スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(3)バイロイトでの 二つの出会い

 ヴィーラント・ワーグナーと出会う
 さて、このバイロイトで 新人テノール歌手 ゲアハルト(ゲルハルト)・シュトルツェの存在に注目していた人物が、少なくとも二人いました。
 その一人が、ヴィーラント・ワーグナー Wieland Wagner(1917年~1966年)です。
ヴィーラント・ワーグナーとシュトルツェ Orfeo D’or(C603.033D)より 
打ち合わせする シュトルツェ(左)と ヴィーラント (Orfeo D’or C603.033D 解説より )
 
 リヒャルト・ワーグナーの孫であり、戦後バイロイトの最重要人物でもあった彼は、質の高い上演達成のため、出演させる歌手の人選には特に関心を注ぎ、「目的を実現するに十分な知性と演技力をもつだけでなく、その目的に共感する人材を」求め続けていました。
 後に(1955年)ヴィーラントは、「新バイロイトの芸術的・人間的集団が生まれた種」と称して7人の歌手の名前を挙げることになりますが、ルートヴィヒ・ウェーバーパウル・クーエン(キューン)といった当時のベテラン勢に加え、マルタ・メードルヘルマン・ウーデアストリッド・ヴァルナイヴォルフガング・ヴィントガッセン といった錚々たる顔ぶれに並び ゲアハルト・シュトルツェも すでにしっかりとその名を連ねているという事実は、押さえておきたい情報です。
 なぜなら、上記ヴィーラントの発言があった1955年時点、シュトルツェは端役での出演以外にはまだ何の実績もなかったからです。言い換えると、いかにヴィーラントがその実力を早くから認め(おそらくクーエンに代わる新しい世代として)、大きな期待を寄せていたかを それは裏付ける発言だったと言えるからです。

 カラヤンと出会う
 出会い の もう一人が、このバイロイトのオーケストラ・ピットで 指揮台に立っていた ヘルベルト・フォン・カラヤンです。
Herbert von Karajan (1952) http www.bayreuther-festspiele.defsdb_enpersonen167index.htm ヘルベルト・フォン・カラヤン 1952年(バイロイト音楽祭 公式ホームページより)

 シュトルツェの 個性的な声と巧みな演技力の片鱗とを見抜いたカラヤンの鋭い耳目は、この時 間違いなく自分自身の機能的な脳内データ・ベースに シュトルツェを「使える!」とインプットしたに相違ありません。後年 カラヤンは、自身の指揮する(演出も含め)多くのドイツ・オペラ上演において、この稀代の性格テノールを 重ねて起用することになるのです。

 1952年「牧人」
~ ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」


Gerhard Stolze als Hirt. Tristan und Isolde (Inszenierung von Wieland Wagner 1952 - 1953)http www.bayreuther-festspiele.defsdb_enpersonen347index.htm              「トリスタンとイゾルデ」1952(カラヤン) Orfeo D’or(C603.033D)
牧人に扮する シュトルツェ(バイロイト音楽祭 公式サイトより)   1952年「トリスタンとイゾルデ」Orfeo D’or(C603.033D) 

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 ラモン・ヴィナイ(トリスタン )、
 マルタ・メードル(イゾルデ )、
 ルートヴィヒ・ウェーバー(マルケ王 )、
 イーラ・マラニウク(ブランゲーネ )、
 ハンス・ホッター(クルヴェナール ) 、
 ゲアハルト・シュトルツェ(牧人 )、他
ライヴ録音:1952年7月23日 バイロイト
Orfeo D’or(輸入盤C603.033D )

 カラヤンバイロイトで指揮台に立ったのは、皆さんもご存知のとおり1951年(「指環」、「マイスタージンガー」)と、翌1952年(「トリスタンとイゾルデ」)の 僅か二期だけでした。商業的な正規音源が発売されなかったにもかかわらず、この「トリスタンとイゾルデ」が名演としてかなり以前から知られていたのは、複数のマイナー・レーベルの努力によって 同音源のディスクが絶えず再発を繰り返され、市場から消えることのなかったことも 実は大きく貢献しているものと思われます。
 2003年からバイエルン放送協会ORFEOレーベルバイロイト音楽祭蔵出しライヴCDシリーズ を順次リリースし始め、その第1弾として この「トリスタン」音源が初めて正規に選ばれたことは、私には いまだに記憶に新しいです。この音盤については、既に多くの人々によって その素晴らしさは語り尽くされていますね。
 第3幕で登場する「牧人シュトルツェの僅かな出番は、ハンス・ホッタークルヴェナールとの短い会話だけですが、トリスタンの容態を察し、繊細にうち震え怯えるような声色を通し、牧人の小心をリアルに伝えています。この種の歌唱表現は、シュトルツェが 実は豊富に持っている数多くの「引き出し」の中の、ごく一つに過ぎないことに 当時は まだ殆んど誰も気づいていなかったのではないでしょうか、少なくとも ヴィーラント・ワーグナーカラヤン以外は。

 余談
 ところで、「トリスタンとイゾルデ」第3幕最初に声を発する 牧人の「」なる存在は、第1幕冒頭の 若い水夫による「」の歌声と、鏡面対照的に観応し合う関係(どちらも「見張る」という役割の共通点も) です。
 1962年のバイロイト音楽祭カール・ベーム指揮による「トリスタン」上演において、「牧人」「若い水夫」という二つの端役を ゲアハルト・シュトルツェが 一人で 兼務して歌った、という記録が残っています( 8月22日公演 の一回だけ のことでしたが)。
 これは 上記「対照的観応関係 」にある 各幕冒頭の声を 同じ一人の歌手が発した、たいへん興味深い上演の記録です。
 ・・・と言っても、それは結果的な話で、実際 それはハプニングによる結果と言えるものでした。もともと「若い水夫」を歌う予定になっていた ゲオルグ・パスクーダ(他のツィクルスでは ちゃんと任務を全うしています)が、22日に限って 体調不良で舞台に立てなくなったため パスクーダの先輩格にあたるシュトルツェが、急遽(きゅうきょ)代役を買って出たのでした。
Georg Paskuda (1959)http www.bayreuther-festspiele.defsdb_enpersonen260index.htm
 ゲオルグ・パスクーダ 「すみません、いつか ボクもミーメ 歌います」

次回 (4)バイロイトでの 小さな役割 に続く・・・
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