本記事は 4月25日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(5)交響曲第1番ニ長調 「巨人(タイタン ) 」ピアノ版
Percy Taylor, (Piano、also Cello ) Ted Briley(Piano,Organ )
タイタニック・バンドの二人のピアニスト
(左 ) パーシー・テイラー、(右 )テッド・ブライリー


 タイタニック号のサロンにおける今宵のコンサート - 前年に急逝したグスタフ・マーラーを 追悼しようという特別なプログラム - 次の演目は、マエストロの愛弟子として知られる才能ある若き指揮者、ブルーノ・ワルターが 恩師の交響曲を世間に知らしめるため、ピアノ連弾(四手 )用に編曲した第1交響曲ニ長調 - それには マーラー自身によって 一度は「巨人 = タイタン Der Titan 」という標題が付されたこともありましたが、後に削除されたもの - 「第1楽章 」が、今 静かに開始されました。
 演奏は タイタニック・バンドのピアニスト、天才 パーシー・テイラー と 若き有能な新人テッド・ブライリー 、二人によるピアノ連弾です。このピアニスト以外のバンド・メンバーを除けば、今 サロンの客席に座っているのは、タイタニック号を設計した建築士トーマス・アンドリューズと、もうひとり シェルブール港から乗ってきた一等船客の物静かな黒衣の女性だけです。二人は 演奏がスタートすると、身じろぎひとつせず 真剣に聴き入りました。
 音楽は、深い大自然を思わせる神秘的な開始・・・そのうち森の奥から郭公(かっこう )が執拗に鳴き始め、遠くからファンファーレが柔らかく聞こえ、そして狩りの角笛までとどろきます、やがて作曲者自身が かつて歌曲集「さすらう若人の歌 」に用いた親しみやすい民謡風旋律の数々が重要な動機として次々に転用され、この楽章全体を通じて大活躍するという興味深いものでした。
 けれど、楽曲の進行とともに サロンの誰しも 連弾している二人のピアニストの呼吸がどうやらお互い合っていないことに 少しずつ気がつき始めました。おい、どうしたんだろう、とアンドリューズの目は 客席に座っているバンド・リーダー、ウォーレス・ハートリーに訴えています。
 パーシー・テイラーのピアノは アーティキュレーションもたっぷりと 溜め気味に歌います、悪く言えば 音楽を停滞させる傾向さえあるように思われます。しかし逆に もう一人の若いピアニスト、テッド・ブライリーのほうは、パーシー翁のピアノに 最初から合わせようとしていないようにも聞こえ、相対的に若者のテンポの方が奔(はし )っている感さえあります。そのうちパーシー翁の指は 明らかに苛立ち始め、鍵盤を叩きながら あからさまにブライリーのことを睨みつけるような表情まで浮かべるようになりました。
「こら テディ、オレの旋律線に合わせられないのか この青二才が? 」
ブライリーのほうも これには腹に据えかねた様子で、
「ちぇっ、爺さんこそ 遅すぎるんだよー。酒の飲み過ぎで 胃がもたれてるんじゃないか(笑 ) 」
二人は演奏しながら 器用にも互いに小声で言い争っていましたが、その諍(いさか )いの声は サロンの客席にまではっきりと届いてしまっていました。ハートリーは、二人が無事に演奏を終えられるか 気が気ではなくなり、思わず席を立ち上がってしまいました。が、その瞬間、遂に音楽は破綻して 二人は同時に弾くのを 突然 止めてしまいました - と、そのように聴こえたのは、実は 第一楽章終止が そういう唐突な終わり方をする変わった音楽だということを、ハートリーが知らなかっただけです。当初のプログラムどおり、「巨人 」第1楽章のみ抜粋しての演奏が、今 終了しました。
 
