本記事は 4月13日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ
■ 物語の登場人物
タイタニック号の サロン・バンドのメンバー
  ウォーレス・ハートリー 、リーダー、ヴァイオリン奏者
  ジョック・ヒューム 、ヴァイオリン奏者(一部でヴィオラ持替 )
  ジョルジュ・クリンズ、ヴィオラ奏者
  ロジャー・ブリコー 、チェロ奏者
  フレッド・クラーク、コントラバス奏者
  パーシー・テイラー、ピアニスト(一曲だけテノール歌手として歌う )、チェロ奏者
  テッド・ブライリー 、ピアニスト、鍵盤楽器奏者

サロン・バンドのエキストラ・メンバー
  若いバリトン歌手
  若いメゾ・ソプラノ歌手
  ロンドン交響楽団のフルート奏者
  ロンドン交響楽団のオーボエ奏者
  ロンドン交響楽団のクラリネット奏者
  ロンドン交響楽団のファゴット奏者 
  ロンドン交響楽団のホルン奏者
  ロンドン交響楽団のパーカッション奏者


マリア・ロビンソン、ウォーレス・ハートリーの帰還を故郷で待つ婚約者 (若い女性 )
E.S.嬢、一等船客、ウィーン国立歌劇場のソプラノ歌手
マルティン・クレッツァー、17歳の見習い航海士・船内の信号ラッパ手
ウィリアム・マードック 一等航海士
トーマス・アンドリューズ、タイタニック号の設計士
エドワード・スミス、タイタニック号の船長
喪服を着た30代の女性、一等船客

(2 ) ピアノ四重奏曲 断章 イ短調

 4月14日午後 8時30分、タイタニック船内のサロンにおいて、
マエストロ・マーラーの夕べ ~ 副題 偉大な指揮者の 作曲家としての知られざる一面を聴く” 」
と 題された音楽会が、今 まさに始まろうとしていました。

 タイタニックの設計を担当した、アイルランドベルファストにある造船会社ハーランド・アンド・ウルフ社の優秀な設計技術部長トーマス・アンドリューズも この船に乗船していましたが、彼は音楽への造詣も深く、航海中は 毎晩サロンで行われるコンサートを 必ず聴きに訪れていたほどの音楽好きでもありました。
Thomas Andrews トーマス・アンドリューズ

 そのアンドリューズが、船に乗ってから親しくなったサロン楽団バンド・リーダー、ウォーレス・ハートリーに、ステージ袖から小声で話しかけます。
「やあ、ハートリー君。今夜のプログラム、私は とても良い企画だと思うけれど、タイタニック号の一等に乗船している有閑階級のお客さまにとっては、マーラーの作曲した音楽など 全然 馴染みがないんじゃないかと心配しているんだよ。いくら有名な指揮者だったマエストロ・マーラーでも、彼のオリジナル作品だけで 一晩の演奏会をやろうなんて、ちょっと無理があるんじゃないかな。ほら、お客さまの入りを見てごらん 」
と、設計技師が指差すサロンの様子を見ると、確かに席はガラガラ、本来であれば70人は収容できる広さを持った ゆとりの客席には 何と 誰も座っていません - いえ、正確には たった独りだけ - 三十代位とおぼしき 美しい婦人がぽつんと - 席の中央付近に座っているのが確認できるきりです。
 折りしも サロン入口に貼ってある 演奏曲目の案内掲示を 一目見るなり、今夜はいいやとばかりに踵(きびす )を返して立ち去ってゆくオーストリア人の家族連れの後ろ姿を見ながら、ハートリーは ため息をつきます。
「昨晩は ウィンナ・オペレッタの夕べ、前の晩は モーツァルトセレナーデディヴェルティメント、 その前の夜はスコット・ジョプリンラグタイム。運動不足気味の船室のお客様に、適度に踊って いただけるようなメニューも 毎回混ぜてはきましたけれど・・・」
ハートリーは 拳を握り締めて、決意も新たにつぶやきました。
「でも今夜ばかりは 私達のやりたいことをやるんです。準備は万全なんですから。世界一の豪華客船にふさわしい、世界一の選曲と企画です。その価値がわかるお客様が、たとえ一人しかいなかったとしても、私達は、その価値のわかる お一人のお客様のために、演奏するんですよ 」
それを聞いて アンドリューズ
「もちろん 私は、喜んで最後まで聴くつもりだよ。でも 私以外に “お一人”でも 他にいらっしゃれば 結構なんだけどね・・・ 」
と、この船客の音楽の趣味には殆ど期待していないらしく、肩をすくめながら ステージそばを離れると、閑散としたサロンの空席のひとつに 静かに腰をおろしました。
「聴衆は アンドリューズさん以外にも 少なくとも お一人はいらっしゃいますよ 」
と、セカンド・ヴァイオリン奏者 ジョック・ヒュームが 中央辺りに ひとり静かに着席している黒衣の婦人のことを示しながら、そっとリーダーに声をかけました。
 ハートリーは これに頷(うなづ )くと、ゆっくり振り向き、
「さ、定時だ。それでは始めよう 」
と、肩に乗せた楽器を あごに挟みながら、ステージに並んでいる仲間たちに 開始の合図を送りました。

