本記事は 3月27日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(34)1968年、バイロイト祝祭劇場
  (ロリン・マゼール指揮 「リング 」 )で ミーメを演じる


■ 1968年 「ミーメ
   ~ ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金 」、「ジークフリート

1968年バイロイト・ライヴ 「ニーベルングの指環 」新潮社(永竹由幸 監修:新潮オペラCDブック特別版 ISBN4-10-780521-2 )
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金 」、「ジークフリート 」
ロリン・マゼール指揮
バイロイト祝祭管弦楽団

新潮社(永竹由幸 監修:新潮オペラCDブック特別版 ISBN4-10-780521-2 )

ラインの黄金1968 バイロイト  「ラインの黄金 」
テオ・アダム(ヴォータン )、
ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ローゲ )、
ゲルト・ニーンシュテット(ドンナー )、
ヘルミン・エッサー(フロー )、
ジャニス・マーティン(フリッカ )、
ヘルガ・デルネシュ(フライア )、
カール・リーダーブッシュ(ファーゾルト )、
ヨーゼフ・グラインドル(ファーフナー )、
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ )、
ゲアハルト・シュトルツェ(ミーメ )、他
ライヴ録音:1968年7月29日

ジークフリート1968 バイロイト  「ジークフリート 」
ティチョ・パーリー(ジークフリート )、
ベリット・リンドホルム(ブリュンヒルデ )、
テオ・アダム(さすらい人 )、
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ )、
ゲアハルト・シュトルツェ(ミーメ )、他
ライヴ録音:1968年8月1日


 このディスク・セットは モノラル録音で 音質自体 あまり良くありません、あたかも扉ひとつ隔てた向こう側で鳴っている音楽に耳を傾けるような、隔靴掻痒といった印象の音です。発売元が出版社という流通事情も 業界とは縁も所縁(ゆかり )もない素人の私には 今ひとつ判りませんが、商品の体裁は 箱に入った まさしく「本 」です(上の右側写真 装丁を ご参照 )。表紙の箱に描かれたデザイン画なども 失礼かもしれませんが まるで高校生が描いたかのような「手作り感 」があります。
 
 添付されている435ページもある解説書と対訳は、豪華と言うより 良心的で丁寧に書かれている、と言ったほうが適切な気がします。ワーグナーの生涯、「指環」の原典となった神話・伝説などのダイジェスト、作品解説、登場人物の紹介、あらすじ、それにライト・モティーフの解説まで(なんと電子音による指導動機のサンプル盤が、フジテレビ・アナウンサー軽部真一氏のナレーションで CD2枚に )収められていて、これも結構楽しめます。デッカ盤でのデリック・クック監修の分析とは、また 一味異なった切り口でライト・モティーフの解析がされていることも好印象です。
 また、注目すべきは 対訳の脇に 川島通雅氏による詳細なライト・モティーフの案内が付いており、これを読みながら音楽を聴き進めてゆけば、今 聴こえているモティーフが「何々の動機 」であるかがわかる(!)という仕組みです。素晴らしい、これは「指環 」初心者でなくとも 充分に楽しめる工夫です。
 しかし本の中身以上に、ここに収録されている稀少なバイロイトの音源は、多少の音質の悪さにも代えられないほど高い価値を持っています。

アリアCD さん、ありがとう 
 これは、かつて アリアCDさん ⇒ H.P.こちら  による情報で 初めて 私もその存在を知ったディスクでした。そうしたら「購入に当たっては 在庫数が少ないので、希望者は抽選 」との注意書きが。これを知って激しく動揺した私 “スケルツォ倶楽部 ”発起人、思わずオーナーの松本大輔氏のところへ直電話してしまい、「在庫の中でも一番潰れてて汚れた箱で構わないから、絶対に一部譲ってください 。お願いします! 」と、失礼千万ながら 必死の直訴(? )を試みたものです。
 ・・・その結果、本当に「抽選 」に当たったのでしょうか、それとも私の真剣な愁訴に憐れみをかけてくださったのでしょうか(? )、やがて自宅に美品が届けられました。うれしかったです! 1968年のバイロイトの「指環 」など、当時 どんな音質であっても 聴けること自体が叶わぬことと思っていましたから、それは 文字どおり望外の喜びでした! アリアCDさんのおかげで この一章を書くことが出来ます。松本さま、(すでに ご記憶もないかもしれませんが )その節は 本当にありがとうございました。勝手ながら この場を借りて 心より御礼を申し上げます。