「ああ、疲れた。爺さんのお守りは大変だ 」
と、若いブライリーは もうコリゴリという表情で、いち早くピアノから離れると、さっさとステージを降りてしまいました。
 一方、パーシー翁のほうはと言うと、ピアノに座ったまま 左手で口ひげをしごきながら 何やら気が済まない様子でしたが、客席に立っている年下のバンド・マスターの姿に気づくと 右手で招いて呼びつけました。
「おい、ウォーレス。今 オレは どうにも むしゃくしゃして気分が治まらない。だから、これから続けて 第2楽章のスケルツォを 独りで弾くぞ。いいだろう? 」
ハートリーは 急いで 低いステージに駆け上がりました。
「な、何を弾くんですって? 」
スケルツォと言っただろう、Kräftig bewegt, doch nicht zu schnell - 力強く動いて、けれど あまり速くならぬように イ長調、4分の 3拍子
「え? だって、ここにあるのは連弾用の楽譜じゃないですか、テイラーさん 」
ずっとヨーロッパ中のいろいろな歌劇場で 歌手の練習ピアニストを務めてきたパーシー翁は、連弾譜どころか たとえ30段以上ものパート譜が並ぶ オペラのスコアでも、見事に初見で弾き直してしまうことができる - そんな、彼の特殊技能を ハートリーは一瞬忘れていたのでした。
「ふふん、楽譜から必要な音だけちゃんと拾うから 大丈夫さ。気の合わない相棒に 気を遣(つか )った分、自分の解釈でソロを弾いておかないと、精神的にバランスが取れねえや 」
第2楽章を演奏する時間は 予定にありませんよ。ねえ、テイラーさん、どうか・・・ 」
自分よりずっと年配のピアニストのわがままを 思いとどまってもらうには 何と言えばよいのか、ハートリーは ピアノの脇に立ったまま、すっかり困ってしまいました。パーシー翁は そんな若いバンド・リーダーに 軽くウィンクしてみせると、
「どこから見ても お前は 立派な譜めくり役だ。遅れずに ついてこいよ、ウォーレス。さあ 『 船は 帆を一杯に張って 』! 」
と、そう言い放つやいなや 郭公(かっこう )の 4度動機を 左手で力強く繰り返す ベースのオスティナート・リズムを 鍵盤で叩き始めました。
 ピアノの上で必死に楽譜と格闘しているハートリーが、半端でなく何ページもバサバサとめくり続ける、その様子を見て、客席のアンドリューズは ピアニストのパーシー・テイラーが 今 連弾譜をリアルタイムで読み換えながら演奏しているということに 初めて気づき、相当驚いていました。そして その凄まじいスケルツォを 叩きつけるように弾き終えると、汗ひとつかいていないパーシー翁が 続けて、
「よし 次、第3楽章! 」
と、弾き始めようとするのに気づいた ハートリー、大慌てでピアノの上の楽譜を閉じると、翁の暴走を阻止するため サロン隣にあるパブを指差して叫んでいました。
「ご苦労さま、テイラーさん。隣りのバー・カウンターに 冷えたエールを用意しておきました! 」
これを聞くと 爺さんは ぴょこんとひとつ 慣れたお辞儀をすると、片や汗びっしょりのウォーレスをステージに置きざりにして、颯爽とバーへと姿を消しました。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

マーラー 交響曲第1番 Titan_0002 マーラー 交響曲第1番 Titan_0003
交響曲第1番ニ長調(ブルーノ・ワルター編曲 )ピアノ連弾版
演 奏:プラハ・ピアノ・デュオ(ズデンカ・フルシェル & マルティン・フルシェル
録 音:2003年3月10日、16日 プラハ
音 盤:海外盤 Praga DSD-250197

 ブルーノ・ワルターによる、いわゆる「巨人 」の四手ピアノへのトランスクリプションは、その存在こそ以前から知られていましたが、意外なことに商業録音されたことは それまで一度もなく、これが貴重な世界初レコーディングだったそうです。
 このピアノ編曲版が成立した経緯は、マーラーの交響曲のスコアを当時出版していたウィーンヴァインベルガー社が、次の交響曲第2番「復活 」とともに ピアノ四手版編曲を世間に普及させるため 作曲者に依頼したもので、この際 マーラー自身が アシスタントを務めていた気鋭の新人ワルターを指名したと言われています。
Bruno Walter Wien 1912 マーラーとワルター
 ピアノ連弾譜が出版されたのは 1899年ですが、ワルター自身の回想によれば、彼は しばしば恩師の自作の交響曲以外にもシューベルトワーグナーの作品を マーラーピアノ連弾で楽しんでいたそうです。マーラーが愛弟子の仕事に満足していたことが このエピソードから うかがえます。
 プラハ・ピアノ・デュオによるマーラーは、おそらくワルターの書いた楽譜に忠実、一貫して速いテンポで 音楽を伸びやかに鳴らしつつ 全体的な印象は極めて端正な演奏です。

マーラー 交響曲第1番 Titan_0001 岡城千歳
交響曲第1番ニ長調(ブルーノ・ワルター ~ 岡城千歳 編曲 )ピアノ版
演奏:岡城 千歳(ピアノ )
録音:2002年10月
音盤:Chateau C-10001

