本記事は 2月 6日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部 Club Scherzo ⇒ Home
発起人の ディスク・レヴュー
 ⇒ Novel List
「気分がふさいでいるときは、いつも 新しいレコードを何枚か買うことにしてるんだよ 」
▲ 「 レコード買うと 元気がでるよ。
    落ちこんだときには いつも新しいレコード 買うんだ・・・ 」


宮澤賢治の印象を 音楽で描く
冨田 勲: イーハトーヴ交響曲 Symphony IHATOV
に、初音ミクが 起用された意味とは 

宮澤賢治 ©林風舎. 冨田勲(Roland) 初音ミク(H.M.O. )
(左から )宮澤賢治( ©林風舎 )、冨田勲(Roland )、初音ミク(H.M.O. ) 

■ まえがき 「タワーレコード渋谷果樹園” 収穫日記 」
  TOWER渋谷【7F】CLASSICAL、NEW AGE RELAXATION、AMBIENTELECTRONICAAVANT-GARDE
 つい先週のこと。
  1月30日(火 )、ANAインターコンチネンタルホテル東京( 旧:東京全日空ホテル )で 午後6時から開かれる賀詞交歓会の乾杯までに、無理すれば 1時間ほど余裕がつくれることに気づいた 私 “スケルツォ倶楽部”発起人、衝動的に 地下鉄半蔵門線渋谷駅で途中下車、タワーレコード渋谷店まで全力疾走。
 息を切らしながら、タワーのエレベーターに飛び乗るのも 一年ぶり位かもしれません。一瞬 躊躇しましたが、時間がないので 今回はロックやジャズの物色はあきらめ、一気にクラシックのフロアまで昇ります。
 しばらく来ないうち、レジの位置・棚の高さや配置など 随分変っていたことにびっくり。 
 春の祭典、火の鳥(ソヒエフ オルケストル・ナショナル・ドゥ・キャピトル・デ・トゥールーズ )Naïve
 ソヒエフ / オルケストル・ナショナル・ドゥ・キャピトル・デ・トゥールーズによる ストラヴィンスキー「火の鳥 」c/w「春の祭典 」(後者はDVD映像付き )が収められたNaïve盤とか・・・ 
 Quatuor Ebene(Virgin )
 メンデルスゾーン姉弟弦楽四重奏曲( 弟フェリックス作曲の 第6番ヘ短調は 姉ファニィの逝去を悼む慟哭 )が聴けるエベーヌ弦楽四重奏団 Quatuor Ébène による 注目の新譜(Virgin Classics盤 )とか・・・ 
 コルンゴルト_劇音楽_Much Ado About Nothing_Ondine
 コルンゴルト劇音楽「空騒ぎ Much Ado About Nothing 」全曲(!) 世界初録音(Ondine )盤・・・
 ベートーヴェン「かんらん山上のキリスト 」DENON( COCQ-84912
 また国内盤では オイロディスク原盤 コッホ / ベルリン放送交響楽団・合唱団による ベートーヴェン唯一のオラトリオ「かんらん山上のキリスト 」(1970年録音、DENON / COCQ-84912 )が 1,500円で全歌詞対訳付き(! )
 ・・・などなど いずれも 素晴らしい果実に目移りしつつ 私 発起人、タワー果樹園での収穫物を 次々と「果物籠 」へと放り込みます。短いながらも至福の時です。

