本記事は 1月 6日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


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スケルツォ倶楽部 Club Scherzo 
村上春樹の
「小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮社 ) 」を
ジャズ・カフェ「ソッ・ピーナ 」で読みつつ、音楽を聴く。


 村上春樹 小澤征爾
 2012年が 明けました。
 発起人(妻 )です、今年も スケルツォ倶楽部 を どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 さて 今回の記事、実は これを 2011年のしめくくり の文章にしようと考え、大晦日である昨日(31日 )のうちに投稿すべく準備を進めておりましたが、何やかやと忙しく、とうとう「去年のうちに 」完成させることが、結局できなかったものです(年始から反省・・・ )。
 そういうわけで 一日遅れですので、以下の記事に登場する「わたし 」は、まだ12月31日におります(笑 )。そこのところを ご了解の上 読み進めて頂きたく、お願いいたします。

■ 今は まだ 2011年12月31日・・・
 こんにちは、スケルツォ倶楽部“発起人” 妻 のコーナーです。
 2011年 最後のスケルツォ倶楽部 は、わたしが いつも行きつけの お気に入りのジャズ・カフェ「ソッ・ピーナからお届けしています。
 ジャズ・カフェ?  ・・・そうです。どなたも 「ジャズ喫茶 」などと言えば、どこも真っ暗で閉鎖的な空間ばかりと想像なさるでしょうが、ここ「ソッ・ピーナ 」は 広さこそ 僅か12坪ほどの狭さながら、壁一面ガラス張りで 日当たりも最高、とても明るいお店なんですよ。
だから「ジャズが聴けるカフェ 」 ・・・って、使う言葉、呼ばれる名まえひとつで その印象もガラッと変わってしまうのって困ったことですよね。とにかく 今日から「ソッ・ピーナ 」は、「ジャズ・カフェ 」へと華麗に変身します。
 ・・・と言っても、お店の実体は まったく変わっていませんが。

 せっかく大晦日にも開店しているというのに、店内に置かれた十二席のテーブルも、 5人も座れば満席になってしまうカウンター席も、いつもと相も変わらず、ガラガラの空っぽではありませんか。
 大掃除に疲れて昼寝してしまった夫を ご苦労サマと そのまま寝かせておいてと、その間 家から徒歩15分ほどの距離にある この「ソッ・ピーナ 」まで来てしまったわたし、いつものカウンターに座ると、早速 音楽オタクで独身の二代目マスターが お冷やのタンブラーを持ってきてくれました -

マスター   「いらっしゃいませ、奥さん。今年もお世話になりました ・・・ところで 今日は いつものブログのカテゴリーと 違うようですね。ボク 何だか とても居心地が悪いんですが・・・ 」

いつものカテゴリー 」とは こちら ⇒ 「午後のジャズ喫茶 カフェ ソッ・ピーナから

わたし    「だって 今日の話題は クラシック音楽村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』 なんだもん。村上春樹好きのマスターのこと、もう当然 この話題の新刊本は 読んでいるんでしょうね? 」
マスター   「読みました。けっこう興味深く感じましたけれど、やはりクラシック音楽に関しては門外漢のボクには 正直 さすがにピンとこないところも多くて・・・この本に登場するクラシックの音盤は、ぜひ奥さんに補足説明を してもらわないと - 」
わたし    「そう思って、ほーら、クラシック・マニアのウチの夫(ヤツ )のCDコレクションから 無断で いっぱい持って来ちゃったんだよー 」
 小澤征爾のCD、リュックから どさっ!
 (どさっ! と小澤征爾のCDが リュック・サックから溢れてカウンター・テーブルからこぼれ落ちるほど )

わたし   「さあ、ここで大音量で聴かせて頂戴、今日は ソッ・ピーナクラシック音楽を! 」


村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする
小澤征爾 × 村上春樹 (新潮社
  
  村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』新潮社
目次

始めに - 小澤征爾さんと過ごした午後のひととき  村上春樹

第一回 ベートヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって
最初にブラームスのピアノ協奏曲第一番
   カラヤンとグールド、ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番
   グールドとバーンスタイン、ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番
   ゼルキンとバーンスタイン、ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番
   なんといってもドイツ音楽がやりたかった
   五十年前、マーラーに夢中になった
   新しいベートーヴェン演奏のスタイルとは?
   インマゼールのピアノ、古楽器演奏のベートーヴェン
   再びグールドについて語る
   ゼルキンと小澤征爾、ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番
   内田光子とザンデルリンク、ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第三番

インターリュード1 レコード・マニアについて

第二回 カーネギー・ホールのブラームス
   カーネギー・ホールでの感動的なコンサート
   サイトウ・キネンとブラームスを演奏すること
   後日の短い追加インタビュー ホルンの息継ぎの真相

