本記事は 4月21日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(4)歌曲集「さすらう若人の歌 」 室内楽版
Thomas Andrews Wallace Hartley(Bandmaster, Violin )
(左 )タイタニックの設計技師 トーマス・アンドリューズ
(右 )タイタニック・バンドのリーダー、ウォーレス・ハートリー
 

ハートリー君? 」
タイタニックの設計技師トーマス・アンドリューズが 次の曲のセッティングの間、客席に座っていたタイタニック・バンドのリーダー、ウォーレス・ハートリーに声をかけました。
「どうしたんだ、ハートリー君。元気がないじゃないか。まさか、故郷に置いてきた婚約者を思い出して、寂しがってるんじゃないだろうね 」
「・・・ 図星です。鋭いですね、アンドリューズさんは 」
「だって 君の顔にそう書いてあるもの。彼女に忘れられたら どうしようって 」
「≪タメイキ ≫ アンドリューズさんは もうすでに設計技師としての立派なキャリアを確立されているから、家族にも世間にも 忘れ去られる不安など ありませんよね。なにしろ この世界一の豪華客船タイタニック号の設計者でいらっしゃるんだから 」
「ふふん 」
アンドリューズは、少し考えてから 話題を 反(そ )らせました。
「ええと、ハートリー君が 煙草に火を点ける時は どうやっているかな? 」
「え、何ですか、急に? そりゃ マッチを擦りますよ 」
「そうだね、最も普及している着火方法と言えば、やはりマッチだろうね。でも たとえば こんなものもあるんだよ 」
と、アンドリューズは、チョッキのポケットから掌に収まるほどの小さな器械 - ポケット・ライター - を取り出して ハートリーに見せびらかしました。
「おや、何ですか。それは 」
答える代わりに アンドリューズは、ライターを掌の中で点火して見せました。
「おお・・・! 」
「これは、まだ試作段階のサンプル品なんだけど、私の知り合いの ルイス・V.アロンソンっていうアメリカ人発明家が考案したポケット・ライターという便利グッズなんだ。スゴイよ、小さなオイル・タンクを内蔵しているから いつでも どこでもワンタッチで種火を起こすことが出来るし、よほどの突風でもなければ その火も消えないし。だから煙草への点火はもちろん、火を着けた状態でテーブルに置いとけば、小さなランプの代わりとして ちょっとした灯火の用途まで果たすんだ 」
「へえ、便利なものですねー 」
「まだまだ改良の余地は相当あるけどね。最近はドイツやオーストリアでも これに似たライターが開発され始めているらしい。だから近い将来、一瞬で消えてしまうマッチなんか やがて お払い箱になるんじゃないかな 」
「なるほど 」
「だから 話を戻すようだけれど、このタイタニックだって マッチと同じように -  」
と、そこでアンドリューズは 少し声をひそめました。
「 - 100年後には 旅客輸送事業も 全く別の方法に 取って代わられて、こんなデカイだけの船など 人々の記憶から消えてしまっていることだろう 」
「え? でも海を越えるのに 船舶以外の方法なんて あり得ないんじゃないですか 」
と、ハートリーは 首をかしげます。
ハートリー君のような音楽家さんたちはご存知ないかもしれないけれど、今から9年前 - 1903年 - アメリカのライト兄弟が ノースカロライナ州で人類最初の有人動力飛行を成功させているんだ」
「飛行機ですって? 無謀な冒険家の道楽じゃないですか。たとえば このタイタニックの乗客ほど大勢の人間を 頼りない翼になんか乗せて大西洋を無事に飛んで渡れますか? 私にはとても想像できませんね 」
「ふふん、正直 私だってそれがどんなものになるかは想像できないさ。でも産業革命以来、われわれ人類の進歩は著しい。この10年ほどの間で航空機の研究は長足の進歩を遂げている。不吉な話だけれど、もし仮にこの新しい乗り物を戦争利用に用いるような緊張が将来 外交関係に生じたとしたら、開戦する前に 世界各国はいずこも飛行機の技術研究費の投入合戦に入ることだろう。その結果、まず兵器としての航空機技術が急速に進歩してしまうのではないかな 」
「・・・ 」
「かつては奇想天外と言われていたジュール・ヴェルヌの創作小説にも、現実はいとも容易(たやす )く追い着こうとしている。100年後 - 2012年 - になれば、想像してご覧よ、きっとその頃には こんなデカイだけの豪華客船タイタニック号など、過去の遺物、博物館入りかスペクタクル映画の舞台になっているのが落ちだろう。ましてや これを設計した私の名前なんか 一世紀後には この世から忘れ去られているに決まっているさ。たとえ万里の長城パルテノン神殿でさえ 一体誰がその設計者の名前まで憶えていると思う? 」
そう言うと、アンドリューズは 席を立って 静かに腕を組みました。
「でも少なくとも この巨大な客船は不沈船といわれるほど安全な設計だそうじゃないですか。それは何ものにも代えがたい偉大な点だと思いますよ 」
ハートリーの この言葉を聞いて、ようやくアンドリューズは 少しだけ頷きました。
「うん、まあ そこだけは少し自信があるよ。なにしろ16区画に分かれた防水隔壁は船体の喫水線(水面 )上までの高さがあるからね。船首部なら4区画まで浸水しなければ、絶対に沈没することはない。普通の船舶同士の衝突なら 同時に何区画も浸水するような事態にはなりっこないからね、アドミラル・トーゴーの連合艦隊から砲撃でも受けない限り、大丈夫さ 」
と、そう言って彼は 少し ほほ笑みました。

