本記事は 5月29日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(11) 「大地の歌 」から 第5楽章「春に酔える者 」 ピアノ版

 1912年 4月14日深夜、一等船室の大階段ロビーに据えられている巨大な柱時計が指す時刻も すでに午後11時を過ぎ、極寒の北大西洋上をニューヨークに向けて航行中の豪華客船タイタニック号の 一等船室サロンでは、今宵「マエストロ・マーラーの夕べ ~ 副題 “偉大な指揮者の 作曲家としての知られざる一面を聴く” 」と 題された音楽会が、些細なアクシデントやトラブルで 予定より遅れつつも 何とか進行していました。
 楽団の若きリーダー、ウォーレス・ハートリーが率いるサロン・バンドのレギュラー・メンバーは、たまたま この船に乗り合わせた 名門ロンドン交響楽団管・打楽器奏者の好意的な協力を得ながら、いよいよ今夜最後の演目となる、マーラーの遺作「大地の歌 」と題された交響曲から その 長大な最終楽章「告別 」を、室内楽編成にアレンジした特別な版で演奏するため、準備に要する時間を、しばらく聴衆への休憩に充てていました。
 しかし 今宵の かくもマニアックなプログラムに 好んで耳を傾けようとするリスナーは少なく、 サロンに座っている聴衆の人数は わずかに3人だけでした。
 ― このタイタニック号の処女航海を最後に 現役を引退しようというエドワード・スミス船長、同じく この船の精緻な設計を担当したハーランド・アンド・ウルフ社の設計技師トーマス・アンドリューズ氏 - 彼らは 互いに相手が 音楽に対していかに深い造詣を備え、また熱い愛情を持っていたかということを、航海の最終夜となる今宵 このサロンで ともにマーラー追悼プログラムを聴きながら会話を重ねることによって、初めて認識したのでした。
 そして もうひとり、客席の最前列中央に座って 音楽会の最初から一貫して静かに聴き続けている 黒衣をまとった30代の美しい女性 - ウィーンに留学経験のある サロン楽団員メンバーのひとり ジョック・ヒュームのたしかな記憶によれば、彼女の横顔は マーラーの未亡人アルマ夫人に間違いない ということでした。これが 今夜の演奏家の士気を高めている根拠にもなっているのでした。