インターリュード2 文章と音楽との関係

第三回 一九六〇年代に起こったこと
   バーンスタインのアシスタント指揮者をしていた頃
   スコアをどこまでも読み込む
   テレマンからバルトークまで
   春の祭典・裏話みたいなもの
   小澤征爾指揮・三種類の『幻想交響曲 』
   一人の無名の青年になぜそんなすごいことができたのだろう?
   後日の短い追加インタビュー モーリス・ペレスとハロルド・ゴンバーグ

インターリュード3 ユージン・オーマンディのタクト

第四回 グスタフ・マーラーの音楽をめぐって
   先駆けとしてのサイトウ・キネン
   バーンスタインがマーラーに取り組んでいた頃
   そういう音楽が存在したことすら知らなかった
   マーラー演奏の歴史的な変遷
   ウィーンで狂うということ
   三番と七番はなんだか「あやしい 」
   小澤征爾 + サイトウ・キネンの演奏する『巨人 』
   楽譜の指示がなにしろ細かい
   マーラー音楽の世界市民性とは?
   小澤征爾 + ボストン交響楽団の演奏する『巨人 』
   マーラー音楽の結果的な前衛性
   今でも変化し続ける小澤征爾

インターリュード4 シカゴ・ブルーズから森進一まで

第五回 オペラは楽しい
   もともと僕くらいオペラから縁遠い男はいなかった
   フレーニのミミ
   カルロス・クライバーのこと
   オペラと演出家
   ミラノで浴びたブーイング
   苦労よりは楽しみの方がずっと大きい

スイスの小さな町で

第六回 「きまった教え方があるわけじゃありません。その場その場で考えながらやっているんです」

あとがきです  小澤征爾



わたし    「この本は 小澤征爾 × 村上春樹 という表記から、表面的にみると二人の共著という印象だけど、実体は 村上春樹の企画・構成による 小澤征爾へのインタヴューを収めた書下ろしなのよね 」
マスター   「そうですね。一読者の個人的な感想ですけど、これまで村上春樹が書いてきた小説の多くで 登場人物たちが話題にしたり ストーリーの中で使われたりした音楽は、そのどれもがいずれも村上作品を構成する素材として使われ、しかも やや斜に構えて料理されてきたという ぼくはそういう印象を勝手に持っていて、それもけっこう魅力だったんですけど、でもこの本の中で 音楽について語る村上春樹本人は、小澤征爾を主体とすれば 常に従体の位置をわきまえた立場で会話を盛り上げつつ、あくまで主体の語りを真摯に補完するという距離を 基本的には保っていることに、今までの村上春樹とは異なる一面を見た気がしました 」
わたし    「たとえば 1960年代の半ばあたりからクラシック音楽を聴き始めたという村上春樹は、マーラーの音楽については 長いあいだ苦手だったけれど、人生のある時期から その音楽のあり方に心を惹かれるようになった、と書いているわよね。そして 本の中でも 多くの紙面を割いているほど マーラーについては とても詳しくて ‐ 」
マスター   「たとえば 故郷であるチェコのカリシュトにまで足を運んでいたり、当時の世紀末ウィーンが包していた文化的背景についても詳しかったり・・・ 」
わたし    「そう、そして何よりもメンゲルベルク、ワルター、バーンスタイン(旧録・新録の両方とも )、クーベリック、ショルティ、アバド、そして小澤征爾による主要な録音のすべてで マーラーの交響曲をよく聴き込んでいることが 対談の会話の端々から十分に伝わってくるよね 」
マスター   「口惜しいんですが ジャズならともかく、クラシック音楽については詳しくないぼくが どうしても理解の及ばぬところが、全く知らない楽曲について具体的に言及している箇所なんですよ 」
わたし    「そうでしょうね。音楽の話は まず楽曲・演奏を知らなければ 話にならないっていうところ、あるかもね 」
マスター    「・・・ムッ・・・ 」
わたし     「あ。それって、村上春樹の『風の歌を聴け 』の登場人物 < >の口真似でしょ 」
マスター   「(笑 )さすがですね、奥さん。村上春樹の有名なデビュー作『風の歌を聴け 』の中で グレン・グールドがソリストを務めている ベートーヴェンピアノ協奏曲第3番ハ短調バーンスタイン(CBS )盤のレコードを、主人公<僕 >が 翌月に迎える< >の誕生日プレゼントに渡す という場面があるんですけど ‐ 」
わたし    「まさに そのレコードについての話題も『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』の中で しっかりと語られているにも関わらず ‐ 」
マスター   「そう、そうなんです、その音楽自体を ぼくが聴いたことがないという事実が もう致命的で、つまりそこから先は まったくお手上げなんですよね。うーん、やっぱりクラシック音楽も聴いておかなきゃいけないかなー 」
わたし    「少なくとも 聴いておいた方が 絶対 この本は楽しめると思うよー 」

