本記事は 1月27日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(13) ト短調交響曲

 交響曲の冒頭から ヴィオラ群が刻むさざ波に乗って ひとつのメロディが何度も浅い呼吸を苦しげに繰り返しつつ、それは ある切ない感情を たしかに訴え続けていました。哀しいト短調の主旋律を 初めて聴いた瞬間から、モルト・アレグロの主題は ジュスマイヤーの心の芯をがっしり掴んで離すことはなかったのです。
 やがて二つの魅力的な中間楽章を経て、想像を絶する転調を重ねまくる凄まじい嵐のような第4楽章のフィナーレを聴き終えるまでの間も、震えるほどの感動の波に何度も襲われたジュスマイヤーの主観的な感覚時間で測れば それはまさに一瞬のことでした。
「何と素晴らしいことが 音楽では 表現できるんだろう - 」
やがて疎(まば )らな拍手が高い天井へと空虚に響く ここブルク劇場の客席で、たった今聴き終えたばかりの衝撃のシンフォニーの作曲者が 今まさに自分の隣の席に座っているということを考えただけで興奮したジュスマイヤーは、W.A.が肘掛に置いているその腕に 思わず自分の片手を伸ばしていました。
「先生・・・これほどの曲を、私は 今まで聴いたことがありません 」
「ふふん、ぼくだって これが実際に鳴るのを聴いたのは 今日が初めてさ 」
「いえ、そういう意味じゃありません。今のはまったく新しい、素晴らしい音楽ですねと申し上げているんです 」
「ありがとう、ジュスマイヤー。でもこの交響曲は 少し前に作ったヤツなんだよ 」
「え、今の曲 旧作だったんですか 」
惜しいことに かなり空席の目立つ劇場にも休憩時間が訪れ、楽団員も三々五々ステージを去り始めていました。今日は ウィーンの音楽家協会による「音楽家の未亡人及び遺児救済 」基金のための慈善コンサートで、入場料はすべて基金にまわされるため、演奏家はすべてボランティアです。演目である交響曲の作曲者だったW.A.に対しても 奉仕が強要され、報酬はありませんでした。
 壇上でクラヴィーアに座ったまま アンサンブルの主席ヴァイオリニストとまだ何やら打ち合わせを続けている指揮者を指して、W.A.はジュスマイヤーに尋ねました。
「今 ぼくのシンフォニーを振っていた、あの宮廷楽長を知ってるかい 」
「もちろん知っています。サリエリですよね 」
「実は さきほどのト短調の交響曲、あのサリエリに勧められて書いた作品なんだよ 」
「え、本当ですか? 」
「うん、彼はいろいろな方面に気を遣う人でね。宮廷の音楽家たちの世話を焼くような幹事役を任せたら まさに適任なんだよ。なにしろイタリア人だし、弁舌もさわやか。皇帝陛下とも上手に会話が出来てご機嫌を取るのも得意、あの気むずかしいローゼンベルク伯爵でさえ手なずけてしまうほど宮廷内の政治力にも長けている、後進の指導教育にも熱心で 弟子や教え子なんて数えたら五百人以上もいるんだよ ・・・あ、尤も 作曲技能のほうだけは 些か平凡なんだけどね。そこだけさ、唯一ボクが勝てるところは 」
と、そこでW.A.は少し声をひそめながら くすくすと忍び笑いをもらしました。
「3年位前から ぼくの音楽がウィーンではもう流行遅れになってきてしまった頃から、一般に売れるためにはスタイルをこう変えればいいとか こんな題材でオペラを書いたら受けるよとか いろいろと親切にサリエリはアドバイスをくれたものさ 」
「その勧めに 先生は従ったんですか 」
「いやー まさか。さすがにぼくの音楽の中身だけは ぼく自身で決めるさ 」
「そうですよね 」
「でも当時は予約演奏会さえも難しくなり始めていた頃だったので、収入の減少まで心配してくれたサリエリの提案を初めて受け入れたんだ 」
「それが - 」
「そう、大規模なシンフォニーの楽譜をセットで出版してみたらどうかって - 」
「なるほど、販売を目的とするわけですか。印刷工場を使わなくても いきなりそれぞれのパート譜を写譜した形で取り引きされることも最近では多いそうですね 」
「そこで 今のト短調と他に二つ、計3曲をセットにして渡したんだ。・・・と言っても 出版される目途は いまだに立っていないんだけどね 」
「さ、3曲ですって! ということは、さっきの あの素晴らしい交響曲以外に、同じ規模の作品が まだ他に二つもあるとおっしゃるんですか! 」
「うん、変ホ長調とハ長調の交響曲がね 」
「くーーっ、聴きたい。激しく聴いてみたいです、先生 」
「どうしたの そんなに痙攣しちゃって・・・。ふふん、大丈夫。いつか聴ける機会もあるさ 」

