本記事は 11月10日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(31)R.シュトラウス 「エレクトラ 」
   敵役 エギスト を演じる


■ 1966~67年 「エギスト 」~ R.シュトラウス:楽劇「エレクトラ
R.シュトラウス「エレクトラ Ekectra 」カルショー、ショルティ、ニルソンウィーン・フィル(Decca )L.P.盤ジャケット エレクトラ(ショルティ)
R.シュトラウス:楽劇「エレクトラ 」
ゲオルグ・ショルティ指揮 / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  ビルギット・ニルソン(エレクトラ )、
  レジーナ・レズニク(エレクトラの母、クリテムネストラ )、
  マリー・コリアー(エレクトラの妹、クリソテミス )、
  トム・クラウセ(エレクトラの弟、オレスト )、
  ゲアハルト・シュトルツェ(クリテムネストラの情夫 エギスト )、
  ヘレン・ワッツ、モーリーン・レハーン、イヴォンヌ・ミントン、
  ジェーン・クック、フェリシア・ウェザーズ (以上 5人の召使い )、
  ゲアハルト・ウンガー(若い下男 )、他 
録音:1966年7月、9月 & 1967年2月 ウィーン・ゾフィエンザール
DECCA=LONDON(ポリグラムPOCL-4198~99 )


■ 「サロメ 」との興味深い共通点
 R.シュトラウスの傑作「サロメ 」と「エレクトラ 」、いずれも強烈な情念のドラマですが、これら二人の女性主人公の境遇とドラマの背景、カルショー=ショルティによる2種のディスクのキャスティングなどに、いくつか共通点があることに気づきます。
 サロメ 」の 過去記事を読む ⇒ こちら 
 ・・・それは、どちらもドラマ前史に於いてタイトルロールである主人公の父が両者ともに 妻(主人公の母 )とその愛人との共謀によって無残な最期を遂げている、という点が まずひとつ。
 サロメの場合、ユダヤの分封領主だった父親のフィリポスは、妻ヘローディアスを異母弟ヘロデに奪われた上、ヘロデ宮殿の地下牢に12年間も監禁された末に処刑されています。
 エレクトラの場合も、ギリシャ軍を率いてトロイ戦争から帰還した父親のアガメムノン王は、戦の留守中に 従弟エギストと不倫の愛人関係を築いていた妻クリテムネストラによって、遠征から帰国して自分の屋敷で入浴しようという まさかの無防備状態にあった時、斧で惨殺されています。
 そして、どちらも その娘は、父の殺害者たる(あるいは父の殺害を容認した )母とその愛人による庇護のもと 養われ続けている、という閉塞した状況が 互いに酷似している点の ふたつめです。
 また おもしろいことに、ここでご紹介する「エレクトラ 」のディスクでゲアハルト(ゲルハルト )・シュトルツェが演じている敵(かたき )役 エギストは、立場的に やはり仇役 - 「サロメ 」の父の殺害者 - ヘロデに近い境遇・立場であるということ。
 また いずれも録音では 重要なタイトル・ロールの主人公を どちらもビルギッド・ニルソンが務めているということ、ついでにゲオルク・ショルティ指揮 / ウィーンフィル という条件もまた共通で - とは言っても これらは偶然ではなく、才人プロデューサー、ジョン・カルショーの意図的な作為なのでしょうが - 奥行きを感じさせるキャスティングの興味深き妙と思います。
 サロメの場合には、そのドラマの中で 必ずしも彼女のヘロデに対する直接の復讐心までは 読み取れませんが、これに対して エレクトラの場合には 彼女が 実父の凄惨な殺害現場を目撃してしまった というショックの大きさもおそらく手伝ってか、父王の位を簒奪後 まるで何事も無かったかのように 7年間も玉座に座り続けている義父エギストを許すことは 決して出来ません。のみならず、実の母親クリテムネストラに対しても 激しい憎悪の感情を燃やし、あからさまに二人を嫌って 復讐の機会を狙っている - という設定です。
 アガメムノン王の忘れ形見にして 逞しく成人したオレストが遂に帰郷、オペラの舞台に現れてからドラマは急速に動き出し、短時間でクライマックスを迎えます。弟オレストは、姉エレクトラから激しくモティヴェーションを吹き込まれ、復讐のエネルギーに力強く背中を押されて 殺された父王の不名誉を雪(そそ )ぐため 毅然として屹立するのでした。
 オレストは、7年前に父王アガメムノンを死に至らしめた実母クリテムネストラを、まず先に殺(あや )めます。この時、エレクトラは 母が父の惨殺に使った、まさにその斧をオレストに渡し忘れたことを思い出し、「母への復讐のためには、この斧を使ってほしかったのに! 」と 異常なほど悔しがります。
 この「斧 」が、フロイト流に解釈すると何の象徴だったかは興味深いところですが、7年前ならともかく、成長したオレストには彼自身の武器があった、とだけ申し上げておきましょう。
 オレストに惨殺されるエギスト(古代ギリシャ壺絵 )部分 エギストと 母クリュタイムネストラを惨殺するオレスト(部分 )
 (左 )オレストに殺されるエギスト(古代ギリシャ壺絵から )
 (右 )母クリテムネストラエギストを殺害するオレスト(部分 Bernardino Mei 1654 )


