スケルツォ倶楽部
「タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会 」

タイタニック Gustav Mahlerの肖像写真(1909年 )Wikipedeia   もくじ
(1 ) まえがき
 1912年4月14日 午後11時40分、当時 世界最大の豪華客船だった タイタニック号が 巨大な流氷の山に接触して破損、翌15日 午前2時20分、すなわち事故から わずか2時間40分後、1,500人(一説には1,800人 )以上もの人々を乗せたまま北大西洋の氷海に沈んだ、歴史的な海難事故から 間もなく100年の歳月が経とうとしています。
 沈没の前夜 タイタニックの船内では、前年 - 1911年5月18日 - に没したグスタフ・マーラーの一周忌を控え、その偉功を称えるサロンの音楽家たちによって マエストロが遺した作品のコンサートが開かれていた、という 決して あり得ない ながらも興味深いフィクションを知ったのは、一枚の(正確には二枚一組のセット )ディスクに収録された、フーベルト・シュトゥプナーという作曲家による 現代音楽作品でした。

トープラッハ マーラー音楽祭2001_0001 トープラッハ マーラー音楽祭2001_0002
シュトゥプナー Hubert Stuppner
弦楽四重奏曲「1912年4月14日、タイタニック号上でのマーラーの夜会
Eine Mahler-Soirée auf der Titanic am 14. April 1912 」
演 奏:プロメテオ弦楽四重奏団 Quartet to Prometeo
録 音:2001年 7月18~27日 トプラッハ(ドッピアーコ )
音 盤:【Real Sound 052-0071 】

 シュニトケを想起させる この激しい音楽は、前述のとおりタイタニックが遭難する晩に船内で開かれていたという マーラー没後一周年演奏会という架空の催しをイメージして作曲された、弦楽四重奏編成によるマーラーへのオマージュ的作品です。
 そのマテリアルとは マーラーによる歌曲「少年鼓手 」、「死んだ鼓手(起床合図 ) 」、「トランペットが美しく鳴り響くところ 」、「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス 」、「さすらう若人の歌 」、「亡き子をしのぶ歌 」、さらに 作曲者自身によって最終的には削除された標題が 悲劇の旅客船名 TITANic を連想させる 交響曲第1番「巨人( = TITAN ! ) 」まで、その旋律や断片が次々と引用・コラージュされながら、幅広いイマジネーションによって展開されています。
Hubert Stuppner
 作曲者であるフーベルト・シュトゥプナー Hubert Stuppner(1944~ )に関しては、残念ながら 資料が少ないため 詳細な情報は不明ですが、その出身はイタリアのボルツァーノ Bolzano (オーストリアとの国境近くの 風光明媚な美しい町だそう。イタリア領だがドイツ語が半分公用語で、地名呼名も独語だと“ボーツェン Bozen ” )で、“聖アントニウス”の都パドヴァのコンセルヴァトワールでピアノ・作曲を修め、ウィーンをはじめヨーロッパを中心に活躍している作曲家のようです。この曲を含め4つの弦楽四重奏曲、その他に交響曲、舞台音楽、ピアノ曲(発起人未聴 )などがあります。
ドッビアーコに建つマーラー記念像 Lago di Dobbiaco 
 ちなみに、南チロル地方トプラッハ(現イタリア領ドッビアーコ )は、マーラー好きにとっては 縁(ゆかり )の深い土地として知られていますね。マーラーは1908年以降の生涯最後の三年間、この山荘で夏休みを過ごし、最高傑作「大地の歌 」と「第9交響曲 」、そして未完の「第10交響曲 」は、この地で構想されました(アルマを追って、愛人グロピウスがやって来て、修羅場になったのもここ(! )です )。
 そのためか、この地には“グスタフ・マーラー・ザール”なるコンサート・ホールまであり、この2枚組ディスクも“2001年マーラー週間”の ライヴ録音なのです。
 なかなか興味深いアルバムで、ここにご紹介した 珍しい弦楽四重奏曲の他にも、エレナ・クシュネロワが ピアノ独奏用に編曲した歌曲「この歌をこしらえたのは誰? 」、「少年鼓手 」クシュネロワ自身のピアノ・ソロで、また ブンデスユーゲント管弦楽団という 両翼配置の 青少年オーケストラを ロベルト・パータノストロが指揮した、あたかも若いエネルギーが噴出するように熱い 交響曲第9番、そして シュトライヒャー・アカデミー・ボーツェン(フリーダー・ベルニウス 指揮 )による リヒャルト・シュトラウス作曲の「変容 - メタモルフォーゼン 」が併録されています。 

タイタニックに殉じた音楽家
 タイタニック号には 少なくとも8人以上のバンドメンバーが乗っていましたが、意外なことに 彼らは「2等船客 」扱いで乗船していました。これは、音楽家が「船員 」としてではなく、全員 外部企業(音楽家を派遣していた代理店C.W. & F.N. Black )の所属であったためです。けれど、正規の乗組員でないにもかかわらず、音楽家たちは タイタニックの船員から 指示・命令を受ける立場にもありました。