小澤征爾さんと、音楽について話をする 』の中で 二人が聴き比べたディスク
グールドの ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 2種類のディスク
 グールド カラヤン べートーヴェン ピアノ協奏曲第3番(1957年 Sony ) グールド バーンスタイン ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 (1959年 CBS )
(左 )カラヤン / ベルリン・フィル(1957年、ソニークラシカル )盤
(右 )バーンスタイン / コロンビア交響楽団(1959年、CBSコロンビア盤 )

マスター   「本の中で 村上春樹が、マエストロ小澤グールドバーンスタインと共演した盤とともに カラヤンと共演した録音盤を、聴き比べてもらっています 」
わたし    「その結果、小澤征爾から 二人の指揮者の方向性 - ディレクション - の相違という たいへん興味深い話題を引き出してくれているのよね。ここのくだりなどは 素晴らしいわよねー 」

引用
P.40 以降「ベートヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって 」から

小澤  「・・・ 音楽の方向性。それがカラヤン先生の場合は生まれつき具わっているんです。長いフレーズを作っていく能力。そしてそういうことを僕たちにも教えてくれたわけ。長いフレーズの作り方を。それに比べてレニー(バーンスタイン )の場合は天才肌というか、天性でフレーズを作る能力はあるんだけど、自分の意思で、意図的にそういうのをこしらえていくというところはない。カラヤン先生の場合はひとつの意思として、まっすぐ意欲を持ってやっていくんです。ベートーヴェンの場合なんかね。あるいはブラームスの場合。だからブラームスなんかやると、そういう意欲はカラヤン先生の場合、もう圧倒的に強いです。ある場合には細かいアンサンブルなんか犠牲にしても、そっちの方を優先します。そして僕たちみたいな弟子にも、それと同じことを要求したんです 」

マスター   「若き小澤征爾が渡航して音楽修行をスタートさせ、一定の評価を得て ボストン交響楽団の常任指揮者として活躍するようになるまでの期間て、実は戦後の(クラシック音楽における )音楽史の最も重要な時期に重なっていたと言われますよね 」
わたし    「そうだよー。今でこそマエストロ小澤征爾だけど、若き日の修行時代の見聞によって、同時に 音楽史の貴重な証人・目撃者でもあるわけなんだから 」
マスター   「たとえば、ピアニストのグールドと指揮者バーンスタインとが ブラームスのピアノ協奏曲第1番ニ短調カーネギー・ホールで共演した歴史的と言われる一夜の話題 」
わたし    「テンポの解釈を巡って二人の意見が対立してしまい、結局はグールドの意向を尊重して演(や )る代わり、演奏前にバーンスタインが聴衆に向かって これは自分の解釈とは異なるんだけれど という言い訳をわざわざ明言するようなスピーチを行った・・・ 」
マスター   「そのエピソードって 本当なんですか 」
わたし    「ふふん、クラシック愛好家で この逸話を知らない人はいないわよ、マスター。その晩のバーンスタインの どちらかといえばユーモラスで温かいスピーチ、貴重な録音もしっかり残っていて 今でもそれ聞けるんだけど、文言の中でバーンスタインは『このような場合には、自分で指揮せずにアシスタントに代わりを振らせることだって出来たんだけど 』なんて言ってる、そのステージ裏で控えていたアシスタントの指揮者が まさに小澤征爾だったなんていう情報は 初めて知ったわ! 」
マスター   「そこで村上春樹が、ジョージ・セルだったら 絶対アシスタント指揮者に振らせていた という絶妙のフォロー情報を、本の中ではしていましたね 」

 グールド、バーンスタイン 1959年(Sony )
小澤征爾さんと、音楽について話をする 』 の中で言及されている演奏会のドキュメント盤
グールド + バーンスタイン / ニューヨーク・フィル の ブラームス ピアノ協奏曲第1番
1962年 4月 7日、全米CBSラジオ・ネットの放送用録音が音源
付 : 演奏直前バーンスタインによるスピーチ、グールドのインタヴュー(1963年 )
音盤 : ソニー・クラシカル SRCS-2278


マスター   「小澤征爾は 常に音楽の中身を話題にして語りますよね 」
わたし    「そして そここそが わたしたちクラシック音楽リスナーが 最も知りたいことと期待している部分なんだから、まさしく そのカユイところに手が届くかのように マエストロ小澤から歴史的証言を巧みに引き出してくれた村上春樹の見事な手腕にこそ 拍手を送らなきゃね 」
マスター   「本の中で 特に多くの時間を割いて お二人が語っているのは マーラーの音楽についてのようなんですけど、クラシック音楽の知識が乏しいボクでも このウィーン世紀末の作曲家について、読んでいるうち とても興味を持ちました 」