 さて、シュトルツェが演じる敵役「エギスト あるいは アイギストス Aegisthusは、古代ギリシャ語( 古希 : Αἴγισθος )で「山羊(やぎ )の力 」という意味(? )なのだそうです。それがエギストの名前と、どういう関係にあるのか・・・ 思い出すのは かつて黒田恭一氏が シュトルツェの声を称して たびたび「山羊声のテノール 」と呼んでいたことくらいです(笑 )。

 「山羊 」という名前の由来の真相(? )も含め、なぜエギストエレクトラオレスト姉弟から 惨殺されなければならなかったのか、それ以前に エギストクリテムネストラは なぜ アガメムノンを殺したのか、私自身への覚え書きという意味もあるのですが、ことの経緯をまとめさせてください。
 必ずしも これを知らなくても 音楽だけでも十二分に楽しめると思いますが、やはり 知った上で聴くと、ドラマへの理解も 相当 深まるものと思います。

■ 「エレクトラ 」前史は、血にまみれた復讐の連鎖
 エギストは、エレクトラオレスト姉弟の父たるアガメムノン王とは 従兄弟(いとこ )同士の関係です。
 その前に、エギストの父テュエステースアガメムノンの父アトレウスとは兄弟ですが、やはり最初に この兄弟の争いについて触れておかなければなりません。二人は、祖先の所業によって受けた神の呪いから ミケーネの王位をめぐって激しく争っていました。
 アガメムノンの父アトレウスは、エギストの父テュエステースに騙(だま )されて 王位ばかりか 愛する妻も奪われてしまいます。激怒したアトレウスは、テュエステースの息子たちをひそかに殺し、「仲直りしよう 」とウソをついてテュエステースを 晩餐に招くと、残忍にも息子たちの遺体を切り刻んで混ぜた料理をそこで食べさせた上で 彼を国外追放処分にし、王位を奪還するのでした (シェイクスピアの戯曲「タイタス・アンドロニカス 」の残酷な描写は、きっとこれが オリジナルなアイディアなのでしょうね )。
 アトレウスは、こうして追い払ったテュエステースが残した ひとりの美しい娘 - アトレウスからは姪にあたる - ペロピア の存在に目をつけ、彼女を妻に娶ることに決めるのですが、ペロピア 叔父であるアトレウス と結婚する直前に、他の男性との間に生まれたばかりの幼児を牧場に捨てます。 ・・・その幼い男の子の父親とは誰か、それは 暗闇の中 アテナイの祭壇で 顔を隠しながらペロピアを犯した男であり、彼女自身もその相手が何者であるかを知らないのでした。ただ その夜、行為に没入している男の腰から 彼女は ひそかに剣を抜き取ると、その証拠の品を 祭壇に隠すのでした。

