本記事は 12月 2日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら



(12)トースト氏、早朝パリへ発つ

 かつてエステルハージ・オーケストラの名ヴァイオリニストでもあった王宮御用達の商館主トースト氏の注文によって、W.A.とも共通の友人であるヨーゼフ・ハイドン師が滞在するロンドンで 彼らが久方振りの再開を祝しつつ 一緒に演奏する目的のもと 依頼された弦楽五重奏曲を 楽興に乗って徹夜で仕上げてしまったW.A.は、これを一日も早く依頼人に届けようと、その翌日 出来たての楽譜を抱え、ウィーン市内にあるトースト氏の豪奢な商館へとやって来ました。
「 ( 第2ヴァイオリンのパートは少し難しくしておきましたよ。イギリスに向かう船の中で、少し稽古しておかれたほうが良いんじゃないですか? トーストさん・・・ ) 」
予定よりも早い注文の納譜に きっと喜んでくれるに違いない、屋敷から迎えに出てくる商館主トースト氏の 驚く顔を想像しつつ W.A.は 必死に忍び笑いを抑えました。
「 ( ああ、これで ようやく依頼人から まごころのお礼の言葉を貰うことができるぞ。今回こそ確実だ・・・ ) 」
「 ( 皇帝陛下の依頼によって作曲したたくさんのダンス音楽や ダイム伯爵の依頼によって作曲した自動オルガンのための音楽、どちらからも本当の感謝を得ることは出来なかった。今まで 依頼人から感謝を貰うことなんて 殆ど意識していなかったけれど、それがこんなにも難しいことだったなんて - 初めて知ったよ・・・ ) 」
W.A.は 心の中で感慨を深めながら、商館の玄関に トースト氏が現われるのを待っていました。
しかし やがて屋敷の中から現れたのは、トースト氏の老いた執事でした。
「お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。主(あるじ )は 今朝早くパリへ発ち、しばらく留守でございます 」
「・・・なんと? 」
W.A.は目を丸くしました。いくら忙しい人でも 数日後にはロンドンへ発とうというのに、そんな時期に正反対方向の しかも遥々(はるばる )遠方のフランスなどに向かうということがあるのでしょうか。
「目下 パリは政情不安定でございまして、実は 今まで当館のフランスへの卸窓口になっていた取引先の大手食品問屋 - そこは王党派貴族の客先を大量に持っていたのですが - は、かの地で王党派に対する乱暴・狼藉(ろうぜき )が著しく増えていることに怯え、急に全事業を撤退し、連絡が取れなくなってしまったのでございます 」
「・・・なんと? 」
動揺したW.A.は、執事の言葉をにわかに理解することが出来ませんでした。遠いフランスでの出来事が、自分の室内楽曲の楽譜の引き渡しと一体どういう関係があるのか、W.A.には これを結びつけて考えられなかったのです。
しかし 執事は 落ち着き払って説明を続けました。
「その知らせが届いたのが つい昨晩のことでございました。さすがの主も青くなっていました、何故なら そこには まだ支払が済んでいない 当館の在庫 - ハンガリー・ワインと香辛料だけでなく 当館がハンガリーの農園から預かっていた豊富な穀物類まで - が大量に倉庫に残されていて、これが暴徒と化した急進的な市民に略奪されてしまう可能性が高いからでございます 」
「・・・なんと? 」
「そこで今朝早く、まだパリの倉庫に残されている筈の 当館が所有権を持つ大量の在庫を回収しに、手を回した輸送事業者らと一緒に 主はフランスへ急行することになったのでございます 」
「・・・なんと? 」
「ですから、どんなに早くても 向こう半年は ウィーンへ戻ってこれないでしょう。そういった事態ですので、主が予定していた 今回のロンドン行きも白紙となりました。誠に申し訳ございませんが、モーツァルト様への作曲依頼も キャンセルとさせて頂かざるを得ぬものと察します 」
「・・・ぬ、ぬゎんとおぉ! 」

