スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(17) シカネーダーの慈善事業

 9月初旬に催される皇帝の戴冠式に際して、ボヘミアの国立劇場で上演されることが決まっている新しいオペラの作曲を サリエリ経由で依頼されたW.A.は、それまでにレチタティーヴォやオーケストレーションも含めて 完全に仕上げていなければならないにもかかわらず、いまだ台本さえ届いていない新作オペラの「リハーサル 」に間に合わせるため、遅くとも 8月にはプラハの地へと旅立つことになりました。
 このため、旅先での長期滞在に必要な - 音楽以外の - 支度や、目下ウィーン郊外の湯治場(とうじば )に逗留しているプラハの興行主との交渉など、事前に整えるべき準備の一切を 手伝ってくれるよう W.A.はジュスマイヤーに仕事を頼んだのです。
「はい、喜んで。それでは 行ってまいりまーす 」
尊敬するW.A.のためならと、二つ返事で引き受けたジュスマイヤーが 早速あちこちへと出掛けている間、一方 W.A.のほうは ザルツブルク時代から親しかった一人の旧友の訪問を受けていました。

「元気だったか、ヴォルフガング。おや、ちょっぴり お疲れ気味かな? 」
と、W.A.の顔色を心配してくれる、ライオンのたてがみのように豊かな頭髪を蓄えた、この男は 興行師として芝居の企画立案をする傍ら、自らの芝居小屋で座長も務めるばかりか、そこの台本作家を兼務し、さらには自分自身 歌って踊れる役者でもあるという才人、エマヌエル・シカネーダーでした。
Emanuel Schikaneder
シカネーダー Emanuel Schikaneder
 
 彼とW.A.との最初の出会いについて もし詳しく述べようとすれば、シカネーダーの旅回り一座が まだ少年だったW.A.の住むザルツブルクに巡業して来た頃にまで遡(さかのぼ )らなければなりませんが、ごく最近になって この一座がウィーンの城壁の外に許可を得て 大きな劇場小屋を定着させてからは、再びW.A.は シカネーダーの一座のメンバーと今度はこの地で仲良くするようになっていたのでした。
 W.A.は、シカネーダーより5歳ほども年下でしたが、ホルン奏者ロイトゲープの場合などと同様、ここでも平気でため口を叩き合えるような親しい人間関係を築いていました。
「昨年から ずっと暇で、正直少し焦っていたんだけれど、ようやくここに来て、宮廷から 大きな仕事が貰えそうなんだ 」
「それは良かったなー。尤もお前の才能なら当然だよ、ヴォルフガング 」
と言いながら、シカネーダーは その糸杉のような頭髪を ゆさゆさと揺らしました。
「ところで お前のほうは、毎回 芝居が大当たりしているようで結構だけれど、次は一体 どんな出し物を企画しているんだい 」
「ふふん 俺かい? 」
と、そこで シカネーダーは少し声をひそめて、
「・・・次は、慈善事業なのさ 」
と 意外なことを言うので、W.A.も これには驚きました。
「慈善事業 - チャリティ - だって? それはまた似合わないことを(笑 ) 」
そんなW.A.の言葉を聞いてシカネーダーは、少し憤慨してみせました。
「似合わないとは またヒドイな、ヴォルフガング。ほら、以前 俺につき合って お前も一緒に入会してくれた 相互扶助の石工組合があっただろう 」
「ああ、そう言えば そこの会員で 詩人のオーフェルベックさんが、年明けに仕事をくれたっけ、童謡の作曲だったけど。 」
「石工組合の理念を お前、ちゃんと覚えてるか、言ってみろ 」
「ええと・・・貧しい者の救済だっけ、あとは 今は覚えてないや 」
「コイツ、しょうがないなー。いいか、ちゃんと覚えておけよ。兄弟愛の絆の尊重、全人類に対する奉仕、そして寛容 - だろ 」
そうだったかなーと、すっかり忘れているW.A.が 自分のあごに人差し指を当てながら考え込んでいるのを見て、寛容なシカネーダーは苛立たしげに その豊かな頭髪を掻き上げながら 説明を続けます。
「孤児(みなしご )やお年寄り、未亡人など社会的に弱い立場の人々を 扶助するための福祉施設や 身体に障がいを背負っている子どもたちのための学校や病院などが、世界中の組合会員のヴォランティアと寄付によって 各地で運営されていることを ヴォルフガング、お前が知らないわけないよな 」
「・・・って、それ 二重否定の肯定文だね 」
「そこで、この俺も 尊い精神に賛同してだな、実は 最近 ひとつの意義深い仕事に協力させて頂いてると、そういうわけなんだ 」
「 へえ、意義深い仕事って、それは 一体どんなことなの? 」
普段のシカネーダーらしくない、説教じみた説明に そろそろ飽きてしまったW.A.は、興味もなく訊きました。
「それについて説明する前に ヴォルフガング、グラス・ハーモニカっていう楽器を、お前は 知ってるかい? 」
音楽の話になれば ぱっちりと目が覚めたW.A.は、明快に答えます。
「ミュージカル・グラスとも言うよね、もちろん知ってるさ。若い頃、ミラノやロンドンで見たことがある。ここウィーンでも それを趣味で演奏していた変わり者の医者がコレクションしている楽器を ぼく、実際に弾かせてもらったこともあるんだよ 」
「そのグラス・ハーモニカを発明したのは、われらが石工組合のアメリカ支部に所属していたベンジャミン・フランクリン師だが、彼は ちょうど一年前に亡くなってしまった。世界は 実に 惜しい人物を失くしたものだ。それまでは 水の量を加減して 予め音程を調節しておいたワイン・グラスを わざわざ いくつもテーブルに並べておいてから演奏するしかなかったものを、フランクリン師は、箱の中に 心棒で串刺しにして一列に並べた大小のグラスを 足踏みペダルで回転させながら、水で濡らした指先を 回るグラスの縁(ふち )に当てるだけで、あの天国的な音を 容易に鳴らせるように工夫してこしらえたんだよ 」
Glass.harmonica_In Rome(Wikipedia) Glass-harmonica.jpg
(左 )グラスを並べて演奏するグラス・ハープ
(右 )フランクリン製作の 機能的な グラス・ハーモニカ