ピアノ四重奏曲断章 イ短調 架空の演奏メンバーは・・・
Wallace Hartley(Bandmaster, Violin ) リーダー、ウォーレス・ハートリー
 さて、開幕一曲目のプログラムは、マーラーのウィーン音楽院時代の作品で、まだ学生だった頃に書かれた めずらしい室内楽の断章 - ピアノ四重奏曲 イ短調 - です。
 第1ヴァイオリンのハートリーは、この楽曲に合わせて選んだメンバーと 呼吸を合わせます。
Jock Hume( Violin ) ジョック・ヒューム
 第2ヴァイオリン(ヴィオラ持替 )奏者 ジョック・ヒューム Jock Hume ダンフリーズ出身
 まだ若く 乗船演奏家としての経験も浅いけれど、ウィーンの音楽院に留学していた その技量は一流です。バンド・リーダーであるハートリーの片腕となって活躍してくれる 明るく従順な若者で、ハートリーからは 絶大な信頼を寄せられていました。
Roger Bricoux( Cello ) ロジャー・ブリコー 
 チェロ奏者 ロジャー・ブリコー Roger Bricoux 北フランスのリール出身。
 タイタニック・バンドの8人は 通常はバラバラに分かれて 絶えず 船内のあらゆる場所を、一日中 自由自在な組み合わせで演奏を続けていますが、この長身で二枚目のフランス人チェリストは、船客から親しげに話しかけられると 母国語のフランス語を交えながら当意即妙に答えるのが大いに受けて、バンドの花形のひとりでした。
Percy Taylor, (Piano、also Cello ) パーシー・テイラー
 そしてピアニスト、バンドの中では 年輩格のパーシー・テイラー Percy Taylor、ロンドンのクラップハム出身で チェロもたしなみます。
 いつも酒に酔っているのが ちょっと困ったところですが、彼は 本物の天才でした。その特異な経歴は、若い頃からイタリアを中心に ヨーロッパ中の小さな歌劇場でオペラ歌手の練習ピアニストを転々としてきたというキャリアで、彼は どんなオペラのスコアでも初見で しかも いきなり求められたテンポで完璧にピアノに弾き直すことが出来ました。それほどの技能がありながら、一ヶ所の歌劇場に長く留まれなかったのは、やはり酒癖が悪いからだとも、実は女癖が悪かったからだとも いろいろ噂されてきましたが、本当の理由は 不明です。

☆ おことわり ストーリー部分は フィクションであり、実在の登場人物も そのキャラクターは すべて架空のものです。

■ マーラー:ピアノ四重奏曲断章 イ短調
クレメラータ・ムジカ 新ウィーン楽派(Tower-D.G. ) 新ウィーン楽派の室内楽作品集(D.G. ) 
クレメラ-タ・ムジカ
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン )
ヴェロニカ・ハーゲン(ヴィオラ )
クレメンス・ハーゲン(チェロ )
オレグ・マイセンベルク(ピアノ )

併録曲:ヴァイオリンとピアノのための小品ニ短調、弦楽三重奏曲op.45、ピアノ伴奏によるヴァイオリンのための幻想曲op.47 (以上 シェーンベルク )、チェロとピアノのための2つの小品、ヴァイオリンとピアノのための4つの小品op.7、チェロとピアノのための3つの小さな作品op.11、チェロ・ソナタ (以上 ウェーベルン )、クラリネットとピアノのための4つの小品op.5、室内協奏曲~第2楽章アダージョ (以上 ベルク
録音:1994年 ノイマルクト
Tower Records Vintage Collection PROA-35(D.G.原盤 )

 ピアノ四重奏断章 イ短調は 学生時代のマーラー(16歳頃 )による最初期の習作で、今日現存する唯一の室内楽作品でもあります。
 その表面的な音色はブラームスの渋い作風そのものですが、メランコリックで美しい旋律は 意外にも チャイコフスキーピアノ・トリオ「偉大な芸術家の思い出 」を 想起させるところさえある(楽器編成が近いためでしょうか? 同じ イ短調だからでしょうか? )切ないほどメロディックなものです。近年は このような珍しい曲でも 録音される機会が増えているようで(思いつくままに、フィラデルフィア管弦楽団との第6交響曲のディスクにおいて その余白を埋めるかのように“指揮者”クリストフ・エッシェンバッハが久しぶりにピアニストを務めたオンディーヌ盤や、ドムス・アンサンブル Domus のディスク - EMI系レーベル - は ブラームスピアノ四重奏曲とのカップリングでした )、もし まだ未聴という幸運な方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度 お聴きになってみてください。ロマン派の香りも濃厚な魅力的作品で、文字どおり「栴檀は双葉より芳し 」的な一曲です。
 私が 注目するのは 曲の後半、このクレメラ-タ・ムジカ盤であれば 05:30頃から 主題の旋律が付点リズムに変奏されて 跳躍をし始めるところです、その辺りから すでに後年のマーラーらしい、いかにも抑制を効かせた行進曲風の展開も顔を出します。主要な二つの主題のコントラストと対位法的発展も興味深く、決して表面上では炸裂しないものの 深く内面に沈殿してゆくかのような濃い熱気、マーラー好きなら 繰り返し 聴けば聴くほど 愛着の深まる作品になると思います。

・・・次回、リュッケルトの詩による歌曲「私はこの世に忘れられ 」 に続く


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