本記事は 8月13日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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怪談?
バーンスタイン(CBS )盤 ヴェルディ 「レクイエム 」冒頭で、
女性の悲鳴が聞こえる…


L.P. Verdi Requiem Bernstein verdi requiem bernstein
 こんにちは、“スケルツォ倶楽部” 発起人です。
 今回は、夏休みの 肝だめし に相応(ふさわ )しい ちょっぴり コワイ話題を選びました。

 表向きは、レナード・バーンスタインロンドン交響楽団を指揮して1970年に録音した あの名盤 ヴェルディ「レクイエム 」(CBS盤 ) にまつわる - どちらかと言うと 音楽とは 直接 関係ないかも - しかし興味深い逸話について 書かれた、和田則彦氏の文章の一部を 紹介するものです。
 わが国の音楽家で、ピアニスト、作曲家、編曲家、音楽評論家、音響デザイナー、オーディオ評論家 としても知られる 多才な 和田則彦(1932~ )は、その同期に林光、三木稔、湯山昭といった俊才を輩出した、東京藝術大学作曲科出身の逸材でした。学生時代から その音感の鋭さと 記憶力は天才的だったそうで、同輩の伝承によれば、「音感は 最高位に属するもので、ピアノの鍵盤を目茶目茶に押しても手の下で鳴った音を即座に一つ残らず容易に言い当て 」、また「聞いたばかりの曲をすぐ再現できる 」(助川敏弥氏 )ほどだったという逸話が伝えられているほどです。
 以下は、その優れた音感と人並み外れた聴力を 有していたがゆえに 和田則彦氏にしか書き得なかった 稀有な体験レポートだと思います。なお、引用させて頂いた和田氏の文章は、青字 で表しています。

 万博の年 - 1970年 - に、レナード・バーンスタイン(以下レニー )がニューヨーク・フィルを率いて来日公演を行ったが、それに先立って 筆者(和田則彦氏 )は 2月にロンドン(ロンドン交響楽団を振った ヴェルディ「レクイエム 」 )、3月にパリ(パリ管弦楽団を振った マーラー第3 )と ローマ(ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ 」 )の三都市におけるレニーの欧州指揮活動ぶりを密着取材するため、レポーターとして派遣された。
 特にロンドンでは 史上初の「ヴェルディ『レクイエム 』 」の 4チャンネル・ステレオ録音が、2月23日、24日、26日の3日間にわたり ロイヤル・アルバート・ホールで行われたのが得難い体験だった。その前夜、2月22日には同じロイヤル・アルバート・ホールで同曲を同メンバー(テノール独唱は 若きドミンゴ! )による演奏会があり、定員7千人のアルバート・ホールに8千人を超える聴衆が詰めかけ、その感動的な名演は ’69 / ‘70年シーズンのロンドン楽界の話題を独占した。
 従来ロイヤル・アルバート・ホールは、皮肉屋の某マエストロ 
(推定 クレンペラー? ) が「あのホールは 1度鳴らすと2度聴こえる 」と酷評したとかで、’66年4月のレニー / ロンドン交響楽団による マーラー「千人の交響曲 」も演奏会はアルバート・ホールでやったのに レコーディングとなるとウォルサムストウ・タウンホールに お株を奪われてしまうなど、いつも口惜しい思いをしてきた。
 ‘69年の全面改装の折り、巨大なドーム一杯に約百個のちゃぶ台状白色円形の吸音板を吊り下げ 音の乱反射を抑えて、レコード録音向きのホール音響に改善したのが FMステレオのライヴ中継などで好評を得ていたことにCBSが着目、“ ニュー ”ロイヤル・アルバート・ホール最初のレコーディングに レニーの4チャンネル・ステレオ「ヴェルディ『レクイエム 』 」を選んだというわけだ。


  4チャンネル・ステレオ (Quadraphonic Sound ) : アナログ・レコードに通常の2チャンネル・ステレオに加えてリア・スピーカー・2チャンネル分の信号を追加し、4つのスピーカーによる 立体的な音響効果が得られるようにした方式。
 1970年代前半に 各社からいくつかの方式が発表され、対応ソフトも発売されたが、規格乱立による消費者の混乱、ソフトの不足、完成度の低さといった要因が重なり主流となることはなく、短期間のうちに市場から消え去った(Wikipediaより )。