「うーん、ぼくの印象としては、正直 楽器としての完成度は 今ひとつっていう感じだったかなあ。それはそうと シカネーダー、グラス・ハーモニカの音色が『天国的 』だから、それが『尊い精神 』の『意義深い仕事 』だっていう理屈なのかい? それの 一体どこが慈善事業になるというのさ? 」
W.A.が たたみかけるように素朴な疑問を呈しました。あわてて蓬髪の興行師は、両手を振りながら 説明を続けました。
「よく聞いてくれよ、ここからが肝心なところだから。そのグラス・ハーモニカをステージで巧みに演奏するのは、マリアンネ・キルヒゲスナーという まだ21歳の かわいい女の子なんだけど、実は 彼女、気の毒に 目が不自由なんだ。でも グラス・ハーモニカを とても見事に演奏するんだよ。これは、教会が主催する チャリティのリサイタルだから、ここで上がった収益は すべて教会への寄進となるわけ。そして この企画一切を取り仕切ることになったのが、この俺なんだが、その報酬は1シリングだって受け取らねえんだよ 」
シカネーダーは その厚い胸を張って 少し得意そうに言いました。
「なるほど、無償の慈善事業というわけだね 」
ここまで聞いたW.A.は、そこで初めて納得しました。その掌の中で、まるで霊感を受けたかのように 銀の小笛が光っています。
「シカネーダー、ぼくも 彼女のために グラスハーモニカで演奏できる 新しい作品を 一曲進呈しよう。無償(ヴォランティア )で! 」
「うわー、よく言ってくれた ヴォルフガング。実は、今日のオレの要件とは、まさにそれだったんだ、足を運んだ甲斐があったよー 」

 でもW.A.は そこで シカネーダーに ひとつ尋ねずにはいられませんでした。
「けれども やっぱりお前が教会の慈善事業を請け負うっていうのが、どうしても腑に落ちないんだよなー・・・ 一体何がきっかけだったのかな 」
ボサボサの頭髪を掻きながら、とうとうシカネーダーは 白状しました。
「いや 実は ここだけの話、先月、うちの劇場の 若いセクシーな女優に 俺、つい手を出しちまってさ・・・、しかも その浮気の一件が 劇場の共同経営者として 雑務一切を取り仕切ってくれてる女房のエレオノーレのヤツにバレちゃったんだ。アイツ、あの気性だろう・・・大騒ぎになったさ 」
「ははあ、なるほど・・・ 」
「で、劇場にいられなくなって、夜は オレは もうホームレス状態さ。いや、昼間は ちゃんとヴィーデン劇場で仕事してるんだよ、でも 夜は あのコワイ女房のおかげで家に入れてもらえず、結局 先月からずっと 夜は教会に寝泊まりさせてもらい、親切な修道士さんたちのご厚意に甘えているというわけ 」
「それは お前がワルいな、はやく奥さんに あやまるシカネーダー 」
「トホホ・・・ こんなところで 落とさないでくれよ 」

   ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )

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