 そこへ 宮廷オーケストラの楽団員である、まん丸い眼鏡をかけた木管奏者が 片手にクラリネットを提げたまま客席に降りてくると、座っている二人のほうに 微笑みながら近づいてきました。
「今日はありがとう、モーツァルト君。ぼくが演奏に参加することになったために、木管のパート譜を 急に手直しさせるようなことになっちゃって、申し訳ありませんでしたね 」
二人は親しい仲であるらしく、これにW.A.は手を振りながら 笑って応えています。
「とんでもない、シュタードラーさん。貴方が主張されていたとおり、あのパートはオーボエで吹かせるより貴方のクラリネットで歌ったほうが 断然良くなったに違いないと、今の熱演を聴きながら確信したところです 」
二人の会話を聞いて ジュスマイヤーは 興味深げに尋ねました。
「先生、今日の交響曲って 木管のパートを書き直されたんですか 」
W.A.は これに答えます。
「そうだよ、この演奏会のためにね。もともと3年前に作曲した時には クラリネットは木管セクションに入れてなかったんだ 」
W.A.よりもいくらか年長であるらしいクラリネット奏者は、そこで隣に座っているジュスマイヤーに気づくと、
「おや こちらのお若いかたはどちらさまですか? 」
と、丸眼鏡越しに話しかけてくれました。
「モーツァルト君がお弟子を取られるなんて、めずらしいことなんですよ 」
ジュスマイヤーも立ち上がり、この 誰に対しても丁寧な言葉遣いをする内気そうな木管奏者に挨拶しました。
「初めまして。私は モーツァルト先生に作曲の指導を受けています、フランツ・クザーヴァー・ジュスマイヤーと申します 」
「アントン・シュタードラーです。モーツァルト君とは ここウィーンでは古いおつきあいになります。ぼくは目下、クラリネットの普及啓発活動に勤(いそ )しんでいるのですが、ジュスマイヤー君も作曲なさる時には ぜひクラリネットを楽器編成に加えていただけることをお忘れなく 」
そう言うと、シュタードラーは 脇に抱えた長い木管楽器をかかげて見せると、さわやかな笑顔をつくりました。