 さて、23日の昼下がり 収録はスタートした。オーケストラと4人の独唱者はステージではなく 平土間のステージ寄り半円形部分に配置、合唱団は演奏会と同じく、舞台奥のヒナ壇で、空(から )の舞台上は左端のティンパニと右端の大太鼓の二打楽器奏者だけ。この配置によって 抜群な遠近感描写が得られたのは流石(さすが )である。
 平土間後方へ3mの高さで 2本のリア(後方 )・チャンネル用マイクが立てられた。これは残響収録に加えて「怒りの日 」での4本の場外トランペットの直接音収録も兼ねていた。
 そして、いよいよレニーのタクトが下がり、第1曲「レクイエム 」が静かに開始された。この時、筆者は初めて知ったのだが、欧米のクラシック録音は、曲(楽章 )毎に 何回もテイクを録るのではなく、通しは普通一回だけ、それを演奏者やスタッフが検聴して いくつかの「メンディング(修復 ) 」の箇所を決め、その前後に多少余裕(重複部分 )をとって再収録し、編集で挟み込む習慣である。
 第1曲(レクイエムとキリエ )は10分余りだ。「通し演奏 」だから、最初の5小節は 弱音器を付けたチェロ(ピアニッシモ )だけだが、オケ全員 そして独唱者も合唱団も皆定位置でスタンバイしている。
 この時 筆者は、客席中央の平土間から5、6列目に陣取って聴き耳を立てていた。すると どうしたことだ !? チェロが「ミー ↓ド ↓ラー 」と165Hzから110Hzへ下降したところの二分休符部分で、突如 ホール後方の天井から 女性とおぼしき「ワァーッ 」という嬌声が幽(かす )かに聞こえてきたではないか! オヤ、非番のコーラス嬢か誰かが 天井桟敷で感激して思わず叫んだのか? とっさに後ろを振り返ったが、誰もいない!
 チェロ群は そのまま何ごともなかったように「ラー ↓ソ ↓ファ ↓ミー 」とさらに3小節下降し、82.5Hzに達し、6拍の長い持続音を引っ張った その2拍子目で再び嬌声(! )が聞こえ、そして6拍目が終わった途端、それに呼応するかのように 3つ目の「ワァーッ 」が入ったので もう一度 後ろを見たが、その20数秒かの間に 人の出入りがあるはずもなく、もちろん人影もない。
 もし「ノイズ 」が入ったら、ディレクターが(まだ始まったばかりなので )ストップを掛け、やり直すはずだが・・・と、近くにいた トム・シェパード氏を見たが、彼は全く気がついていないようだ。ひょっとすると筆者の幻聴か? とも疑ってみたものの 埒が明かない。
 第1曲(レクイエムとキリエ )の収録を終わって、ひな壇下にある大きな楽屋に急造したモニタールームで、レニーやシェパードら スタッフと一緒に4ch.再生を検聴する。
 しかし後方リアch.用2スピーカーが、オーラトーン
(当時 ラジオやテレビの音声チェック程度のモニター用として普及していた小型スピーカー )級の小さなものだった上に その場にいた人も多かったので、そこでは ついに「3声 」とも耳にできなかった。

 ところが帰国して数か月、レコード(L.P. )や 4トラ・テープが発売されたのを聴いてみると、幻聴かと疑った その時の「3声 」が ちゃんと収録されていたのだ!
 そしてL.P.の針音やテープのヒス・ノイズなどに悩まされながら、そのDレンジのシッポ ギリギリの嬌声を 繰り返し確認するという十数年が過ぎ、それらノイズから解放されたCD時代となった。
 最初‘86年 4月に出た 50DC-388~9 に続いて、現在はSBM方式で20ビットからリマスタリングされた新盤(ソニー SRCS-9554~55 )が出ている。
 冒頭無音からマスターのごく僅かなヒス(ドルビーA使用 )と場内暗騒音がスタートし、2.5秒後にチェロ群が入ってくる。そして「第1声 」は00分11秒目、「第2声 」が00分24秒目、そして「第3声 」が00分27秒目、いずれも左方遠方から響く(注、初回CD - 50DC-388~9 - では 0.5秒目からチェロが入ってくるので、いずれも2秒ずつ早くなっている )。
 これらは 装置のS/NやDレンジ・チェックに最適な「秘密兵器 」として ここ四半世紀活用してきたが、音源の正体については謎のままだった。それがロイター通信の記事で 突然 目からウロコが落ちた次第である 


  「ロイターの記事って? 」
  「和田則彦さんが紹介しておられる、1985年東京新聞夕刊に掲載されていたという ロンドン 4月29日“ロイター発”『英アルバート・ホールにゴースト・バスターズ(お化け退治 )出動 』という記事だよ 」
  「それって・・・ 」
  「以下、その部分も引用してみようか 」

 - 英ロンドンの王立アルバート・ホールには幽霊が出る、という話があるが、1985年 4月29日夜、当局から依頼を受けた“ゴースト・バスターズ”が超自然現象の調査に乗り出した。
 調査したのは、幽霊退治では英国で5本の指に入るアンドリュー・グリーン氏。毎年現れるという19世紀の衣服を着た 笑う女性二人の幽霊の姿をとらえようと、カメラや高感度センサーなどの機械を設置。すでに円形の同ホール内で 急激な温度変化が観測できたという。
 グリーン氏は「温度変化は大きな手がかり 」と説明、「短期間で変動するのは、何かが起こった証拠か または これから起きる前兆だ 」と語る。同氏は女性二人の幽霊の他に、ホール内のオルガンを修理するといわれる、19世紀のオルガン製作者ウィリス氏の幽霊の姿もとらえたいという -
 

