5月18日 - 本日は グスタフ・マーラーの101年目の命日にあたります。合掌・・・

本記事は 5月20日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(10)交響曲第5番 嬰ハ短調
 - マーラー自身のピアノで第1楽章、室内楽編成で「アダージェット 」


 北大西洋を 一路 ニューヨークへ向かうタイタニック号のサロンの片隅に置かれていたアップライト・ピアノは、今から 6年半前に ドイツ ライプツィヒのヴェルテ=ミニヨン社の音楽スタジオで 偉大なマエストロ グスタフ・マーラー自身が弾いたとおりの運指を、今 正確に鍵盤上で再現しながら、しかし弾く者の姿はなく 演奏を続けています。先ほどの「天上の生活 」を歌い終えたソプラノ歌手 E.S.嬢が 心のこもった拍手とともに退場すると、次の曲目は、交響曲第5番 嬰ハ短調 第1楽章 - 沈鬱な葬送行進曲 - です。


 まるで マエストロ・マーラーの魂が、タイタニックのサロンに置かれた再生装置付きピアノの椅子に 今しも どっかりと座して演奏しているがごとく、目に見えぬ指の運びに従って 楽器の鍵盤がリズミカルに引っ込んだり戻ったりしている様子たるや それは 実に不思議な眺めで、いつまでも見飽きません。フェルトの付いた長いハンマーが飛んできて 然るべきピアノ線を正確に叩いたり、誰も踏んでいないのにダンパー・ペダルが押下されたり、これがメカニカルに連動して ピアノの内側でもダンパーが勝手に上がったり下がったりする様子など、それはピアノそれ自体が、あたかも生きている一個の生命体であるかのよう・・・。
 もしや客席の「アルマ夫人 」には 亡きマエストロの遺影が見えているのではないか - などと ハートリーは 心の裡で想像していました。
 数少ない聴衆ながら、この時 おそらく誰しもが 約1年前 - 1911年 5月18日 - に亡くなった 偉大なマエストロの、生前の颯爽とした姿を それぞれ思い出していたに違いありません。
 
 マーラーが、この世から「飛び去った 」のは、夜も更けた午後11時05分のことだったそうです。その日 病床の病人の苦しい呼吸は不規則になり、戸外では まさにベートーヴェンの臨終の時と同様に 激しい嵐が吹き荒んでいました。
晩年のマーラー Alma Mahler
 ・・・その最期の日に マーラーは、まるでうわごとのように いくつかの断片的な言葉を呟いた - と伝えられています。
シェーンベルク・・・(ぼくが支援しなければ )もう誰も残っていないじゃないか 」
アルマ夫人は 力の及ぶ限り 若いシェーンベルクを援助することを約束します。そんな健気(けなげ )な若い妻に対し、マーラーは 回復したらどこか旅行へ出かけようと言い出します。
エジプトへ行って、ただ一面の青空だけの世界を見ようじゃないか・・・ 」
アルマ夫人は そんな夫の目を見つめながら、言ったそうです、
「もしあなたが治ったら、私の悩みもこれで最後だわ。あなた、おぼえていらっしゃる? 出会ったばかりの頃 私のことを『悩みのない顔をしているな 』なんておっしゃったでしょ。でも 私、たくさん悩んだわよ。もうこれ以上のお仕置きはたくさん。これからは 楽しくて悩みのない人生をおくりましょうよ 」
年上の夫であるマーラーは 優しく微笑みながら妻の髪を撫でたそうです、
「そうだね、まったくだ。神さまに治してもらえたら、また幸せに暮らそうね 」

 また、病室に届けられた白い籠に収められた花束に差してある手紙を見て、マーラーは 殊の外 喜んだと伝えられています。
「ぼくのフィルハーモニー・・・ 」
と、何度も口に出して言いました。それは宮廷歌劇場のオーケストラ - ウィーン・フィルハーモニーから届いた カードと花束だったのです。

 そして、やがて呼吸も困難になり 酸素吸入が施されるようになると、臨終の苦悶が訪れました。掛布団の上で、一本の指が微かに指揮をしていたそうです。何を振っていたのでしょう、自作の交響曲でしょうか。 いいえ、おそらく それは  ・・・ アルマ夫人は 後に書き残しています。
 - その唇に微笑がもれ、(彼は )二度 “ モーツァルト ”と 言いました・・・。