引用
P.64 以降「五十年前、マーラーに夢中になった 」から

村上  「マーラーはいつ頃からやっていたんですか? 」
小澤  「マーラーはレニー(バーンスタイン )の影響でね、好きになりました。僕がアシスタントをやっているときに、彼はちょうどマーラーの交響曲の全曲吹き込みをやっていたんです。だからそばにいて覚えて、トロントやサンフランシスコに行ってからも、すぐに全曲演奏を試みましたよ。ボストンに来てからも二回通してやってます。でも僕がトロントやサンフランシスコにいる頃には、マーラーの全交響曲を取り上げる指揮者なんて、レニーのほかにまずいなかったです 」
村上  「カラヤンもマーラーはあまりやっていないですね 」
小澤  「カラヤン先生はマーラー、長いあいだほとんどやりませんでした。おかげさまで僕はカラヤン先生にやれって言われて、ベルリンでずいぶんマーラーを指揮しましたよ。それからウィーンフィルでも。最初の頃は、そんな風にけっこう集中してマーラーをやりましたね。(略 )とにかくその当時は、僕はマーラーに狂ってたんです。もう五十年以上も前のことですが 」


引用
P.204 以降「そういう音楽が存在したことすら知らなかった 」から

村上  「(タングルウッドの学生の時、 )初めて(マーラーの )スコアを見てみて、どうでした? 」
小澤  「それはもう、すごいショックだったですよ。そういう音楽が存在したことすら、自分がそれまで知らなかったということが、まずショックだった。僕らがタングルウッドでチャイコフスキーとかドビュッシーとか、そういう音楽をやっているあいだに、こんなに必死になってマーラーを勉強しているやつ(学生時代に同室だったホセ・セルビエールのこと )がいたんだと思うと、真っ青になって、あわててスコアを取り寄せないわけにはいかなかった。だからそのあと、僕も(マーラーの )1番、2番、5番 あたりを死にものぐるいで読み込みましたよ 」
村上  「スコアを読み込むと面白かったですか? 」
小澤  「そりゃあ面白かったです。だってそんなの初めて見たんだもの。へえ、こんなスコアがあるんだって 」
村上  「それまでやっていた音楽とはまるで違う世界だった? 」
小澤  「オーケストラというものをこれほどうまく使える人がいたんだ、というのがいちばんの驚きだったですね。マーラーってもう、極端なまでにそういう使い方がうまいですから。だからオーケストラにしてみれば、これくらいチャレンジングな曲ってないんです 」
村上  「じゃあ、オーケストラが実際にマーラーの音を出すのを耳にしたのは、バーンスタインのときが初めてだったわけですか? 」
小澤  「そうです。彼のアシスタントとして、ニューヨークで聴いたのが、マーラーを聴いた初めて 」
村上  「実際の音を聴いてみてどうでしたか 」
小澤  「いや、もうそれはショックでした。それと同時に、バーンスタインがこういう音楽を文字通り『開拓している 』現場に一緒にいられるということの幸せをひしひしと感じました(以下 略 ) 」


グスタフ・マーラーの音楽をめぐって 』参考ディスク
 小澤征爾_マーラー第1番 ボストン(D.G.) 小澤征爾_マーラー第5番 ボストン(Philips )
 (左 )交響曲第1番(1977年、ボストン交響楽団 UCCG-4428 )
 (右 )交響曲第5番(1990年、ボストン交響楽団 UCCP-3317 )

 小澤征爾 サイトウ・キネン マーラー 交響曲第2番「復活」(Sony)    小澤征爾 ボストン ラスト・コンサート マーラー交響曲第9番(2002 NHK )DVD
 (左 )交響曲第2番「復活 」(2000年、サイトウ・キネン・オーケストラ SICC-1087~88 )
  )交響曲第9番(2002年 4月20日 ボストン交響楽団 NHK NSDS-14717 DVD )
 このDVDは 小澤が音楽監督を29年務めてきたボストン響の指揮台に立つラスト・コンサートでした。
 その内容は素晴らしく、特に第4楽章など 感動的です。


 小澤征爾は、よく知られているとおり 桐朋学園齋藤秀雄の門下生として 秋山和慶山本直純らと共に 厳しいスパルタ指導を受けていました。その頃の回想を通して、楽曲を暗譜することについても以下のように述べています。
引用
P.230 以降 斎藤先生の思い出から 暗譜について

