訃報・追悼
スケルツォ倶楽部
午後のジャズ喫茶 「カフェ ソッ・ピーナ」から
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「 “隠れ”ブルーベック・ファン でした 」

1954年11月、タイム誌の表紙になったデイヴ・ブルーベック(Wikipedia ) ブルーベックさん、さようなら
 スケルツォ倶楽部“発起人” 妻 です。
 わたしの自宅から徒歩10分ほどの近距離、公園そばに建つオレンジ色の雑居ビル2階、ホールの壁一面は 大きなガラス張り、そんな明るいジャズ喫茶 カフェ・ソッ・ピーナ
 オーナーは 音楽オタクで年齢不詳、独身の二代目マスター。淹(い )れたてのコーヒーの味のほうは まあまあでも、マスターがチョイスする ジャズ & ジャズ周辺の音楽、さらに 最近 お店の名前に「カフェ 」を付けてからは 平気でフュージョン系の音楽もかかるようになり、膨大な音盤コレクションの中から 次々と意表を突く選曲で、先代オーナーから伝承の豪華なオーディオ・セットが大音量で轟(とどろ )くのを聴かせてもらえる、ここは わたしのストレス発散の場でもある、とても大事な空間なのです。

 さーてと、今日は一体どんな音楽がかかっているのかしら? と、小さな胸をわくわくさせながら 寒い外階段を駆け登ってゆけば、もう踊り場の辺りから すでにお店の中から漏れてくる音楽が聴こえてきます。  
 あ、これ 絶対にポール・デスモンドのアルト・サックスの音に違いないよ。わたしのお気に入りのプレイヤーだから、間違えっこない。

デイヴ・ブルーベック追悼_0009
デイヴ・ブルーベック Dave Brubeck
デイヴ・ディグズ・ディズニー Dave Digs Disney
  デイヴ・ブルーベック(ピアノ ) Dave Brubeck
  ポール・デスモンド(アルト・サックス ) Paul Desmond
  ノーマン・ベイツ(ベース ) Norman Bates
  ジョー・モレロ (ドラムス )Joe Morello
収録曲:不思議の国のアリス、口笛吹いて、ハイ・ホー、星に願いを、いつか王子さまが、ワン・ソング
録 音:1957年 7月、8月
音 盤:Columbia CL-1059(ソニー SRCS-9630 )
 
 マイルス・デイヴィスに先立つ4年も前に 『いつか王子さまが 』を、同様にルイ・アームストロングより11年も前に『星に願いを 』を、いちはやくディズニー映画ナンバージャズ化に取り組んでいたデイヴ・ブルーベック・カルテットの功績には 大注目。
 中心メンバー、ポール・デスモンドの透明感に満ちた清々しいサックスからは、流れ落ちてくるように美しい音符が 絶えず 清冽な噴出を繰り返します。

カウベルの音「( がららん ) 」
わたし   「マスター 元気 ~ ? 」 
マスター  「あ、いらっしゃいませ、奥さん。 」
わたし   「ソッ・ピーナブルーベックをかけてるなんて めずらしいわね 」
マスター  「理由があるんですよ 」
わたし   「わたしのお気に入り、ポール・デスモンドのアルトが聴けるから、もう それだけでご機嫌。 …あら、マスターったら 今日は 黒ネクタイなの ? 」
マスター  「さては ご存知ないんですね、このピアニスト、デイヴ・ブルーベックが 今月5日に 心不全で亡くなったことを 」
わたし   「え、そうだったんだ… 知らなかったわ。マスター、それで弔意を表しているわけね 」
マスター  「偉大なジャズ・ミュージシャンが 誰もいなくなってしまいますね -  」

訃報の記事は こちら
米 ジャズ・ピアニスト、デイヴ・ブルーベック氏 死去
  (ロイター 12月 6日08時28分配信、最終更新12月 7日19時56分 )
最晩年のデイヴ・ブルーベック(ロイター )
 米ジャズ・ピアニストのデイブ・ブルーベック氏が5日、米コネティカット州ノーウォークで心不全のため死去した。91歳だった。長年マネジャーとプロデューサーを務めたラッセル・グロイド氏が明らかにした。
 ブルーベック氏は 同日午前、定期健診で病院へ向かう途中に体調が悪くなったという。
 
