驚異的なアクセス数と支持を得て ネット上で話題になっていた。
 意図していなかったとはいえ、結果的に エム氏が「アダージョ・カンタービレ 」の楽譜を PDF画像で世に流出させてしまったことは 否定できず、彼は その罪悪感に苦しみ続けていた。 平易な弾きやすい楽曲であることも手伝ってか、ネットを通じて 楽譜のほうも すでに爆発的に広まっていた。この曲には 衝動的に弾いてみたくなるような不思議な魅力があった。
 たとえば、最近では 小学校の音楽室からは 子供たちが たどたどしく もつれる指で弾こうとする「アダージョ・カンタービレ 」が聞こえてくる。また その一方で 音大の部室からは 難易度の高い課題曲に挑む合間の 気分転換なのか、ピアノ科の学生たちまで 面白半分に これを猛スピードで弾き飛ばしては 仲間内で互いに笑い合っている声が響いてくることもめずらしくない。

 もはや この美しいメロディを知らない人など 世間には いないのではないかと思えるほどの状況になっていた。
 これを苦々しく思いつつ 日々 チェックをし続けてきたエム氏だったが、最近では いつのまにか パソコンの前に座るたび、今日は一体どんな優れた演奏がアップされているのだろうか、一体どんな歌詞が 新しく付けられているだろうか、などと、内心 気持ちが昂揚していることに 正直 自分でも気づき始めていた。

 その高揚感が頂点に達したのは、画質も音質も荒い 二つの動画が 新しく投稿されているのに気づいた時だった。
 そのひとつは、エム氏自身が 数年前 「アダージョ・カンタービレ 」の楽譜と出会い、近所の大型CDショップの楽器フロアに置かれたベーゼンドルファーで まさに初めて これを弾いた時の映像だった。たまたま楽器店にいて、エム氏の演奏を聴いていた誰かが、手持ちのスマートフォンか何かで 勝手に録画したものらしかった。
「撮られていたのか・・・ 」
でも不思議と怒りや不満の感情は 湧いてこなかった。時間も経っているせいなのか、むしろ懐かしさに近い思慕が エム氏の胸に ほっこりと 静かに灯(とも )った。

 さらに もうひとつの動画は、楽器売場での映像と 同じ日の午後 都内の葬祭場で営まれた「音楽葬 」で エム氏が「アダージョ・カンタービレ 」を演奏している様子だった。撮影カメラは、そこが葬儀場だとわかる模様を 軽率に写すことはなく、代わりに 会場の離れた場所でピアノを弾くエム氏の姿だけを 定点でとらえ続けていた。
 高性能のマイクが 遺族のすすり泣きや号泣する声を 微かに拾ってしまってはいたが、そこには 故人を悼む気持ちが 音楽への感動と 一つに溶け合った臨場感を 醸し出していた。 ああ、そう言えば あの日、献花を済ませた若い親族の一人が タブレット型の薄いパソコンを手にして、たしかにピアノを弾く自分のそばに近寄ってきた ― と、エム氏は 今 鮮明に思い出していた。
 虚心坦懐に音楽に向かっている、あの日の自分自身が演奏する姿をじっと観ているうち、エム氏は 純粋に音楽の美しさに あらためて心を打たれ、その喜びの大きさのあまり 涙が頬を伝って流れていることにさえ しばらく気づかなかった。 感動していたのだ。

 -  作 : スケルツォ倶楽部 発起人
        Copyright © Club Scherzo  All Rights Reserved.

にほんブログ村 音楽ブログ ジャズへ
にほんブログ村
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.




関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)