 イヴリー・ギトリス_DORON DRC-4013
 さらに、大好きなイヴリー・ギトリスが1978年にメンデルスゾーンシベリウスヴァイオリン協奏曲を弾いた、モンテ-カルロでのライヴ盤(DORON / DRC-4013 )というのを手に取り、へぇ指揮者は誰だろ などと細かい字をにらんでいた時のこと・・・
 それまで店内でかかっていた オーケストラ曲のリズミカルな動きに耳は吸い寄せられました。 
 あれ? これ何だっけ - 絶対に知っている曲なんだけど、まるで初めて聴くようにタイトルが思い出せません。トランペットとホルンが 柔らかく織りなす息の長い旋律は やがて弦に引き継がれ、遂に美しく花開くように感動的な展開を迎えます。
ラフマニノフ:第2交響曲 第3楽章
 ああ、ここまで聴いて 思い出しました・・・これは、ラフマニノフの傑作、交響曲第2番(第3楽章 )のテーマではありませんか。店内で流れていた版は、三拍子を基本リズムにして、しかもストリングス・セクションが 原曲とはまったく異なる動きをしていたので、すぐには わからなかったものですが、同曲は その美しさゆえに しばしばポップスやジャズにまでアレンジされているポピュラーな名曲です。けれど、ここに聞かれる編曲は、たいへん良心的に 作曲者による原曲のオーケストレーションの良さを壊すことなく生かしつつも まったく異なるモーターのエネルギーで駆動させているようです。一体何だろう・・・ タワー果樹園内をきょろきょろと見回した私は、一隅に新たに実っている 素晴らしい果実をひとつ発見したのでした。 ・・・それが、こちらです。

■「イーハトーヴ交響曲 」世界初演!
宮澤賢治(©林風舎 ) 冨田勲_イーハトーヴ交響曲_0001 冨田勲(近影 )
冨田 勲 : イーハトーヴ交響曲 Symphony IHATOV
 大友直人(指揮 )
 日本フィルハーモニー交響楽団
 初音ミク (ヴァーチャル・シンガー )
 篠田元一 (シンセサイザー )
 ことぶき光 (エレクトロニクス )
 梯 郁夫 (パーカッション )
 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団
 聖心女子大学グリークラブ
 シンフォニーヒルズ少年少女合唱団
実況録音:2012年11月23日、東京オペラシティ コンサートホール
音  盤:日本コロムビア / DENON(COGQ-62 )


 (以下、青字日本コロムビアによる広告文章を スケルツォ倶楽部 発起人が 推敲したものです ) いまなお精力的な創作活動を行っている冨田 勲が 80歳という節目の年に手がけた大作が、この「イーハトーヴ交響曲 」です。
戦時中、小学校五年生だった富田が初めて手にとった 宮沢賢治の作品たち。モノクロームの現実世界のただなかで出会った色彩感あふれる作品世界に 少年冨田は たちまち魅了されたといいます。その後も賢治への憧憬は続き、その色彩感あふれる世界を いつか自身の作品で表現したい、という積年の想いが結実したのが、この「イーハトーヴ交響曲 」です。
総勢約300人におよぶ大オーケストラと合唱団が描き出す、賢治の異次元な作品世界と、それを育んだ東北の力強い大地。ヒロイックで豪放なメロディと、色彩あふれる音の重なりが交錯する空間に、突如として現れる ヴァーチャル・シンガー初音ミク。日本の電子音楽の始祖である冨田が 長年夢みてきた「機械が歌う 」というコンセプトを託されたミクが ここに具現化、オーケストラサウンドの上に 唯一無二の「歌声 」を降臨させます。
オーケストラ作曲家 冨田 勲、シンセサイザー=電子音楽の世界的アーティスト TOMITA - このふたつの大流が 半世紀のときを経て育んできた末に この交響曲で 合流・昇華する - 。イーハトーヴ交響曲は、「音で色を描く 」名匠、冨田 勲の総決算であり、新たな出発点となるでしょう。

(以上、青字文章日本コロムビアの広告文に手を加えたものです )

 なお、このCDに添付されている 冨田勲氏自身による「イーハトーヴに寄せて 」の重要さは申すまでもありませんが、もうひとつ、片山社秀氏がお書きになられた文章「電気・音楽・四次元_宮澤賢治と冨田勲の切り結ぶところ_ 」の質の高さと素晴らしさには、もう言葉もありません。これらを併せてお読みになれば、冨田氏の「イーハトーヴ交響曲 」を 鑑賞・理解するに十分であろうと思うものです。

■ クラヲタのみなさまへ_初音ミクとは
初音ミク_クリプトン・フューチャー・メディア 藤田咲 Crystal Quartz
(左から )初音ミク(クリプトン・フューチャー・メディア )、
      素材のを提供、声優 藤田咲Crystal Quartz ジャケットの画像より )
 