 ブルーベック氏は 1950年代初めにアルト・サックス奏者ポール・デズモンド氏らとブルーベック・カルテットを結成。1959年のアルバム「タイム・アウト 」に収録された「テイク・ファイヴ 」は5拍子というユニークなリズムで、ジャズでは初のミリオンセラーとなった。

 ブルーベック氏は1920年にカリフォルニア州コンコードで牧場主の父親の下に生まれた。音楽教師だった母親の影響で 5歳でピアノを始める一方、10代の頃はカウボーイとして優れた能力を見せたという。
 大学では獣医を目指したが 数年後に音楽科に転向し、ナイトクラブでピアノの演奏を開始。1940年代にはサンフランシスコに移り、その後 戦時中から親交があったデズモンド氏と組んで 人気を博した。
                           [ ニューヨーク12月5日 ロイター ]


マスター  「でも 全米で あれだけ人気のあったジャズ・ピアニストの人生がたったこれだけの活字数に要約されてしまうなんて… しかも『カウボーイとして優れた能力を見せた 』って こういう場所に書くことなのかな、一体 」
わたし   「わたしがモダン・ジャズを真剣に聴き始めた時期といえば、中学生になって間もなくだったかなー、その頃には もうポール・デスモンドは他界(したのは 1977年 5月30日のこと )して すでに数年経っていた頃だったっけ 。デスモンドがいないんじゃ ブルーベック・カルテットの新譜なんか 聴こうという気にもならなかったわね 」
マスター  「・・・ええと、それは つまり 奥さまは、ブルーベックのピアノは あまり聴いてこなかったと、そう おっしゃりたいわけですか 」
わたし   「まあ はっきり言って、そうね。若きデスモンドが 1951年のデビューの時から参加していたブルーベック・カルテットでの約16年間、自称『ダリウス・ミヨーの愛弟子 』を名乗るピアニストの 武骨でスクエアで ちょっと風変わりなプレイに、才能あるサックス奏者が 花を添えてあげることによって このグループは まさに“デスモンドの魅力で持っていた ”っていう評価が、当時からあったわけでしょ? 」
マスター  「ムッ、うーん・・・ 」
わたし   「さらに付け足せば、そのブルーベックの 変わったピアノ・プレイを支えていたのはデスモンドひとりではなく、力強いピッツィカートのジーン・ライト(ベース )と 天才的なジョー・モレロ (ドラムス )という 猛烈にスイングする 飛び切り優秀なリズム・セクションだったっていうことは、誰もがすでに知っている 公然の事実だけど、念のため 言い添えておかなきゃ 」

 ジーン・ライト(ベース )ジョー・モレロ (ドラムス ) 二人の強力なプレイは、サイモン & ガーファンクル59番街橋の歌 The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy ) 」のような フォーク・ロックに起用されたレコーディングでも確かめることができます。ブルーベック・カルテットのスイング感のエッセンスを抽出したような名演です。

黄金のリズム・セクション デイヴ・ブルーベック追悼_0001 Single_The 59th Street Bridge Song (Feelin Groovy )
(左から )ユージン(ジーン )・ライトジョー・モレロ
サイモン & ガーファンクル 59番街橋の歌 The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy )が収録された アルバム 「パセリ、セイジ、ローズマリー & タイム 」、
ブリッジ・ソング のシングル盤のジャケット
録 音:1966年
音 盤:Columbia アルバム(ソニー SRCS-6260 )