 こちらは もともとブルーノ・ワルターが編曲したピアノ連弾版に わが国のピアニスト岡城千歳さん自身が さらにピアノ独奏用として手を加えた、非常にユニークなものですが、全曲を聴き終えた後の感銘は深く、その内容は 素晴らしいの一語です。
 私 “スケルツォ倶楽部” 発起人 は、上記ワルターによるオリジナルのピアノ連弾版プラハ・ピアノ・デュオ(以下 PPDと略します )が演奏したディスクで聴くより先に、 こちら - 岡城千歳のエモーショナルなソロ・ヴァージョン - を一足先に聴いていました(録音自体もリリース時期も 岡城盤のほうが半年ほど早かったからです )。
 この二つの演奏は あらゆる点で大変に異なり、聴き比べが これほどまでに楽しいディスクもないでしょう。
 演奏上の相違点を挙げてゆけば限(きり )がありませんが、特に重要なことを 具体例で挙げれば、たとえば 第1楽章冒頭には、56小節にも渡って あの有名な ヴァイオリンによる高いイ音の耳鳴りのような長いフラジォレットがありますが、これをピアノ演奏に置き換えることは 至難の業であるはずです。ワルターが編曲した版を演奏するPPD盤では、片方のピアニストピアノの高音鍵盤をトレモロで執拗に叩き続けるという、無駄な音の浪費が聴かれます。
 これに対し、岡城盤では ソロ演奏家には 両手の二本しかありませんから、彼女は冒頭で 高いイ音を一発叩いて提示したら、もうそれっきり 潔く弾かないことを選択するのです。むしろ岡城さんは郭公(かっこう )ファンファーレ角笛動機を ピアニスティックに鳴らすことに重きを置き、冒頭の長いハーモニクスの存在については すでに十分周知されている私たち聴衆の記憶に 委ねてしまうことによって、わざわざ これをピアノで 重ねてなぞるような真似は 賢明にも避けた ということでしょう。
 ではPPD盤は「つまらないのか 」と問われれば、もちろん 決してそういう意味ではありません。ブルーノ・ワルターは 尊敬する恩師 マーラーの音楽の価値を認めており、世間に少しでも広くマーラーの音楽が 知れ渡るようにという一心で、真摯に編曲に取り組んだ筈です。結果的に恩師の作品に忠実な編曲となったのは当然のことで、二つのアレンジは その成立した時代を意識することは言うまでもなく、成立の目的も大きく異なるものだったということを知った上で 聴かれなければならぬと思います。
 岡城盤の持つ情緒的な素晴らしさは、楽曲が生まれてから100年近く経過するうち 未来の聴衆にとっては 既に十分認知されている第1交響曲を、いかにピアノ一台で再構築させるかが課題だった筈です。
 ピアノ連弾版と比較して、ソロ演奏で表現しようとする場合、そもそも演奏しようという腕の数が半分であるという物理的な理由は、単に楽譜上で重複している無駄な音符の数を減らし - 因数分解のように? - 効率よく 同じだけの音響効果をあげる方法を採らなければなりません。四手のPPD盤が 約46分程度で全曲を終えているのに対し、岡城盤が 55分以上もかけていることには、実は テンポ設定だけではない、深い理由があったのでした。

▼ 後年のブルーノ・ワルターの指揮で聴く ステレオ初期の名盤『巨人 』(CBS-SONY )
ワルター(CBS-SONY )盤 マーラー 交響曲第1番 マーラー 交響曲第1番 Titan_0004
惜しくも 今宵は 時間と気力が尽きました、こちらの話題は またいつか。




・・・次回 アルマ・マーラーの歌曲「わたしの父の庭で 」に 続く

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コメント

consolations さま!

初めまして、拙「タイタニックのマーラー追悼音楽会 」への好意的なご感想、誠にありがとうございます。
心から うれしく、励みとさせて頂きます!
ブログ村 クラシック音楽鑑賞の先輩 consolations さまは、おなじみ「クラッシック音楽 友の会 」http://www.c-player.com/ad25100/message の オーナーでいらっしゃいます!
「クラッシック音楽 友の会 」は、毎回 ヴァラエティに富んだ 音楽の話題提供と アクセス数の膨大さが 支持層の幅広さを 裏づけていますね。そんな consolations さまから 価値の高いコメントを戴けて、“スケルツォ倶楽部” 発起人、とても名誉に存じます。これからも 何卒 ご支持のほど よろしくお願い申し上げます。

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架空とはいえ楽しく読ませて頂きました

「クラッシック音楽 友の会」を運営しているconsolationsといいます。
初めまして。貴ブログ、いつも楽しく読ませていただいております。
空想とはいえ、あたかも、眼前に迫りくるような語りには、誰にも書くことが出来ない内容です。ブログ記事の最後に時間と気力が・・・との記載がありますが、わかる気がします。
今後も楽しく読ませていただきます。

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