小澤  「・・・斎藤先生なんかはね、自分がそれを作曲したつもりで、曲を集中して読みなさいって言われます。たとえばね、僕と山本直純が先生のうちに呼ばれます。で、行くと 五線譜を渡されて、このあいだ練習したベートーヴェンの2番のシンフォニーの楽譜を頭からここに書きなさいって言われるんです 」
村上  「それって、総譜を書くわけですか? 」
小澤  「そう、総譜を書く。一時間のあいだにどれくらい書けるかを試されるんです。僕らはね、ひょっとしたらそういうこともあるかもしれないって、それなりに楽譜を読んで準備していくわけだけど、でもねえ、これはむずかしい。ときには二十小節も書かないうちにダウンしちゃいます。おまけにフレンチ・ホルンとトランペットのパートを間違えたり、ヴィオラとかセカンド・ヴァイオリンのパートなんかも、なかなかうまく書けないですね 」
村上  「総体としてそのまま受け入れるとなると、たとえばモーツァルトみたいな比較的流れを追いやすい音楽でも、マーラーみたいにややこしく錯綜した音楽でも、覚えることに関しては そんなに大きな違いはないわけですか? 」
小澤  「まあそうですね。もちろん覚えることが究極の目的ではなくて、理解することが目的になりますが。理解し終えると、自分なりの大きな満足があります。指揮者にとっては理解力が大事なのであって、記憶力なんかはとくにどうでもいい。楽譜を見ながら指揮すればいいわけだから 」
村上  「(ということは )指揮者にとって暗譜というのは、ひとつの結果に過ぎない。そんなに大事なことじゃない? 」
小澤  「大事なことじゃないです。暗譜するから偉いとか、暗譜しないから駄目だとか、そんなことはまったくない(以下 略 ) 」


 2011年12月31日現在、インターネット百科事典 Wikipedeiaで「小澤征爾の「エピソード 」の項を読むと、このような文章が目にとまりました。
「(小澤征爾は )指揮は常に暗譜して臨んでいる。それは長いオペラでさえも例外でない。その姿勢に対して 同世代の指揮者ロリン・マゼールなどは『暗譜している時間があれば、僕なら別の曲を勉強する時間に充てる 』と批判している 」
 ・・・どこか違和感を覚える文章です。それに第一、マゼールは 同業者に対して 本当にそんな発言をしたのでしょうか、そうだとしたら一体どんな意図で? その真偽のほども定かではありませんが、しかし マエストロ小澤自身は 村上春樹との対談の中で語っているとおり、暗譜する行為は目的などではなく、大事なことは 楽曲を理解すること、そのために暗譜して臨むという姿勢は有効な手段ではあっても それは目的へ到達するための 一方法に過ぎないと はっきり明言しているではありませんか。
 近日中にもWikipedeiaからは ことの本質を外れた この数行の記述は きっと削除されていることでしょう!

引用
P.174 以降、小澤征爾 初期RCA録音について

村上  「・・・RCAというレコード会社は小澤さんに実に多種多様な吹き込みをさせていますね。主なところでは『展覧会の絵 』(1967年 )、チャイコフスキーの交響曲第5番(1968年 )、モーツァルトの『ハフナー 』(1969年 )、バルトーク『管弦楽のための協奏曲 』(1969年 )、オルフ『カルミナ・ブラーナ 』(1969年 )、ストラヴィンスキー『火の鳥 』『ペトルーシュカ 』(1969年 )、それに加えて『運命 』『未完成 』の定番カップリング(1968年 )なんて、なんか脈絡がないですよね 」
小澤  「そうだね、あはははは。モーツァルトはシカゴだっけ? 」
村上  「いや、これはニュー・フィルハーモニアです。あとはだいたいシカゴ交響楽団ですが。 」


 小澤征爾(RCA Early Recordings ) 
初期RCA時代の熱い録音が聴ける「青春の小澤征爾 」
収録曲:ベートーヴェン 交響曲第5番 ハ短調(シカゴ交響楽団 )1968年、チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調(シカゴ交響楽団 )1968年、メシアン トゥーランガリラ交響曲から第5楽章「星たちの血の歓喜 」(シカゴ交響楽団 )1967年、ストラヴィンスキー 幻想曲「花火 」(トロント交響楽団 )1968年、同 バレエ組曲「火の鳥 1919年版 」(シカゴ交響楽団 )1969年、ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵(ラヴェル編 ) 」(ボストン交響楽団 )1967年、オルフ 「カルミナ・ブラーナ(抜粋 ) 」(ボストン交響楽団、ニュー・イングランド音楽院合唱団、他 )1969年
音 盤:RCA(BMGファンハウス BVCC-38221~22 )

引用
P.160 以降、村上春樹セレクト、小澤征爾1960年代の名盤ベスト3 !