  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


■ 今宵の音盤
 交響曲第40番ト短調 K.550 初稿版 と 改訂版 の聴き比べ
 ホッグウッド モーツァルト交響曲全集 ホッグウッド、シュレーダー、エンシェント室内管弦楽団
モーツァルト:交響曲全集(CD 19枚組 )
クリストファー・ホッグウッド指揮
ヤープ・シュレーダー(コンサートマスター )
エンシェント室内管弦楽団
収録曲:
交響曲変ホ長調K.16〈旧第1番 〉、交響曲イ短調K.16a「オーデンセ 」、交響曲ニ長調K.19〈旧第4番 〉、交響曲ヘ長調K.19a、交響曲変ロ長調K.22〈旧第5番 〉、交響曲ニ長調K.32「ガリマチアス・ムジクム 」、交響曲ハ長調K.35「第一戒律の責務 」、交響曲ニ長調K.38「アポロンとヒュアキントス 」、交響曲ヘ長調K.42a〈旧第43番 〉、交響曲ヘ長調K.43〈旧第6番 〉、 交響曲ニ長調K.45〈旧第7番 〉、交響曲ト長調K.45a「旧ランバッハ 」、交響曲変ロ長調K.45b〈旧第55番 〉、交響曲ト長調K.45a「新ランバッハ 」、交響曲ニ長調K.46a(K.51 )「見てくれのばか娘 」、交響曲ニ長調K.48〈旧第8番 〉、交響曲ニ長調K.62a(K.100 )〈セレナーデ第1番〉、交響曲ハ長調K.73〈旧第9番 〉、交響曲ニ長調K.73l(K.81 )〈旧第44番 〉、交響曲ニ長調K.73m(97 )〈旧第47番 〉、交響曲ニ長調K.73n(K.95 )〈旧第45番 〉、交響曲ニ長調K.73q(K.84 )〈旧第11番 〉、交響曲ト長調K.74〈旧第10番 〉、交響曲ニ長調K.74a(K.87 )「ポントスの王ミトリダーテ 」、交響曲ニ短調K.74c(K.118 )〈救われたベトゥーリア 〉、交響曲変ロ長調K.A.C.11.03〈K.A.216 〉(K.74g )〈旧第54番 〉、交響曲ヘ長調K.75〈旧第42番 〉、交響曲ト長調K.75b(K.110 )〈旧第12番 〉、交響曲ニ長調K.111a(K.120 )「アルバのスカーニョ 」、交響曲ハ長調K.111b(K.96 )〈旧第46番 〉、交響曲ヘ長調K.112〈旧第13番 〉、交響曲イ長調K.114〈旧第14番 〉、交響曲ト長調K.124〈旧第15番 〉、交響曲ハ長調K.128〈旧第16番 〉、交響曲ト長調K.129〈旧第17番 〉、交響曲ヘ長調K.130〈旧第18番 〉、交響曲変ホ長調K.132〈旧第19番 〉、同ニ長調K.133〈旧第20番 〉、交響曲ニ長調K.135〈ルチオ・シッラ 〉、交響曲イ長調K.134〈旧第21番 〉、交響曲ニ長調K.141a(K.161/3 )〈スキピオの夢 〉〈旧第50番 〉、交響曲変ホ長調K.161a(K.184 )〈旧第26番 〉、交響曲ト長調K.161b(K.199 )〈旧第27番 〉、交響曲ハ長調K.162〈旧第22番 〉、交響曲ニ長調K.162b(K.181 )〈旧第23番 〉、交響曲ニ長調K.167a、交響曲変ロ長調K.173dA(K.182 )〈旧第24番 〉、交響曲ト短調K.173dB(K.183 )〈旧第25番 〉、交響曲イ長調K.186a(K.201 )〈旧第29番〉、交響曲ニ長調K.186b(K.202 )〈旧第30番 〉、交響曲ニ長調K.189b(K.203 )〈セレナード第4番 〉、交響曲ハ長調K.189k(K.173e-K.200 )〈旧第28番 〉、交響曲ニ長調K.207a(K.196-K.121 )〈にせの花作り女 〉、交響曲ニ長調K.213a(K.204 )〈セレナード第5番 〉、交響曲ハ長調K.213c(K.102 )〈羊飼いの王様 〉、同ニ長調K.248b(K.250 )〈セレナード第7番「ハフナー 」 〉、交響曲ニ長調K.300a(K.297 )「パリ 」〈旧第31番 〉〈第1版 〉、交響曲ニ長調K.300a(K.297 )「パリ 」〈旧第31番 〉〈異稿版 〉、交響曲ト長調K.318(K.318 )〈旧第32番 〉、交響曲変ロ長調K.319(K.319 )〈旧第33番 〉、交響曲ニ長調K.320(K.320 )〈セレナード第9番「ポストホルン 」 〉、交響曲ハ長調K.338(K.338 )〈旧第34番 〉、交響曲ニ長調K.385(K.385 )「ハフナー 」〈旧第35番 〉〈第1版 〉、交響曲ニ長調K.385「ハフナー 」〈旧第35番 〉〈第2版 〉、 交響曲ハ長調K.425(K.425 )「リンツ 」〈旧第36番 〉、交響曲ト長調K.425a/K.A.A.53(K.444 )〈旧第37番 〉〈ミヒャエル・ハイドン作 〉、交響曲ニ長調K.504「プラハ 」〈旧第38番 〉、交響曲変ホ長調K.543〈旧第39番 〉、交響曲ト短調K.550〈旧第40番 〉〈第1版 〉交響曲ト短調K.550〈旧第40番 〉〈第2版 〉、交響曲ハ長調K.551「ジュピター 」〈旧第41番 〉
録 音:1978~1985年 ロンドン
音 盤:オワゾリール(ポリドール POCL-2589~607 )