 初音ミク 」 は、声優 藤田 咲 の声を音源に プログラミングされたWindows用「歌声制作ソフトウェア 」。パソコン画面上で歌詞とメロディを入力することによって歌声(ヴォーカル・パート )を作成することを可能にした画期的なソフト。
 「初音ミク 」発売後、ニコニコ動画などの動画投稿サイトを中心に ユーザー( = 「ボカロP 」 ミクに歌わせるプロデューサーとの意 )の手によって多くの作品が発表され、以来 創作の連鎖を生み出している。その現象は、主要なネット・メディアに大きく取り上げられ、CD、DVDのリリースやフィギュアや書籍、ゲーム、CG技術を駆使したライヴ・コンサートを展開、ソフトウェアの枠を超えた多方面での活躍を見せている 
(ここの 青字文章日本コロムビアの資料に手を加えたものです )


■ “スケルツォ倶楽部発起人による
  「イーハトーヴ 」交響曲 全曲解説


1. 岩手山の大鷲 <種山ヶ原の牧歌 > ( 02:45 )
 岩手山の大鷲(岩手県八幡平市観光協会 )
 岩手山の大鷲(岩手県八幡平市観光協会 )
 冒頭、無伴奏の児童合唱によって歌われる、短い無邪気な童謡「種山ヶ原の牧歌 」は、宮沢賢治(1896 ~ 1933 )自身によって作詞/作曲された わらべうた です。賢治の世界をテーマにした交響曲の冒頭に呈示するには、とても適切な選択と感じます。
 この素朴な童謡のメロディに並ぶ音列と 偶然 同じ轍を踏む、フランス中部山岳地方セヴェンヌの山々を望む土地ペリエで採譜した民謡を基にして ヴァンサン・ダンディ(1851 ~ 1931 )が1886年に作曲した ピアノ独奏付き「フランス山人の歌による交響曲(セヴァンヌ交響曲 ) 」 第1楽章冒頭の名旋律が、冨田氏によって「新日本紀行 」を思わせる 秀逸なオーケストレーションを施された上、引用されます。そこまでの流れの自然さは、賢治の故郷 岩手山を連想させる とても懐かしい響きに満たされます。
 今度は、かつて木造校舎に置かれていたような 足踏みオルガンによる伴奏が付いて、もう一度 賢治の「牧歌 」が繰り返され、「雨ぁふる、雨ぁふる 」では 遠雷が鳴り響くのが聴こえます。

2. メドレー 剣舞 / 星めぐりの歌 ( 04:10 )
 星めぐりの歌_スケルツォ倶楽部
 付点リズムによる 速い祭り太鼓に乗せて歌われる「剣舞(けんばい ) 」も 一曲目「牧歌 」と同じく、賢治によって作詞/作曲された歌ですが、繰り返しで 冨田氏は 巧みに - この詩を使いつつ - ダンディ「フランス山人の歌による交響曲 」第3楽章 の旋律に変換させてしまっています。祭囃子を思わせる付点リズムは、その目的のために 実は 冨田氏が置いた布石だったのです。力強い「ダーッ、ダーッ、ダースコ・ダダーッ、ダースコ・ダーッ 」というリフレイン、いかにも賢治らしい。
 このスケルツォトリオに相当する 短い中間部は、やはりダンディ「交響曲 」第1楽章で あたかも渓谷から溢れ出る清流がきらめくようだったオーケストレーションを 冨田氏は巧みに転用しながら、賢治の童話「双子の星 」で有名な童謡「星めぐりの歌 」へと移ります。伸びやかな児童合唱、これに繊細な木管とパーカッション(いや シンセサイザーか? ) による装飾的な動きが キラキラと音楽を彩ります。そのあと祭囃子が戻ると間もなく、リズムは静かに絶えます。

3. 注文の多い料理店 ( 06:03 )
 初音ミクと打ち合わせする冨田先生(DENON )
 緊張するミクに、冨田先生 「初めてなの? 」、ミク 「あ - はい・・・世界初ね
 