 すっかり打ちひしがれて自宅へ戻ってきたW.A.を、ジュスマイヤーの美味しいランチとコーヒーの香りが出迎えました。
「ただいま~ おや、良い香りだね 」
昼食のテーブルには 淹れたてのコーヒーの他、パン、生野菜のサラダ、そして よく蒸(ふ )かしたジャガイモの上に溶かしたロイトゲープ印のチーズをたっぷりと絡ませた皿に カリカリに炒めたベーコンを添えた、簡単ながらも心のこもったランチが並んでいました。
「昼食を用意してくれたのか、ジュスマイヤー 」
「昨日のお返しですよ、先生 」
「ありがとう。旨そうだな、だいぶ待たせてしまったんじゃないか、では一緒に頂くとしようね 」
ジュスマイヤーは、尊敬する師であるW.A.の落ち込んだ 浮かぬ顔色が気になりました。
「先生、どうかしましたか。かなりお疲れのご様子ですね 」
そこでW.A.は 手短に 弦楽五重奏曲の注文がキャンセルになってしまった経緯を彼に説明しました。
「今回こそは感謝の言葉を トースト氏から頂けるものと思っていたのに・・・、そればかりか ロンドンのハイドン師に 久しぶりに作品を見てもらえるという楽しみまで砕かれてしまったというわけだよ 」
その言葉に ふと気づいたようにジュスマイヤーは顔を上げ、W.A.に尋ねました。
「そう言えば 先生、ローゼンベルクやダイム伯爵の時もそうでしたが、依頼人から感謝を得るということに 何かこだわっておられるようにお見受けします、先生は 以前からそうなんですか 」
W.A.は、もともとホフマン師から教育を託されたジュスマイヤーにだけは、やはり「あの件 」を話しておこう - と考えました。
「・・・いや、これは 実はシュテファン大聖堂の楽長ホフマン師から 教えられた秘法なんだ 」
「? 」
「・・・ぼくには 10年前 ここウィーンに移ってきてから出会って結婚を約束した最愛の女性がひとりいる、コンスタンツェ・ウェーバーだ。しかし出会った最初の年だけはともかく、その後 ウェーバー家では ぼくの収入や立場が不安定なことを知ると、ぼくと彼女との交際を許さなくなってしまったのだ 」
ジュスマイヤーは それを聞いて憤慨しました。
「先生の才能を認めないなんて・・・ 」
「やっぱり生活力と将来性が大事だからね、ウェーバー家は堅実なんだよ。奴らの ぼくへのコンスタンツェ引き離し工作は功を奏し、特に この半年ほどはもうずっと会えないでいる。だから不安でしようがないさ、こちらの手紙が彼女に届いているかどうかわからないし、彼女からも便りは届かない、だから互いの気持ちを確かめ合うことも出来ない、そういった状態なんだ 」
「それは 深刻で危機的な状況ですね、コンスタンツェさんは 今 ウィーンにいらっしゃるんですか 」
「体調を崩してバーデンの温泉療養に行かされてるそうだ。いや、奴らの言うことだ、それも全部嘘かも知れない ― 」
「・・・ 」
「そんな頃、ホフマン師から君を託されたんだよ、もう3か月ほど前になるね。その代わり ぼくはコンスタンツェと結ばれるという 取っておきの秘法を授(さず )かった・・・と、そういうわけなんだ 」
「私の 先生への弟子入りと交換条件に ですか? ホフマン先生が・・・? で、その秘法とは 」
「ぼくが作曲した音楽に対し、心からの感謝の言葉を発してくれる依頼人が 少なくとも 5人 現れた時、即座に ぼくの願いは かなうのだそうだ 」
「失礼ですが、簡単なことじゃありませんか。ヨーロッパ中が 先生の素晴らしい音楽の才能を称賛しているというのに 」
「ありがとう、いや 正直言って ぼく自身もそんなに難しいことだと思っていなかったんだが、でも自信の鼻っ柱は折られたよ。もう4月になっているというのに 感謝してくれる依頼人は まだ一人も現れない・・・ 」
「それには、期限が切られてるんですか、先生? 」
「今年のクリスマスまで ということだったな、あと 8ヶ月くらいしかないよ 」
「え、それで もし期限を過ぎたら・・・ 」
「ぼくのことを指さして ホフマン師いわく、『その時には、この老いぼれたわしより先に、お前自身の生命(いのち )の灯(ともしび )が 消え失せるであろう - 』だって 」
「何ということでしょう・・・ あ、昨日 先生がおっしゃっていた『誰にも信じてもらえない秘密 』って、まさに そのことだったのか - 」
ジュスマイヤーが そっと呟くのを聞いたW.A.は (・・・いや、ぼくの秘密とは 掌にかくまっている銀の小笛のことなんだが - )と 思わず言いかけたものの、それはおくびにも出さず、かと言ってジュスマイヤーの言葉を 敢えて否定することも しないでおきました。