 またも個人的な話題からで 恐縮です。
 今でこそ こんな(笑 )クラヲタの私 "スケルツォ倶楽部" 発起人 ですが、しかし かつては 5年近くクラシック音楽を まったく聴かなかった時期もありました。それは今 振り返ると自分でも信じられませんが、大学を出て社会人として間もない頃、とにかく仕事で忙しく、毎日往復満員の通勤ラッシュの電車に揺られ、くたくたに疲れ切って帰宅すれば あとは寝るだけという日々の繰り返しに 音楽を聴く心のゆとりさえ失っていた時期でした。 今 思えば、精神的にうつ状態だったかもしれません。
 そんな危機的状況から私を救い出してくれたのが、このホッグウッドらによる交響曲全集との出会いでした。それは たしか1990年 - モーツァルト没後200年という記念イヤーを翌年に迎えようという - 頃のことだったと思います。なにしろ それまでは 重厚なカール・ベームの演奏くらいしか知らなかった交響曲第29番イ長調K.186a(K.201 ) - このホッグウッドによる 斬新な軽いテンポと 曲を透徹するような新しい解釈によって、まるで塞がれていた両眼を拭われ あらたに清められたような気さえしたものでした。
 この時、私は 忘れていた音楽の偉大さ に再び目覚めることが出来、たしかに癒されたのだと今では信じています。その時の 音楽への感謝の念は決して忘れられません。全集の一曲一曲が どれも本当に素晴らしく、数年ぶりに浴びるように聴いたモーツァルトの音楽への感動は、それまで乾き切っていた私の耳には まさに砂漠に水が浸みこむようでした。
 ひとつ興味深かったのは、大好きな交響曲第40番ト短調K.550 初稿版改訂版木管セクションに クラリネットが2本追加されている )とを 全曲 比較しながら 何よりも 実際に聴き比べること を可能にしてくれた、その価値の大きさを 実感したものでした。クリストファー・ホッグウッドニール・ザスロウヤープ・シュレーダーらの、この仕事は偉大です!
 その後のクラシック音楽演奏トレンド古楽・ピリオド楽器に 方向づけたと言い得る歴史的な名録音。慣習にとらわれない確固たるコンセプトによって 序曲セレナード異版から疑作までをも採用した、まさにコンプリートな交響曲全集として「無人島行き 」に連れてゆく 筆頭に挙げたい逸品です。

■ この全集の1枚目に収録された「オーデンセ 」交響曲について
 1983年 デンマークの都市 - アンデルセンの生地としても知られる - オーデンセ の音楽学校で発見された古文書の中から見つかった とされる、モーツァルト9歳(! )の時の作曲と 当時推定された交響曲 K.16a「オーデンセ 」は 一時たいへん話題になったものでしたが、現在では やはり「偽作 」とされているようです。残念なことに - というのも 私、実はコレ、個人的には かなり好きな作品だからです。捨ててしまうには あまりに惜しい佳作だと思ってます。
オーデンセodense(Denmark)

 張りつめた緊張感さえ漂わせるイ短調第1楽章、そして 涙を湛えつつ微笑むような 美しい第2楽章(これだけは たしかにモーツァルトっぽい、と言えなくもない・・・ )さらに 第3楽章民族舞踏風のテーマ の、また何とチャーミングなことでしょう。
 うーん、それでも これは やっぱりモーツァルトの曲ではないだろうな と - 素人の私にでさえ - 感じられます。ましてや いくら 神童モーツァルトであっても この作りは 9歳の筆じゃ ちょっと無理ではないでしょうか。 ・・・それでも 私にとって もはや 作曲者は誰でもいい という気になっています。もちろん特定されれば ウレシイですが、この デンマークで発見された 後期バロック風  「伝 」モーツァルト 作 とされる 短いシンフォニー、これは これで、十分に 魅力的な作品だからです。

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