スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(33)カラヤンの「ラインの黄金 」で ローゲを演じる

■ 1967年 「ローゲ 」 ~ ワーグナー:楽劇「ラインの黄金
楽劇「ラインの黄金」DG(カラヤン)盤 『ラインの黄金 』の舞台
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金 」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ヴォータン )、
  ゲアハルト・シュトルツェ(ローゲ )、
  ロバート・カーンズ(ドンナー )、
  ドナルド・グローべ(フロー )、
  ジョセフィーヌ・ヴィージー(フリッカ )、
  シモーネ・マンゲルスドルフ(フライア )、
  オラリア・ドミンゲス(エルダ )、
  マルティ・タルヴェラ(ファゾルト )、
  カール・リッダーブッシュ(ファフナー )、
  ゾルタン・ケレメン(アルベリヒ )、
  エルヴィン・ヴォールファールト(ミーメ )、他
録音:1967年12月6日~28日 ベルリン、イエス・キリスト教会
ドイツ・グラモフォン(ポリドール:POCG-3879~80 )

 
 今となっては ちょっと古い話から - とは言っても せいぜい 5~ 6年くらい前のこと。
 その頃 JR東京駅構内 (中央線への )中央階段付近に ヤンレイという小さなCDショップがありました。その店の品揃えは、歌謡曲、演歌、DVDが中心の一般大衆向けでしたが、一番奥にはクラシック音楽や モダンジャズのコーナーもあり、この文章を書いていた当時 私は出張で移動途中、新幹線の発車時刻まで余裕があるのを良いことに お店に立ち寄った際、何気なく手に取ったカラヤンの「『ニーベルングの指環ハイライト(D.G.ユニバーサルUCCG-5119 ) 」なる1枚を - 既に全曲盤を保有しているのに - これが 1,000円という超安価だったこともあって、つい衝動買いしてしまいました。
 ニーベルングの指環 ハイライト ザルツブルク大劇場の内部
(左は ディスクのジャケット写真。右は ザルツブルク祝祭大劇場の内部の様子 )

 表紙は、おそらく ザルツブルク祝祭大劇場「ヴァルキューレ 」の舞台で カラヤンが出演者のひとりに(その顔は陰になって、私には誰だか判りませんが。 )演技指導を施している と思われる 珍しいスナップ写真の一部が ジャケットになっているというもので、リハーサル中のカラヤンの真剣な表情が 実に格好良く、舞台での歌手の顔の表情にまで熱心にアドバイスを与えていたことが察せられました。

 長大な「指環 」の全曲から 有名な個所だけ切り抜かれたハイライト盤を楽しむのは 実は久しぶりで、たまにはそういった気楽な聴き方もありかなー、などと考えたのでした。それにしても こういう形で 改めて聴いてみると、やはり「ジークフリートの葬送行進曲 」におけるカラヤンが統治していた時期のベルリン・フィルハーモニーの強靭なパワーは 圧倒的でしたね。
 ハイライト盤では1曲目、いきなり「ラインの黄金 」の「虹の架け橋と神々のヴァルハラ入城 」 - つまりフィナーレから始まります。しかもドンナーの雷は既に落ちた後です。天地清朗にして荘麗なる音楽に乗って、本当に美しいドイツ語の発音で朗々と歌うフィッシャー=ディースカウヴォータンが、夕べに映える堅固なヴァルハラ城を讃えます。フローが架けた虹の橋を 今にも渡らんとする神々の背後から、その時突然異質な歌声が響いて快適な行列のリズムは中断します。それは ローゲ神々の没落を直感、袂を分かつことを考え、次は炎となって神々に仕返しする立場に転じようかと思案する重要な独白です。
 カラヤン盤ローゲを演じるシュトルツェの、その屈折した狡猾さの性格表現は素晴らしく、特に …und wären es göttlichste Götter! を、殆んど喀痰(かくたん )するがごとき激しさで演じますから、もし「指環 」に馴染みの薄い一般の人がこの部分だけを切り抜いたハイライト盤で聴かされたとしたら、シュトルツェのこのテンションの高さに 違和感を禁じ得ないのではないでしょうか。しかし、一度でも全曲盤で「ラインの黄金 」を 最初からフィナーレまで聴き通した上での耳をもってすれば、シュトルツェの演技は 充分納得できるものでした。

