本記事は 5月 2日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(6)アルマ・マーラーの歌曲 「わたしの父の庭で 」室内楽版

「お疲れさまでした、ハートリーさん 」
パーシー・テイラーの天才的なソロ・ピアノ - まったく予定になかった ぶっつけ本番 - の譜めくりを手伝わされたおかげで、演奏せずに疲労困憊したバンド・リーダー、ウォーレス・ハートリーが 額の汗を拭きつつ ゆっくりとステージを降りてくると、そこへ 若い楽団員ジョック・ヒュームが駆け寄ってきて、彼に労(ねぎら )いの言葉とともに 一杯のワイン・グラスを 差し出しました。
Wallace Hartley(Bandmaster, Violin ) Jock Hume( Violin )
(左 )タイタニック楽団のバンド・リーダー、ウォーレス・ハートリー
(右 )ウィーン留学帰りの俊英、ジョック・ヒューム

「・・・おお、ありがとう。ジョック
相変わらずガラガラの客席を見回した時、ふとハートリーは そこで初めて 気がつきました、今宵の音楽会がスタートしてから席に座って静かに聴いていた30代位の一等船客の女性と、タイタニック号を設計した建築士アンドリューズという僅か二人だけだった筈のサロンの聴き手が いつのまにか もう一人 増えていたことに・・・。
「あ、やはり お気づきですね、ハートリーさん。もうお一人、スケルツォの演奏途中で入ってこられたんですよ 」
「まさか・・・ 」
ハートリーは、客席のアンドリューズの隣に座っている その威厳ある初老の紳士の顔と 彼がその身にまとっている制服を見て、少し驚きました。
「そうです、スミス船長 ですよ 」
船長エドワード・スミス (2)
 それは 確かに タイタニック号の船長 エドワード・スミス その人でした。
 夜になって気温は下がったものの 晴天で風もなく 鏡のように静かな海面を照らす月明かりの様子から、今宵は航行上の危険性も低いものと判断した船長は 「何かあったら知らせるように 」と、配下の航海士に夜間操舵を任せ、自分は就寝のため まさに自室へと引き上げる途中でした。
 その時 サロンから流れてくる凄まじいピアノのスケルツォ演奏を耳にした、実は 音楽愛好家の スミス船長は、入口に貼ってある「マエストロ・マーラーの夕べ ~ 副題 “偉大な指揮者の 作曲家としての知られざる一面を聴く” 」というテーマに少なからぬ興味を覚えたのでした。
 サロンの内部をのぞいてみると、聴いている客が殆どいないのにも関わらず、真剣にピアノに向かっている初老のピアニストと その傍らで熱心に譜をめくっている楽団のリーダーの姿とが目に入りました。航海中ずっと、主に一等船客のため 船内のいろいろな場所で一生懸命に働いてきた楽団員たちのことを思い出し、少し気の毒に感じた船長は、自室に戻るのを後回しにして、サロンの重い扉を開けると、中へと入ったのでした。
「・・・それで、ハートリーさん、もうひとつ 驚くことがあるんですよ 」
「何だい、ジョック? 」
ヒュームは そこで声をひそめました。
「今宵 最初から 聴いてくださっている一等船客のご婦人が一人 いらっしゃいますよね 」
「ああ、あの喪服の女性(ひと )のことだね 」
Alma Mahler
「あの方は、マーラーの未亡人、アルマ夫人です 」
「! 」
「さっきのスケルツォの演奏中、スミス船長が このサロンに入ってこられた時、一等船客なので 当然顔見知りなんでしょう、船長マーラー未亡人のそばに歩み寄られると、小さな声で ご挨拶をされたんですよ 『今晩は、アルマ夫人 』って 」
「本当か? 」
「そうしたら 『もう あれから一年経ちました。夫が残した残務の事務処理や何やらで 今でも 時々ニューヨークとウィーンの間を往復しなければなりませんの 』って、そんなようなことを おっしゃっている会話が聴こえたんです 」
ジョック、君は アルマ夫人の顔を ウィーン留学中に見たことがあるのか 」
「はい、私がウィーンにいた頃、宮廷歌劇場の桟敷席で マーラーが指揮する『ルイーズ 』や『ドン・ジョヴァンニ 』など観たものでしたが、そこから二階フロアの高価なボックス席を見おろすと、アルマ・マーラー夫人が 知人や友人方と一緒にいらっしゃるのを たびたび目撃したものです 」
「では、君は その顔に見覚えがあるんだな? 」
「間違いないと思います 」
そう答えながら、ヒュームは 胸の動悸が高まるのを感じました。
 今宵、マーラーの一周忌にのぞんで組んだ 特別なプログラムに、ヒュームハートリーたちタイタニック・バンドと、実は ひとつのサプライズを用意していたのでした。

