スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(15) アントン・シュタードラーのクラリネット工房

 クラリネット奏者アントン・シュタードラーに案内され、その狭い工房に到着したジュスマイヤーは、そこにずらりと並べられた いろいろな長さや大きさ、形状をした さまざまな種類の管楽器を見せられると、目をまん丸くして驚きました。
「こ、こんなに クラリネットって、たくさんあるんですか。シュタードラーさん 」
「はい。いろいろ手を加え出すと、ついつい熱中してしまうんですよ。試作器であっても 一度こしらえて形を与えてしまうと、多少不満は残っていても、うかつには壊せないんですよね。なにしろ 一本一本、皆 異なる良さもあるので・・・ 」
「つまり これらの楽器は 全部シュタードラーさんのお手製ということですか 」
「必ずしも『全部 』ではないですね、外注したものもありますから 」
 淡々と話しながら シュタードラーは、数多くの楽器の中から 先ほどブルク劇場のピット内で彼自身が使っていたものと ほぼ同じ位の長さの楽器を棚から抜き出すと そのマウスピースを軽く唇の先にくわえてみせるや、まるで春の上着を軽く羽織ってみせるような勢いで一往復、変ロ長調のスケールを駆け上がり、そして駆け降りました。
「もし 私の啓発普及活動が功を奏して、一般のオーケストラの管楽セクションの中に クラリネット奏者の指定席が定着する日が来るとしたら、多分 音域的に この 変ロ( B♭ )管あたりに 落ち着くんじゃないかなと思うんです 」
「なるほど 」
「でもね - 」
と、人差し指を立てて見せながら シュタードラーは 今度は 別の棚から一際長いクラリネットを一本、まるで槍を抜くような手つきで取り上げました。
「 - クラリネット最大の特色と言えば、やはり美しく低い音だと思うんです。私が求めているのは、この楽器が いかに艶(つや )のある低音を 安定的に出せるか、ということなんですが、それは 奏者の技術だけでは やはり限界があります 」
その形状の異様さを見て、ジュスマイヤーは思わず驚きの声を上げました。
「うわー、それは まるで先端を折り曲げたバスーンのお化けのようですね 」
「これは既存のバセットホルンを さらに私が勝手に加工したものです。あ、そうそう 『バセットホルン 』という呼称ですが、バセットはクラリネットの仲間ですから ご注意のほど。 ・・・で、これはもはや長過ぎて手に持って吹けませんから、こうして床に置きます 」
通常のクラリネットの低音域から さらに下へ向かって音階を滑り降りてゆくように シュタードラーの器用な指先が パタパタとキーをたたんでゆきます。
「うわー、凄・・・ 」
ジュスマイヤーは思わずため息をつきました。これほど低い音がクラリネットから噴き出してくるのを耳にしたことは、彼にとって初めの経験でした。
マウスピースから口を離すとシュタードラーは、相変わらず 淡々とした調子で説明を続けます。
「これは、最初にご覧に入れた普及型の変ロ管より さらに2オクターブ以上も低い音が出せる、私がこのアトリエで改造した特別な機種です。その最低音は、ヘ音記号を付した五線譜の第1線からさらに下に追加した下第4間に打つ、最も低いG(ト )の音です。その最低音を お聴きください 」
そう言うと シュタードラーは 静かに目を閉じると、改造バセットホルンを使って これ以上は 想像することもできないほど素晴らしく深い低音を長く吹き鳴らしました。
「うーむ・・・ 」
ジュスマイヤーは 圧倒されました。それまでずっと淡々と説明してきたシュタードラーでしたが、この楽器の限界ともいえる最低音を 自分自身 深く味わうように目を閉じつつ吹き終えると、ゆっくりと両目を開きました。すると その目は あきらかに うっとり としてしまっているのでした。
「・・・ね、この深い低音、良いでしょう。美しいでしょう。どうですかー、私も 自分で吹きながら、もう とろんとしちゃうんですよね - 」
などと、なぜか話し言葉まで変わって すっかりゆるんでいます。
「 ・・・ シュタードラーさんって、もしや低音フェチですか 」
そんな失礼なジュスマイヤーの質問に対して 怒りもせず、すぐ気を取り直したシュタードラー、丸くて厚い眼鏡をかけ直しながら 何事もなかったかのように 落ち着いて返事しました。
「・・・あ、そういうところ ありますね 」

 そこへ シュタードラー工房に駆け足で戻ってきたW.A.がようやく顔を出しました。そして 自分の友人と弟子とが親しげに言葉を交わしているのを認めると、ほっと安心したように、にっこりと笑顔をみせました。