 ヴァイオリンを脇に抱えたコンサート・マスター、ウォーレス・ハートリーを先頭に、ジョック・ヒューム(第2ヴァイオリン )、ジョルジュ・クリンズ(ヴィオラ )、ロジャー・ブリコー(チェロ )、フレッド・クラーク(コントラバス )、そして ハルモニウムとチェレスタなど鍵盤楽器を担当するテッド・ブライリーら、バンドのレギュラー・メンバーが サロンの低いステージに上がりました。その後ろから、エキストラである ロンドン交響楽団フルート奏者、オーボエ奏者、クラリネット奏者、ファゴット奏者、ホルン奏者、さらに打楽器奏者が 続きます。器楽奏者たちのセッティングが済むのを待ちつつ ステージの脇で 若いメゾ・ソプラノ歌手 - 彼女は 先刻 アルマ夫人の歌曲を歌いました - が 緊張の面持ちで 譜面を睨みながら その可愛らしい小鼻に 小さなしわを寄せていました。
その時です。
「ピアニストがいない 」
ジョック・ヒュームが気づいて 小声で ハートリーに告げました。
「また 爺さんか 」
リーダーは 心の中で舌打ちしました。肝心のパーシー・テイラー翁がいません。この大曲のアレンジでは オリジナルの金管パートを鍵盤楽器が代用することも多く、ピアノは大活躍しますから、彼なしでは演奏自体が成立しないのです。
もうひとりの鍵盤奏者テッド・ブライリーが 突き放したように言いました。
「爺さんは たしか 第4の第1楽章に参加して以降、ずっとパブで飲み続けているはずだよ 」
ハートリーは 信頼している若者に目で合図します。
ジョック、すまないけど 呼んできてくれないかな 」
これを察した ヒュームが 楽器を置いて走り出そうとした その瞬間、泥酔しきって千鳥足の天才ピアニストは サロンに戻ってきました。
パーシー・テイラー、只今参上 」
「一体 大丈夫かなー 」
客席のスミス船長などは 堪えきれずに 隣席のアンドリューズの脇腹をつつきながら笑いを押さえています。設計士も困ったように もはや笑うしかありません。
ハートリーは 相手の様子をうかがうように、一歩間違えば ただの泥酔者かもしれない ずっと年上のピアニストに話しかけました。
「ええと、テイラーさん、さきほどは 自動ピアノのアイディアを示唆してくださって ありがとうございました 」
その言葉には応えず、テイラーは 今度は 大声で ハートリーに告げました。
「俺は 去年の11月、ミュンヘントーンハレで 『大地の歌 』の初演ブルーノ・ワルターの指揮で聴いて感動したくちだ。ホールにはコルンゴルトも来ていたよ 」
「はあ・・・ 」
「あれを 全曲演奏しないたぁ、作曲者に対する冒涜にも等しい。こら ウォーレス、偉大なシンフォニー大地の歌 』を、今から 全曲 演(や )ろうぜ 」
今回ばかりは ハートリーも さすがにステージ上から言い返しました。
第5楽章までは オリジナル・スコアしか用意していないのに、とても全部なんか出来ませんよ。第一 もう時間がありません。本当なら もう すでに終演の時刻なんですよ。スミス船長のご厚意のおかげで 何とか延長できているんですから。予定より 遅れているのは、はっきり言いますが、みんな アナタのせいなんですよ 」
テイラー爺さんは、にやりと笑いました。
「ふふん、しようがねえ。じゃ、せめて俺が これから第5楽章だけでも歌って、威勢よく お前らの演奏の露払(つゆはら )いをしてやらぁ 」
「う、歌うんですって? そんなに酔って! いくらアナタでも 弾きながら歌えるわけないでしょう 」
「俺は 一度聴いた音楽は決して忘れない。しかもここにはスコアもある。さあウォーレス、もう一度 譜を めくれ! 」
(・・・ああ、客席の“マーラー夫人”は、この有様をご覧になって、どんな顔をしておられるのだろう )と、傍らでジョック・ヒュームは ため息をつきました。
楽団員らの心配をよそに、客席からは 意外なことに スミス船長アンドリューズからの ぜひ聴かせてくれ と言わんばかりの 大きな拍手が起きてしまいました。いよいよ目的地であるニューヨーク港 に到着する前夜であるという気持ちが 二人を高揚させているのでしょうか。
 パーシー・テイラーは ふらふらしながらもステージに上がり、ピアノの上に広げられた総譜をにらみつつ 両手をピアノに突きながら 前屈みの姿勢になりました。肩で息をしながら 大きく開かれたスコアを見おろしています。どこから見ても立派な酔っ払いで、今にもスタインウェイ・コンサート・グランドの中に どっと嘔吐するのではないか、と思われても仕方のないような姿勢を取ったまま動きません。
 いや、本当に吐くのか? と一同が不安に思い始めた次の瞬間、いきなりピアノの鍵盤を 叩き始めました。初見のスコア・リーディングで 些か乱暴ながら しかし意外にも よく通る声、まさしく キャラクター・テノールで 歌いだしたのです、マエストロ・マーラーが 生前 遺した最後の男声歌曲となった、文字どおり「酔っぱらいの歌 」を。

「大地の歌 」 第5楽章「春に酔える者 」
(詩:李白「春日酔起言志 」に基づき ハンス・ベートゲが翻訳、これをマーラー自身が 改変したもの )

     もし人の一生が 徒一場の夢だったら、
     努力や苦労することに 一体 何の価値がある?
     だから 俺は 思い切り酒を飲むんだ、
     飲めなくなるまで、酔いつぶれるまで、
     終日 酒に溺れてやる。
 
     五臓六腑、魂まで奈良漬けみてえに、
     とうとう べろべろに酔っちまったったら、
     よろめきながらでも 家に帰り着けるかな?
     玄関の戸口に無事たどり着けたら、このまま
     ひっくり返って、そこで眠り込んでしまいたい。

     目覚めたら 何か聞こえてくるのかな 
     さあ よく聴けよ、
     庭の樹に咲いた花の中で、
     鶯(うぐいす )が 一羽 鳴いてるじゃねえか
     いまだに俺は夢見心地だけど、そこで鶯に尋ねてみたのさ
     「もう春になったのか? 」って。

     そうしたら 鶯は囀(さえず )りやがる、
     「そうですよ、すでに春ですよ、
      冬の闇夜を切り裂いて、春がここにやって来ました」
     うれしいことを 言ってくれるじゃねえか、
     俺は 鶯の鳴き声に、すっかり聴き惚れちまったから、じっと見つめていると
     ここぞとばかりに鶯は、歌い、舞い、ころころと笑いやがるのさ。

     で、また起き掛けに迎え酒だ、こたえられねえ、
     手酌で杯を満たしたら、飲んでやる、
     ふふん、底まで飲んでやる
     そして酔った勢いで、ずっと歌い続けてやるよ、
     朝のお月さまが、その日の夜空に戻り昇って、
     俺の杯の水面に その輝く姿を再び映すまでの間な!