カラヤン_ラインの黄金(DG)
 では 次は その全曲盤で ドラマの第2場から ご一緒に聴き直してみましょう。
 天上のヴァルハラ城の普請工事の担保として、若くかぐわしい美の女神フライアの肉体を望む巨人たちに、何かその代わりとなる価値のある「物 」で支払う口約束をしてしまったため 窮地に陥った主神ヴォータンを助けに(冷やかしに? )登場するローゲの最初のシーンから シュトルツェの歌唱は冴え渡っています。なにしろ彼は、少なくとも1959年から ずっとこの役を歌い続けてきたローゲ役のスペシャリストです。
 シュトルツェが 一句切り歌う毎にベルリン・フィルの弦セクションによって繰り返し半音階で滑り上がる「ローゲの動機 」 - それは、まさしくワーグナーが意図したとおり 炎が舐め上がるような経過音的な - 合いの手が入るわけですが ここでの「ローゲの動機 」がカラヤン盤だけでしか聴けない、とても個性的で不思議な音響である という特記事項です。何と表現すればよいでしょうか、それは まるで肩の力を抜いたような、とにかく たいへん心地良い音色なのです。かつて このカラヤン盤「ニーベルングの指環 」を評し、その音響をたとえた言葉として一躍有名になった「室内楽的 」という絶妙の表現をした音楽評論家は アンドリュー・ポーターでしたが、彼は「ヴァルキューレ 」のみならず「ラインの黄金 」においても、まさしく「この音響 」を聴いたのであろう、と私は確信しています。
 その他、ヴォータンに「指環など アルベリヒから強奪すればよいのです! 」と、悪魔のように鋭い示唆を与える その戦慄が走る瞬間と、その後の微妙な間の取り方、若返りの果物であるフライアの金のりんごに頼りすぎた神々に辛辣な警告を発するシーンでの声のひそめ方など、次々と挙げていっても シュトルツェの演じるローゲ歌唱の素晴らしさには もはや際限がありません。
 彼の才能を見出し、ある意味では育て上げ、そしてこの歴史的な録音に起用した 偉大なカラヤンの慧眼に、私は心から感謝したいです。


カラヤンが、オペラ歌手に望んだ 三つの条件とは(?)
 「ヴァルキューレ 」のジークムント役だけでなく、その後カラヤンの「オテロ 」でタイトルロールを務めたことによって名高い ジョン・ヴィッカース の回想によれば、この「リング・プロジェクト 」において、キャスティングも自ら行なったカラヤンは、単に声が美しいだけの歌手には興味を示しませんでした。「台詞の意味を考えて歌うことを重視 」し、また同時に「器楽奏者のような安定的に制御できる音を発声できる能力 」を求めていたそうです。
ヴッカースに演技指導するカラヤン Karajan in Salzburg
▲ 「三つのお願い、聞いてね アナタ 」 ヴィッカースに演技指導するカラヤン
 同様に ジークリンデ役を務めた グンドゥラ・ヤノヴィッツも、この時カラヤンが 歌手に求めた条件を記憶しています。やはり その一つは「個性的な台詞の表現力 」、二つめに「安定して正確な音を長く伸ばせる技術 」、どちらもヴィッカースが証言した内容と同じですが、これらは ゲアハルト・シュトルツェ の天性の才をもってすれば 十分カヴァーできる範疇です。しかし、興味深いことにヤノヴィッツが記憶していた「条件 」は、さらに もう一つ あったのです。
 その三つめとは、何と「カラヤンに対する個人的忠誠 」(! )という 絶対服従的な約束 だったそうです。
 ・・・シュトルツェは、ローゲ役として「ラインの黄金 」のレコーディング、また翌年のザルツブルク・イースター音楽祭、そしてメトロポタン歌劇場への出演協力まで要請されていますから、きっとこの「三番目の条件 」もクリアしていた - ということになるのでしょうか(? )。

■ ザルツブルクへ、ニューヨークへ、
 その後、シュトルツェが 火の半神ローゲ役として参加したカラヤンの「ラインの黄金」公演は、1968年 4月 7日ザルツブルク・イースター音楽祭祝祭大劇場 においてプレミエを迎え、D.G.レコーディングとほぼ同一(ラインの乙女たちの一部以外 )のキャストによって演じられました。上演は、引き続き 4月 9日と14日にも行われています。
 また翌年1968年11月22日、25日、30日には、キャストの一部が変更(ヴォータン役がテオ・アダム に、ドンナー役がシェリル・ミルンズに入替など )された上、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で引越公演が行われ、これも大成功を収めています。この時の出演が、シュトルツェメトへのデビューとなったのでした。

 こちらは メトのアーカイヴからお借りした、この時の公演の 貴重な広告です。
 
 メト広告1969(カラヤン ラインの黄金)
  メト広告(1969)におけるシュトルツェ肖像写真
 シュトルツェが その生涯に客演を果たした歌劇場の都市数は膨大で、そのすべてを確認することは出来ませんでしたが、少なくとも ドレスデン、バイロイト、ライプツィヒ、ベルリン、バイエルン、ハンブルグ、シュトゥットガルト、ウィーン、ザルツブルクをはじめ、このニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の他、ロンドン、ストックホルム、シュヴェツィンゲン、チューリヒ、プラハ、パリ、バルセロナ、ヴェニス、ナポリなど 世界中のあらゆる舞台で、脇役の 性格テノール歌手としては異例なほどの大喝采を浴びたのでした。

次回(34)1968年、バイロイト祝祭劇場ミーメを演じる に続く・・・

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