村上  「今回、このインタビューのために、1960年代に小澤さんが吹き込まれたレコードを全部ではないですけど、主なものをまとめて聴いたんですが、僕がその中で個人的にベストを選ぶとしたら(中略 )バルトークのピアノ協奏曲と、トロント(交響楽団 )とやったベルリオーズの『幻想 』、それからストラヴィンスキーの『春の祭典 』ですね。この三枚はとくに素晴らしいと思いました。今聴いてもなにしろ新鮮です 」

ピーター・ゼルキン バルトーク ピアノ協奏曲1番・3番(RCA ) 小澤征爾_トロントの幻想(Sony) 小澤征爾 ストラヴィンスキー
(左から )バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、第3番 ピーター・ゼルキン(ピアノ )シカゴ交響楽団(1965年、RCA BVCC-7354 )
ベルリオーズ:幻想交響曲 トロント交響楽団(1966年、CBS SRCR-1505 )
ストラヴィンスキー:「春の祭典 」(1968年、RCA BVCC-37276 )


わたし     「やっぱり アーティストのベスト盤セレクトが好きな村上さん
マスター   「マエストロ小澤の口から 若き日にベルリオーズ幻想交響曲を録音したトロントのメッシー・ホールの名前が出ると、さすが村上春樹、すかさず そこはかつて チャーリー・パーカー、バド・パウエル、ディジー・ガレスピー、チャールズ・ミンガス、マックス・ローチバップの偉大な巨人たち が たった一度だけ、この最高の顔ぶれで一堂に会した 歴史的なジャズ・コンサートの会場として知られるマッセイ・ホールと そこが 同一の会場であることを指摘するところって、村上ファン、モダンジャズ・ファンには読み落とせないポイントですね 」
わたし    「そこを読み落とさなかったマスターもさすがね(にっこり )。で、このあと『春の祭典 』について 作曲者ストラヴィンスキー自身が企てた(? )かもしれない という たいへん興味深い裏話も本の中には書かれているんだけど、さすがにその話題ばかりは 師匠 バーンスタインも巻き込んだ、価値も高い情報ですから ネタばらし自粛です。ご興味のある方は、ぜひ買って読みましょう 」

引用
P.169 以降、「三種類の『幻想交響曲 』(ベルリオーズ作曲 ) 」から

村上  「・・・まずトロントのときはまだ三十一歳で、傾向としては『前へ前へ 』というパワフルな演奏ですね。(中略 )音楽がたなごころの上で跳ねて踊っている。それがボストンに行って、最高のオーケストラを得て、手のひらに音楽を包んで大事に熟成させているという感じがあります。でも最近のサイトウ・キネンになると、その包んでいた手のひらを少しずつ開いて、音楽に風を通し、自由にさせているという印象を受けるんです。音楽そのものに自発的な余地を与えるというか。外に出ていくのなら出ていけばいいというような。ひとことで言えば自然体に近くなっているのかな 」
小澤  「ああ、そう言われてみればそうかもしれないですね。でもね、そういう意味では今回の(十二月の )カーネギーでの『幻想 』はもっとすごかったですよ。そういう傾向はもっと強くなっているかもしれない 」

 小澤征爾_トロントの幻想(Sony) 小澤征爾_幻想 ボストンSo.(D.G.)
 トロント交響楽団         ボストン交響楽団
 録音:1959年 カナダ      録音:1973年2月  ボストン


 小澤征爾_幻想_ サイトウキネンO._2007年 ベルリオーズ 幻想(小澤 )カーネギー・ホール Decca
 サイトウ・キネン・オーケストラ  サイトウ・キネン・オーケストラ        
 録音:2007年9月 松本      録音:2010年12月15日 カーネギー・ホール


マスター   「この本のオモシロさは、その対談がプロフェッショナルな音楽家二人によるものでも また作家二人によるものでもなく、マエストロ小澤征爾作家 村上春樹という まさに代替不能な存在二人による顔合わせであったということに尽きると思います 」
わたし    「たしかにね。もしこれが村上春樹ではない、たとえば佐渡裕とか下野竜也、あるいは金聖響といった 音楽の専門家同士の それこそプロの会話だったとしたら 一般の読者層には - 相当の音楽愛好家でもない限り - きっと伝わりにくい専門用語や難解な表現が飛び交うような、まったく異なるものに仕上がっていたことは間違いないわ 」
マスター   「まさに音楽の専門外の人間だからこそ、っていうような、聴き手として村上が発する『ある意味で 』鋭い質問もありましたよね 」