 ダンディフランス山人の歌による交響曲 」から、次は 重々しい第2楽章のテーマが引用されます( ダンディは この半音階を多用する独特の旋律を 交響曲終楽章にも循環させ、そこでは 鋭角的でリズミックな姿に変容させた上 再登場させています )。どこか中近東風なメロディ(“ア~ブラカ~タブラ~” )は、かつて 映画「モダン・タイムス 」チャップリンが 忘れた歌詞に窮してデタラメな言葉で歌う 有名な シャンソン「ティティーナ 」まで連想させる ジンタ風の俗謡へと 一瞬で 変身を遂げてしまう、そんなアナーキーな音楽展開に、初めて聴いたときには、絶句しました。しかも その歌い手が、実体のない「存在 」=かりそめのボディ初音ミクなのですから、もう唸るしかありません。
 タイトルの「注文の多い料理店 」とは、二人の猟師が 山奥に設けられたレストラン( 実は、そこに入ってきた二人を捕まえて食べてしまおうとするモンスターが現出させたイリュージョンの世界 )に閉じ込められてしまう、というコワイおはなし。
 冨田氏の音楽は 賢治の物語をなぞるようなことを避け、代わりに、その作詞とともにミクの「仮想の存在 」を、巧みに換置しています、こんなふうに。
わたしは 小さなパソコンの中に閉じ込められている存在、そこから出られないの。注文の多い料理店の中に入ってしまった猟師さんたちもそこから出られないのと同じ。わたしが生き生きと動いているように見えている動画も、多様なヴァリエーションによって描かれている たくさんのカワイイ肖像・画像も、実はすべて かりそめの(実体のない )ボディなの。まいった? 」。
― うーん、まいりました。

4. 風の又三郎 ( 04:36 )
 冨田氏の個人的な記憶に占めている音楽の引用を中心に進められます。
 その楽曲とは、杉原泰蔵の作曲した「風の又三郎 」 - 冨田氏が少年時代に観たという同名の活動映画(1940年、日活 )の主題歌だったそうです。
 深い山鳴りを思わせる神秘的な合唱に 初音ミクも参加することによって 「ガラスのマントを着て空を飛ぶ超現実な主人公(片山社秀氏 ) 」の存在を 象徴させていると思います。

5. 銀河鉄道の夜 ( 08:53 )
銀河鉄道の夜 (2)
 もし この名作を まだ読んだことがないという幸運な人には ただのファンタジー童話だと思われているかもしれませんが、「銀河鉄道の夜 」は 宮澤賢治畢生の傑作です。最愛の妹を亡くした賢治の心象風景が出発点となる、この作品のテーマとなるものは、生と死です。
 ケンタウルス(生と死を分ける地点の星座 )の夜、主人公の貧しい孤独な少年ジョバンニは、最も好きな友だちのカムパネルラと 宇宙空間を走る銀河鉄道に乗って星座をめぐる旅をするのですが、実は 隣に座っているカムパネルラは この同じ晩、他の友だちが川へ落ちたのを救おうとしておぼれ死んでいたのでした。一緒に銀河鉄道に乗り合わせた乗客たちも みんな死者です。途中、おおぜい乗ってくる 全身濡れた人たちは、北大西洋の氷海に沈んだタイタニックの二等客室以下の乗客たちであり、曲の半ばで 重要なケンタウルスの鐘の音とともに「もうよい おまえのつとめはおわった、その地をはなれて ここにおいで、とわに平和に くらしましょう 」という架空の讃美歌をうたうのは、彼らの魂なのです。ジョバンニは、死後の魂が天へと運ばれる列車に乗っていたのでした。
 「イーハトーヴ交響曲 」全曲中でも、この 8分53秒は まさしく圧巻です。生と死を分かつケンタウルスを御神体とする架空の祭「ケンタウルス 」に「露を降らせ 」と唱えながら、「シャラシャラシャラキンコンカン 」「コロンカランコロン 」と鐘の音(それは 弔いの鐘に他なりません )を模す擬音を しかし 無邪気に明るく歌う 初音ミクの「かりそめのボディ 」とは、実は 賢治が 物語の中に登場させている主人公の親友カムパネルラ( その名前の意は「鐘 」 )という「死者 」が、性別こそ異なるものの 賢治の亡くなったの不在をモデルにして、これに悲しみをこめて描いていることに紐づけられます。この曲で ミクの歌声を聴くと 涙が溢れて止まらなくなってしまう理由とは、それです。賢治は、の作品の中で 永遠に生き続けますが、その役を 音楽で演じるソリストを探した時、「初音ミク 」以上の適役はいなかったに違いありません。そんなヴァーチャルな存在であるミクの起用を決めた 冨田勲氏の狙いは、まさしくドンピシャで正鵠を射ています。