 それは、マエストロ・マーラーの未亡人となったアルマ夫人が、若き日に作曲した歌曲でした。
「なんという偶然だろうか - 」
 アルマ夫人は、風景画家ヤーコプ・エミール・シンドラーの娘で、分離派の画家カール・モルは継父でもありました。幼い頃から ウィーンの前衛芸術家と親しく接してきた彼女の少女時代からの関心は しかし主に音楽であり、アレクサンダー・ツェムリンスキーのもとで作曲を学ぶようにさえなります。7歳年上の若い師のもとで - おそらく音楽以外のことも学びつつ - 若きアルマは100曲近くもの歌曲といくつかの器楽曲を作曲、その創作意欲の高さは驚異的ですが、けれど22歳でマーラーと出会ったアルマは、翌年 このエリート指揮者との電撃結婚を選び、同時に から 作曲を止めるよう命じられると、従順にも「わたしの創作的才能を わたしよりも偉大な精神者に与えることは、わたしの特権であった 」とまで宣言し きっぱりと筆を折ってしまうのですが、実は その内面深くに 音楽創作へ燃える炎を ずっと封印してきたに違いなかったのです。
 その夫たるマーラーが、不可解なことに、亡くなる前年 - 1910年 - 結婚時 に要請した前言を 突然 翻(ひるがえ )し、アルマ夫人の才能を認めると 作曲することを許可、奨励した上、あろうことか 彼女が結婚前に創作した作品を出版する手筈まで整えていたことは、あまり知られていません。

Mahler auf der Couch 
映画「マーラー、君に捧げるアダージョ Mahler auf der Couch 」
オリジナル・ポスター


 タイタニック・バンドの楽団員は、ウニフェルザール社から出版されたばかりのアルマ夫人が作曲した 質の高い歌曲 - ハルトレーベンの詩による「わたしの父の庭で In meines Vaters Garten 」 - の楽譜を入手し、もともとピアノ伴奏によるこの作品を 今宵の音楽会用に 弦5部とピアノとによる室内楽版に共同編曲しました。
 今宵の趣向は、まず先にアルマ夫人オリジナル・ヴァージョンテッド・ブライリーによるピアノ伴奏で、その後でタイタニック・バンド(ウォーレス・ハートリー 第1ヴァイオリン、ジョック・ヒューム 第2ヴァイオリン、ジョルジュ・クリンズ ヴィオラ、ロジャー・ブリコー チェロ、フレッド・クラーク コントラバス、テッド・ブライリー ピアノ )による室内楽ヴァージョンで演奏する - というものでした。
 若いメゾ・ソプラノ歌手は、自分の譜面台を自身で運んで 手際よくセッティングを終えると、一度 静かに目を閉じ 大きく胸を膨らませながら深呼吸した後、ピアノ伴奏を手がけるピアニスト、ブライリーに「いつでもOKよ 」という顔をしました。


わたしの父の庭で
   (オットー・エーリヒ・ハルトレーベン / 詩 )

わたしの父の庭には、木陰をつくる一本のりんごの木があった
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
  (甘き夢、甘き夢! )

3人のブロンドの皇女たち
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
3人の美しい乙女らが、りんごの木の下で眠っていた
  (甘き夢、甘き夢! )

いちばん若い、たおやかな乙女は
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
目をしばたかせたが、起きなかった
  (甘き夢、甘き夢! )

2番目の乙女は自分の髪を撫で、
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
赤い夕焼けを見た
  (甘き夢、甘き夢! )
そして言った 太鼓の響きが聞こえないの?
薄明の夢をとおりぬけて、なんと明るいこと!