  「謎の悲鳴の正体は、コレだったのか ! というのが、和田則彦さんの結論というわけ 」
  「アルバート・ホールに 昔から棲んでる 二人の自縛霊だったなんて・・・。ね、アナタ その バーンスタイン盤のヴェルディ 『レクイエム 』のCD、当然 持ってるわよね 」
  「もちろん。ほら、国内盤ソニークラシカルSICC-41~42 」
  「聞かせて頂戴。その 冒頭のところを! 」
  「・・・って お前、今回は 音楽を聴きたがってないだろ 」

ヴェルディ_レクイエム Leonard Bernstein
ヴェルディ:レクイエム
レナード・バーンスタイン指揮
ロンドン交響楽団 & 合唱団、
 マーティナ・アーロヨ (ソプラノ )
 ジョゼフィーヌ・ヴィージー (メゾ・ソプラノ )
 プラシード・ドミンゴ (テノール )
 ルッジェーロ・ライモンディ (バス )
録 音:1970年 2月23、24、26日 ロイヤル・アルバート・ホール
音 盤:CBS(ソニークラシカルSICC-41~42 )

  バーンスタインによる「激しい気迫が表面に噴出し、集中力をもって一点に凝縮(吉井亜彦氏 ) 」するかのような まさに個性的なレクイエムです。

- スイッチON !

  「・・・って、どこ? 」
  「集中して よーく聴いてみろ、ほら もう一度かけるから 」
  「聞こえないじゃん 」
  「00分11秒目で『第1声 』、00分24秒目で『第2声 』、そして00分27秒目に『第3声 』だよ。合図してやるから、もう一度 」
  「・・・あ、アナタには 聞こえるの? アナタにしか聞こえないんじゃないの? 」
  「って、そんな目でオレを見るな。じゃ ヘッドホンで聞け 」
  「ヴォリューム上げてね 」

- そして
100×100 絶句 by Schulz
  「あ、わかる・・・今度は 聞こえた! 」
  「和田則彦さんの文章どおりだろ? 」
  「うわ、たしかに 遠くで 誰か絶叫してる! きゃーっ コワイよ~ 」

 ヴェルディの『レクイエム 』 は1874年に完成した。もし19世紀からのロイヤル・アルバート・ホールの “地縛霊”が、レニーの名演で初めて聴くこの曲に感動して感嘆の声を上げたとしたら、音楽の力は偉大なるかな! 
  - 以上、青字部分和田則彦氏による 文章の引用です。

 ・・・ 今回は 殆ど 引用文が中心で、申し訳ありません。
 この和田則彦氏の 興味深い文章は、10年近く前だったでしょうか、当時ネット上に紹介されていた記事が たまたま私の目に留まり、オモシロイなーと思って なんとなく印刷しておいた紙が手元に残っていたものです。
 実は、今回 そのサイトをご紹介しようと思って、いろいろ検索してみたのですが すでに閉鎖されてしまったらしく、とうとう見つけることが出来ませんでした。けれども和田氏の書かれた文章があまりにも興味深い内容(しかも現存する音源で 確かめることも出来るもの )だったので、プリントした紙を読みながら、私“発起人”が 毎度勝手ながら わざわざ打ち直したものです。

 引用させて頂きました 和田則彦氏の文章(青字部分 )の出典は、「ロイヤル・アルバート・ホール、二人の女幽霊の声がCDで聴ける !? 話 」 無線と実験(誠文堂新光社 )1996年 9月号  だそうです。上記の理由で その原典そのものが私の手元にあるわけではありませんが、この場を借りて オリジナル文章を書かれた和田則彦氏、及び この文章をかつてサイトにアップなさっていた「倉庫番 」さんの見識にも 敬意を表しつつ 拍手を送りたいと思います。

ヴェルディ 1871年のロイヤル・アルバート・ホールのオープニングセレモニー
(左 )ヴェルディ Giuseppe Fortunino Francesco Verdi (1813 - 1901 )
(右 )1871年の ロイヤル・アルバート・ホールの 落成式


■ 最後に、補足を ひとつ。
 最後に、私 発起人から ひとつだけ補足させて頂きます。
 「レクイエム 」を完成させたジュゼッペ・ヴェルディは、この曲を1874年 5月22日(マンツォーニの一周忌 )、ミラノサン・マルコ教会で 自らの指揮で初演して以降、高齢にもかかわらず 精力的にヨーロッパ中を指揮して回り(! )、1875年には ロンドンも訪れ、まさにこのロイヤル・アルバートホール(1871年 3月29日落成 )でも 5月15日から3日間にわたって演奏しているのです。
 ・・・ということは、もしアルバート・ホールの “地縛霊”なる存在が、ヴェルディ作曲「レクイエム 」を、バーンスタインが指揮する演奏で聴いて歓声を上げたとしたら、それは「初めて聴 」いた感激からではなく、作曲者ヴェルディ自身の指揮によって1875年に初めて聴いて以来、同曲が再び 約100年ぶりにホールに鳴り響いたことへの 「懐かしさ 」、「感嘆の声 」だった - ということになるのでは - と思う次第です。
 それこそ 和田則彦さんのおっしゃるとおり、「音楽の力は 偉大なるかな 」 (拍手 ) ・・・ふんす!

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