本記事は 5月15日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(9)マーラー自身のピアノ伴奏で「天上の生活 」を歌う!

Wallace Hartley(Bandmaster, Violin ) Jock Hume( Violin ) Percy Taylor, (Piano、also Cello )
(左から )楽団のバンド・リーダー ウォーレス・ハートリージョック・ヒュームパーシー・テイラー

「わかりました、もうアナタには頼みませんよ。さあジョック、とっととサロンへ戻ろう 」
自分勝手なピアニストに失望したウォーレス・ハートリーは 不快感を抑えながら 若い楽団員ジョック・ヒュームを促すと、バー・カウンターにもたれたパーシー・テイラーの酔っ払った顔に背を向けようとしました。
すると、
「おーい、ちょっと待てよ ウォーレス
と、テイラー翁の方は上機嫌で 手にしたグラスの中で氷をころころと回しながら バンドリーダーを呼び止めるではありませんか。
「ひとつ 良いことを教えてやるよ。 その『天上の生活 』を、俺は弾く気はないけれど、いいか、マエストロ・マーラー自身にピアノで伴奏してもらう方法があると言ったら、お前ら どうする? 」
二人の楽員は同時に立ち止まると、首を揃えて振り向きました。
「はあ、何 言ってんだろ。爺さん、大分 飲んでるようですよ 」
と、脇でヒュームがあきれながら呟きます。それを制してハートリーは、目上の天才ピアニストへの敬意を思い出しつつ尋ねました。
「おっしゃってる意味がよくわかりませんが、テイラーさん 」
「ふふん、それじゃ 今すぐサロンに戻って 設計士のアンドリューズにでも訊いてみるがいい。きっと答えが返ってくるであろう 」
「? 」

 テイラーに言われたとおり サロンに戻った二人が尋ねてみると、タイタニック号を設計した高名な建築士は 興奮して膝を叩きました。
「そうか、なるほど その手があったな! 」
「え? どういうことですか、アンドリューズさん? 」
「多分 君たちも知らない おもしろい話があるんだよ。もともと このタイタニックのサロンにはね、設計・建造段階では 最新の“オーケストリオン” という巨大な自動演奏オルガン - ラッパやパーカッションまで連動させて いろんな種類の音を同時に発しながら オーケストラみたいな効果を得られる - そんな特大のオルゴールを据え置こうという計画があったんだ 」
興味深いアンドリューズの語りに、いつのまにかサロン・バンドのメンバーたちは、皆で設計士の周りを取り囲んでいました。
Thomas Andrews
「・・・しかし、船の建造と同様、オルゴール製作にも凄く時間がかかって、その予定は大幅に遅れ、結局 タイタニックの出航には絶対 間に合わないことが、2ヶ月前くらいだったかなあ、確実となった。結局 従来からの室内楽バンドを乗船させることになり、それで 代理店を通して ここにいるハートリー君に 今回の乗船楽員メンバーの人選をしてもらったというわけなんだ 」
「そ、そうだったんですか 」
ハートリー自身でさえ 初めて聞く驚きの真相に、ヴァイオリン奏者のジョック・ヒュームと鍵盤楽器担当のテッド・ブライリーとは 異口同音に尋ねました。
「では、もし 逆に“オーケストリオン”っていう、そのオルゴールが予定通りに完成していたとしたら、私たちは このタイタニック号には乗っていなかったって、そういうことですか? 」
アンドリューズは 少し困った顔になりました。
「うーん、そうなったかどうかは、私にもわからないけどね。でも機械文明の波は、近い将来、確実に 世界から音楽家の活躍する場を奪ってゆくのではないだろうか。それは、たとえば使い捨てのマッチが やがては火の消えないライターという便利な機械に、ラッパ手による合図信号が拡声器という技術に、海路を往く大型客船が やがては空飛ぶ大型旅客機に・・・というのと同じように、何ごとも その主役の座を譲る交代の時期というのは 必ず来るものではないかね 」
「私たちに代わって、機械が楽器を演奏する世の中なんて 本当に来るんでしょうか・・・ 」
考え込むサロン・バンドのメンバーに、アンドリューズは話を続けます。
「あ、そうそう。それで話は戻るけど、“オーケストリオン”製造こそ間に合わなかったものの、ほら あそこの壁際にアップライト・ピアノが一台置いてあるだろう、あれが そのオルゴールの代わりにタイタニックに用意された機械ピアノだよ 」

Welte-Mignon , Leipzig, 1905.