 
 なお、死者の魂を天に運ぶ「銀河鉄道 」を音楽で描くために ここで敢えて明るい「ワルツ 」を用いた 冨田勲氏の意図が、今は亡き ハプスブルク帝国を発祥とする この三拍子の舞踏音楽が、実は 暗黙のうちに 「過去の失われたものを象徴する記号 」ではないのか - という、“スケルツォ倶楽部”発起人による年来の説 ⇒ After Strauss & “ By Strauss  を、またひとつ 新たに支持するエヴィデンスである、などと いささか強引 (って、自覚! )に 結びつけてしまいます。

 思いつくまま 語り出せば それこそ限(きり )がありませんが、ここで もうひとつ。
 この曲の基本リズムである、揺れる機関車が ガタンゴトンとゆるやかなワルツのリズムで駆動を繰り返す、ピアノによる 独特の音型 - これを 私は最初 「フランス山人の歌による交響曲 」と同じ 作曲家 ヴァンサン・ダンディ による 「緑の水平線、ファルコナーラ 」 から引用されているのではないかと考えましたが、例の 「鉄オタクラシック 」 で よくよく聴き比べてみると、ここは ダンディではなく むしろヴィラ=ロボストッカータ 「カイピラの小さな列車 ( 「ブラジル風バッハ第2番 」 ) 」で聴かれる ( オーケストラの大音量に 常に若干埋もれ気味ながら ) あのパーカッシヴなピアノの伴奏音型( ! )が、拍子やテンポこそ異なるものの、ぴったり一致することに気づきました。 果たして意図的に、同じ「汽車 」つながり で ヒントにされたか、それとも 単なる偶然なのか、さすがに ここばかりは 冨田氏ご本人に訊いてみなければ わかりませんが。
参考 ⇒ 鉄オタクラシック
 そして、この機関車は、ラフマニノフ交響曲第2番、壮大優美な第3楽章のメロディとともに 銀河鉄道を一気に駆け上がると、夜空へ高く飛翔するのでした、 あぁ・・・ ここ 本当に 素晴らしいなあ。 結尾の ♪ポロロン というハープの、さりげない 一刷毛(ひとはけ )に至るまで - もう完璧ではないでしょうか? 

6. 雨にもまけず (05:09 )
雨ニモマケズ_林風舎
 素晴らしい混成合唱曲。
 ホルン・アンサンブルは 静かな序奏を吹き終えると それきり沈黙してしまいます。基本的にア・カペラの合唱による、まるで人が朗読するのを聴くような、歌詞が進むに連れて、徐々に静かな感動が胸に湧いてきます。
 宮澤賢治の、この「雨ニモマケズ 」は、「明治以来の日本人がつくった あらゆる詩の中でも最高傑作である 」などと高く評価する人(谷川徹三 )もいるほどの、胸打たれる一編です。人がもし「謙虚 」という心の在り方を形にしたとすれば、このような文章に極まるのではないかとさえ思われる、静かな 祈りのような 無私の願いです。その死が 2年後に迫る頃、病床の賢治がノートに走り書きしたものが 彼の死後になってから、その遺稿の中から発見されたと伝わっています。この祈りを詠む前、衰弱しきったカラダで 自らの死を意識した賢治は、あるいは このやうに 呟いたかもしれません - 「神サマ、モシ ワタクシヲ モスコシ 生キ永ラエサセテクダサルナラ、カウイフモノニ ワタシハ ナリタイ・・・ 」と。
  