愛する人は戦に行ってしまう!
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
勝者のくちづけを着物のすそに
  (甘き夢、甘き夢! )
くちづけを 私の着物のすそに

3番目の乙女は話した そっと小声で話した
  (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
私なら、愛する人の着物のすそに口づけをする
  (甘き夢、甘き夢! )
私なら、愛する人の着物のすそに口づけをする

わたしの父の庭の
   (花ひらけ、私の心よ 花ひらけ! )
日当たりのよいところに、 一本のりんごの木が立っている
   (甘き夢、甘き夢! )
日当たりのよいところに、 一本のりんごの木が立っている
                   (岩下 眞好 訳 )


 次は、同じ歌曲を 今度は タイタニック・バンドによる室内楽伴奏版での演奏です。
 若いメゾ・ソプラノ歌手は 同じフレーズを歌いつつ、自分の声を取り巻く音響の、先ほどのピアノ独奏とは全く異なる新鮮な効果に気づいていました。
 殆ど初見で楽譜を追いながら ジョック・ヒュームは、今 客席の最前列に座って 熱心に音楽に聴き入っている 喪服を装った「アルマ夫人 」の姿を意識していました。彼女は 白い瑪瑙(めのう )に カンパネッラ(鐘 )のデザインの浮き彫りを施した 高価なストーンカメオのブローチを その美しい胸元に着けていました。横顔には憂いを帯びていましたが、ヒュームには 殊のほか輝かしく見えました。彼女は まだ31歳位の若さである筈です。

 演奏を終え、客席の「マーラー夫人 」と目が合ったような気がしたヒュームは、ステージから 彼女に深く会釈した後、そっと心の裡で呟きました。
「(アルマさん、演奏はいかがでしたでしょうか。貴女の歌曲に拙いアレンジを施してしまいましたが、ご不興ではありませんか ) 」
 すると、まるでヒュームの心の呟きが届いたかのように、「アルマ夫人 」は、
「(たいへん結構でしたよ - 私の曲を大事に扱ってくださって - どうもありがとうございます ) 」
と、まるでそう答えたかのように軽く会釈を返してくれたのを見て、若いヒュームは もはや内心の喜びを押さえられなくなりました。
マエストロ・マーラーの未亡人が、サロンの客席に ご着席なんだ。世界最高の聴衆だ。アルマ夫人お一人のためにも、今夜、このマーラー・プログラムは 最後まで演奏して 絶対に成功させるぞ! 」

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

アンゲリカ・キルヒシュラーガー 
アルマ・マーラー:歌曲「わたしの父の庭で In meines Vaters Garten 」
オリジナル・ピアノ伴奏版
アンゲリカ・キルヒシュラーガー(メゾ・ソプラノ )
ヘルムート・ドイチュ(ピアノ )
収録曲:
静かな町、わたしの父の庭で、生温かい夏の夜、あなたのもとでは心許せる、花のもとをさまよう (以上、アルマ・マーラー )
5つの歌、シェイクスピア「十二夜 」より 道化の歌(以上、コルンゴルト )、
「若き日の歌 」から 春の朝、思い出、ハンスとグレーテ、「ドン・ファン 」のセレナーデとファンタジー、悪い子たちをおとなしくさせるには、緑の森を愉快な気分で歩いて行ったら、終わっては! 終わっては!(外へ 外へ )、たくましい想像力、シュトラスブルクの城壁に立って、夏の歌い手交代、別れさせられ 遠ざけられるのは、もう会えない、自惚れごころ(以上、グスタフ・マーラー )
録 音:1996年 3月12~16日 オーストリア
音 盤:ソニー(SRCS-1778 )
 
 作曲という創造行為について、かつて「それは知的な構成というより 直感と霊感が左右するもの 」というコメントを残した才媛アルマ・マーラーの埋もれた歌曲を、1996年 当時ウィーン国立歌劇場所属だったアンゲリカ・キルヒシュラーガーヘルムート・ドイチュのピアノ伴奏で、アルマの夫であるマーラーの「若き日の歌 」、この当時 再評価の気運も高まっていたエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの歌曲と混ぜて 一枚の個性的なアルバムへと仕立てた、世紀末ウィーンの黄昏が香ってくるかのような選曲も絶妙な好企画盤です。

アルマ・マーラー 歌曲 室内楽版
アルマ・マーラー:歌曲「わたしの父の庭で In meines Vaters Garten 」
室内楽伴奏版
シャルロット・マルジョーノ (ソプラノ )
ジュリアン・レイノルズ(管弦楽 編曲、指揮 )
ブラバント管弦楽団の室内楽メンバー      
収録曲:
5つの歌 - 「静かな町 」、「わたしの父の庭で 」、「生温かい夏の夜 」、「あなたのもとでは心許せる 」、「花のもとをさまよう 」、
4つの歌 - 「夜の灯火 」、「森の喜び 」、「激情 」、「収穫の歌 」、
5つの頌歌 - 「讃歌 」、「エクスタシー 」、「知るということ 」、「喜びの歌 」、「夜の讃歌 」、
未出版曲 - 「一輪の花の微かな痛み 」、「あなたは 私の夜を知っている 」 (以上、アルマ・マーラー )

