本記事は 3月14日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、どうもありがとうございました。



スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(41)最終回 シュトルツェまつり  

■ 今日 3月11日 は、ゲアハルト・シュトルツェ Gerhard Stolze の命日

 最後の出演作、カラヤンの映画「ラインの黄金 」撮影から わずか 4か月後 - 1979年 3月11日 - 稀代の名キャラクター・テノール歌手 ゲアハルト・シュトルツェは、再婚した妻ゲルダの故郷でもある バイエルン州の美しい景色に恵まれたドイツ・アルプスの保養地ガルミッシュ・パルテンキルヘン Garmisch-Partenkirchen で 亡くなります。
Garmisch-Partenkirchen.jpg
美しい ガルミッシュ・パルテンキルヘン Garmisch-Partenkirchen

 それは まだ52歳 5ケ月・・・その早過ぎる死は、実に 実に残念でした。
 私 - “スケルツォ倶楽部発起人 は、シュトルツェの亡くなった年には まだ高校生でした。いつも昼食を抜いて 積み立てていた なけなしのお金で入手した ショルティの「ジークフリート 」や「サロメ 」、あるいはベームの「ヴォツェック 」の国内盤L.P.レコードの中に この並外れて優れた演技者 「発見 」したつもりになっていたばかりの頃のことでしたから、その急な訃報を 読売新聞の小さな「お悔やみ欄 」で リアルタイムで知った当時は、愕然としました。
 その新聞記事の切り抜き(年月を経るうち 不覚にもどこかへ紛失してしまいましたが )には、彼がガルミッシュ・パルテンキルヘンで没したこと、最後の公演は ザルツブルクで 楽劇「サロメ 」の「第1のユダヤ人 」を演じたということが記されていたことを記憶しています。
 ヨーロッパから遥か遠く離れた東京に住む高校生が 生前のゲアハルト・シュトルツェ本人に出会える機会など ある筈もなく、それどころか カラヤン監督の映画「ラインの黄金 」を除けば、この名優が動く姿さえ 見たことはありません( その映画自体でさえ レーザーディスクになって初めて観たのは、それからさらに10年以上も後になってのこと )でした 。

 しかし、それから34年もの歳月を経ても、名優シュトルツェは、私の心の内では、まだ ぴんぴんしております。 ・・・はい、今でも日夜 歌い、演じ続けてくれています。残された音源を聴きながら 今、静かに目を閉じれば、私には 彼のステージ姿が見える気がするのです。
 ― シュトルツェが演じる 狡賢いローゲニーベルハイムで小さなヒキガエルに変身したアルベリヒのことを 追いかけていますし、恐ろしくもユーモラスなミーメは 愚痴をこぼしつつ せわしなく金床にハンマーを振り続けいつも大慌ての徒弟ダーヴィットは 大勢の群衆の中 果敢にベックメッサーに飛びかかりユダヤの領主ヘロデは 苛立ちを抑えきれずマントの紐を緩めながらテーブルの上へと王冠を投げつけ悲劇のオイディプス王は 嘆きの極限に沈みながら 母にして妻たる亡き王妃のブローチのピンを引き抜くと 迸る鮮血とともに われとわが目に何度も突き刺しています - それらの光景 ひとつひとつが、名優ゲアハルト・シュトルツェの歌い演じた録音を聴くたび、強くイマジネーションを刺激する 素晴らしい歌唱力によって、私の瞼(まぶた )に 歌い手の姿まで 鮮明に映してくれる気がするのです ― 。

■ ふと振り向くと、シュトルツェ氏が 発起人の枕元に - !

