本日 - 2012年 4月15日 - は、歴史的な タイタニック号の悲劇 から ちょうど 100周年となります

本記事は 4月17日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ

(3)リュッケルトの詩による歌曲「私はこの世に忘れられ 」

 ピアノ四重奏断章の演奏を終えたタイタニック・バンドのメンバーたちは ピアニストのパーシー・テイラーをひとり残し サロンに設(しつら )えられた低いステージから降りました。今、酔いどれの天才ピアニストは、若いバリトン歌手の伴奏に心を込めています。
 その曲は、ドイツ初期ロマン派の詩人にして 東洋詩の翻訳家としても知られるヨーハン・ミヒャエル・フリードリヒ・リュッケルト Johann Michael Friedrich Rückert (1788 - 1866 )の詩に マーラーが作曲した歌曲「私はこの世に忘れられ 」

Friederich Ruuml;ckert  フリードリヒ・リュッケルト

歌曲 「私はこの世に忘れられ Ich bin der Welt abhanden gekommen 」
詩 : ヨーハン・ミヒャエル・フリードリヒ・リュッケルト


   私は、この世に忘れられた
   世渡りが上手くなかったせいだろう
   私について話す人も もはや いなくなった
   どうせ 私は死んでしまった と、いうことにでもなっているのだろう

   死んだと思われても それで全然かまわない
   だって 私には、そうではない と 否定することもできないから
   現に、死んでいるわけだし

   もはや うるさい世間とは おさらばし、
   今や私は 静かな場所で ゆっくりと くつろいでいるのだ
   たった独りで わが平安のなかに、
   わが愛のなかに、
   わが歌のなかに、
   そこで私は 今でも生きているのだ
                          意訳 : 山田 誠


 その東洋的とさえ言い得る自己滅却の美学を扱ったリュッケルトの詩に耳を傾けながら、サロンの客席に座っているバンド・リーダーのウォーレス・ハートリーは、故郷で待つ婚約者マリア「曙の紅(くれない )の光が明け染める中 明るく輝くふたつの星 」のような 美しい瞳を ふと思い出していました。ハートリーは、タイタニックに乗船するために旅立とうとする その別れ際、サウサンプトン港まで見送りに訪れた彼の許婚(フィアンセ )と交わした、小さな諍(いさか )いの言葉を気にしていました。
 実は二人は、タイタニック号が その処女航海を 当初の予定では 3月に終えた その復路、アメリカからイギリスへ帰還した後 - 4月15日に - もともと結婚式を挙げる予定で準備していました。しかし大型巨船タイタニックベルファストでの建造が計画より 一ヶ月近くも大幅に遅れ、遂にその出航が 4月10日になってしまうことが判明した時、ハートリーは 妻とするマリアに 挙式の延期を告げなければならなかったのです。彼女は 愛する婚約者の言葉に 一旦は納得したものの、遅れた旅立ちに際して まだ若い愛情の裏返しから、涙に乗せて未練の言葉を抑えることができなかったのでした。
「仕方ないことじゃないか、マリア。どうか おとなしく笑顔で見送っておくれ 」
「だって、だって 」
「頼むよ、聞き分けのないことを言って ぼくを困らせないでくれ。タイタニック号は、ぼくにとっては 将来の成功にも繋がる、大きな実績を築く戦場のようなものなんだから 」
「・・・戦場のようなもの? 」
「そうだよ、男にとっては戦功を挙げるフィールドは とても重要なんだ。愛する妻を養うためにもね 」
そう言うと、ハートリーは 身を屈(かが )めながら まだ若いフィアンセが涙を溢れさせている目元に優しくキスを与えました。
「わかったわ、ごめんなさい ウォーレス
「ああ、よかった。ね、楽しみが先に延びただけのことだよ マリア
彼女は機嫌を直し、二人は微笑みを交わし合いました。けれど その笑顔のまま、マリアはキラキラ光るふたつの瞳で恋人の顔をじっと見つめながら 冗談半分に こうも言ったのでした、
「ちゃんと無事に、わたしの所へ帰ってきてよね、ウォーレス。そうでないと、わたし、アナタのことなんか忘れちゃって、他所(よそ )へ嫁いでるかもしれなくってよ 」。

 ・・・今、最後に港で交わしたマリアとの会話を思い出しながら、マーラーの音楽のゆったりした変ホ長調の流れに乗ったリュッケルトの詩は、これを聴くハートリーの心の中に、言い知れぬ不安を 波紋のように広げるのでした。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。


バーンスタイン&D.F=ディースカウ バーンスタイン&D.F=ディースカウ(CBS )L.P.
マーラー:歌曲 「私はこの世に忘れられ 」
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン )
レナード・バーンスタイン(ピアノ ) 
収録曲:リュッケルトの詩による5つの歌曲から 4曲、「若き日の歌 」より 7曲、歌曲集「さすらう若人の歌 」
、歌曲集「少年の不思議な角笛 」(歌唱:ワルター・ベリー & クリスタ・ルートヴィヒ、録音:1968年 4月24日 )
録 音:1968年11月 4~ 6日(「少年の不思議な角笛 」を除く )
音 盤:CBS- Sony(ソニー SRCR-9129~30 )

 バーンスタインフィッシャー=ディースカウは、この録音の直後 - 1968年 11月 8日 - リンカーン・センターフィルハーモニックホールにおいて歴史的な「マーラーの夕べリサイタルを大成功の裡に収めることになります。
New York 1968
( 収録された全19曲は、スタジオ盤の演目と同一です )
 残された貴重な実況放送のレコーディング(Myto Records 1MCD-89008 )でも その晩の 彼らの高いテンションと聴衆の熱狂とを確かめるに十分ですが、惜しむべきことに この放送録音では 音のコンディションが些か良くありません。
 そこで、公演の二日前までニューヨーク30丁目スタジオで録音されていたCBS盤を久しぶりに聴きなおしてみたところ、やはり こちらの記録こそ最高の名唱であろう との認識を 新たにしたものです。
 この超名盤について語るとき 誰しもが判で押したように使う表現「まるで作曲家が憑依したかのような バーンスタインのピアノと 一心同体の深さに達しているD.F=Dの歌唱には、初めてこれを聴いたときの ホントに眩暈がするほどの感動でみぞおちの辺りが熱くなったことまで思い出します。音楽とともに感情が高まる個所で、D.F=Dは 敢えてスッと力を抜いてみせたりするのですが、そこではバーンスタインもまた一瞬ピアノを止め、自由自在にこの歌手を支える、ふたりの呼吸は まさに「絶品 」と言うに相応しく、神域に入ったその瞬間をマイクロフォンがとらえています。
 その他の「リュッケルトの詩による歌曲 」は言うに及ばず、カップリングされた「若き日の歌 」では もはや他の追随を許さぬレベルの高さ、当時 国内 L.P.盤では未発表だった「さすらう若人の歌 」の狂気さえ感じる圧倒的な凄みなど、この偉大なるマーラー表現者二人の組み合わせによる録音が残されたことに対して 音楽の神さまに深く感謝したくなる一枚でした。

 ・・・次回、さすらう若人の歌 』室内楽版 に続く

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