本記事は 6月30日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」


Gustav Mahler Titanic 救命ボート もくじ 

(15) 最終回
   「 美しい トランペットの鳴り渡るところ 」


 1912年 4月15日 - それは まさに 「終わりなき春 」 - の、夜明け前のこと。
 ウォーレス・ハートリーが 故郷に残してきた、若く美しい 婚約者マリア・ロビンソンは ドアがノックされる音で目を覚ましました。
「あら、外にいるのは 一体 誰かしら、
 わたしを こんなに優しく、目覚めさせられる人といえば? 」
 
 ハートリーは 気がつくと 彼女の屋敷のドアの外にいる 自分自身の存在が、グスタフ・マーラーの ある歌曲の 「 内側に立っている 」ことを発見しましたが、あまり驚きませんでした。
「そんなの ボクに決まってるだろう、お前の心の恋人じゃないか、
 さあ、早く起きて 部屋に入れておくれよ、ここはとても寒いんだ 」
それは既視感 - デジャ・ヴ - にも似た 不思議な感覚でしたが、彼の口からは 発すべき言葉が 自然に流れ出しました。
マリア、お前は ボクを ここにずっと立たせておくつもりじゃないだろうね、
 そうでなくても もうボクは かれこれ 6時間以上も立ちっ放しだったんだから 」

 そんなに長く待たせていたかしら、と 部屋の内側でマリアは思いました。 
 ― だって それを言うなら、わたしのほうこそ アナタの帰りを ずーっと待たされっ放しだったんだからね、と ふくれつつ、それでも 内心 大喜びで飛び起きると 歓迎の言葉と共にドアを開け、彼を 部屋の中へ招き入れました。
「お帰りなさい、いとしい ウォーレス
 今回の航海は とても早く帰ってこれたのね 」
そう言いながら、マリアは 嬉しさのあまり 手を伸ばし、恋人の手を握ろうとしました 
 - その手・・・ びっしょりと濡れた、氷のように冷たい 彼の白い手に触れた瞬間、彼女は 直感ですべてを理解し、そして すすり泣きを始めました。
「・・・もう会えないのね 」
ハートリーは 優しく、彼女に微笑みかけました、
「ぼくには美しい朝焼けの広がりが見える、朝焼けに、二つの明るい星
 それは マリア、お前の 両方の瞳のことだよ 」
 遠くで ナイチンゲールが鳴いています。
「・・・ああ、泣かないでおくれ、マリア。約束を守れなくて 本当にごめんよ。
 でも、ぼくの花嫁となる女性、それは お前以外に この大地には 他に誰もいない! 」
「・・・ 」
溢れ出る涙と 嗚咽に とうとう声が出なくなってしまったマリアを 慰めるように、ハートリーは 静かに歌いました。
「ああ、青き海原、銀色に輝く水面(みなも )
 そこへ ぼくは戻らなければならない
 光る波濤を越えて、あの 青き大海原のただなかへ・・・
 そこでは、遥か遠くから 美しく鳴り続けるトランペットの響き が 聴こえてくる
 今は そこが、ぼくの住居(すまい )なのだから 」

 前日の晩、マーラー没後一周年記念のコンサートを挙行した タイタニックの一等サロンで、
見習船員マルティン・クレッツァー少年によって 24小節だけ吹奏された、あの美しいトランペットの音色
ウォーレス・ハートリーの耳の奥深くに 甦(よみがえ )ってきました。
― その音は、地上では葬送のラッパでありながら 同時に 天国では歓迎と祝福の合図でした。
 そのマルティン少年の傍らに立っているのは、マードック一等航海士、エドワード・スミス船長、トーマス・アンドリューズ、めいめいの楽器を抱えた 仲間の楽団員たち ― ジョック・ヒューム、ジョルジュ・クリンズ、ロジャー・ブリコー、フレッド・クラーク、テッド・ブライリー、そして なぜか彼だけは ワイングラスを片手にした パーシー・テイラー・・・  彼らは 皆 一緒でした。