 ・・・あ、ふと振り向けば、何と 私の枕元に ゲアハルト・シュトルツェ氏 その人が、なぜかオルロフスキー公爵の衣装を着て立っているではありませんか。
シュトルツェ  「ほら、起きろよ。発起人君 ? 」
        「うわー、ゲアハルト・シュトルツェさんじゃありませんか ! ほ、本物ですか? 」
シュトルツェ  「ふふん、見てのとおりさ 」
        「お、お会いできて 光栄です ! 」
シュトルツェ  「きみの『スケルツォ倶楽部 』、ボク全部 読んでるんだからね 」
        「ほ、ほんまでっかー? 」
シュトルツェ  「ほんま ほんま(笑 )、特に『ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く。』なんかは 欠かさずにだよ。それにしても、これ 長い連載だったよね、そこそこ楽しませてもらったよ 」
        「くーっ、感激で 言葉になりませんっ 」
シュトルツェ  「だから 今宵は特別に、発起人君に何か 歌ってあげちゃおうかなーって 」
        「そ、そ、そ、それは また、また なななんと素晴らしいご提案を ! 」
シュトルツェ  「まあ 落ち着けったら。さーて、ボクに 何を演(や )ってもらいたいかな? 『 七つのヴェールの踊り 』以外 だったら(笑 )何でもいいぞ。さあ、リクエストを びって 」
        「ええと・・・ うう でも困ったなあ、聴きたい演目が いっぱいありすぎて・・・ 」
シュトルツェ  「まあ 遠慮するなよ 」
        「では、あの・・・ もしかしたらシュトルツェさんのレパートリーじゃないかもしれないんですけど、よいですか 」
シュトルツェ  「 (興味深そうに )何を聴きたいって? 」
        「ええと、たとえば 貴方の真摯な表現力で バッハ『マタイ受難曲 』福音史家を 歌ってくださったらなあーって 」
シュトルツェ  「ふんふん、いいけど エヴァンゲリストレチタティーヴォだけが 延々と続くんじゃ、あまり面白くはなかろう 」
        「それでも良いんです。 ・・・あ、でも ベートーヴェン交響曲第9番 終楽章独唱テノールが登場するところ、一度 シュトルツェさんの声で 聴いてみたかったんですよ、中間部の『ア・ラ・マルシア 』以下のパートを -  」
シュトルツェ  「ふんふん、シンバルやトライアングルが 輝かしくマーチング・リズムを刻むところ、男声合唱を伴なってテノール・ソロが歌い出す部分だな 」
        「そう、そうです。 ・・・あ、でも 実は シュトルツェさんの声で ドイツ・リートも聴いてみたかったんですよね。特にシューベルト 『 魔王 』、『潜水者 』、『人質 』といったバラード、さらに歌曲集『美しい水車小屋の娘 』、『冬の旅 』、それから やっぱりシューマンヴォルフも・・・ 」
シュトルツェ  「Jeeeetzt ! 発起人君、少しは遠慮しろよ 」
        「だって 今、遠慮するなって 言ったくせに。 ぶつぶつ・・・ 」
シュトルツェ  「Was ? 」
        「い、いえ、何でもありません 」
シュトルツェ  「ボクには 時間があまりないんだから 」
        「で、ですよねー 」
シュトルツェ  「2、3曲だったら サービスするからさ。ほら、もういい加減に 決めておくれよ。 」
        「ええと、それでは( 意を決し )私が 今まで シュトルツェさんの歌唱で 一番聴きたかった曲を - 」
シュトルツェ  「決まったの? 」
        「はい、マーラー交響曲『大地の歌 』を お願いします! 」
シュトルツェ  「了解 ! それなら奇数楽章 全部 歌ってやろう 」
        「うわ、ありがとうございます! 」
シュトルツェ  「じゃ、発起人君には そこの楽団を指揮してもらおうかな 」
        「ガクダンですって? 」

 ・・・気がつくと、ここはゾフィエンザールのステージです。
 いつの間に渡されたのでしょうか、すでに私の手にはタクトがあり、しかも自分は パジャマで指揮台の上に立っています。見下ろせば目の前に ベストメンバーを揃えた ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が待機しており、コンサートマスターは かつて 若きヴァントや キャリアも駆け出しだった頃のサヴァリッシュまで 悔し泣きさせてしまったという伝説をもつ強面(こわもて )のウィリー・ボスコフスキーが、そして その隣には ヴェラーヘッツェルヒンクキュッヘルなど錚々たる顔ぶれが ずらりとヴァイオリンを構え、一段高い所に立つ私のことを 見上げているではありませんか。物凄いオーラです、足がすくみました。
        「・・・無理です。カラヤン、呼んでください 」
シュトルツェ  「じゃ 今日は もう歌わねえ 」
        「え、そんなぁ 」
シュトルツェ  「ふふん、大丈夫だよ 発起人君。 だって 『 誰でも好きなように振舞うのが、僕の国のルール 's ist mal bei mir so Sitte : Chacun à son goût ! 』 だからね ! 」

と、微笑みながらウインクしてくれるシュトルツェ氏は、オルロフスキー公爵のいでたちのまま、私が立つ指揮台の すぐ左側にスタンバイしています。

 ・・・ええい、もう どうにでもなれっ。
 それでも さすがに 素人が偉そうにタクトを振るのだけは自粛、長い指揮棒だけは譜面台に返したものの、その代わり 私は指先を伸ばして両手を挙げ、おそるおそるベルガーアルトマンのほうに アウフタクトで出の合図をさせて頂きました。
 その瞬間 ウィンナ・ホルンが恐ろしい勢いで咆哮、これに一糸乱れずウィーンフィルの弦セクションが唸りを上げます。指揮台にまで飛んできた松脂の煙は ボスコフスキーの弓からでしょうか。私は 大あわてで拍子を取りながら、ウィーン・フィルの後から 必死に追いかけることとなりました。