■ 1968年、および 翌年のバイロイト出演は エルヴィン・ヴォールファールトの代役
 さて、ゲアハルト(ゲルハルト )・シュトルツェにとって 1964年(クロブチャール指揮による「ラインの黄金ローゲ役での出演 )以来、4年ぶりの バイロイト音楽祭となったことには、やはり理由がありました。
Erwin Wohlfahrt Lorin Maazel 1968
(左 )急死した エルヴィン・ヴォールファールト Erwin Wohlfahrt
(右 ) 若き 鬼才 ロリン・マゼール Lorin Maazel


 その前年まで 伝統あるバイロイトの「指環 」でミーメを演じていたエルヴィン・ヴォールファールトが 1967年の暮れに原因不明のウィルスによって倒れて(翌1968年11月に死去 )しまっていたため、急遽の代役として 当時ミーメ役の世界的スペシャリストであったシュトルツェに、白羽の矢が立ったものでしょう。
 もともとヴォールファールトは、「シュトルツェの後継者として 」ヴィーラント・ワーグナーによって その「すばらしい演技力と歌唱力の才能を見出 」された存在でした。ジョフリー・スケルトンの 『バイロイト音楽祭の100年 ( 山崎敏光 / 訳 音楽之友社 ) 』には、「彼 (ヴォールファールト )の ダーヴィットが 衝動的な少年のようであったのは、彼のミーメが劇動作を伴わなくても悪魔に見えたのと同様 」であったと、また「 ヴィーラントの歿(1966年10月 )後 間もなくヴォールファールトが死んだのは、手痛い損失であった 」と、書かれています。
 ヴォールファールトは、1967年のカラヤン(D.G. )盤「ラインの黄金 」スタジオ録音ミーメ役を務め、そこでローゲ役の シュトルツェと共演していたことは 奇遇でした(そして 結果的に ヴォールファールト の生涯最後のレコーディングとなったのが その「ラインの黄金 」におけるミーメでした。あたかも後輩の骨を拾うかのように、シュトルツェカラヤンの「ジークフリート 」では 代わってミーメ役を務めることになるのですが、それは また後述 )。
 シュトルツェは、さらにこの翌年(1969年 )にも請われて 同じくマゼール指揮の「指環 」で ミーメ役を務めることになるのですが、この時期 このキャラクター・テノール役 の演技に関しては 経験豊富練達の名手、まさに 自由自在 といった存在となり、カラヤン、ベーム、ショルティなど 世界中のワーグナー指揮者から すでに絶大なる信頼を寄せられていたことは すでに皆さん よくご存知ですよね。
ベーム「指環 」Philips LP盤の表紙 
▲ 1967年のバイロイト・ドキュメントベーム 指揮 )LPセットの表紙(Philips )
 
 それにしても、この前年の録音にあたる ベームが指揮した「指環 」(PHILIPS盤 )を 初めて聴いた時には「随分速いなあ・・・ 」と感じたものでしたが、この1968年ロリン・マゼールのタクトの、その緩急の較差の極端さには もうあきれるしかないほど。 いかなる指揮者のテンポにもフレキシブルに合わせてみせるシュトルツェの高い歌唱技術は、どんな波が入って来ても 砂浜から沖へ条件反射的にウェーヴの周期を感じ取りながら自由自在に波を乗りこなせる、熟練のサーファーのようです。

第2幕 アルベリヒミーメの口喧嘩の場面を聴き比べると・・・
 試みに「ジークフリート第2幕アルベリヒミーメ口論の部分アルベリヒの「どこへ行こうとする、悪党め Wohin schleichst du eilig und schlau ・・・ 」以降の 激しい二重唱 )に耳を傾ければ 50年代の 旧き良きクナッパーツブッシュが指揮する録音盤などと聴き比べてみてください、その速さの較差は 本当にアレグレットとプレストぐらいの違いがあります(! )。
Gustav Neidlinger
▲ 20世紀最高のアルベリヒ役、グスタフ・ナイトリンガーGustav Neidlinger


 10年前から「極悪兄弟(笑 )コンビ 」として しばしば共演してきたナイトリンガーアルベリヒシュトルツェミーメという超ベテランのニーベルング・ブラザーズ は、ここでは 猛スピードで突っ走るロリン・マゼールのタクトにも振り落とされずに 喰らいついていますが、ここは歌手としての能力の限界に挑むような 本当にもう冗談のような高速ですから、その歌唱は もはやブチ切れそうな絶叫の応酬、互いに 怒りの余り 二人とも気が狂っているかのようです。
 この場面は、私 “スケルツォ倶楽部” 発起人にとって 実は 以前から複数の演奏を比較する際の試聴ポイントとしている個所のひとつでもあるのですが、いまだかつて これほどまでに 転覆寸前の兄弟喧嘩 は聴いたことがありません。うーん、たしかに面白いことは面白いのですが、繰り返し聴かされるとさすがに疲れます(って、繰り返し聴くような重要場面では全然ないんですが )。