「あぁ、自動ピアノですね。でも、この航海中 サロンで使われることはありませんでしたね 」
と 頷くハートリーの言葉に、アンドリューズが 補足を重ねます。
「それは、タイタニック号 最初の、この記念すべき航海中、君たちサロン・バンドのメンバーによる活躍が目ざましかったから、機械仕掛けの自動ピアノなんかには 出番がなかったということじゃないかな 」

Leipzig, 11 February 1909. Steinway Welte-Mignon 1919
Welte-Mignon Reproducing Piano - The Pianola Institute より

 自動ピアノ( 「自動演奏機能によって作動するピアノ 」 )とは、19世紀末から普及した一種の補助楽器で、音を鳴らす必要がある箇所に孔を開けたロール紙を 鍵盤の数だけ孔のついた円筒に合わせて回転させ、2つの孔が一致するとき空気が吸い込まれ、管を通して送られた空気に反応して鍵盤が動き、ピアノのハンマー等を正確に動作させる緻密な仕組みが施されたピアノのことです。
 SPレコードが普及する前(の一時期 )には、裕福な家庭の音楽再生手段としても使われていましたが、その演奏情報源である「ピアノ・ロール 」は、現在のレコード(CD )と同様、商業的にも流通・販売されていたのでした。
 マエストロ・マーラー自身が弾いた 「第4交響曲 」~第4楽章「天上の生活 」 タイタニック号のピアノロール・コレクションに当然含まれており、パーシー・テイラー翁は そのことを知っていたのでした。
 ジョック・ヒュームは、サロンのE.S.嬢に歩み寄ると ずっと待たせてしまっていたことを詫びた上、手短に演奏企画の意図を説明していました。ソプラノ歌手マーラー自身の弾いたピアノ演奏の記録が残っていると聞かされるのも初めてだったらしく 心から嬉しそうな表情を浮かべているのを見て、ハートリーは安心して 急なプログラム変更の案内を始めました。
「・・・ええと、たいへんお待たせしました、皆さま。ただいまより 今は亡き マエストロ、グスタフ・マーラー師が 生前 ‐1905年11月9日 - その当時45歳、ライプツィヒのヴェルテ=ミニヨン社のスタジオで、自作の交響曲第4番 第4楽章をピアノに演奏した際、ピアノ・ロールに刻まれた記録を再現し、これを伴奏にして ウィーンの宮廷歌劇場ソプラノ歌手E.S.嬢が 『天上の生活 』を独唱いたします! 」
 拍手・・・
 
☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

バーンスタイン旧CBS盤のジャケット(部分 )
マーラー作曲
交響曲第4番~第4楽章「天上の生活 」

ぼくたちは天国で うれしい
もう地上の出来事なんか どうでもいいの
だって どんなに地上が騒がしくても、 ここ(天国 )からは少しも聞こえないんだもん
ここは、なにもかも最高に ふわふわの安らぎの中にあるんだよ
ぼくたちは天使みたいに暮らしてるんだ、 何てまたうれしい、楽しくて愉快なんだろ
ぼくたちは踊ったり、飛んだり、 跳ね回ったり、そして、歌うんだ
聖ペテロが見ていらっしゃるところで。

聖ヨハネは仔羊を小屋から放す、殺し屋ヘロデ王はそれを待ち受けてる、
ぼくたちは 一頭の かわいい罪もない仔羊を 犠牲に捧げることになった
聖ルカは、牛をためらうこともなく、犠牲に捧げる、
天上のワイナリーには ただで飲めるお酒がいっぱい、
天使たちは 美味しいパンも焼いてくれるんだよ

ほら、あらゆる種類の美味しい野菜が 天の農園には育っている
アスパラガス、いんげん豆、その他ほしいものが思うままに お皿一杯に!
美味しい りんご、梨、ぶどう、天の農園の庭師はどんな果物でも作っちゃうんだから
牡鹿、うさぎ、みんな そこら辺りを楽しそうに走り回っているし、
獣肉の断食日になれば、あらゆるお魚が自分から喜んでやって来ちゃうし、
聖ペテロったら 実は元漁師だもん、網と餌を持って 天の生け簀(す )へと向かったよ
お料理は、マルタさんが腕をふるってくれるんだって