  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
  丈夫ナカラダヲモチ
  慾ハナク
  決シテ瞋ラズ
  イツモシヅカニワラッテヰル
  一日ニ玄米四合ト
  味噌ト少シノ野菜ヲタベ
  アラユルコトヲ
  ジブンヲカンジョウニ入レズニ
  ヨクミキキシワカリ
  ソシテワスレズ
  
  野原ノ松ノ林ノカゲノ
  小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
  東ニ病気ノコドモアレバ
  行ッテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ
  行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクヮヤソショウガアレバ
  ツマラナイカラヤメロトイヒ
  
  ヒドリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボートヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  
  サウイフモノニ
  ワタシハナリタイ


 ・・・ところで、この賢治の原文は、( 彼の他の詩は 殆どすべて平仮名と漢字で書かれているそうです )この「雨ニモマケズ 」に限って、なぜか全文カタカナで書かれているという事実が 不思議な話です。
 今回、「イーハトーヴ 」交響曲の CD解説文に採録された「雨にもまけず 」は、冨田氏の意図によるものなのでしょうか、すべて平仮名と漢字に直されていることに気づきました。どうでもよいことかも知れませんが、私が子どもの頃から読み慣れた( = 見慣れた )カタカナによる「雨ニモマケズ 」でなく、平仮名の「雨にもまけず 」を あらためて見比べてみると、そこから受ける印象がずいぶんと異なることに 何か感じるものがありました。

7. 岩手山の大鷲 <種山ヶ原の牧歌 > ( 04:14 )
 冨田勲_イーハトーヴ交響曲_初演_東京オペラ・シティ(DENON)
 前曲「雨にもまけず 」の旋律が 弦セクションによって静かに繰り返され、やがて長調に転じると 曲頭の「種山ヶ原の牧歌 」が 再びダンディの意匠を借りて繰り返されます。そこは まるで朝日が昇るのを迎えるような清新さです。
 足踏みオルガンの伴奏を聞きながら、「現実には存在しない 」 ミクが ここでもう一度 登場、冒頭の「牧歌 」を 再現する児童合唱団に加わるのです。子どもたちの合唱の 中音域に、たしかにミクの声がします、そこは 賢治のもとに まるで亡き妹トシが 降臨してきたような・・・ そんなイリュージョンが目に見える気がします。静かに見つめ合い、再会を確かめ合う二人の兄妹 - 弦によるメジャー・セヴンの和音が 恰(あたか )も 地上の万物すべてに陽を照射するように いっぱいに延ばされ、岩手山にティンパニの雷鳴が近づくのを聴きながら、シベリウス第7交響曲の 山岳に轟(とどろ )く エンディングのような「開かれた 」印象で 全曲の終結を迎えます。
 冨田勲氏が 完成させた比類なき傑作に、心より絶賛の拍手・・・

8. Encore アンコール曲:「リボンの騎士 」オープニング・テーマ ( 03:43 )
9. Encore アンコール曲:青い地球は誰のもの ( 03:18 )

©手塚治虫_「リボンの騎士 」 70年代 われらの世界 宇宙船地球号_NHK NHK_70年代われらの世界
▲ ライヴでは アンコール・ナンバーとして 演奏されました。
 これら 2曲は ホント不意打ちのサプライズで、まさに「タイム・カプセル 」でした。幼き日に お茶の間のブラウン管から流れていた音楽たちで、冨田氏の作品であったなどという意識すらなかったメロディーだったのに、たしかに耳の奥で聞いていたという記憶が 鮮明に甦りました。
 手塚治虫の原作だったアニメ「リボンの騎士 」主題歌では アンコールに応えて初音ミクが再登場。またNHKのドキュメンタリー番組「70年代われらの世界 」の主題歌「青い地球は誰のもの 」では、一体なぜでしょう、聴いているうちに目頭が熱くなって また涙を拭くことになってしまいました。やはり年齢でしょうか?