≪ 以下、ネタバレに ご注意 ≫
 生み落とされるやすぐ 母ペロピアによって牧場へ捨てられることになった、この不幸な男の子が、実は エギストです。この赤ん坊オイディプス 」ストーリーと同様、牧場の羊飼いに拾われ、このため 母の乳ではなく山羊のミルクを飲まされて力強く育ちます。エギストの名前「山羊の力 」とは、実は ここに由来しているようです(? )。
 姪ペロピアを妻とすることを決めたアトレウスは、若く美しい彼女が生んだ この男の子エギスト - を 自分の養子として育てることにします(ここだけ取り出してみると、まるでシェーンベルク「浄められた夜 」のようですね )。
 もとい。 ・・・はい、もうすでにお察しのとおり、エギスト の父親とは 何と テュエステース その人だったのです! 
 アトレウスに残虐な仕打ちをされてミケーネを追放されたテュエステースは、どうすれば 憎きアトレウスを倒すことができるだろうかと 神殿でお伺いを立てていたのでした。そして神託が告げた「自分の娘との間に子供が生まれれば、その子がきっと復讐を遂げてくれるであろう 」という呪いのような言葉を固く信じ、娘の許へと急行すると、その晩のうちに暗闇の中で ことに及んだのでした。そう、ペロピアは、あろうことか 実の父に犯されていたのです(! )。

 これが 公に露見したのは、それからずっと後、今度は 神託が「老テュエステースを探し出し、ミケーネへ連れ戻せ 」とのお告げをくだした時のことです。アトレウス王の息子アガメムノンが捕えたテュエステースを、王が遂に「処刑するように 」と、妻ペロピアの連れ子にして 今は立派に成人した養子エギストに命令した時のことです。残酷な運命のなりゆきで、息子が父を殺めることになってしまうのでしょうか。
 エギストは、母ペロピアが「あの晩に 」祭壇に隠した剣を まさか父のものとは知らず腰に吊るして行き、牢獄に縛られている老人を まさか実の父テュエステースであるとも知らず、王の命令どおり ただ殺すためだけに近づきます。その時、テュエステースは 若者の剣がかつての自分の武器だったことに気づき、エギストに その剣について尋ねます。エギストが これは母から授かったものであると答えると、テュエステースは 若者が自分の息子であることを直観、母を連れてくるよう頼みます。母ペロピアから剣の由来を聞いたエギストも、初めて この老人が自分の父であることを知るのでした。
 しかし 想像を絶する事実を認識したペロピアは、その剣を使って自決してしまいます ( これもオイディプスの母にして妻だった イオカステ の最期に似ていますね )。 母にして姉たるペロピアとの別れに涙を乾かす暇(いとま )もなく、実父から聞かされた驚愕の真相によって 復讐の鬼となったエギストは、父テュエステースとともに王宮へと立ち戻り、育ての親だったアトレウスを 神託の宣言どおり一撃で倒すと、実父を ミケーネの王 へと復位させるのでした。
 この時、アトレウスの息子アガメムノンは 弟メネラオスとともにスパルタへ逃げますが、かの地でスパルタ王の協力を得て、王の娘クリテムネストラと結婚すると、スパルタの軍隊を率いてミケーネに戻り、故国奪取に成功、父の仇であるテュエステースを島流しにすると(処刑したとの説も )、自身はミケーネ王となります(アガメムノンの弟メネラオスは 支援を受けたスパルタの王となり、クリテムネストラの妹で絶世の美女ヘレネーを妻にします。このヘレネートロイ戦争 のきっかけとなるのですが、そこら辺り以下は またの機会に・・・ )。
 意外なことに エギスト アガメムノンに 寛大にも許されるものの、その後 アガメムノントロイ遠征で長く留守している間、巧みに王妃クリテムネストラと不倫の仲になります。エギストには、かつてアガメムノンの父アトレウスの妻を巧妙に寝取った父親テュエステース譲りの絶倫な色才があったのかも知れません。
 もともとクリテムネストラには スパルタで深く愛し合っていた前の夫タンタロスがいましたが、実は クリテムネストラの美貌に惹かれたアガメムノンの 卑怯な陰謀によって前夫は戦死させられ、彼女はアガメムノンと再婚することになったという経緯がありました。しかも前夫との間に生まれた長女イピゲネイアは、クリテムネストラにとって 最も愛した娘だったのに、アガメムノンは 無神経にもトロイ戦争に出航する際 神託が告げるままイピゲネイアの身体を アルテミスの生贄 として捧げてしまったのでした(イピゲネイアの消息については たいへん興味深い後日談へと結びつくのですが、それは ここでは触れないことにしておきましょう )。
 いずれにしても これらのことからアガメムノンへの激しい憎悪を募らせていたクリテムネストラの肉体は隙だらけでした。彼女にとっては アガメムノンの親同士の代から殺し合ってきたエギストとの 利害関係さえも一致、遂に 二人で謀(はか )って、アガメムノン トロイ戦争から凱旋帰国してきた 何と その夜、浴室で無防備な状態にある王を 斧でめちゃめちゃに叩き殺してしまったのでした。
 Clytemnestra1[1]
「凶行後、斧を置き 返り血を浴びた クリテムネストラJohn Collier