天国の音楽ときたら、地上のものなんかとは比べものにならない素晴らしさ
1万1千人もの乙女たちが 恐れも知らずにダンスし続け、
それを見てウルスラさんもニコニコ 
天国の音楽ときたら、地上のものなんかとは比べものにならない素晴らしさ
聖チェチーリアとその仲間が演奏する 素晴らしいオーケストラ
天使たちの歌声で いつも気持ちが朗らかになって、うきうきしちゃうんだな
さあ 起きて、
ここでは すべてのあらゆることが、うれしい喜びのために 目を覚ましているんだから!
                                (意訳 : 山田 誠 )

マーラー・プレイズ・マーラー(Victor VICC-5046 )
マーラー・プレイズ・マーラー
収録曲 : ① 歌曲集「さすらう若者の歌 」~「朝の野辺を歩けば 」、②「若き日の歌 」~「緑の森を楽しく歩いた 」、③ 交響曲第4番 第4楽章、④ 交響曲第5番 第1楽章、⑤ ドキュメンタリー録音「マーラーの思い出 」
ピアノ(演奏をロールに録音 ):グスタフ・マーラー(1905年11月9日 )
歌 唱(オーバー・ダビング録音 ):クラウディーヌ・カールソン①、②、イヴォンヌ・ケニー ③ (1992年6月、11月 )
ビクター・エンターテインメント(VICC-5046 )

 マーラーが指揮した歌劇やコンサートの演奏、あるいは 自身の弾いたピアノの録音などは 惜しくも存在しませんが、幸いにも このピアノ・ロール記録が残されているおかげで、その実演をある程度 想像することが出来ます。
 このビクター盤の価値を高めているのは、1925年製のフォアゼッツァーを最新のスタインウェイ・コンサート・グランド(モデルD )にセットして再生しているという事以上に、現代の歌手(ウィーン国立歌劇場のソプラノ歌手、及びメゾ・ソプラノ歌手 )が、マーラーの「弾く 」ピアノに合わせて歌っている(!)ということで、その間87年もの時差を超える「共演 」を実現させた、という企画アイディアの素晴らしさです。
 ピアノ・ロールに記録されたマーラー自身の演奏は 概して速めですが、常に揺れ動くテンポは一定せず、ある意味 とても恣意的です。この女声歌手たちは、おそらく そんなピアノが どこで速くなるか 遅くなるかを 事前に何度も何度も聴いて、入念に記憶してからオーバーダブ録音にと臨んだものでしょう。相手が見えない この手の“合わせもの”ほど 演奏家にとっては やりにくい仕事はない筈ですが、彼女らは立派にやり遂げています。
 なお、⑤はニューヨーク時代のマーラーとかかわりの深い人々がマーラーについての回想を語り合った1960年代初頭に行われた座談会の録音です。これを企画したのは アメリカのマーラー研究者ウィリアム・マロッホ だそうで、参加者には マーラーの実娘アンナ・マーラーや指揮者のクラウス・プリングスハイムなどの名前も含まれています。

■ 参考 メンゲルベルクの指揮による 第4交響曲
メンゲルベルク マーラー 第4番
 「第4交響曲 」と言えば、マーラー自身が ブルーノ・ワルターよりも ある意味では高く評価していたとも伝えられる 高弟ウィレム・メンゲルベルクの指揮した王立アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との貴重な実況録音(1939年11月 9日 )を 容易に聴くことが出来ますが、それは 驚嘆すべき演奏です。
 どんなに凄い演奏であるかは、日常的に4番に親しんでいる音楽愛好家であれば どなたでも 一度お聴きになれば、一発ですぐ納得されるに違いありません。その感想は 多くのブログやホーム・ページなど 既にネット上では語り尽くされていますから、それ以上 ここでは敢えて述べませんが、たとえば クラウス・クロプフィンガーの論文を踏まえながら ワルターの録音との比較の上、その演奏分析をも含む 渡辺裕氏による興味深い著作「文化史の中のマーラー(ちくまライブラリー ) 」では、メンゲルベルクの演奏の特徴が 実は「マーラーの指示を念頭に置かれて行われたものである 」という主張に とても説得力があると思います。
 メンゲルベルクの録音を聴くことによって、マーラーが自作の指揮において どのようなテンポを取り、いかなるアーティキュレーションを望んでいたかを想像することも ある程度 可能になるのではないでしょうか。そう考えると、私たちに残された この一枚の記録は、掛け替えのない価値を持った録音に思われるのです。


・・・次回に続く

 ↓ 清き一票を びって。
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)