ハートリーさん、演奏の用意ができました! 」
ハートリーが信頼する 片腕、ジョック・ヒュームが バンド・マスターを呼びに走ってきました。ハートリーはヴァイオリンを抱えると、ステージ上に整列している仲間のもとへと戻ります。
 そのステージには 室内楽編成で「さすらう若人の歌 」を演奏するために、さきほど独唱を務めた若いバリトン歌手を ぐるっと囲むように、演奏家が並んでいました。
Jock Hume( Violin ) Georges Krins (Viola ) Roger Bricoux( Cello ) Fred Clarke (Double Bass ) Percy Taylor, (Piano、also Cello ) Ted Briley(Piano,Organ )
 たまたまタイタニック号に乗りあわせ、今宵の主旨に賛同してくれた名門オーケストラ ロンドン交響楽団フルート奏者、クラリネット奏者、トライアングルとグロッケン・シュピールを叩くパーカッション奏者という豪華なエキストラを加えた、タイタニック・バンドのメンバー7名(ウォーレス・ハートリー – 第1ヴァイオリン奏者、ジョック・ヒューム – 第2ヴァイオリン奏者、 ジョルジュ・クリンズ - ヴィオラ、ロジャー・ブリコー – チェロ奏者、フレッド・クラーク – コントラバス奏者、酔いどれの天才 パーシー・テイラー – ピアノ奏者、そして テッド・ブライリー – オルガン奏者 )です。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。


マーラー「さすらう若人の歌 」 マーラー「さすらう若人の歌 」_0002
マーラー : 歌曲集「さすらう若人の歌 」(シェーンベルク編:室内楽版 )
クリスティアン・ゲアハーエル(Br. )
ハイペリオン・アンサンブル 
録 音:2002年 3月 5日
音 盤:アルテ・ノヴァ・クラシックス(BMG BVCE-38064 )

 これは、アーノルド・シェーンベルク編曲による めずらしい室内楽編成の伴奏による「若人 」。独唱を支える楽器編成は、フルート、クラリネット、二つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ、ハルモニウム。
 その「さすらう若人 」は、ピアノ伴奏による版とも異なり、また 聴き慣れたフル・オケ版とも比較すると、あたかもマーラーの音楽の 骨格だけが透きとおって見えてしまうほど新鮮な、紛れもない室内楽の響きに浸ることが出来るもの。とにかく気持ちの良い音なのです。発声も明晰なゲアハーエルの歌唱も清潔感に溢れた柔和なもので、とても好印象。
 このディスクには シェーンベルク室内交響曲第1番ホ長調ウェーベルン編曲版 )と、「亡き子をしのぶ歌 」のピアノ伴奏版(・・・これもめずらしい、作曲者自身によるピアノ版のディスクは、録音が意外に少ないので 貴重 )も収録されており、秀逸な企画盤と言えます。

■ 発起人、マーラー初体験 - 個人的な 思い出 
 ・・・ところで、いつも個人的な話になって恐縮ですが、私 “スケルツォ倶楽部発起人最初のマーラー体験は、 「さすらう若人の歌 」でした。
 今から三十○年前、都内 東久留米市立の某小学校を卒業するその日、大好きだった若い女性の音楽の先生から「卒業式が終わった後で、音楽室に来てね 」と言われ、ドキドキしながら 誰もいない 静かな音楽室を ひとり訪れました。そこで「お祝いに 」と先生から手渡されたのは、初めて目にする一枚のレコードでした。
さすらう若人の歌 EMI
 それは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウフルトヴェングラー歴史的な共演を収めた東芝EMI盤( その時は、その価値の大きさがわかっていませんでしたが、後になって たいへん有名な音盤だったことを知ります )。そのレコードを胸に抱いて、大喜びで帰宅しました。正直、卒業証書よりも うれしかったものです。
 けれど 最初のうちは その音楽がすぐにはピンと来なくて、よくわからなかったことに焦りを覚えたものでした。でも初めて接する「名曲 」に「人見知り 」した場合には、とにかく「わかるまで繰り返し聴け! 」というのが 子どもの頃の私自身が決めた鉄則でしたから、小学校最後の春休みの日々、それこそ憑かれたように 繰り返し このレコードを聴くことに費やすこととなりました。
 そのおかげで マーラーの音楽が 徐々に胸に沁みてきました。歌詞もマーラー自身が書いた ということを知ると、その シューベルトの「美しき水車小屋~ 」や「冬の旅 」を連想させる ロマン派的なストーリー設定に より強く親しみを感じるようになりました。そんな中でも すぐに好きになれた 第2曲「朝、野辺を歩けば 」、美しい 第4曲「恋人の青き二つの瞳 」の儚さなどに とりつかれるようになり、そのうち大袈裟でなく、本当に熱病のように 音楽が脳裏を離れなくなってしまいました。レコードのライナー解説には マーラーは この曲の旋律を 自作の交響曲に転用している などと書かれていました。むむっ、一体どんな曲なんだろう - と、未知の作曲家に対する興味は 急速に深まるばかりでした。
 ・・・などと、回想には限(きり )がありませんので もうこの辺で止(よ )しておきますが、これは 80年代にいわゆるマーラー・ブームが大爆発する少し前(1975年 )の思い出です。一般には まだ「マーラーって誰? 」という時代(ころ )・・・
Karajan_Mahler.jpg
 ヘルベルト・フォン・カラヤンでさえ 初めてのマーラー録音(交響曲第5番、ベルリン・フィル D.G.盤 )を、ようやく 2年前からスタートさせたばかり( その日本での初リリースは さらに遅れて、やっと1975年10月になってからだったと記憶してますが )という、そんな時期でした。


・・・交響曲第1番『巨人 』(ピアノ版 )に続く

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