ダンディ作曲「フランス山人の歌による交響曲(セヴァンヌ交響曲 ) 」
ダンディ_Vincent dIndy ダンディ「フランス山人の歌による交響曲 」DECCA シャルル・デュトワ
 なお、今回 冨田勲氏の「イーハトーヴ交響曲 」において 重要なマテリアルとして使用された、ヴァンサン・ダンディによる名曲、ピアノ独奏付き「フランス山人の歌による交響曲(セヴァンヌ交響曲 ) 」を もし幸運にも 初めて聴こうと思われたかたがいらっしゃったら、私“スケルツォ倶楽部”発起人なら シャルル・デュトワ指揮、ジャン・イヴ=ティボーデによるピアノ独奏、モントリオール交響楽団(Decca/LONDON原盤、ポリドールPOCL-1150、1989年録音 )を おススメするでしょう。
 過去には 名盤とされた、シャルル・ミュンシュ / ボストン交響楽団( RCA ピアノ独奏 アンリオ=シュヴァイツァー、1958年録音 )盤、ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団( CBS ピアノ独奏 ロベール・カサドシュ、1959年録音 )盤などがありましたが、推薦のデュトワ新盤は 録音が新しいというばかりでなく、終楽章のコーダで不用意に速度を上げていないことが、好感度大です。この曲のエンディング近くでは、ピアノとオーケストラが 異なるコードを交互に鳴らすというオモシロイ工夫がされているのですが、もし指揮者がここでテンポを急ぎ過ぎてしまうと、最後の最後で このせっかくの効果が、逆に卑小でマンガチックな音楽へと一変してしまう危険もあるため、要注意と思います。


  ―  イーハトーヴ は、一つの地名である。ドリームランドとしての日本岩手県である。そこではあらゆることが可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し、大循環の風を従へて北に旅することもあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることも出来る。罪や悲しみでさへ そこでは聖くきれいにかがやいてゐる
 (宮澤賢治


  ―  このシンフォニー は、「宮沢賢治の世界を音楽で表現するとこのような曲になります 」などといった 大それたものではなく、あくまで 私が少年の頃から愛して読んできた、一読者として感じたままを 音楽で表現しました
 (冨田 勲


  ―  天国 は、目に見えるかたちで来るものではない。また「見よ、ここにある 」、「あそこにある 」などとも言えない。それは、実に あなたがたの ただ中にあるのだ
 (キリスト・イエス ) 新約聖書 ルカによる福音書第17章より


初音ミク 壁紙 初音ミク

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美術手帳 本文

こんばんは、お手数をおかけしております。
こちらのへの投稿は「想起」と書いて私のブログには「インスパイア」と書きましたが、美術手帳の本文にはこう書かれていました。

聞き手
「雨にも負けず」はシンフォニーの中でも終盤の重要な位置にありますが、その曲中には初音ミクは登場しません。そこにも大きな意味を感じました。

冨田
そうですね。「雨にも負けず」は地の底から出てくるような男性コーラスで始まるんですが、あれは終戦後に観たグリンカの『皇帝に捧げし命』というオペラ映画の農民たちのコーラスが、宮沢賢治の描いた農民たちの姿と一致する感じがして、そこから出てきた。その情景が10年前ほど前から思い出されていたんですよ。あそこに初音ミクが登場したら、なんでもかんでも出しましたっていう感じになっちゃいますからね。

以上、原文ママ
冨田さんは質問の答えを最後の方で「なんでもかんでも出してはねえ、いかんでしょ(筆者追補)」と言っていますが、最初に「そうですね。」と言って「大きな意味があったのですよ」と言外に言っています。

あるブログでは、あそこにミクが登場したらぶち壊しになると恐れていた、人間の声でなくては、と書いていました。

冨田さんは引用をきちんと表明していますから、あそこはメロディーそのものの引用ではないと思いますが、冨田さんに賢治を連想させた情景を、旋律をハーモニーを聴いてみたいですよね。