 ・・・以上が、オペラ「エレクトラ 」に至る、まさに血で血を洗うような前史であり、エギストが アガメムノン王のこどもたちである エレクトラオレスト姉弟によって 復讐されなければならない理由であります。


■ 登場してから惨殺されるまで ~ その短い出演時間 
 そんなエギストを演じるシュトルツェは、R.シュトラウスの楽劇では ようやく大詰め近くになってから ‐ 2枚組LPだと、第4面に針を降ろしてから ‐ やっと登場します。
 外出先から帰館したエギストを演じるシュトルツェは、ここで精一杯背伸びして 威厳を見せつけながら「灯りをよこせ 」と喚きます。シュトルツェの歌唱は、その威厳の中身が、実は空っぽであることを巧みに表わす絶妙の声色、まさに それはエギストと同じ立場にあるヘロデが「酒をよこせ 」「果物をよこせ 」と家来に命じた振舞と類似した行為として巧みに演じ分けています。
 エギストの帰館に際して、いまだかつて 一度も姿を現わすことの無かったエレクトラが初めて しかも今宵に限って 嬉しそうに 松明を持って出迎えるのを見れば、もしあなただったら、たとえ自分がエギストでなくても不審を覚えるに違いありません。彼は、屋敷に入るべきではなかったのです。首を捻りながらエギストが向かうその先、真っ暗な建物の中には 今や復讐の鬼と化したオレストが待ち構えていたのでした。
 クリテムネストラの場面と同じく、エギストが殺害されるシーンも基本的に舞台からは見えないことになっています(正確には、助けを求めて一瞬 小窓から血だらけの顔と腕を出すようですが、すぐにオレストから髪を掴まれ引き戻されてしまいます・・・ シュトルツェの場合、掴まれる髪があればこそ )。聴衆には、惨劇の全てを敢えて見せないことによって、敵(かたき )役に繰り返し振り降ろされる鉄槌の激しさと流血の恐怖とを必要以上に想像させ、しかし音楽面においては 一瞬の静寂の後、建物の内側での凄惨な敵討ちを描写する管弦楽の爆発するような力強さが十二分にその内容を伝えている、それは極めて効果的な手法と思います。シュトルツェの扮するエギストが張り上げる苦悶の絶叫は、もはや歌声とは言えない、調の外れた奇声として舞台裏に激しく響き渡ります。
 ・・・考えてみると、シュトルツェの「エレクトラ 」への出演時間なんて、正味 5分ぐらいではないでしょうか。しかも そのうち半分以上は殆んど閉ざされた屋敷の中から叫ぶだけですから、誰もが言うとおり「まるで殺されるためだけに登場 」したかのようです。その「凝縮された出演時間 」の短さゆえに、また それでいて そこでの演技の素晴らしさゆえに、シュトルツェ・フリークである発起人にとって、これは 大いに欲求不満が残る出演作でもあるわけです。
 
 なお この音盤は、ウィーン・ゾフィエンザールにおいて1966年の7月と9月、および 翌1967年2月の計3回に分けて録音されたことになっているのですが、シュトルツェエギストが謀殺される この短い場面を さらに細切れにして録音したとはちょっと考えにくいです。果たして彼は この3回の録音日のうち いつゾフィエンザールに入ったのでしょうか、いろいろ調べてみましたが 結局わかりませんでした(すみません )。

 ・・・ある意味で ゲアハルト・シュトルツェの 生涯最高の仕事だったとも言い得る絶唱、オルフの「オイディプス王 」が、クーベリック指揮/バイエルン放送交響楽団等によってドイツ・グラモフォンでスタジオ録音されるのは、ちょうど この デッカの「エレクトラ 」録音が中断されていた時期に当たる、1966年11月でした。その名盤「オイディプス王 」 については、順序が前後しましたが、すでに 触れさせて頂きました  ⇒ こちら 
 さて、では次回は そのオルフ の最大のヒット作(? )「カルミナ・ブラーナ 」に ソリストとして参加した シュトルツェの「演技 」を聴きましょう。

次回 (32)「カルミナ・ブラーナ 」、白鳥の丸焼き を演じる に続く・・・

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