  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


■ モーツァルト・ニュース
  「ピアノに向かうモーツァルト 」日本初(! )公開

 「モーツァルトの顔 ~ 18世紀の天才をめぐる 6つの物語 」 2011年11月19日(土 )~25日(金 )
 
 第一生命保険株式会社は 11月19日(土 )から25日(金 )まで 同社1Fギャラリー(東京都千代田区有楽町1-13-1 DNタワー21)において、国際モーツァルテウム財団の提供によるコレクション - 意外にも日本初上陸(! )となるヨーゼフ・ランゲ画「ピアノ(クラヴィーア )に向かうモーツァルト 」を筆頭に、トルコ行進曲 」「キラキラ星変奏曲 」として知られる有名楽曲の自筆譜、初版楽譜、DNA 鑑定を経た毛髪付きのリトグラフ、愛用していた日用品、家族の肖像画など - を公開しました。
 開催期間が僅か7日間 - という、あまりにも短い 駆け足のような期間ゆえ、 多忙な “スケルツォ倶楽部” 発起人は、今回 - 夫婦ともども - せっかくの「再会 」の機会だったのに この絵を見学に行ける時間の余裕をつくることは 出来ませんでした(う~ん、残念! )。
 
ピアノ(クラヴィーア )に向かうモーツアルト
 ・・・僕は、そのころ、モオツァルトの未完成の肖像画の写真を一枚持っていて、大事にしていた。それは、巧みな絵ではないが、美しい女のような顔で、何か恐ろしく不幸な感情が現われている奇妙な絵であった。モオツァルトは、大きな眼をいっぱいに見開いて、少しうつ向きになっていた。人間は、人前で、こんな顔ができるものではない。彼は、画家が眼の前にいることなど、全く忘れてしまっているに違いない。二重瞼の大きな眼はなんにも見てはいない。世界はとうに消えている。ある巨(おお )きな悩みがあり、彼の心は、それでいっぱいになっている。眼も口もなんの用もなさぬ。彼はいっさいを耳に賭けて待っている。耳は動物の耳のように動いているかもしれぬ。が、頭髪に隠れて見えぬ。ト短調シンフォニイは、ときどきこんな顔をしなければならない人物から生まれたものに間違いはない、僕はそう信じた。なんというたくさんな悩みが、なんという単純極まる形式を発見しているか。内容と形式との見事な一致というような尋常な言葉では、言い現わし難いものがある。全く相異なる二つの精神状態のほとんど奇蹟のような合一が行われているように見える。名づけ難い災厄や不幸や苦痛の動きが、そのまま同時に、どうしてこんな正確な単純な美しさを現わすことができるのだろうか。それがすなわちモオツァルトという天才が追い求めた対象の深さとか純粋さとかいうものなのだろうか。ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った。その悲しさは、透明な冷たい水のように、僕の乾いた喉をうるおし、僕を鼓舞する、そんなことを思った。
(以上、小林秀雄「モオツァルト 」より / 角川文庫より抜粋 )



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