 そして その直後 昏睡状態に陥り、数時間に及ぶ苦悶の末、彼女の夫の「美しい魂 」は、嵐の中 この世から飛び去ったのでした。

 マーラー自身が弾く第5交響曲から「葬送行進曲 」の重いリズムは、聴衆に1年前のマエストロのに際しての 数々の痛ましい逸話を 聴衆と楽団員らに思い起こさせました。

 次は、同じく マーラー第5交響曲から 第4楽章「アダージェット 」を、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、そして アコルディオン という 珍しい組み合わせのクァルテットによるアレンジで演奏します。
 タイタニック・サロン・バンドの選抜メンバーは、バンド・リーダーウォーレス・ハートリー(ヴァイオリン )、ロジャー・ブリコー(チェロ )、フレッド・クラーク(コントラバス )、そして テッド・ブライリーのアコルディオンです。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

アマルコルド・ヴィーンMaterial Records(MREO 27-2 ) Amarcord Wien_© Nancy Horowitz
エリーザベト・カールマン & アマルコルド・ヴィーン
マーラー歌曲集 Mahler Lieder
1 歌曲集「さすらう若人の歌 」から 第2曲「朝の野辺を歩けば」
2 リュッケルトの詩による歌曲「ほのかな芳香を吸い込んだ 」
3 リュッケルトの詩による歌曲「私の歌を覗き見しないで 」
4 リュッケルトの詩による歌曲「美しさゆえに愛するのなら 」
5 歌曲集「さすらう若人の歌 」から 第4曲「恋人の青き二つの瞳 」
6「若き日の歌 」から「夏の歌い手交代 」
7 歌曲集「少年の不思議な角笛 」から「この歌をこしらえたのは誰? 」
8 歌曲集「少年の不思議な角笛 」から「お高い良識を褒める歌 」
9「若き日の歌 」から「緑の森を楽しく歩いた 」
10 交響曲第5番から第4楽章 アダージェット
11 歌曲集「亡き子をしのぶ歌 」から 「こんな嵐になるのなら 」
12 リュッケルトの詩による歌曲「真夜中に 」
13 交響曲第2番「復活 」から第4楽章「原光 」
14 リュッケルトの詩による歌曲「わたしは この世に忘れられ 」
  エリーザベト・カールマン(メゾ・ソプラノ、10 を除く )
  アマルコルド・ヴィーン
  セバスティアン・ギュルトラー(ヴァイオリン、編曲 – 1・10のみ )
  ミヒャエル・ウィリアムス(チェロ )
  ゲアハルト・ムスシュピール(ダブルベース、編曲 ‐ 1・10を除く )
  トマソ・フーバー(アコルディオン )
録音:2009年4月15~18日 ウィーン
音盤:Material Records(MREO 27-2 )

 最初 輸入盤店に並んでいる棚からこのディスクを取り出した時には、ユリ・ケインの マテリアルとして徹底的な変貌を遂げさせられたマーラー(名盤「ウルリヒト 」など )のような、アレンジの手が相当 加えられた軽音楽ヴァージョン - たとえば シュランメルン風のもの(笑 ) とか - かもしれない、それでもかまわないや と思いながら、衝動的に購入したものでした。
 しかし、私の浅はかな先入観は 良い意味で裏切られました。アマルコルド・ヴィーンは この特殊な楽器編成でありながら、まったく真摯にマーラーと向かい合っており、オリジナルの音符を まったく弄ることもなく、作曲家が書いたオリジナルの楽譜を 小編成ながら 忠実に編曲しているのです。
 ソリストのエリーザベト・カールマン(メゾ・ソプラノ )も まるで 大オーケストラをバックに歌っているようです。楽器編成の小ささや特殊性など マーラーの作品を演奏するのに何の遜色もありません。このバンド編成に編曲された音の効果を聴いて、私は 軽い衝撃さえ覚えました。楽しい6,7,8曲目の三連発には もはや 唸るしかありませんでした。これは、聴かなければ 判らないでしょう。
 このディスクは 残念ながら さほど評判にはなっていないようですが、この素晴らしさを放置出来ず、この場を借りて 強く推薦したいと思います。 
 ⇒ Amarcord Wien の ホームページはこちら 貴重な動画あり 推薦!

 「アダージェット 」一曲のみインストゥルメンタル(歌の入らない器楽 )演奏ですが、収録されている他のすべての楽曲は、エリーザベト・カールマンが 見事な独唱を務めています。好ましい声質に、率直でストレートな表現、確かな技巧と いずれも深く感じ入りました。

 次回に続く・・・
 ⇒ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの訃報
 ⇒ (11 ) 「大地の歌 」(ピアノ版 ) 

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