グスタフ・マーラー作曲
交響曲「大地の歌 」 - 
第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌 」
 -
 
Schön winkt der Wein im gold'nen Pokale, / Doch trinkt noch nicht, erst sing' ich euch ein Lied !
 絶妙なタイミングで 間髪も入れずに歌い出すゲアハルト・シュトルツェ氏、入りの第一声は オーケストラの音を遥かに突き抜け、ゾフィエンザールの隅々にまでダイレクトに届くのが目に見えるようです。この「大地の歌 」有名な冒頭は、管弦楽が大音量のあまり 肝心のテノール歌手の声が埋もれてしまうことでも知られています。それなのに、あぁ・・・この声です、しかも絶好調のシュトルツェにしか聴けない 芯の通った声、それは もはや凡百のヘルデン・テノールを超えた 圧倒的な声量でした - 。
Seht dort hinab ! / Im Mondschein auf den Gräbern・・・ 」 あたりまで来ると、そこはベルクの楽劇「ヴォツェック 」に登場する ラングザムでグーテルメンシュな「大尉 」が 一兵卒ヴォツェックに罵声を浴びせるときのように エキセントリックな表情です。
 歌詞の中に登場する「墓にうずくまって絶叫する猿の姿 」とは誰あろう、それこそが 高々「100年未満の寿命しかない 」 卑小な わたしたち人類の姿 に他ならず、自己嫌悪にも似た忌避する感情を 唾棄するように激しく表出するシュトルツェ氏の 声の演技力・・・。

第3楽章「青春について 」 -
 東洋的な五音音階を駆け上がる魅力的な木管セクションには シュルツシュミードルといった名手の顔が並んでいます。よくよく見れば、トライアングルを小さく叩いている打楽器奏者は フランツ・ブロシェクではありませんか。
 八分音符で昇降を繰り返す 柔らかい木管の波に乗って、シュトルツェ氏は 自由自在に裏声まで駆使して諧謔たっぷりの歌唱、それは まるで「ニュールンベルクのマイスタージンガー 」の徒弟ダーヴィットが 騎士ヴァルターに「作詩を志す者の心得 」を語りまくる時の あの得意気な表情(最近では「ドヤ顔 」というらしい )ですが。

第5楽章「春に酔える者 - 
 はい、スケルツォ倶楽部 会員の皆さまなら ご記憶でしょうか、私 発起人拙作「タイタニック船内サロンにおける、グスタフ・マーラーを追悼する 架空の音楽会 」の登場人物で 酔っ払いの天才ピアニスト パーシー・テイラー翁が、自分でピアノを叩きながら唄った一曲、それこそ マーラーが生前に遺した 最後の男声歌曲であったことを。
 予想外に不思議な転調を 次々と繰り返すテノールの難曲としても知られていますが、これを完璧な音程で歌いこなすシュトルツェ氏の素晴らしさ。 特に、花の中で笑う鶯(うぐいす )が春の到来を告げるという部分 - そこは まるで無邪気なときのミーメちゃんのようなかわいらしさ - そして「俺を起こさず このまま酔わせ、放っておいておくれ ! 」と、酔っぱらいが絶叫する しめくくりの素晴らしさ、そこは まるで R.シュトラウス楽劇「サロメ 」で 高飛車に お酒のお代りを求める 分封領主ヘロデの張り上げる、力強くも空っぽな虚勢にも似て。

シュトルツェ  「お疲れさま。発起人君、なかなかの指揮者ぶりだったぞ 」
       「そんな・・・それより 素晴らしい 本当にヴンダーヴォルな・・・ 私が 三十年来 ずっと想像していたとおりの ― いえ、それ以上の歌唱に 圧倒されました 」
シュトルツェ  「ありがとう。今の演奏、ジョン・カルショーが録音していたよ、プレイバックを聴いてみたいな 」
       「録音といえば、カラヤンバーンスタインイスラエル・フィル )もショルティも、『 大地の歌 』のレコーディング といえば いずれも テノール独唱は なぜか 皆 ルネ・コロですよね。どうしてシュトルツェさんを起用しなかったんでしょう? これほどまで声質に楽曲が合ってるというのに ! 」
シュトルツェ  「ボクも そう思うよ(笑 ) 」
        「誰からも 声が かからなかったことはないでしょう? コンサートだったら 実演では歌ったこと あるんじゃないですか? 」
シュトルツェ  「いや、実は 知らないんだな 」
        「そりゃまた 何でですか? ご自分のことでしょ? 」
シュトルツェ  「ふふん、だって これは 君のだからね 」
        「え? こ、これって まさか だったんですか? 」

