スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(番外編 )故 黒田恭一氏、シュトルツェを 讃える。

■ 「雨夜の品定め - 歌い手できくオペラの楽しみ 」

 レコード芸術(音楽之友社 )誌に かつて(1999年 1月号から2001年12月号まで )連載されていた、今は亡き黒田恭一(1938 – 2009 )氏による 歌劇とオペラ歌手への深い愛情に溢れる「雨夜の品定め - 歌い手できくオペラの楽しみ 」なるコーナーを、私 “スケルツォ倶楽部発起人、毎回 楽しみに読んでいたものです。
黒田恭一_共同ニュース_スケルツォ倶楽部 「源氏物語 」帚木の巻
黒田恭一氏、 「源氏物語帚木の巻

 タイトルの「雨夜の品定め 」とは、私が余計な説明を加えるまでもなく、紫式部による「源氏物語 」の「帚木(ははきぎ )の巻 」において 主人公 光源氏のもとに集まった 頭中将、左馬頭、藤式部丞などといった男性の登場人物が 互いに女性観を語り合ったり、理想像を論じ合ったりするという有名な一章の呼称で、これにあやかって 黒田氏が 複数 所蔵するオペラの全曲盤を選ぶときの気分によって、「あれかこれか 」と、「さながらマントヴァ公爵気取りで悩んだすえに、今夜のお相手を選ぶ 」ように、しかし その際、必ずしも指揮者やオーケストラ、共演者らの出来を加えた全曲盤としての総合的評価は別に置き、「雨夜の品定め 」的に あくまで「歌い手を俎上にあげて選ぶ楽しみがあってもいいのではないか 」というのが、この連載の趣旨とするところの面白さでした。
 毎回、ヴィオレッタ ( 「ラ・トラヴィアータ 」 )、元帥夫人( 「ばらの騎士 」 )、フィガロ( 「セヴィリアの理髪師 」 ) 、サントゥッツァ( 「カヴァレリア・ルスティカーナ 」 ) 、フィリッポ二世( 「ドン・カルロ 」 ) 、アムネリス( 「アイーダ 」 )、リッカルド( 「仮面舞踏会 」 )など、オペラの個性的登場人物を つぎつぎと黒田氏がテーマに選ばれ、そのベスト・キャストについて 音盤の感想をまじえながら自由に論じておられる文章を読むのが楽しく、さらに そこで言及されているオペラ歌手の録音を 自分でもCD棚から探し出しては 聴き比べなど ついしているうち、気がつくと時計も午前 2時を過ぎていることに気づいて 絶句するという・・・ 知らず夜更かしに導かれることも必至の、たいへん不健康な(笑 )連載記事でもありました。

音楽之友社_レコード芸術「雨夜の品定め 」黒田恭一_スケルツォ倶楽部 (1)
 レコ芸2000年 7月号に掲載されていた「雨夜の~ 」は、第19回「ミーメ(ワーグナー《ニーベルングの指環 》 」でした。購入するなり 真っ先に この連載ページを開き、そこに 私の期待を裏切ることのない ゲアハルト(ゲルハルト )・シュトルツェを絶賛してくださっている黒田氏による見識の文章を見つけた時の喜びは、今も忘れがたいものでした。思わずうんうんと力強く頷きながら、何度も繰り返し読み直したものです。その文章は 切り抜いて、しっかり保管してありますとも。
 今回は、“スケルツォ倶楽部発起人も強く影響を受けた、その黒田氏の名文から、敬意をこめて その一部を抜粋・引用させて頂きます(青字 )。

―  (ミーメは )テノールのための役柄ではあるが、美声である必要はない。特に強靭な声である必要もない。しかし、普通の声ではなく、きわだって特徴のある、敢えていえば癖のある声の求められているのが、 《ニーベルングの指環 》のミーメである。
 映画の世界には演技力に秀でた性格俳優がいて、しばしば その持ち前の名演技で主役をくってしまったりもする。ミーメをうたうテノールに求められているのも、あの演技力であり、独特の存在感である。映画に登場する性格俳優の多くが美男子とはいえないのと同じでミーメをうたうテノールも美声である必要はない。 (中略 )

―  ミーメに人材を得られなかった《ジークフリート 》は、画竜点睛を欠いたものとなり、この作品本来の魅力をあきらかにできない。《ジークフリート 》におけるミーメは、二重の意味でキー・ロールと考えるべきであろう。
 もっとも、ぼく
黒田氏 )が早い時期に《ジークフリート 》のミーメの働きの大きさと、この異形のキャラクターのもつ意味を理解できたのは、《ニーベルングの指環 》という長大な作品とつきあいはじめたごく初期の段階で、ショルティが1962年に録音した全曲盤をきけたからである。
 この史上初のスタジオ録音された《ジークフリート 》の全曲盤では、あの山羊声のテノール、ゲルハルト・シュトルツェがミーメをうたっていた。ここではジークフリートをヴィントガッセン、ヴォータンをホッター、アルベリヒをナイトリンガー、といった 今思うと、まさに夢のようなキャストが組まれていたが、そのような時代を画すワーグナー歌手が顔をそろえているところでうたって、シュトルツェは ほとんど圧倒的といってもいいような存在感をあきらかにして、強烈な印象を聴き手にあたえた。
 そのショルティの全曲盤をきいて、ぼくは《ジークフリート 》におけるミーメの重要性というか、そこでの働きの大きさを知ることができた。すぐれた演奏はききてにとっての永遠の先生だと思うが、ミーメが《ジークフリート 》で占める位置を早い時期に教えてくれたということで、シュトルツェの歌唱もまた、ぼくにとってかけがえのない先生だったことになる。
 シュトルツェは、たしかに、声にきわだった個性をそなえたテノールだったが、同時にシュトルツェは、歌舞伎でいうところの 口跡に、一度きけばすぐにもそれとわかる特徴があった。シュトルツェによってうたわれた言葉はどれも、鋭く、鋭角的に立ち上がり、ききての胸をえぐった。そのようなシュトルツェが、一時期、いわばミーメのスペシャリストとして活躍したのも、当然といえば当然だった。