引用
P.237 以降 村上春樹の質問に、マエストロ小澤 しばし絶句 

村上  「(マーラーの )細かい指示が楽譜に書き込まれて残っていて、(演奏家が )選択の余地がほとんどないとすれば、マーラーの演奏が指揮者によって変わってくるというのは、いったいどういう要因で変わってくるんでしょう? 」
小澤  「(時間をかけて深く考え込む )うーん、それは面白い質問だな。面白いっていうのは、そういう風に考えたことが今までなかったってことです。(中略 )ベートーヴェンの音楽に比べたら、マーラーの場合はインフォメーションがずいぶん多いから、当然ながら選択の幅が少なくなっているはずなんですよ。ところが、実際はそうならないんです 」
村上  「それは僕にもよくわかります。いろんな指揮者、それぞれの演奏で音そのものが違っているのが、聴いていてわかるから 」
小澤  「そういう質問されると、オレなんかずいぶん考え込んじゃうんだけど。えーと、そうだな、要するにね、インフォメーションが多い分、各指揮者はそのインフォメーションの組み合わせ方、扱い方で悩むんです。それらのインフォメーションのバランスをどのようにとっていくかということで(略 )だからね、マーラーくらい情報が多い作曲家はいないにもかかわらず、マーラーくらい指揮者によって音が変わってくる作曲家もまたいないんです 」
村上  「実にパラドックスですね。意識的情報が溢れている分、選択肢がより潜在化していくというか。だから小澤さんとしては、それらのインフォメーションを制約としてはとらないわけですね? 」
小澤  「そうですね」
村上  「むしろあった方がありがたい? 」
小澤  「まあ、そうです。わかりやすくなる 」
村上  「制約があったとしても、自分は自由であるという実感がある 」
小澤  「そういうことだと思います。僕ら指揮者は、楽譜に書かれた音楽をそのまま実際の音に移し替えていくのが仕事だから、制約は制約としてきちんと実行します。自由であるというのは、もちろんその上でのことですが 」


■ “スケルツォ倶楽部”発起人(妻 )、本書をおススメします
 この本『小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮社 ) 』を、単純に「対談集 」と呼ぶことには おそらくどなたも躊躇があるでしょう。
 その代わり、かつて - 1979年頃 - 小澤征爾と作曲家 武満徹 との 完全に対等な対話が本になった「音楽 (新潮文庫 ) 」を指して これを「対談集 」と称することには 抵抗を感じないのではないでしょうか。
「音楽」新潮文庫 (小澤 征爾= 武満 徹) (参考 )
・・・こちら 武満徹との「音楽 」 については、また 別に場を改め、触れたいと思っていますが )。

 もとい、『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』は、1949年生まれの村上氏が 1935年生まれの小澤征爾にインタヴューを重ねることによって、この日本史上最初の世界的マエストロから 極めて貴重な回想・想い出・考え方などを 巧みに引き出してみせるという形式を取っているからであり、あくまで 主体が 小澤征爾の側にある、という事実のためです。
 村上氏は 必ずしも音楽を演奏する側の専門家でこそありませんが、聴き手として これほどまでにクラシック音楽への造詣が深かったということに 驚きました。にもかかわらず、基本的に 村上氏は小澤征爾との会話の中で、謙虚にも「聞き手 」の役割に徹する という姿勢を 最後まで しっかりと守っておられるのです。
 それは 作家「村上春樹 」でなければ 決して達成し得なかった種類の優れた仕事であり、また そのために相当の「抑制 」をご自身に課していたようにも わたしには思われるのです。そうでなければ、小澤征爾から これほどまでにも多くの記憶を掘り起こさせ、言葉を引き出させるということは 絶対に不可能だったに相違ありません。
 文章は、二人の語り口をそのまま書き起こしているようにも読めます(当然、現実に交わされた会話に、さらに補筆や適切な修正の朱筆が巧みに加わっているものでしょう )が、その結果 わたしたちが目で活字を読んではいても、まるで 二人の実際の会話を 耳で聴いているような印象を与えられるほどの楽しさでありました。そして 小澤征爾が語る、彼の「想い出 」のひとつひとつが どれも貴重なわが国の戦後音楽史の一ページなのです。

 ・・・いかがでしょうか、本書、この お正月休みに。強くおススメします。
 拙紹介文の中では 触れられなかった、そのほか もっともっと たくさんの興味深い話題が まだまだ満載ですよー。

■ ・・・で、以上が 昨日(12月31日 )までの文章でした。
 はい、ここからは 本日 - 1月1日に - 書いております。
 新たに ひとつ 気づいたことが。
 この手の出版物って 大体において 文章の中で言及されてるCDやDVDのジャケット写真などを これ見よがしに掲載することが 昨今では むしろ普通だとさえ思うんですが、意外なことに それらが一切ないんですよ、この『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』の中には・・・。
 全ページが整然と並ぶ活字だけ・・・
 はっ! 実は これこそ マエストロ小澤がひそかに嫌っている“ CDを買ってきても 音楽を聴かない ”レコード・マニアたち を追っ払う「魔(マニア )除け 」装丁なんでしょうか(笑 )。 だって こんな発言も・・・