 今、まさに太陽が燦々と昇ろうとしています、まるで 昨夜の不幸など 何もなかったかのように。
 マリアは、昇る朝日とともに その姿を 徐々に消し去りつつある ハートリーの面影を 追いかけながら 自らの想いをふりしぼるかのように 最後の言葉(テープ )を 彼に投げました、
「さようなら、ウォーレス。 わたし、アナタのことを、決して 忘れたりしないよ! 」

 伝ウォーレス・ハートリーとともに北大西洋で発見されたヴァイオリン
 ウォーレス・ハートリーとともに 北大西洋上で発見されたと伝わる 彼のヴァイオリン
  (Brushed with Mystery より )


 ウォーレス・ハートリーのなきがらは、事故の二週間後、北大西洋の氷海上で発見されました。愛器を胸に抱えたまま 凍りついていた、とも伝えられます。
 遺体は引き上げられ、ホワイト・スター・ライン社のアラビック号によって故国イギリスへと運ばれました。
 最期まで 己が職に殉じた、勇気ある行動によってイギリス中の敬意を集めることになった楽師の、その故郷での葬儀には、なんと1,000人以上もの人々が参列したそうです。

 彼の婚約者だった マリア・ロビンソンは、その後、終生 愛するウォーレス・ハートリーの冥福を祈り続け、その後 1939年に亡くなるまで、生涯 独身を 通しました。


■ グスタフ・マーラー作曲
歌曲「美しいトランペットの鳴り渡るところ

グスタフ・マーラー D.F=D セル、シュヴァルツコップフとの「少年の不思議な角笛 」EMI
歌曲集「子供の不思議な角笛 」
収録曲:
死んだ鼓手(起床合図 )、うき世の暮らし、無駄な骨折り、ラインの伝説、少年鼓手、歩哨の夜の歌、この歌をひねり出したのはだれ? 高遠なる知性のおほめの言葉、魚に説教するパドヴァのアントニウス、塔の中の囚人の歌、不幸の中の慰め、美しいトランペットの鳴り渡るところ
 エリーザベト・シュヴァルツコップフ(ソプラノ独唱 )
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン独唱 )
 ジョージ・セル指揮 / ロンドン交響楽団
録 音:1969年 3月 8、9日 (ロンドン キングスウェイ・ホール )
音 盤:EMI(東芝EMI TOCE-3059 )


歌曲「美しいトランペットの鳴り渡るところ 」
原詩編纂:ブレンターノ兄弟
補  筆:グスタフ・マーラー


( 歌唱 : シュヴァルツコップフ
  「外にいるのはだれ、戸をたたくのはだれ、
   こんなにこっそりとあたしを起こすのは? 」

( 歌唱 : フィッシャー=ディースカウ
  「きみの最愛の恋びとだよ、
   起きて、ぼくを中へ入れておくれ!
   もっと長く立たせておくつもりかい?
   もう朝焼けが見えるよ、
   朝焼けと、明るい二つの星が -
   恋びとのそばに、ぼくは いたいんだ!
   ぼくの心から愛するひとのそばに! 」

( 歌唱 : シュヴァルツコップフ
 娘は起き出して、彼を部屋に入れ、
 彼に歓迎のことばを告げた。
  「ようこそ、いらっしゃい、いとしいひと!
   長く待たせちゃって、ごめんなさい! 」
 彼女は 雪のように白い手を差し出した。
 遠くの方で 夜うぐいすが歌っていた。
 娘は さめざめと泣きはじめた。

( 歌唱 : フィッシャー=ディースカウ
  「ああ、泣くんじゃないよ、かわいいひと!
   今年中にきみはぼくのお嫁さんになるんだ。
   この地上では、きみ以外に誰もなれない!
   ぼくのお嫁さんにきっとしてあげるよ!
   おお、この緑の大地の上の恋!
   ぼくは緑の荒野に戦いに出かける -
   ここからははるかな緑の荒野に!
   美しいトランペットの鳴りわたるところ、
   そこに ぼくの家があるんだ、緑の芝に埋もれて! 」
                         
                  ( 対訳:西野茂雄 )

おわり
 Special Thanks To Mr.Hubert Stuppner
 Eine Mahler-Soirée auf der Titanic am 14. April 1912
 「タイタニック船内のサロンにおける、マーラーを追悼する 架空の音楽会
 文 章:“スケルツォ倶楽部” 発起人  ( 2012年 6月28日 完了 )

