本記事は 5月 7日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(7)交響曲第4番 ト長調 室内楽版

船長エドワード・スミス (2) Thomas Andrews
(左 )スミス船長、(右 )タイタニックの設計士 トーマス・アンドリューズ

アンドリューズ君が これほど音楽に造詣が深かったとは知らなかった・・・ 」
グスタフ・マーラーの功績を讃えるサロン・コンサートの休憩時間に、タイタニック号の船長エドワード・スミスは、隣の席に座っている設計士トーマス・アンドリューズに にこやかに話しかけました。
「いえいえ。スミス船長こそ、そのオペラについての幅広い知識と深いご見識には驚かされました、今まで これほど音楽について お詳しい方だったとは全く存知上げず - 」
「ははは、なにしろ航海中は お互い 船舶の航行についての話題しか交わすことなどないからなあ、この航海も最後の夜になって このような場で アンドリューズ君と音楽について会話できたことは幸いだった 」
「私こそ、船長。いずれまた ご一緒できる機会があるとよいのですが 」
と、タイタニック号の設計士は 心からの願いを込めて言いました。
すると スミス船長は、
「いや、実は この航海を最後に 私は引退することになっているんだ 」
と、意外なことを言いました。これにはアンドリューズも 少なからず驚きました。
「ええっ、そうだったんですか 」
「うん、まだ イズメイ社長と役員達ぐらいしか知らないかもしれないなあ。士気が下がるといけないから、敢えて船員たちには 殆ど伝えていないことなんだ 」
「・・・そうでしたか、それは お疲れさまでした。船長、それでは 今回の大型客船の処女航海は、まさに あなたのご勇退にふさわしい 堂々とした花道ですね - 」
「そう、望んでも めったに得られぬ 華やかな花道だよ 」
と、スミス船長は にっこり笑いました。

 さて 続くステージのプログラム、次は マーラー作曲 交響曲第4番 ト長調 から 第1楽章 です。
 サロン・バンドのアンサンブル(ウォーレス・ハートリー – 第1ヴァイオリン奏者、ジョック・ヒューム - 第2ヴァイオリン奏者、 ジョルジュ・クリンズ– ヴィオラ奏者、ロジャー・ブリコー – チェロ奏者、フレッド・クラーク – コントラバス奏者、パーシー・テイラー – ピアニスト、テッド・ブライリー – オルガン奏者 )に、タイタニック号に乗船していたロンドン交響楽団の有志(フルート奏者、オーボエ奏者、クラリネット奏者、打楽器奏者 )が ここでも 再び参加します。
 まさに演奏を開始しようという頃、先ほどから だいぶ酔いのまわってきた ピアニスト、パーシー・テイラーが、自分より年下のバンド・リーダー、ウォーレス・ハートリーに近づいてきて話しかけました。
Wallace Hartley(Bandmaster, Violin ) Percy Taylor, (Piano、also Cello )
(左 )ウォーレス・ハートリー、バンドリーダー、(右 )パーシー・テイラー、ピアニスト

「おい ウォーレス
「今度は 何ですか、テイラーさん? 」
「いいか、この第1楽章はだな、天国での平和な目覚めなんだよ 」
「? 」
「妙なる天使の歌声に 五感は隅々まで掻き立てられ、あらゆるものが 喜びのために目を覚ますんだな 」
第4楽章のテキストですね、おっしゃる通りだと思います 」
「いや、お前は マーラーを 理解していないな 」
「(困ったなあ )何をおっしゃりたいんですか、テイラーさん 」
「重要な 目覚めのトランペットを クラリネットなんかで 代用しようとしているじゃねえか 」
「ああ、あそこですか・・・ 」
楽譜 Mahler Trumpet (1)
そこは、第1楽章211小節以降、いわゆる「夢のオカリナ 」から発展した解放的な明るいメロディを ホルンのアンサンブルに加わったトランペットが朗々と歌う、この楽章のクライマックスとも言える箇所でした。
「あれはな、天国で目覚めた主人公を歓呼する喜びの吹奏でなければならんだろ 」
「はあ・・・ 」
「しかし同時にそれは、地上で 主人公を葬ろうとする葬列のラッパとして鳴り響いているんじゃ 」
それは、続く224小節以降、同じくマーラーによる第5交響曲の冒頭で再現されるアウフタクトの三連符で始まる葬送のファンファーレです。
楽譜 Mahler Trumpet (2)

「・・・だから 絶対に あそこは どちらも美しいトランペットの音でなければイカン。クラリネットの音なんかでは アンサンブルの中に埋もれてしまうだろう、リハーサルの時に気づかなかったか 」
「わかりますよ、テイラーさん 」
さすがのハートリーも 少し イラッときていました。
「でも もう本番なんですから、今からじゃ どうしようもないでしょう? 」
バンドのメンバーは皆 当惑して 互いに顔を見合わせています。最も年上で才能あるテイラー翁には 誰も正面切って反論できないのです。テイラーとは不仲の もうひとりの鍵盤奏者テッド・ブライリーなどは、聞こえよがしに 大きなため息をついています。
 ああ、まったく ここは戦場だよ、マリア - と、ハートリーは 故郷に残してきた婚約者の顔を脳裏に浮かべました。
ロンドン交響楽団のメンバーで トランペット奏者は乗船していないんですよね 」
と、サロン・バンドの第2ヴァイオリンを務めるジョック・ヒュームが 思いついて エキストラの木管奏者に尋ねましたが、
「ホルン以外の金管楽器奏者は、われわれとは別の船 - たしか ボルティック号 - に分乗している筈なんですよ、ヒュームさん 」
と、困った顔で クラリネット奏者は答えました。