 「ラインの黄金 」では、ショルティ=カルショー(Decca )盤では聴けなかった、地下のニーベルハイムシュトルツェミーメナイトリンガーアルベリヒに虐められる場面も楽しめます。
Paul Kueuml;n 
ミーメを演じるパウル・クーエンシュトルツェの先輩格 )


 かつてパウル・クーエン(キューン )は デッカ(ロンドン )の「ソニック・ステージ 」と称する音場において ニーべルハイムで逃げ場のなくなった小人の虐げられる絶望を か細い叫び声で演技していましたが、ここでの シュトルツェの雄叫びは アルベリヒへの近親憎悪と反抗の発芽とを心に秘めています。その態度は、そのまま「ジークフリート 」のミーメの性格づくりへと繋がり、連作楽劇の登場人物としてのキャラクターに統一感を与えることの意味深さを 再認識させられるのです。

 「ジークフリート 」では、ほぼ同時期のスタジオ録音カラヤン盤における演技とも異なった、ライヴ独特の表情が聴けます。
 第2幕、いわゆる「森のささやき 」が始まる直前、ジークフリートを独り森に残して一旦退場するミーメが「ジークフリートもファーフナーも、どちらも倒れてしまえばよいものを! 」と吐き捨てるようにつぶやく台詞がありますが、ここでのシュトルツェの表現は、おそらく即興的なものでしょうが、複数のスタジオ録音や 過去の実況録音でも決して聴けなかった、それは激しい呪詛をこめた感情表現で、思わずハッとさせられます。 それは、今までミーメジークフリートの前で流していた熱い涙や哀れっぽい仕草のすべてが 実は全部ウソで、これこそがミーメの正体で 本心なんだよ、と この短い一節を的確に歌うことによって シュトルツェは わたしたち観客に ドラマの真実を種明かし してくれているのです。
Ticho Parly 
▲ 1968年のジークフリート役、ティチョ・パーリー Ticho Parly


 また同じ第2幕、その後の「ミーメ最期の場面 」でも、ジークフリート歌手ティチョ・パーリー Ticho Parly よりも遥かに声量も魅力も勝(まさ )っているシュトルツェが、もう見境なくパーリーを グイグイと煽ってきます。弦セクションの激しいコル・レーニョに乗って 音楽がスケルツォ風の動きになってからは、ミーメが ステージでスキップしながら小躍りしているのが見えるようで、その目には もはやヘロデのような危険な狂気の光も宿っていたに違いありません。

■ ここでしか聴けない(? )シュトルツェの「爆笑」型 ミーメ演技
 このライヴでは シュトルツェにはめずらしく 非音楽的な哄笑が聴けます。これより以前の録音で聴く限り、私たちは シュトルツェが 常に - たとえミーメが高笑いするような場所であっても - ある程度まで抑制し、楽譜のリズムを生かしつつ 節度をもって歌ってきたことを知っていますので、この録音で聴けるような 地の爆笑というのは、今までのシュトルツェには 殆んど聴かれなかった、たいへん稀なサンプルだと思います。
 興味深いことに、約5ヶ月後にスタジオ録音されることになる 同年12月~1969年 2月のD.G.カラヤン盤「ジークフリート 」では、この「地の哄笑 」は 鳴りをひそめています。
 ・・・このような、切迫感こそ伝わるものの ある意味で 今までのシュトルツェ「らしくない 」異常な表現も 一回性のライヴならでは。もしかしたら 前年までバイロイトミーメ役を歌っていた エルヴィン・ヴォールファールトの影響があった - ということは ないでしょうか ( 敢えて言えば、ヴォールファールトの性格演技は 爆笑型ともいえるでしょうか )  もし 1967年録音のベーム(PHILIPS )盤を お手元に所有されている方は、これも個性的なミーメ歌手だった、ヴォールファールトの、全面開け放したかのような絶唱を 同じ個所、同じ場面で ぜひ聴き比べてみてください。どうですか、似ていませんか。先輩格であるシュトルツェのほうが、ヴォールファールト哄笑を 参考にしたのではないでしょうか。シュトルツェは、後輩の演技さえも 抵抗なく積極的に取り入れることを試み、しっかりと消化(昇華 )していたように思えるのです。


次回(35)カラヤン盤「ジークフリート」でミーメを演じる に続く・・・

↓ 清き一票を びって
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)