グリンカ情報、とても興味深いですね。

Shino さま! 引き続き 貴重な情報、ありがとうございます。
冨田勲氏の この逸話は たいへん珍しい話ですね、私も初めて伺いました。
グリンカの歌劇「イヴァン・スサーニン (のち “皇帝に捧し命”と改題 ) 」の全曲盤CDは、私 発起人、残念ながら 現在保有しておらず、その代わり 音楽之友社 名曲解説全集 第18巻 「歌劇Ⅰ 」に このオペラの解説を見つけたので そこに掲載されている 歌劇中の主要な旋律の譜例(12曲 )を 全部あてはめて弾いてみましたが、「雨にもまけず 」の原メロディと思われる旋律は ありませんでした。。。
でも Shino さんの文章を正確に読み直せば、 冨田氏は オペラの中の 農民のコーラスから「想起したもの 」であるとありますから、ダンディやラフマニノフのような「引用 」ではない可能性も高いです。
「皇帝に捧し命 」・・・ 名指揮者ゲルギエフあたりが マリンスキー歌劇場で いつかこれをレコーディングしてくれることを期待しつつ、その時には全曲盤を 注意深く聴ける日を 楽しみにしたいと思います。

ところで、グリンカ作曲の このオペラのストーリー、なんだか 宮澤賢治が童話にしそうなストーリー ( ロマノフ王朝の動乱時代、ロシアと戦争中だったポーランド軍がドムニン村に進軍してきた際、道案内を強要された農家のイヴァン・スサーニン、おとなしく したがうと見せかけて ポーランド軍を 深い雪の森の中で凍えさえ、敵の一個小隊を全滅させることに成功するのですが、感づいた将校に 自分もまた殺されてしまう、すなわち ひとりの農民が 自分ひとりの命を犠牲にして 村を救ったという物語 )なのです。
私の勝手な想像を許していただければ、もし 賢治が このオペラの原作となった物語を 実際に童話にしたならば、童話「虔十公園林 」の主人公 虔十(けんじゅう )のような、まさしく みんなに デクノボーと呼ばれる 愚直なる性格を このイヴァン・スサーニンに与えたのではないかなー などと 考えるのです。

冨田 賢治 グリンカ

こんにちは
美術手帳6月号のインタビュー記事によると6楽章「雨にもまけず」の旋律は、冨田さんが終戦後に観たグリンカのオペラ映画「皇帝に捧げし命」の農民のコーラスから想起されたそうです。
ちょっとYOUTUBEで探したのですが聞き当りません。
「Ivan Susanin」で沢山アップされているのですが。
それにしても戦後60年が経とうとも賢治と結びついて記憶しているとは、モーグによる試作品が「銀河鉄道の夜」であったことを含め、いろいろ考えさせられます。

Shino さま!

ご来場、ありがとうございます!
早速、Shino さんの良ブログ “ 漂流を楽しむ ” 「人生は斜歩 」http://blogs.yahoo.co.jp/hakusui304/archive/2013/05/10 を拝見していたら、イーハトーヴ交響曲の 「銀河鉄道の夜 」で ミクが 「シャラシャラシャラ キンコンカン 」と歌う ワルツの原曲って、なんと 冨田勲が すでに20数年前に 映画音楽「風の又三郎 ~ ガラスのマント 」のサウンド・トラックで使っていた 「サーカス小屋のオルガン 」と同じ旋律だったの話題、「イーハトーヴ交響曲は 冨田さんの音による履歴書みたい 」 力強く同意、 Shino さん、これ Fine Play ですね!

URL | “スケルツォ倶楽部”発起人 ID:-

NoTitle

初めまして。
レヴュー、堪能しました。
5楽章のピアノはレールのつなぎ目でチェロはドラフト音ですね。
賛美歌の背後で奏でるホルンがたまりません。
「シャラシャラシャラキンコンカン」のメロディーは、ずいぶん前に作曲されていて、イーハトーヴ交響曲は冨田さんの音による履歴書みたいな気がします。
ダンディは知らなくて、YOUTUBEで聴いてみて驚きました。

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