スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「スヌーピー」の音楽  メニューは こちら ⇒ Novel List
なぜ シュローダーが弾くトイ・ピアノは
スタインウェイの響きがするのか

(1)「スヌーピー」の音楽 トイピアノ (2)シュローダーのトイピアノ (3)トイピアノ シュローダー
(左)ルーシー    「“ 子どものトイ・ピアノは 本物に比べると音域も狭く、楽器とは呼べぬ代物 ”だって 」
(中)シュローダー 「  バッハ作曲 『トッカータとフーガ ニ短調 』から 4オクターヴの音域が 炸裂! 
(右)シュローダー 「 で・・・ それが どうした? 」


“ スケルツォ倶楽部 ” 発起人(夫)です。
いつも ご来場くださり、誠にありがとうございます。
このコーナーは、アメリカの漫画家チャールズ・M.シュルツ氏の
スヌーピー」の周辺にまつわる 音楽について、
敬意をもって 書かせて頂こうと考えています。



スヌーピー ”の作者 シュルツ氏の いわゆるピーナツ・コミックスには、
なぜか ひとりの大人も登場しません
そこには、シュローダーが弾くトイ・(おもちゃの)ピアノの不思議さ とも共通する、
隠された理由があるように、私には 思われるのです。

シュローダー と ウッドストック

子どもには リアリティを求める本物志向が備わっています。
それは たとえば 男の子なら 電車、自動車、飛行機、船・・・
女の子なら お店(お花屋さん、お菓子屋さん)、お人形(着せ替え、化粧)、
それに 調理器具やドレッサーとか・・・
そんな子どもに与えるために、わざわざ本物を模して作られた玩具は
おもちゃ屋の店頭に 並べられています。
けれど 子どもが憧れているのは、常に「本物」なのです。
そして、現実には 子どもが「本物」に触れることは 少なく、
そんな 憧れの「本物」を 平気な顔で操っている大人の姿は、常に子供が見上げる存在です。
大人になることも また、子供の願望のひとつなのです。

けれど 大人が、絶対に 子供に敵(かな )わない能力、
それは 想像力・・・イマジネーションです。
頭の中で、心の中で、
子どもたちには 翼を広げるように 想像を飛躍させることが 許されています
リアリティを求める子どもの心は、真剣な遊びの中へ 自分自身を没入させます。

子どもには おもちゃの自動車ハンドルでも十分なのです、
それで 想像の運転席に座れば、
たちまちフェラーリは 時速180kmで疾走します。

子どもたちには 粘土やブロックでつくった 恐竜でも十分なのです、
それで 想像のタイムマシンを通過すれば、
たちまちT-レックスは 唸り声を上げて トリケラトプスに襲いかかります。
シュローダー Schroeder
実は シュローダーも 同様だと思うのです。
彼には、1オクターヴしかない ・・・いや、ひょっとすると
黒鍵さえ存在しないトイ・ピアノでも十分なのです、
それで 想像のピアノ椅子に腰かけて ふたを開けば、
たちまち そこには 88鍵のスタインウェイ・コンサートグランドが現れるのです。

プロフィール 110×110

そして なぜ シュローダーが弾くトイ・ピアノは スタインウェイの響きがするのでしょうか。
まんがの中でも 本物の 楽譜が 几帳面に引用されています。
シュローダーとスヌーピー(1)

おもちゃのピアノによって 巧みに弾きこなされているように「聞こえる 」、
ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーアソナタ 変ロ長調 は、
実のところ、
シュローダーの頭の中だけ - 想像力 - で鳴っている スタインウェイの音
に 過ぎないのでは ないでしょうか。 
シュローダーのベートーヴェン ファンタジー

なぜなら シュローダーのトイ・ピアノから流れ出る
ベートーヴェンソナタの音を 共有できるのって、
ルーシー や スヌーピー、チャーリー・ブラウンなど、
まんがのコマにおさまっている登場人物・・・子供たち だけ 
( - そして 読者も )なのです。