     え、それで もう歌えなくなったら どうするって?
     もう一度 しこたま眠ってやるのさ!
     春が来たからって それがどうしたっていうんだ、
     頼むから こんな酔っぱらいなんか、
     どうか このまま 放っておいてくれ!
                        (意訳 山田 誠 )


 “酔っぱらいの歌”を 歌い終えたパーシー・テイラーは、その想定外に見事だった弾き語りに興奮した 数少ない聴衆の喝采には 一瞥(いちべつ )も与えず、その代わり、ピアノから顔を上げるや否や 完全に醒めた表情で ハートリーと楽員達を 大声で 促しました。
「ほら ウォーレスすぐに 第6楽章へ 入れ! 」 
すでに準備万端整っていた若いメゾ・ソプラノ歌手室内オーケストラのメンバーと ウォーレス・ハートリーは 即座にアイ・コンタクトを交わし合うと、次の瞬間、今夜のプログラム 最後の演目である マーラー遺作交響曲「大地の歌 」終楽章「告別 」冒頭 - あの 慟哭の第一音 - が、タイタニックの 一等サロンに 大きく鳴り響きました。すると同時に、その場にいた全員が 自分たちの立っている足元が 大きく揺れたかのような衝撃を 感じたのでした。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

タイタニック マーラー_0002
マーラー:「大地の歌(作曲者自身による オリジナル・ピアノ版 )」
トーマス・モーザー(テノール独唱 .)
ブリギッテ・ファスベンダー(メゾ・ソプラノ独唱 )
シプリアン・カツァリス(ピアノ )
録 音:1989年 9月、ベルリン
音 盤:Teldec(ワーナーミュージックジャパン WPCS-10389 ) 
 

 この珍しいピアノ稿による「大地の歌 」の 歴史的世界初演は、何と 日本に於いてでした。1989年 5月15日、東京の国立音楽大学講堂ヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ、マリャーナ・リポヴシェク、エスタ・ヴィンベルイによる独唱だったそうです。
 その経緯を追いますと、これは もともとアルマ夫人の手元に自筆譜が置かれていた マーラー自身によるピアノ稿オーケストラ稿とは 小節数や音、歌詞などに相違があります )で、歌手の練習用のスコアなどではなく、実際に演奏されることを目的とした独立した作品として 元来 構想され、オーケストラ版と併行しながら作曲が進められたものだそうです。アルマ夫人は1950年代に この楽譜を 画商オットー・カリルに託し、これが ステファン・ヘフリングの校訂を経て 1989年にマーラー全集補巻として出版されたということです。
 オーケストラ版とは、明らかに違うと思われるのは、歌手に掛かる精神的な負担(気負い )・プレッシャーなどが小さいであろう、ということとは反対に、歌手の繊細な部分の感情表現が、聴衆には ダイレクトに伝わりやすい点が挙げられると思います。
 ベートーヴェン交響曲全曲をはじめ、そのテクニックで「何でも 」ピアノで弾いてしまうシブリアン・カツァリスが、その「初演 」の年、ついにマーラーにまで手を出した演奏の貴重なディスクが これです。
 さて、このピアノ伴奏「大地の歌 」と言えば、外せない もう1枚は、2002年 作曲家の野平一郎氏がピアノを担当し、意外にもリリック・ソプラノ平松英子さんが(奇数楽章も含め )全曲独りで歌った「大地の歌 」録音も リリースされた当時 たいへん話題になりましたね。
大地の歌 ピアノ版(野平盤 )
平松英子(ソプラノ独唱 )
野平一郎(ピアノ )
録音:2002年 5月、紀尾井ホール
音盤:MusicScape MSCD-0012
 
 いわば 行書体的な印象の カツァリス盤に比べれば、より丁寧な楷書体とも表現できる 野平=平松盤の方が、実は 個人的にも興味深く、初めて耳にした時から たいへん感服しつつ 繰り返し拝聴し続けています。野平氏による 単なる伴奏にとどまらぬピアノの意味深さ、平松さんの 透明な まっすぐで繊細なる歌唱、しかもソプラノの音域に在る女声歌手による成果が 過去の 他のどのディスクからも聴けなかった 新しい表現を 獲得していると感じました。これは まさに「歌曲 」です。

次回(12 ) 「大地の歌 」第6楽章「告別 」室内楽版 に続く・・・

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