小澤  「あのね、こんなことを言うと差し障りがあるかもしれないけど、僕はもともとレコード・マニアみたいな人たちがあまり好きじゃなかったんです。  お金があって、立派な装置を持って、レコードをたくさん集めている人たち。  僕はその昔、お金なんてなかったんだけど、そういう人たちの所に行ったことがあります。  行くと、フルトヴェングラーだとか誰だとか、そういうレコードがずらっと揃っている。  でもね、そういう人たちってなにしろみんな忙しい人たちだから、家にいる暇なんてあまりなくて、ちょこっとしか音楽を聴いていないんです (以下 略 )」 

 ・・・うーん、きっとそうに違いない、もちろん 本書が 小澤征爾のCDなどのセールスを狙った 安易なプロモーション企画などでは 決してないという、著者お二人の意志 - それは当然の表明 - も その背後にあってのことなのでしょう。良識ある出版社の姿勢にも拍手!
 おぉっと、でも 当ブログ“スケルツォ倶楽部” で わざわざ 音盤コレクションの写真などを貼り付けてる 発起人の行為って、 そ、それこそ 悪しきマニアの所業ではないのか?! お二人の意図に反することかも・・・( って、反省 )。

 この考察に関連し、本書の中でもわたしの印象に深く残った、マエストロ小澤の語り口から、最後に もう一か所(スミマセン )引用させて頂きながら、今宵のお別れに代えようと思います。
 それは、日頃から悪びれもせずに「レコード・マニア 」を自認している 罪深き “スケルツォ倶楽部”発起人 (夫 )への自戒を うながして! 
 では皆さま、今宵はどうか素敵な初夢を・・・

引用
P.93 以降、「レコード・マニアについて

小澤  「(村上に )あなたと話していて僕がいちばん感心したのは、あなたの音楽の聴き方がとても深かったということなんです。僕から見ると。あなたの場合は(レコードをたくさん集めてはいるけれど )いわゆるマニア的な聴き方じゃないんですね(中略 ) レコードのジャケットがどうとか、そういうところじゃなくて、しっかり中身を聴いている。そういうところが、話をしていて、僕としては面白かったわけなんです。(中略 ) もちろん僕の見る目とは見方があちこちで違うんだけど、その違いのあり方なんです。それが僕としてはとても面白かったし、ある意味では、なんというか、勉強にもなった。勉強になったというか『なるほど、こういう見方もあるんだ 』というか、僕にとっては新しい体験だった。(中略 ) この対話というのはマニアのためにはやりたくないですね。マニアの人には面白くないけど、本当に音楽の好きな人たちにとって、読んでいて面白いというものにしたい。そういう指針で僕としてはやっていきたいですね 」
村上  「わかりました。マニアが読んで、なるべく面白くないようなものにしていきましょう(笑 ) 」


村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする 』新潮社(読売新聞 広告記事 )

若き日の小澤征爾 若き日の村上春樹 
若き日の (左 )小澤征爾氏、(右 )村上春樹

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コメント

木曽のあばら屋さま!

音楽と本の感想小屋http://www.h2.dion.ne.jp/~kisohiro/ongakunokansoukann.htm の Author 木曽のあばら屋さま、お久しぶりです。
村上春樹 「小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮社 ) 」を、やはりすでに お読みでしたね!
何だか 村上さんが、私の代わりに マエストロ小澤に 聞きたいことをいろいろと質問してくれたような、そんな気持ちで読みました。
やはり 演奏家と 鑑賞者とでは 聴くべきところや 着目すべきところが 異なるのでしょうか?
・・・そういえば 元旦 NHKでウィーンフィルのニューイヤーを観ていましたが、N響のオーボエ奏者 茂木大輔さんも 当夜の第一部のプログラム 7曲(ツェラーの「ウィーンの市民 」やヨーゼフの「ジョッキー・ポルカ 」などが含まれているのに )のうち、「ぼくは この中では 『トリッチ・トラッチ・ポルカ 』1曲しか知らない 」などと 意外なことをおっしゃっていましたね。

URL | "スケルツォ倶楽部" 発起人 ID:-

面白かった!

こんにちは。
これは素晴らしいインタビュー本ですね。
村上春樹さん、小澤さんの録音を物凄く聴きこんで臨んでいます。
まさにインタビュアーの鑑。
小澤さんに、
「僕自身はそういう聴き比べをしたことはないから、よくわからないけど」(215ページ)
とまで言わせています。小澤さんたじたじ。

ところで、小澤さんがアファナシエフを「知らないな、その人」(75ページ)
と言ったのにはちょっとビックリ。
うーん、そんなものなんでしょうか。。。

URL | 木曽のあばら屋 ID:GHYvW2h6[ 編集 ]

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