彼らは シュローダーが「本物のベートーヴェンを弾いていることには
少しの疑念も差し挟みません。
なぜなら、彼らは 全員が優れた想像力の天才子ども だからです。
彼らは ごっこ遊び をとおして、想像力の世界を共有しているのです。
わたしたち大人は、成長するにしたがって、
この貴重な、宝のような能力を どうして喪失してしまったのでしょうね。
大人になるということは、何と不幸なことでしょうか。
想像力を失った大人の耳には、シュローダーが弾くトイ・ピアノの音は、
そのまま玩具ピアノの、乾いた音にしか聞こえないでしょう。
トイ・ピアノの音

・・・けれど、たとえ大人の私たちでも 
チャールズ・M.シュルツが描くまんがの 読者になっている時間だけは、
子どもたちの想像力の世界を 共有するひとときを 許されるのです。
シュローダーが弾く本物のピアノの音が、
まんがの中から 確かに聴こえることが その証(あかし )です。

Tower Record_No Music, No Life

それは、「大人が すでに失った能力 」を
もはや 所有していないことさえ 忘れさせてくれる
夢のような時間に違いありません。
チャールズ・M.シュルツ氏が遺した ピーナツ・コミックスを開くたび、
私たちには シュローダーの弾くトイ・ピアノから
たしかにスタインウェイが鳴っているのを 聴くことが出来るのです。

1960年 バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻 」 
ここでも めずらしく バッハを弾くシュローダー( 「平均律クラヴィーア曲集第1巻 」 )
 
「・・・何かユニークなところがあるとすれば、それは 大人がひとりも出てこないことにあります。連載まんがのひとコマは、高さが1インチ半(約3.8センチ)しかないので、大人が立って入るだけのゆとりがない、だから大人は描かない、と そんなふうにふだんは言っているのですが、実は 彼らが入りこんできても居心地が悪いだけの世界だから閉め出しているのです。『ピーナツ』には大人は要らないのです。初めのうちは試みに コマの袖からの声を入れてみましたが、すぐにそれもやめてしまいました。あまり効果がないばかりか、ごたごたしてしまうからです・・・」
チャールズ・M.シュルツ / 松岡和子 訳 “ ピーナッツ・ジュビリー ”より 角川書店 )

 「・・・どうして おとなが登場しないのか? それは 場所がないからです。
おとなが(まんがの )コマの中におさまろうとしても、しゃがみこまなければなりません 」
「この答えは 実は 冗談ではありません。・・・読者は 子どもたちの中に入りこんでいるのです。おとなを描き加えるには、もっと離れた位置から 見たようにしなければならず、そうすると全体の構図が変わってしまいます」
チャールズ・M.シュルツ/三川基好 訳 “ スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック 『ピーナッツ 』 ”より 朝日新聞社


ファールが当たって 突き指しちゃった「大丈夫?プレイできる?」「わからない、確かめてくるよ」ベートーヴェン作曲 「エリーゼのために」大丈夫、プレイできるよ。

(2)作者シュルツ氏と「イタリアのハロルド(ベルリオーズ)」 に続く・・・

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コメント

きかんしゃトーマスの運転手 の パパさま!

"スケルツォ倶楽部" ご来場、誠にありがとうございます!
シュローダーのおかげで(笑 )、ご縁があってよかったです v-290
運転手の息子さんにも どうぞよろしく。。。

PS. あ、そういえば 「きかんしゃトーマス 」のテーマ曲って ちょっと不思議な和声進行ですよね、 - あれ、実は デューク・エリントンの「Take The "A" Train (A列車で行こう ) 」と 最初の二小節まで 同じコード進行だってことに気がつきました、テンポこそ違いますけど。
トーマスの作曲者ったら、絶対 汽車つながりで 意識して 作ったと思うんですよね。

URL | "スケルツォ倶楽部" 発起人 ID:-

NoTitle

32歳になるまでピーナッツの世界には触れたことがなかったのですが
ひょんなことからYoutubeでシュローダーの弾くピアノに
魅了されてしまい、いろいろ探しているうちにこのブログに立ち止まりました。
とても面白い記事を書かれていてとても感心しました。
私には2歳の息子がいますが、まさにこのブログでおっしゃられている通り、息子はきかんしゃトーマスの運転手になりきっています(笑)。

URL | 通りすがりの会員さま ID:-

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