 そんな音楽家同士のステージ上でのやりとりを 客席で眺めていたスミス船長のもとへ、サロン内を 小走りで訪れた ひとりの若い船員がいました。彼は船長に電報をもってきたのです。
「ああ、よかった、船長。こちらにいらっしゃったのですね。お部屋で休まれていると伺いましたので、心配いたしました。これは 通信室からの電報です 」
スミス船長は 電文を受け取ると これに目を通しながら 呟きました。
「メサバ号から氷山に注意するようにとの警告だ。だが、すでに 我らがタイタニック号は 慎重にも南寄りのコースへと安全に変更を済ませたので、もはや心配はいらぬのだ 」
そして、その若い船員に言いました。
「ところで、君は たしか 見習い航海士のマルティン・クレッツァー君だったな 」
「はい、船長。私ごとき若輩者を 覚えていてくださるなんて、光栄です 」
「君が 船内の信号ラッパ手を務めていることも、私は 知っているぞ。歳はいくつになる、マルティン? 」
「はい、17歳になります、船長
「おーい、君たち 」
と、スミス船長は、ステージに立ちつくしているハートリーと ピアノの前で頭を抱えているテイラー翁に 声をかけました。
「ちょうど ここに 若いが 優秀なトランペット奏者がいるが、どうかな。使ってみないか、私が許可するが 」
文字どおり 渡りに船とばかり 救われた気になった ハートリーは、テイラー翁の目を見ると力強く頷きました。喜んでテイラーは 手書きの譜面を持ってステージを降りると、明らかに 酔っ払った足取りで マルティン少年のところへ駆けつけます。
「坊や、楽譜は読めるな? 」
少年は、酒臭い老人の勢いに当惑しつつも、自信を持って首を縦に振りました。
「はい、大丈夫だと思います 」
「坊やに吹いてもらうのは たった24小節だけだ。それだけだ。そして オレがピアノから合図するから、この楽譜通りに吹けばいい。途中の呼応するフレーズとか その他の部分では ステージにいるオレのピアノと木管奏者がフォローするから、まったく心配するな 」
「はい、わかりました 」
「ええと、それから 坊やの立ち位置は・・・と、そうだな、ステージから離れた サロンの入口付近だ。頼んだぞ! 」

 さあ、ようやく演奏が始まりました。
 ぶっつけ本番で トランペットが参加することとなった、その問題の箇所は 実に素晴らしい効果を上げました。テイラー翁の合図どおり 間髪をいれず入った マルティン少年は 誠に堂々と吹奏し、天国地上、その両方のファンファーレを 見事に表現したのでした。その瞬間、客席の「アルマ夫人 」も深く感動している様子であることは、彼女を注意深く見ていたジョック・ヒュームには判りました。
 ヴァイオリンを演奏しながら、バンド・リーダーの ハートリー自身も その美しいトランペットが鳴り響く音には深く感動させられ、これを深く記憶に刻みつけたのでした。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

タイタニック マーラー_0001
マーラー:交響曲第4番ト長調(シュタイン編曲による 室内楽版 )
ハワード・グリフィス指揮
ノーザン・シンフォニア
ダニエル・ヘルマン(ボーイ・ソプラノ )
録 音:1999年 3月 ニューキャッスル
音 盤:スイス・ノヴァリス(海外盤 NOVALIS 150-156-2 )

 マーラー第4交響曲室内楽編曲版としては その後 スミソニアン・チェンバー・ソロイスツ(Dorian 90315、2002年 8月 カナダ録音 )による 快速なテンポで透徹した響きによる注目盤も出ていますが、推薦ディスクとして選んだ一枚は、記念すべき世界初録音のディスクとして 個人的な思い入れも深い名盤です。
 シェーンベルクベルクウェーベルンと設立した私的音楽演奏協会は、1918年から1921年に解散するまで、何と118回もの演奏会を開き、バロックから当時の現代音楽までの その頃の一般演奏会では取り上げられる機会の少ない作品を毎回300人程の熱心な聴衆に提供したのでした。そのような会の性質上、大きな編成でのオーケストラを使うことは無理であり、室内楽に編曲されたことは、実は 必要に迫られての結果だったとされます。
 小編成の室内楽に編曲したエルヴィン・シュタイン Erwin Stein(1885-1958 )は、シェーンベルクに師事したオーストリアの音楽家で、出版業にも携わった人物だったそうです。演奏者が僅か12人(フルート、オーボエ、クラリネット、弦楽五重奏、ピアノ、ハルモニウム2名、打楽器 )という興味深い楽器編成(注意、トランペットは入っていません )。中でも 小さなパーカッションの不思議な音響は、聴き慣れない軽妙なサウンドで可愛らしく、とても心魅かれます。小編成の楽器構成による 透明な各声部の浮遊感覚も秀逸な佳演となっています。
 なお、第4楽章では ボーイ・ソプラノが起用されています。今さら指摘するまでもなく、メジャーな録音でも 過去レナード・バーンスタイン/コンセルトヘボウ (D.G. )盤のように、少年歌唱によって録音されたディスクが存在することは 皆様もご存知のとおりでしょうが、
バーンスタイン_ マーラー第4(DG )423 607-2
 ・・・当グリフィス盤でソリストを務める少年は、バーンスタイン盤のボーイ・ソプラノよりも さらに幼い声に聴こえる、個性的な声質です。その透明で あまりにも のびやかな歌声には とても好感を持ちました。ぎこちなくポルタメントを掛ける、何とも可愛らしい歌い方には、好き嫌いが分かれるところかも知れませんが、これも含めて「4番 」好きの聴者にとっては、たいへんおもしろい必聴のディスクだと思います。

次回 「天上の生活 」 に続く

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