  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


■ 今宵の音盤
モーツァルト : クラリネットのための 断片を含む 作品集
モーツァルト クラリネット作品集_0001 
カール・ライスター(クラリネット ) 
ルイジ・マジストレッリ(クラリネット & バセットホルン) 
ラウラ・マジストレッリ(クラリネット & バセットホルン)
カルロ・デラクア(バセットホルン )
シルヴィオ・マッジョーニ(クラリネット )
プリモ・ボラリ(クラリネット )
アンドリアーニ弦楽四重奏団

収録曲 :五重奏曲 アレグロ(断片 )ヘ長調 K.Anh.90(580b ) ~ クラリネット、バセットホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための
アレグレット(原曲はピアノ・ソナタ K.333 ) ~ 2本のクラリネットとバセットホルンのための
歌劇「ドン・ジョヴァンニ 」 K.527 から ~ 2本のクラリネットのためのアリア「手をとりあって 」、「窓辺においで 」
歌劇「魔笛 」K.620 から ~ 2本のクラリネットのためのアリア「恋人か女房があれば 」、「誰にでも恋の喜びはある 」
歌劇「皇帝ティートの慈悲 」K.621 から ~ 2本のクラリネットとバセットホルンのためのアリア「盲目的に信じる人は 」
アダージョ 変ロ長調 K.411(484a )2本のクラリネットと3本のバセットホルンのための
二重奏曲集 K.487より第1~6番 / 2本のバセットホルンのための
アレグロ・アッサイ(断片 )変ロ長調 K.Anh.95(484b ) ~ 2本のクラリネットと3本のバセットホルンのための
アンダンテ ― ロンド(断片 )変ホ長調 K.516d ~ クラリネットと弦楽四重奏のための
アレグロ K.484e(断片 ) ~ バセットホルン・ソロのための
アダージョ ヘ長調(断片 )K.Anh.93(484c ) ~ クラリネットと3本のバセットホルンのための
二重奏曲集 K.487より 第 7 ~12番 ~ 2本のバセットホルンのための
アダージョ ハ長調 K.Anh.94(580a ) ~ クラリネットと3本のバセットホルンのための
アレグロ ~ 5つのディヴェルティメント K.Anh.229(439b )第2番 ~ 3本のバセットホルンのための
カノン風アダージョ ヘ長調 K.410(484d )~ 2本のクラリネットとバセットホルンのための
ソナタ K.292(原曲:ファゴットとチェロのためのソナタ ) ~ クラリネットとバセットホルンのための
録 音:2000年5月、2001年9月、2002年2月、サント・ステファノ・ティツィーノ、ミラノ
音 盤:カメラータ・トウキョウ(CMCD-28022 )
 
 モーツァルトがクラリネットのために 生前遺した作品群の中でも 未完の断片を含む小品を中心とした、楽しくも貴重な録音集です。
 1959年以来 約30年間にわたってカラヤン黄金期のベルリン・フィルで クラリネットの主席を務めた名手カール・ライスターを中心とした5人のクラリネット(バセットホルン )アンサンブルと、曲によって弦楽奏者がこれに合わせる - という興味深い企画ですが、実質 第2クラリネット奏者のルイジ・マジストレッリが 主役のライスターに花を持たせつつ ほぼすべてを 取り仕切っています。
モーツァルト クラリネット作品集_0002
カール・ライスター(クラリネット ) 写真 左
ルイジ・マジストレッリ(クラリネット & バセットホルン) 右

 30~50秒ほどの長さしか現存していない 貴重な「断片 フラグメンツ 」を中心に、余白には 他人の編曲によるオペラ・アリアなどを収めた、クラリネットを主役に迎えた「知られざるモーツァルト 」を たっぷりと楽しめます。
 “スケルツォ倶楽部 発起人の注目する一曲は、やはり このディスク冒頭に収録されている「五重奏曲 アレグロ(断片 )ヘ長調 K.Anh.90(580b ) 」ですね。これは、昔から 未完成を惜しまれてきた「もうひとつの 」クラリネット五重奏曲で、1789年という モーツァルトの 余りにも若すぎる「晩年 」期の作曲であるということ以上に、その魅力的な楽想によって 中断された不幸を残念がる声が一際高かった作品のひとつでした。
 ここでは ロバート・レヴィンフランツ・バイヤーによって 補完された この幻だった作品の、完成された一楽章を 実際に 自分の耳で聴くことが出来るわけです、もう これは企画賞ものです!


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