その瞬間、目の前には すでにシュトルツェ氏の姿はなく、ウィーンフィルゾフィエンザールも消えてしまっていました。
        「そ、そんな・・・急に消えるなんてヒドイですよ、シュトルツェさん。もっと訊きたいことがあったのに ! 申し上げたいことがあったのにー ! 」
あまりにも大きな失望と取り返せない不満のあまり、激しく泣きながら 枕を叩く私 発起人のベッドの隣で寝ていたも、この騒ぎに目を覚ましてしまいました。
       「アナタ 大丈夫? 悪夢にうなされているようだけど 」
       「え、いや・・・必ずしも悪い夢じゃなかったんだけど - 」
       「悪夢に決まってるじゃないの、そんなにぼろぼろ泣いて 」
       「夢まくらに ゲアハルト・シュトルツェさんが立ったんだ 」
       「ああ、アナタの好きな ハゲのテノール歌手
       「ハ、はげ言うな、失礼な 」
       「そうかー 良い夢だったようね。あ、そういえば 今日 ― 3月11日 - って ゲルハルト・シュトルツェさんの祥月命日じゃない? アナタ、わたしが代わりに聞いてあげるわよ、シュトルツェさんに 何を言い残したかったのかしら? 」

 と、そんな めずらしく優しい妻の言葉に、は ふと思い直し、たった今まで間近に接していた(って夢でしたが 笑 )シュトルツェ氏の印象と記憶も鮮明なうち 心の裡(うち )に湧き起った 感謝の念を 無心のまま口にしたのでした・・・。

スケルツォ倶楽部_ゲアハルト・シュトルツェ(ダーヴィット_1956年 ) スケルツォ倶楽部_ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く。 スケルツォ倶楽部_ゲアハルト・シュトルツェ(1953年 ) Gerhard Stolze_0001
 -  天国の ゲアハルト・シュトルツェさん
 今、私は 心から あなたに お礼を申し上げます。
 私は あなたに教えて頂いたおかげで、
 ワーグナー、R.シュトラウス、ベルク、オルフ など
 ドイツ舞台芸術の奥深さの一端を学び、知ることが出来ました。
 どうもありがとうございます! シュトルツェさん。
 あなたの活動期間は 必ずしも 長いものではありませんでしたが、
 その尊いお仕事、遺されし数々の優れた演技歌唱(の録音 )への
 深い感動と一緒に、
 あなたという 偉大な 「役者 」「演技者 」の存在を、
 私だけは、生涯 決して忘れることはないでしょう・・・ ! 


■ お墓参り
 ハンス・クナッパーツブッシュ、カール・ベーム、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ゲオルグ・ショルティなど 偉大な指揮者たち、そして カール・オルフなど 偉大な作曲家にも高い評価を受けた 稀代の名優ゲアハルト・シュトルツェ Gerhard Stolze が 亡くなって、早くも34年の歳月が流れました。

シュトルツェのお墓_Friedhof Garmisch
http://www.knerger.de/html/stolzegemusiker_64.html より
 そして、これは 偉大な才能が眠る 美しいガルミッシュ墓地のお墓の近影です。この同じフリードホフ・ガルミッシュには、縁(ゆかり)も深い R.シュトラウスも( ! )埋葬されているそうです。
 お参りはこちらから情報元 運営者の皆さまにも深く感謝を申し上げます ) 
 ・・・心より合掌

墓碑銘_Friedhof Garmisch Das Geograph-Projekt_Zugspitze von der Zugspitzbahn in Garmisch-Partenkirchen

連載終了 2013(平成25 )年 3月11日
「名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く 」 - 文章 “スケルツォ倶楽部”発起人

⇒ 最初から読んでくださいますか


■ 参考資料(以下、順不同 )

・各項に掲載、紹介させて頂いたLP、CD(一部DVD )および それらに添付された解説書 / 対訳書

・最新名曲解説全集‐昭和54~57年度版(音楽之友社 )

・スタンダード・オペラ鑑賞ブック[3]ドイツ・オペラ(上 )(音楽之友社 )

・スタンダード・オペラ鑑賞ブック[4]ドイツ・オペラ(下 )(音楽之友社 )