 当時の、ミーメをうたってのシュトルツェの評価がどれだけ高かったかは、1968年から翌年にかけて《ジークフリート 》を録音したカラヤンもまた、ミーメにシュトルツェを起用したことからもわかる。遠い日にザルツブルクで、カラヤンの指揮した《ジークフリート 》でミーメをうたうシュトルツェをきいたことがあるが、その細い、しかし独特のしなりのあるシュトルツェの強靭なこえが、今でもわすれられないでいる。シュトルツェの声と歌唱がそれほど個性的だったということになるかもしれない。
 そんなこともあって、ぼくは、いまだに、ミーメをうたうゲルハルト・シュトルツェの呪縛から解放されずにいるが、むろん、シュトルツェ以前や以降にも、それぞれ個性的な歌唱をきかせたミーメはいた。クナッパーツブッシュが1957年にバイロイト音楽祭でライヴ録音した全曲盤でうたっているパウル・クエンはミーメをうたってのシュトルツェの前任者ということになるであろうし、もっともすぐれた後任といえば、ブーレーズが1980年にバイロイト音楽祭でライヴ録音した全曲盤とレヴァインが1988年に録音した全曲盤でうたっているハインツ・ツェドニクになるであろう。
 いずれも大変すぐれたミーメで、とくにツェドニクがミーメをうたってきかせる性格的な表現は素晴らしく、ききごたえ十分である。ただ、ミーメという心の底にどす黒いものをもっているキャラクターのものということになると、ツェドニクの声も歌唱もいくぶんまっとうすぎていて、悪魔的な気配が不足しているように思われなくもない。オペラには実にさまざまな悪人が登場するが、ミーメには、そのような一般的な悪人とは一線を画する、まさに悪魔的な要素があって、その点での描出で、ツェドニクはシュトルツェに一歩およんでいないように思われる。
 余談ながら、カラヤンは1967年に録音した《ラインの黄金 》におけるミーメをシュトルツェではなく、エルヴィン・ヴォールファールトにうたわせている。これはシュトルツェにローゲをうたわせるための処置だったとかんがえるべきであろう。《ラインの黄金 》における重要性ということになれば、やはりミーメよりローゲのほうが上であろうし、カラヤンとしてはそのあたりも勘案して、シュトルツェをローゲにまわして、ヴォールファールトをミーメで起用した(以下略 )。


―  以上、音楽之友社レコード芸術 2000年 7月号 黒田恭一「雨夜の品定め 」から 第19回「ミーメ(ワーグナー《ニーベルングの指環 》 」より

レコード芸術_2000年 7月号_音楽之友社_スケルツォ倶楽部

次回、ゲアハルト・シュトルツェの演技を「観る 」に つづく・・・

↓ どうか 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

Re: TGさま!

過分なご評価、誠にありがとうございます。
自分の文章へ 反響やご意見を頂けることが 必ずしも多いと言えないので、実は 時々モチヴェーションが著しく下がるときがあります。
そんな“スケルツォ倶楽部”発起人、TGさまにはとても元気を頂くことが出来ました、心からうれしく、真実の感謝を申し上げます。
なお、モーザーの歌詞のスペル間違い(ありゃー・・・ 鋭いご指摘 )は、早速 修正させていただきました。これにも感謝! そして「オテロ 」のジャケット写真ですが、あれはミルチノフでなく、正真正銘シュトルツェなんです(念のため 確かめたところ、表紙の写真の下にシュトルツェの名前も小さい字ながら明記されてました )。

ゲアハルト・シュトルツェの生涯に沿って その録音を聴くことをテーマとしてきた本文章も あと2~3回で終わろうとしております。カラヤンの映像による「ラインの黄金 」と、いくつかの舞台出演の記録に触れたのち、稀代の名脇役にして この名歌手への謝辞で締め括ろうなどと計画しております。それも出来得ればシュトルツェの命日3月11日に連載の最終回を合わせられたらいいなあなどと 漠然とですが 考えています。
今後とも どうぞよろしくご支援ください、重ねまして お礼を申し上げます。

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

NoTitle

LPやCDに添付されている対訳における日本語のひどさ(もちろんすべてではありませんが)に閉口して、自分用の対訳を作成しております(語学力が限りなくゼロのため遅々として進みませんが)。たまたまstorzeを辞書で引いているとき、そういえばあのシュトルツェのスペルは、とネットで探索中に貴サイトに出会い、一気に読み通しました。特に、ミーメの内心の声がジークフリートだけに聞こえていた(聞こえるようになった)、との解釈は「素晴らしい」の一言で、尊敬の念でいっぱいです。余談ですが、昔レコード芸術誌で「ジークフリート」の推薦盤を問う読者に対して、「どのみち指輪の中ではつまらぬ曲だから」と回答した評論家Dの態度に心底怒りを覚えました。

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)