本記事は、12月26日 「人気記事ジャズ ランキング 」 で 第1位となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。

   
スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「空中に消えた音楽を つかまえることは、誰にもできない 」
タイトル You Can Never Capture “IT” Again … ⇒ もくじは こちら
こんなことは できないのだ
“When you hear music,after it's over,it's gone in the air.
 You can never capture it again. “  ( by Eric Dolphy

音楽は 聴きおわった後、 空中へ消えてしまうので、
再び つかまえることは 誰にも できないのだ (エリック・ドルフィー



セロニアス・モンク Thelonious Monk Quartet
  with ジョン・コルトレーン John Coltrane
     at カーネギー・ホール Carnegie Hall 1957

モンク コルトレーン 1957年!_0001 ファイヴ・スポットの、モンクとコルトレーン
セロニアス・モンク(ピアノ )Thelonious Monk
ジョン・コルトレーン(テナー・サックス )John Coltrane
アーマッド・アブダル・マリク(ベース )Ahmed Abdul-Malik
シャドウ・ウィルソン(ドラムス )Shadow Wilson
収録曲:Monk's Mood、Evidence、Crepuscule With Nellie、Nutty、Epistrophy、Bye-Ya、Sweet And Lovely、Blue Monk、Epistrophy (incomplete )
録 音:1957年11月29日 ニューヨーク、カーネギーホール
音 盤:EMI(東芝EMI TOCJ-66280 )


 今晩は、“スケルツォ倶楽部発起人(妻 )です。
 今宵はまず 温かい語り口が そのまんま活字になったような 独特の文体が魅力的だった 音楽や映画のエッセイスト“J・J氏”こと 植草甚一(1908 – 1979 )氏の「マイルスとコルトレーンの日々 (晶文社 )」から、フランスのジャズ批評家フランソワ・ポスティフが 1961年11月に 滞仏中のコルトレーンに直接インタヴューした際の記事を 植草氏が紹介している文章から 抜粋させて頂きましょう(以下、青字部分 )。

モンク コルトレーン 1957年!_0002 
▲ 「マイルスとコルトレーンの日々 (晶文社 )」 より
 ― 「コルトレーンの回想 」 抜粋
回想するジョン・コルトレーン_スケルツォ倶楽部
 1957年のことだった。
 (セロニアス・モンクといっしょにグリニッチ・ヴィレッジの「ファイヴ・スポット(ニューヨークの有名なライヴ・ハウスの老舗 ) 」に出演するチャンスがおとずれ、その予告宣伝が出たときは嬉しかった。その前四ヶ月ばかり、モンクの家かニカ男爵夫人の家で練習をつづけたが、ピアノで一つか二つのフレーズを弾きながら丁寧におしえてくれたり、モンクのレコードを聴きながら、みんなしてスコッチを飲んで一晩じゅう話しあったものだった。それにしても「ファイヴ・スポット 」での実況録音がレコードにないのは惜しいなあ。 ぼくのところには、ワイフが一晩ずうっと「ファイヴ・スポット 」で録音したテープがあってね、それをときどき出しては聴きなおすんだけど、そのたびにノスタルジアを感じてしまうんだ。モンクとやったレコードは リヴァーサイド( 「モンクス・ミュージック 」 )とジャズランド( 「モンク・アンド・コルトレーン 」 )のスタジオ演奏しかないだろう。 聴かせたいねえ、ファイヴ・スポットのテープを。あのときの演奏は批評家もすっかり唸ってしまったよ。ぼくたちは夢中になって演奏しつづけた。もちろん悪名たかいモンクは、途中で一杯飲みたくなるんだろう、フッと姿をけしてしまってさ、十五分か二十分というもの、ウィルバー・ウェアシャドー・ウィルソンとぼくを置きざりにしてしまうんだけど、そのあいだ勝手な即興演奏をしているとき、マイルス( ・デイヴィス )がステージから消えてしまうときとはまるで違った自由を与えられたような気持になったなあ。それでぼくはこの真似をやったんだ。というのは、このあとでぼくのコンボがニューヨークの「ハーフ・ノート 」クラブに出演したとき、途中で近所のイタリア料理店へスパゲッティをたべに行き、残った連中に勝手に即興演奏をやらせたんだが、これでいいんだねえ。けれどぼくはスパゲッティをたべすぎて太ってしまった。
( 以上、ジョン・コルトレーン 談 1961年 )


 2005年2月、アメリカ連邦議会図書館で 1本の38cm/秒のモノラル・テープが発見されました。
 それは1957年11月29日、カーネギー・ホールで行われたチャリティ・コンサートの模様を 海外向け短波放送の Voice of America が録音していたもので、当時このテープは、結局 放送されることなく段ボール箱に仕舞い込まれたまま、忘れ去られていたものだそうです。
 しかし この中に、セロニアス・モンクジョン・コルトレーンを加えてニューヨークのファイヴ・スポットに出演していた時期の、その歴史的カルテットの演奏が含まれていることがわかり、たいへんな大騒ぎとなりました。
 当時の彼らの演奏の凄さは、コルトレーン自身をはじめ、今回の記事の冒頭に引用させて頂いた植草甚一氏など、多くの人々によって語り継がれてきた情報でした。しかしこの時期の録音は まったく残っておらず、文字通り「伝説 」となっていたものだったのです。
 尤も 10年近く前にも「ファイブ・スポットのライヴ・テープ発見!」として、鳴り物入りでブルーノートから発売された1枚のCDがありましたが、
モンク コルトレーン 1957年!_0003
▲ それが こちらでした・・・が
 ・・・当時の家庭用テープ・レコーダに録音されたものと思われ、演奏の素晴らしさが なんとかやっと聴き取れる程度のチープな音質でした。しかもその後、それは1957年の録音ではなく、実は 翌1958年のバンド再結成の時の録音だった、ということも判明したため、その価値は半減してしまったのです。たしかに発売当初から ドラムスのクレジットが、オリジナル・メンバーであった筈の シャドウ・ウィルソン ではなく、ロイ・ヘインズ であったことに (皮肉にも 若干の歓迎の気持ちを抑えつつ )疑問の声を上げる人が多かったことを 昨日のことのように 覚えています。
 