・「オペラ・ディスク・コレクション新版 」野崎 正俊(アートユニオン )

・「ドイツ・グラモフォン完全データ・ブック」ONTOMO. MOOK.(音楽之友社 )

・「バイロイト音楽祭の100年 」ジョフリー・スケルトン著/山崎敏光=訳(音楽之友社 )

・「レコードはまっすぐに ― あるプロデューサーの回想 」ジョン・カルショー/山崎浩太郎=訳(学習研究所 )

・「ニーベルングの指環 ‐ リング・リサウンディング 」ジョン・カルショー/山崎浩太郎=訳(学習研究所 )

・「ニーベルングの指環 その演出と解釈 」ディートリヒ・マック/宇野道義・檜山哲彦=共訳(音楽之友社 )

・「中世・ルネサンスの音楽 」皆川 達夫(講談社学術文庫 )

・「迷走する音楽 」宮下 誠(法律文化社 )

・「ヘルベルト・フォン・カラヤン 」リチャード・オズボーン / 木村博江=訳(白水社 )

・「カラヤン 全軌跡を追う 」ONTOMO. MOOK.(音楽の友社 )

・ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ自伝「追憶 」 實吉晴夫・田中栄一・五十嵐蕗子=共訳(メタモル出版 )

・「ギリシア悲劇物語 」H.R.ジョリッフ / 内村直也=訳(白水社 )

・「オセロー 」ウィリアム・シェイクスピア / 福田恒存=訳(新潮文庫 )

・「サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇 」オスカー・ワイルド/西村孝次=訳(新潮文庫 )

・「フロイトの方法 」牧 康夫(岩波新書 )

・新約聖書‐新共同訳(財団法人 日本国際ギデオン協会 )

・世界の生活史24「イエス・キリストの時代 」アシェット版/福井芳男・木村尚三郎=監訳(東京書籍 )

・ 図説・聖書人物記-絵画と家系図で描く100人の物語 R.P.ネッテルホルスト /山崎正浩=訳(創元社 )

・とりわけ 以下 4つのサイトのデータ資料は、たいへん参考になりました。

1.バイロイト音楽祭公式サイトBayreuther Festspiel → Performance Database 最近更新され、出演者アーカイヴが検索しやすいです。http://www.bayreuther-festspiele.de/fsdb_en/personen/347/index.htm

2.メトロポリタン歌劇場 公式サイト(Met.Opera.Database.→ Stolze.G.のSearch Results ) http://archives.metoperafamily.org/archives/frame.htm

3.ミュンヘン・オルフセンター http://www.orff.de/index.php?id=73&L=1

4.Kさんの「The Archives of Herbert von Karajan」http://www.karajan.info/

過去の歌劇上演記録を 時系列で確認するのに、上記4つのサイトは 本当に役立たせて頂きました。この場を借り、深く 深く感謝を申し上げます。


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- 余計な あとがき  
 さて、本稿「ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く。 」は、もともとシュトルツェ没後30年にあたる記念年(2009年 )の秋には、すでに その原型を書き上げていました。
 その頃、私 スケルツォ倶楽部 発起人 は、まだブログなるものを 始める前で、拙文発表の場を求める さすらい人 でした。そんな時、埼玉県在住の ある音楽愛好家の方が個人で運営されていた 音楽の(・・・というより CDについての )ホームページがあり、そこで少しお世話になりました( 「架空のシューベルティアーデ 」と、「アフター・シュトラウス & “バイ・シュトラウス ” 」の原型も 当初は そちらで発表させて頂いた文章です )。 しかし さすがに この「シュトルツェ伝 」は「長すぎる 」という理由で掲載を却下され、「自分でホーム・ページを立ち上げて、そこで発表すればよいではないか 」などと、お言葉こそ丁寧でしたが 毅然と断られてしまったものです。
 けれど それもそうだなと、この一件が 本ブログ“スケルツォ倶楽部 ”誕生のきっかけともなったわけですから、今 そう考えれば 感謝の念さえ湧きます。
 ・・・そういうわけで、この文章「ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く。 」を発表することが、実は 私たちの“スケルツォ倶楽部 Club Scherzo ”運営の ひとつの「目的 」でもあり、このたび めでたく本稿(最終回 シュトルツェまつり )の投稿をもって、ささやかな「自己満足 」が達成されました。拠って これをもって その役割を - 当初の目的を - 終えた、と感じております。
 少し休んで、スケルツォ倶楽部 Club Scherzo を これからも続けるかどうか じっくりと考えてみようかなー などと思ってます。


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