マスター    「ちょっと待ってくださいよ、ブルーベックさんご本人の訃報の直後に そんな決めつけようは ご常連の奥さんと言えども さすがに いかがなものかと思いますが。 昔から モダン・ジャズに 少しばかり詳しいことを誇示したがる人たちが したり顔で 『ブルーベックなんてジャズじゃないよ 』などと、そのスイング感に乏しい独特のピアノ奏法の問題点を突きつつ、それでもデスモンドのプレイだけは擁護してみせて 格好をつけるというのが、流行った時期があったそうですよ 」
わたし     「あら! それって わたしみたいなヤツのことかしら、やーね。そういえば 昔 アンチ・カラヤンを気取って ポーズを取ってみせるのが、スノッブなクラシック通の一部で流行になったのと どこか同じ匂いがしちゃうかなー、 って ちょっと反省・・・ 」
マスター    「いえいえ、音楽を聴こうとせずに そのファッション的な部分だけを話題にしたり 他人の意見を まるで自分の考えであるかのように語ってみせる奴らが 昔からいましたよねっていう話ですよ。奥さんが そういう連中と一緒だなんて、決して申し上げているつもりがあるわけではないとは 全然言えないこともなくなくないです 」
わたし     「? 」
マスター    「もとい、昔と言えば、まさにブルーベック・カルテットが リアル・タイムで活躍していた時代 - 60年代の米ソ冷戦時代を背景にした、ドナルド・フェイゲンスティーリー・ダン )の傑作シングル曲『ニュー・フロンテイア 』のプロモーション・ヴィデオの中に なんと『ブルーベック 』が登場してるんですよ! 」
わたし     「へー、そんなの あったかしら 」
マスター    「PVの中で、1960年代アメリカの 中流家庭の若いカップルが 彼らの庭に設(しつら )えた核シェルターの中で、デイヴ・ブルーベックの『タイム・アウト 』のレコードに合わせてダンスする(! )というもの - 」
わたし     「あ、そのPVの映像って、昔 わたしも高校の頃 小林克也さんの ベストヒットUSAで観たおぼえがあるよ! そこで ブルーベック『タイム・アウト 』のレコード・ジャケット たしかに映っていたし、フェイゲンの歌詞の中にも I hear you're mad about Brubeck,I like your eyes I like him too,He's an artist a pioneer,We've got to have some music on the new frontier … っていうくだりがあったような 」

P.V.「ニュー・フロンティア 」に描かれた ブルーベック・カルテット (1) P.V.「ニュー・フロンティア 」に描かれた ブルーベック・カルテット (2)
 ♪ “ BRRRRRR、BRUUUBECK!  ”
マスター   「 『ニュー・フロンティア 』、ちょっと聴きたくなりましたね 」
わたし    「ドナルド・フェイゲン あるの? ソッ・ピーナに? 」
マスター   「もちろん。(棚からレコードを シュッと抜き出して )この有名なジャケットの中に映ってるL.P.レコードは、ソニー・ロリンズの“コンテンポラリー・リーダーズ ”ですよね 」

Donald Fagen The Nightfly(WB ) デイヴ・ブルーベック追悼_0002 ソニー・ロリンズ_コンテンポラリー・リーダーズ the contemporary leaders
(左 )ドナルド・フェイゲン Donald Fagen
「ニュー・フロンティア New Frontier 」
  ドナルドフェイゲン(ヴォーカル )
  マイケル・オマーティアン(ピアノ、エレクトリック・ピアノ )
  ラリー・カールトン(エレクトリック・ギター )
  ヒュー・マクラッケン(ハーモニカ )
  エイブ・ラボリエル(エレクトリック・ベース )
  エド・グリーン(ドラムス )他
発 表:1982年 (アルバム「ザ・ナイトフライ The Nightfly 」から )
海外盤:Warner Bros. 7599-23696-2


マスター  「おそらくその大成功を 一部で嫉妬・揶揄されつつも 1950 ~ 1960年代における “白人ジャズ・グループ デイヴ・ブルーベック・カルテットの全米一般の人気は衰えを知らず、しかも上手くコマーシャリズムにも乗って、その名声は アメリカ本国では 不動のものとなっていったのです 」
わたし   「マスター、おススメのブルーベックのディスクを 聴かせて頂戴。 」
マスター  「お安い御用です、喜んで 」