 リーダーであるヴァイオリニスト、ウォーレス・ハートリーは ランカシャー出身、当時まだ33歳の若さでした。
Wallace Hartley(Bandmaster, Violin )
 ハートリータイタニックホワイト・スター・ライン社 )に乗船するまでは、やはり大型客船モーリタニア号(キューナード社 )で同じ仕事をしていましたが、その才能を高く評価されており、多くの客船から引っ張りダコで誘いを受けていました。当時 ハートリーはプロポーズしたばかりの 若く美しい婚約者マリア・ロビンソンとの結婚を控えており、タイタニック号がイギリスに戻った時点での挙式を 彼女と約束していました。
 そんな彼が率いていたタイタニック号の音楽家たちの伝説 - 沈みゆく船の甲板上に残って演奏を続け、「その最後の瞬間まで 乗客の不安を和らげようと尽力した(Wikipedeiaより ) 」という - については、もうどなたも よくご存知でしょう。タイタニック・バンドのメンバーは、いずれもハートリーが自信を持って厳選した、クラシックの基礎を積んだ経験豊かな名手ばかりでした。

マーラー作品で組む、架空のプログラム
 さて、もし彼らが 本当にマーラーの作品ばかりで 一夜のコンサート・プログラムを タイタニック号のサロンで催したとしたら、さあ果たして どんな選曲になるだろう? と 考えたのが、今回の「架空の 」ストーリーを 考えるきっかけとなりました。
 ・・・そして もうひとつ 興味深い情報を見つけてしまいました。

 それは、1904年に発足した ロンドン交響楽団 が 早くもそれから二年後の1906年に イギリスのオーケストラとしては 初めての海外ツアーパリ公演 )を敢行し、1912年 には 大指揮者アルトゥール・ニキシュに率いられて アメリカ公演に出向いているのですが、この時 ロンドン交響楽団のメンバーの名前が ホワイト・スター・ラインタイタニック号の 何と 最初の予約名簿に記載されていた のだそうです ( 出典 : 1975年 ロンドン交響楽団の来日公演に際し、招聘元財団法人-民主音楽協会によって製作されたパンフレットに掲載された資料「タイム・マシーン - 1904年、ロンドンの音楽界 」より )。
1912年アメリカ公演に向かう船上
 もしも タイタニック号が その処女航海で沈むような悲劇に見舞われなければ、ロンドン交響楽団のメンバーは、きっと この巨大な豪華客船に揺られながら アメリカ・カナダの楽旅へと渡ったことでしょう。

 ・・・もとい。
 ですから、もしも この船内サロンで、マーラー作品による 一夜の架空のコンサートを開くとすれば、演奏プログラムによっては 船に乗り合わせた ロンドン交響楽団管楽器等メンバー を その演奏に参加させることも 可能なわけです。  - って、もはや ここまでくると、私 発起人妄想 も かなり重篤(自覚症状 Selbstgefühl あり )ですが・・・(自嘲 )


■ オリジナル・ストーリー
タイタニック船内のサロンにおける、
グスタフ・マーラーを 追悼する 架空の音楽会


■ 物語の登場人物

タイタニック号の サロン・バンドのメンバー
  ウォーレス・ハートリー 、リーダー、ヴァイオリン奏者
  ジョック・ヒューム 、ヴァイオリン奏者(一部でヴィオラ持替 )
  ジョルジュ・クリンズ、ヴィオラ奏者
  ロジャー・ブリコー 、チェロ奏者
  フレッド・クラーク、コントラバス奏者
  パーシー・テイラー、ピアニスト(一曲だけテノール歌手として歌う )、チェロ奏者
  テッド・ブライリー 、ピアニスト、鍵盤楽器奏者

サロン・バンドのエキストラ・メンバー
  若いバリトン歌手
  若いメゾ・ソプラノ歌手
  ロンドン交響楽団のフルート奏者
  ロンドン交響楽団のオーボエ奏者
  ロンドン交響楽団のクラリネット奏者
  ロンドン交響楽団のファゴット奏者 
  ロンドン交響楽団のホルン奏者
  ロンドン交響楽団のパーカッション奏者


マリア・ロビンソン、ウォーレス・ハートリーの帰還を故郷で待つ婚約者 (若い女性 )
E.S.嬢、一等船客、ウィーン国立歌劇場のソプラノ歌手
マルティン・クレッツァー、17歳の見習い航海士・船内の信号ラッパ手
ウィリアム・マードック 一等航海士
トーマス・アンドリューズ、タイタニック号の設計士
エドワード・スミス、タイタニック号の船長
喪服を着た30代の女性、一等船客


次回、マーラー ピアノ四重奏曲 断章 イ短調 に続く・・・

本記事は 4月10日 (それは 奇しくも 100年前、タイタニック号が サウサンプトン港を出航した日 )、
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皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


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