「森の会話 」(ツェムリンスキー )
録 音:1999年 8月録音
音 盤:GLOBE(GLO-5199 )

 アルマ・マーラーの、現存する全ての歌曲をコンプリートに、しかも未出版だった2曲 -  “Leise weht ein erstes Blühn(一輪の花の微かな痛み )”、“Kennst du meine Nächte(あなたは私の夜を知っている )” - までをも含めて、ジュリアン・レイノルズ編曲・指揮による室内楽伴奏による演奏を収めた(もちろん世界初録音 )、たいへん興味深い一枚です。
 若きアルマの作曲を指導をした師ツェムリンスキーによるバラード「森の対話 Waldgespräch 」が、このディスクの余白に収録されていますが、弦楽合奏、ホルン、ハープという編成によるドラマティックな歌曲で、これも意外な聴きものでした。
 “スケルツォ倶楽部” 発起人が注目する アルマの歌曲「わたしの父の庭で 」は、後年ジーグムント・フロイトによって 夫マーラーファーザー・コンプレックスを抱いている と看破されたアルマが、もし潜在的に選んだ題材だったとしたら まさに打ってつけの象徴的素材でありましょう。
 レイノルズのアレンジは、弦楽五重奏とハープによるアンサンブルですが、架空のタイタニック・バンドにはハープ奏者はいませんので 代わりにテッド・ブライリーのピアノがこれを務めたのでしょう(笑 )。
 全曲いずれもハープや密集した木管楽器など、後年のコルンゴルトを思わせる 実に味のある色彩的なオーケストレーションで、アルマ・マーラーの才能と魅力とを引き立たせています。この編曲で聴かされると「生温かい夏の夜 」など、まるでヴィクター・ヤング作曲のスタンダード・ナンバー「ホエン・ナイ・フォーリン’ラヴ When I Fall In Love 」の先触れのようです。
 名曲と言ってよい「あなたのもとでは心許せる Bei dir ist es traut 」で、繰り返し 主要音の2度上から落ちてくる特徴的な前打音は、夫マーラーが作曲した「天上の生活 」を連想させることから、ここの音は弦でなく ぜひオーボエに歌わせてほしいところでした。

 ・・・ なお 参考までに、アルマの歌曲コリン&デイヴィッド・マシューズフル・オーケストラ用にアレンジしたヴァージョンでの録音も 存在します。
タイタニック マーラー_0004
 (1996年 4月録音、Decca UCCD-3452 / ツェムリンスキーの歌劇「フィレンツェの悲劇 」の余白に6曲 - 静かな町、生温かい夏の夜、あなたのもとでは心許せる、夜の灯火、森の喜び、収穫の歌 - を収録 )

 メゾ・ソプラノは イリス・フェルミリオン Iris Velmillion、リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウによる出色の演奏です。
 ・・・あ、歌曲「あなたのもとでは心許せる 」では、上記 前打音の個所は しっかりとオーボエに演奏させていて、これはマーラー・ライクな世界を 期待どおりに演出、好感度いと高し!
 
次回 - マーラー 交響曲第4番 ト長調 室内楽版 ・・・に続く

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コメント

Re: レス遅れ、すみません

consolations さま
お返事がたいへん遅れてしまい、ご無礼 誠に申し訳ありませんでした。
今回 consolationsさまから頂戴したコメントは「非公開 」でしたが、恥ずかしながら 発起人、この場合の返信方法がわかっておらず、もたもたしているうちに かくも時間が経過してしまいました。
やっと方法がわかりましたので、ここにお礼メールを(いまごろになって )送ることが出来ました。
重ねてお許しを乞います。

明日 - 5月18日 - は グスタフ・マーラーの命日ですね。
consolationsさまに お褒めにあずかりました「タイタニック号のマーラー 」、さくさくと続きをアップしたいとは思っているのですが、なんやかやと忙しく、なかなか執筆できないのが ホント もどかしいです。もともと3回ぐらいの、一気に終われる短いミニ・ストーリーのつもりで書き始めたのですが、書いているうち 登場人物のキャラクターが膨らんでしまって こんなに伸びてしまいました。
結末は決まっているので、あと 2~ 3回で 終われる予定なのですが・・・。
ご声援、心より感謝申し上げます。

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

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