デイヴ・ブルーベック追悼_0004
ジャズ・ゴーズ・トゥ・カレッジ Jazz Goes To College
  デイヴ・ブルーベック(ピアノ ) Dave Brubeck
  ポール・デスモンド(アルト・サックス ) Paul Desmond
  ボブ・ベイツ(ベース ) Bob Bates
  ジョー・ドッジ(ドラムス )Joe Dodge
録 音:1954年 3月~4月 オハイオ大学、ミシガン大学における実況
音 盤:Columbia CL-566(ソニー SRCS-9513 )

 ブルーベックポール・デスモンドを加えたカルテットを編成したのが1951年、それから彼らは 全米の大学を回るというカレッジ・コンサートによって着々と土台を固めていったわけです。
 まだ後のジーン・ライト(ベース )、ジョー・モレロ(ドラムス )らが加入する前のメンバーによる、大学での実況録音です。冒頭の一曲目「バルコニー・ロック Balcony Rock 」 - この何とも言えないほど 寛(くつろ )いだ表情と これに続く即興演奏の快適な組み立て方は 出色です。
 さらに「ソング・イズ・ユー The Song Is You 」では、ウエスト・コーストのクール派らしい音色に 温かみを加味したような表情は特筆もの、何の未練もなく終わらせるエンディングも まったく「粋 」の一言です。

Gone With The Wind
風と共に去りぬ Gone With The Wind
  デイヴ・ブルーベック(ピアノ ) Dave Brubeck
  ポール・デスモンド(アルト・サックス ) Paul Desmond
  ジーン・ライト(ベース ) Gene Wright
  ジョー・モレロ(ドラムス )Joe Morello
録 音:1959年 4月22日、23日 ハリウッド
音 盤:Columbia CL-1347(ソニー SRCS-9362 )

 遂に ジーン・ライト(ベース )+ ジョー・モレロ(ドラムス )という、ブルーベックを支える黄金のリズム・セクションの参加が確定( レコーディングでは、前年1958年3月のこれも名盤『イン・ヨーロッパ 』のほうが先ですが )。
 「スワニー・リヴァー 」、「ジョージア・オン・マイ・マインド 」 - 特に「ベイズン・ストリート・ブルース 」が安定した名演! - そのいずれも味わい深いピアノが アメリカ南部の舞台設定を演出 - やはりブルーベックは 一人の即興演奏家というよりも、常に対象とする楽曲に 適切な個性的アレンジを加えることにこそ才能を傾けられる人だったのではないでしょうか。
 デスモンド抜きのピアノ・トリオによる短い「ショートニン' ブレッド 」なる一曲は、ジョー・モレロのドラムス・ソロが中心の、実に格好イイ楽曲。

デイヴ・ブルーベック追悼_0007
エンジェルアイズ Angel Eyes
  デイヴ・ブルーベック(ピアノ ) Dave Brubeck
  ポール・デスモンド(アルト・サックス ) Paul Desmond
  ジーン・ライト(ベース ) Gene Wright
  ジョー・モレロ(ドラムス )Joe Morello
録 音:1962年 7月、1965年 2月 ハリウッド
音 盤:Columbia CL-2348(ソニー SRCS-9368 )

 個性派シンガー・ソングライター、マット・デニスの作品を素材にした名演集、名曲揃いの選曲には 唸ってしまいます。そして個人的な好みを言わせてもらえるなら、ブルーベックが誇る膨大なディスコグラフィの中で ぼくが最もお気に入りの一枚といえば、はっきり言ってコレです。

 さて、今回は 詳しく語る体力が もう そろそろ尽きそうです。
 ここで ちょっと手を抜くのをお許し頂いて、以下、ディスクのジャケットだけご紹介。
 わたしがお気に入りのブルーベックのディスクで、やはり外せない名盤といえば…
ウェスト・サイド・ストーリー デイヴ・ブルーベック追悼_0006 デイヴ・ブルーベック追悼_0010
(左から ) 「ウエストサイド・ストーリー(1960年 ) 」、 「ブランデンブルク・ゲイト、リヴィジット (1961年 ) 」、 「カーメン・マクレエ & デイヴ・ブルーベック(1961年 9月 6日 ) 」