 さて 正真正銘「1957年 」の - しかも カーネギー・ホール録音の -  たとえば「ブルー・モンク 」では、ゆったりした曲調の上に、徐々に過熱してきた コルトレーンの火の出るような十六分音符が やがて炸裂する様子を聴けます。ステージ上でのモンクのリズム感、タイム感覚も鋭いです。トレーンのソロの間、このピアニストは 個性的な伴奏に徹しながら、自分がこのカルテットで育て上げた、若きテナー奏者のソロを 力強くバック・アップします。

Blue Note 1577_Coltrane
▲ 当時のコルトレーンは、この2ヵ月前にブルーノートで名盤「ブルー・トレイン (BLUE NOTE 1577 ) 」を録音したばかり、まさに上げ潮、“シーツ・オブ・サウンド”が完成された時期の貴重な演奏を聴くことが 出来ます。モンクが手塩にかけた コルトレーン「誕生 」の瞬間です!


■ 他界した演奏家が 「甦(よみがえ )る 」ことも ある 
 ・・・もとい。このような場合に CDを売ろうとするコマーシャルな宣伝広告は 聴かなきゃ損だよー、買わなきゃ損だよー とばかりに、音楽愛好家の購買意欲を 煽(あお )るコピー文句 「甦る! モンクとコルトレーン 」などという表現を きっと使ったことでしょう。 たしかに この状況でなら 「甦る 」という言葉は ぴったりきますよね。でも よく考えてみると 一体「甦る 」って、どういうことを 意味するんでしょう。
 それは、ここでは“失われたと思われていた「音 」が発見された”ということ。すでに他界した筈の二人の音楽家「新しき存在 」確かめられたのだ、という文学的な暗喩であると言えます。その意味においては まさに「復活 」です。 ハレルヤ! それは、いと喜ばしきことかな。
 しかし考えてみれば、「即興演奏家の素晴らしいプレイが、録音されることによって 繰り返し聴かれる 」(!)という事実ほど 一方でアイロニカルな構図もないでしょう。って、それは また別の話ですが。

キリスト・イエスの言葉 「探しものが見つかった! 」
 さて 突然ですが、クリスマスにちなんで、ここで私は 新約聖書の中のキリスト・イエスが語った、と伝えられる たとえ話のいくつかを連想します。
 いずれも 新約聖書「ルカによる福音書」から。

「銀貨を1枚でも無くした人は、家中をくまなく探し求め、見つかれば、近所の友達と、その発見の喜びを分かち合うだろう 」

「100頭の羊を持っている人がいて、たとえその1頭でも見失ったら、99頭の羊を置いて、そのいなくなった羊を必死になって探すだろう。そして 見つかれば、皆と一緒になって 喜ぶだろう 」

そして、有名な「放蕩息子のたとえ話 」。
「 裕福な父親から、遺産となる財産を 父の生前に分けてもらった息子が旅に出て、放蕩のあげく、乞食のように落ちぶれ、そうなって初めて 自分の軽率と過ちを 心から認め 父親の許へ帰って来た。息子の改心を喜んだ父親は 盛大な祝宴を張り、その放蕩息子を迎えて(中略 )言った。『この者は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかった。祝宴を開いて 喜び祝うのは、当たり前ではないか 』 」

■ 最後に ちょっとボヤいてしまおう  
 ・・・それでも わたしが 本当に聴きたいと 拘(こだわ )るのは、やっぱり 1957年でも「ファイヴ・スポットの 」ライヴ音源 なんだな。
 たしかに このEMI盤 - カーネギー・ホール録音 - モノラルでも 音は決して悪くないし、演奏内容なんかも最上級だけれど、ここはやはり ひとつのドキュメンタリーとして、植草甚一氏が エッセイのインタヴュー記事で話題にしたとおり、ジョン・コルトレーン自身が 気に入って何度も繰り返し聴きなおしていたという、御大ご推薦の私家録音 ( そのリズム・セクションの演奏は、ベースアーマッド・アブダル・マリク ではなく ウィルバー・ウェア であり、ドラムスロイ・ヘインズ ではなく シャドウ・ウィルソン でなければ -  )の存在が、その行方が、その内容が、やはり どうしても どうしても どーしても 気になってしまう。。。
 ああ、ネイマさん 持ってなかったのかなあ。やっぱり 消去しちゃったのかなあ・・・

 ― 空中に消えた音楽を つかまえることは、誰にもできない
 

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