スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「アフター・シュトラウス & “ バイ・シュトラウス ”」
After-Strauss & “By Strauss”
  もくじ Index は ⇒ こちら

(7)1907年 オスカー・シュトラウス 
  ワルツ「外の匂やかな庭で 」「できるだけそっと 」
   Da Draussen Im Duftenden Garten ~ Leise, Ganz Leise
  ~ 喜歌劇「ワルツの夢 」 第1幕から
             

オスカー・シュトラウス「ワルツの夢」(抜粋)Teldec
オスカー・シュトラウス 喜歌劇「ワルツの夢 」
  ローラント・ノイマン(ヨアヒム八世 ) Roland Neumann
  エルゼ・リーベスベルク(王女ヘレーネ ) Else Liebesberg
  ペーター・ミニヒ(少尉ニキ ) Peter Minich
  ハンス・シュトローバウアー(友人モンチ ) Hans Strohbauer
  エーファ・カスパール(フランツィ ) Eva Kaspar
フランツ・バウアー=トイスル 指揮 Franz Bauer-Theussl
ウィーン・フォルクスオパー管弦楽団、合唱団 Chor und Orchester der Wiener Volksoper
録音:1961年 ウィーン
抜粋盤 TELDEC (ワーナー・クラシカル・ジャパン / WPCS-10137 )


Franz Bauer-Theuss (カメラータ・トウキョウ)http www.camerata.co.jpJprofileFranz_Bauer-Theussl.html
ウィンナ・オペレッタ指揮者 
フランツ・バウアー = トイスル Franz Bauer-Theussl


 ウィーンの若き軍人ニキは、ヨーロッパの架空の小国の 若く美しい王女 ヘレーネと結婚いたしました ・・・ という、普通のドラマやおとぎ話であれば、「めでたし めでたし 」と幕が降りるべき大団円のフィナーレから 逆に、このオペレッタのストーリーは 始まります。
 ニキ少尉は、いずれはその小王国の継承者となることを 期待されています。 しかし、洗練された芸術の都ウィーンを故郷とする少尉は、実は この小国の野暮ったさに そろそろ退屈し始めてしまい、ヘレーネへの愛情が冷めてしまったというわけではないがゆえに、これ以上 結婚生活を 続けていけるのか その自信が 揺らいでしまっているところです。
 そんな時、宮廷の隣の料亭の庭から、ニキの懐かしい故郷ウィーンの音楽(それはもちろんワルツでなければ! ) が聴こえてきます。少尉は同郷の友人モンチをお供に、お忍びで その料亭へ出掛け、故郷の調べに心地よく浸る・・・ という場面の音楽です。
 ためた歓喜が爆発するような円舞曲の沸き立つ前奏に続いて 流れ出すワルツは、ニキ少尉をホームシックにさせる芳醇なメロディで、「これぞウィンナ・ワルツ! 」 という 実に良く出来た節回しです。この楽想は ハッピーエンドを約束された オペレッタ中、繰り返し 何度も現れる旋律です。必ずしも有名な曲ではありませんが、一度耳にしたら忘れ難い 魅力的なメロディ展開を楽しめるワルツで、私 “スケルツォ倶楽部発起人 は大好きです。

Oscar Straus(Wikipedeia)
オスカー・シュトラウス
 「ボクのライバルは、レハール ・・・」


 作曲者のオスカー・シュトラウス(Oscar Straus 1870年~1954年)は、シュトラウス姓ではありますが、もちろん “ ヨハン・シュトラウス(Strauß)ファミリー ” ではありませんね。実際、注意深く見てみるとわかるのですが、彼の姓“Straus”の綴りは、ワルツ王 シュトラウスStrauss ”の語末のSがひとつ少ないものです。しかし このオペレッタのワルツを聴けば、その才能において オスカーは 十二分に正統な「ウィーンの血筋Wiener Blut ! )」を引いている、と断言して差し支えないでしょう。
 その 紛れもない本物の楽才は、若い頃からブラームスにも認められたほど、ウィーン音楽院ではブルッフに師事しています。彼の能力を認め、劇場音楽への創作をオスカーに助言してくれたのも ヨハン・シュトラウス二世 その人だったそうです。ウィーンでは 同年生まれのレハールと 覇を競っていた時期もありました。
 しかし オスカーは ユダヤ系だったため、1939年以降にはナチス・ドイツから逃れ、アメリカに移住しています。ハリウッドでは コルンゴルトらと同様、映画音楽も手掛けていましたが、戦後は いち早く 祖国ヨーロッパに帰郷、オーストリア南部 ザルツカンマーグートの美しい バート・イシュルで その生涯を閉じています。
Hallstatt_Austria.jpg
この美しい画像は ⇒ こちらから お借りしました ( Donde Viajar – Destinos de Viaje ) Thank you
オスカー・シュトラウスのライバル、レハールも 1948年、この バート・イシュルで亡くなっています。


1908年  オーストリア、ボスニア・ヘルツェゴビナを併合。
      ラヴェル、「夜のガスパール」。
      メシアン、カラヤン 生まれる。

1909年  ディアギレフ率いるロシア・バレエ団、パリ初公演。
      マーラー、交響曲第9番。


1910年 ドビュッシー「レントより遅く」 に続く・・・

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