Dave Brubeck My Favorite Things(CBS) At Carnegie Hall デイヴ・ブルーベック追悼_0005
(左から ) 「マイ・フェイヴァリット・シングス (1962、1965年 ) 」、 「アット・カーネギー・ホール・ライヴ(1963年 ) 」、 「スヌーピーの月旅行 」(1991年 ) 」


 … これらの詳細について語るのは、また後日の 楽しい宿題とさせて頂きましょう。

わたし    「んもー マスターったら、ホントに 手抜きなんだから・・・ 」
マスター   「ふふん、奥さんも 共犯ですから 」
わたし    「え~ やだ、もー 」
マスター   「では 今宵の最後に、小さなトリヴィア・ネタを もうひとつ 」
わたし    「はい 」
マスター   「あのチック・コリアが、1978年に録音した名盤『フレンズ 』・・・ 」
デイヴ・ブルーベック追悼_0003
わたし    「もちろん、知ってるわよ。ジョーファレルのサックス & フルート、エディ・ゴメスのアコースティック・ベース、そして スティーヴ・ガッドも参加した、最強のメンバーによってレコーディングされた、その後 80年代のジャズを予見するかのような充実した内容の 傑作アルバムよね 」
マスター   「A面2曲目に『ワルツ・フォー・デイヴ Waltse For Dave 』というタイトルの曲があるのですが、これは、実は チック・コリアが - どんな縁でかは知りませんが - デイヴ・ブルーベックに捧げることになった曲なんだそうです 」
わたし    「! 」
マスター   「どんなワルツだったのか 聴いてみたい気がしますよね 」
わたし    「後の世代にもしっかりと伝承されてたんだ、ブルーベックって 」
マスター   「そうですよー、時代は変わりました。実は ぼく、今まで軽んじられるのがコワくて、ずーっと “隠れ”ブルーベック・ファン だったのでした 」
わたし    「まー あきれた。 何も そんな ブルーベックを“隠れ”てまで聴かなくたってよかったのに・・・。 堂々と聴きなさいよ、『テイク・ファイヴ 』を。 ホント、ジャズ喫茶のオーナーって、屈折してるんだからなあ 」

 - 偉大なピアニストの冥福を 心よりお祈り申し上げます。
きっと 今ごろ 天国で、旧友デスモンドさん との素敵なデュエットを - 合掌

デイヴ・ブルーベック追悼_0011 デイヴ・ブルーベック追悼_0008
「ブルーベック & デスモンド、デュエッツ(1975年 Horizon ) 」

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コメント

木曽のあばら屋さま!

いつも ご来訪、ありがとうございます。
ご共感の良コメント、とってもうれしいです ♡
今、気づいたんですけど、木曾のあばら屋さまも ブルーベックのこと 記事にされてましたね! ⇒ http://www.h2.dion.ne.jp/~kisohiro/brubeck.html
まさか ここで 彼らの若き日の記録 -  Fantasy 時代の音源 - を ご紹介になるとは・・・予想外のご見識でしたね。 素晴らしい!
… あ、そう言えば、ドナルド・フェイゲンは 今年 新譜のソロ・アルバム、出ましたよね。相変わらず 良い意味での「マンネリ 」作、偉大な「高止まり 」などと、勝手に断じちゃう わたしたち(笑 )。

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

91歳、長命でしたね

こんにちは。
私もデスモンドがいたころのデイヴ・ブルーベック・カルテットのファンですが、
正直ブルーベック単体ではちょっと・・・という感じ。
しかし、これを機会にブルーベックに注目して聴いてみようかな。

それにしてもジーン・ライトとジョー・モレロが
サイモンとガーファンクルのアルバムに参加していたとは知りませんでした!
ドナルド・フェイゲンのニュー・フロンティアのPV、なつかしいです。
私もベストヒットUSAで見ましたよ!

URL | 木曽のあばら屋 ID:GHYvW2h6[ 編集 ]

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