ストーリーを はじめから読む  ⇒ 第1回 「まえがき 」 


■ 完了です (ふー )。
せっせと張ったストーリー上の伏線を、この最終回で なんとか無事に回収することができました。長い文章を お読みくださった皆さま、本当に どうもありがとうございました。
もし 拙文へのご意見 ご感想 ご不満など、頂けたりしましたら、誠に幸甚に存じます。

■ この物語は フィクションです。
基本的に その点を踏まえたうえで、さらに いくつか補足させて頂きます。

■ タイタニック・バンドのメンバーの中には、史実では もうひとり ジョン・ウッドワード John Woodward というチェリストがいましたが、ストーリー進行上の都合で 意図的に登場させておりません。

■ 見習い船員で、急きょ マーラー / 第4交響曲の第一楽章に 美しいトランペットで参加することになる重要人物、マルティン・クレッツァー少年は、架空の人物です。しかし、その名前は お察しのとおり(! ) 63年後 カラヤン/ベルリン・フィル(D.G. )盤の マーラー / 第5交響曲 の冒頭、葬送のトランペット・ソロを任されることになる 名手と 意図的に 同じくしています。カラヤンのレコードが 日本に紹介された当時、現実の クレッツァーは 17歳の天才として紹介されていたものでしたが、実際には 23歳だったそうです。

■ 最期の讃美歌とされる320番「主よ、御許に近づかん Nearer, my God, to thee 」には、当時 2種類のメロディ が存在していました。そのひとつは 英国のダイクが作曲した Horbury、いまひとつが 米国のメイスンによる Bethany です。J.キャメロン映画「タイタニック 」の中で使われ、今は 知名度も より高いほうが 後者メイスン版です。しかし、もし1912年当時、イギリス人が この讃美歌を演奏したとすれば、ダイクが作曲したほうの旋律(古い映画「SOS タイタニック 」の中では、このダイク版「主よ、御許に 」の旋律が歌われていました )だったのではないか との説もあります。

■ もうひとつの讃美歌351番「友という友は One there is, above all others・・・ 」は、前述のとおり  「オータム Autumn 」というタイトルで 知られていますが、実は、これに似たタイトルの 全く別の曲「ドリーム・オブ・オータム Songe D'automne 」という 当時の流行曲があり (しかも 通称 「オータム 」と呼ばれていたそうです )、その楽譜サロン・バンドの使用していた曲集の中に含まれていた、という情報もあるのです(イアン・ウィットコム による説 )。
果たしてバンドが どちらを演奏したのか(しなかったのか )、その真相は 結局 不明なのですが、この もうひとつの「オータム 」( - こちらは マイナー・キーの 哀愁溢れる ワルツです )は、 イ・サロニスティ(2枚組サントラ Sony )や イアン・ウィットコムタイタニック・オーケストラ名義、Rhino = Atlantic )などのディスクを購入すれば、実際に その音楽を 聴くことが 出来ます。

■ また 他に思い出したら、随時 補足を上書きしてゆこうと 考えております。
タイタニック号遭難 」と「マーラー一周忌 」の 「組み合わせ 」物語、当初の予定(では 三回程度で終えるつもりでしたが・・・ )に反し、相当 長い作品となってしまいました。
生活の糧を得るべき 本業の仕事も 何やかやと忙しく、従来の連載記事が 3ヶ月も 中断状態となってしまったことをお詫びします。

これからも どうぞ ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

参考資料
フリー百科事典(ウィキペディアWikipedia )~「タイタニック 」、「マーラーの交響曲 」の項
「タイタニック号の最期 」 ウォルター・ロード著 佐藤 亮一 訳 (筑摩書房 )
「タイタニック号99の謎」 福知 怜 著 (二見書房 )
「グスタフ・マーラー 愛と苦悩の回想」 アルマ・マーラー著 石井 宏 訳 (中央公論 )
「グスタフ・マーラー  失われた無限を求めて 」 アンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュ著 船山隆、井上さつき 共訳 (草思社 )
「銀河鉄道の夜 」 宮沢 賢治 著
及び、各紹介ディスクに添付されているライナーより


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