スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(11)弦楽五重奏曲 第6番 変ホ長調

「実は ダイム伯爵が 怒りながら ここに駆け込んでくる姿が見えたのです。伯爵と鉢合わせするのが怖くて、それで 私 ずっと建物の外に隠れていました 」
と、意気消沈したジュスマイヤーが 語る言葉は 途切れがちでした。
W.A.は 朗らかに笑うと、
「なんだ。では お前は とっくに帰ってきていたのに 今までずっと外にいたというわけなのか、こんな時間まで。腹が減っただろう 」
と、そう言いつつ若い弟子の肩を抱くと、軽くその背中を叩きながらテーブルに着かせました。
「今 美味しいコンソメ・スープを 温めてやるよ。ライトゲープ親父が持ってきたヌードルと一緒に煮込んでおいたから、腹の底から温まるよ 」
「モーツァルト先生・・・ 」
うなだれたジュスマイヤーの声が、キッチンへ向かおうとするW.A.の背中を力なく追いかけてきました。
「うん? 」
「私を・・・ 先生は なぜ お咎めもなく、お叱りにもならないんですか 」
W.A.はソルト・ミルで ザルツブルクの香り高い岩塩を がりがり挽きながら、ジュスマイヤーには顔を向けることなく 言葉を返しました。
「ハプスブルク騎士団のお偉い将軍さんのデスマスクを 落として割ってしまったってことだね? 」
「・・・はい。もう その瞬間は 頭の中が真っ白になってしまって -。 理由を説明しても きっと誰にも信じて頂けないような気が・・・ 」
今となっては、ミュラー芸術館の霊廟で聞いた あのラウドン将軍の声は、果たして 現実のものだったのか あるいは 幻だったのか、疲労困憊したジュスマイヤーには もはや確信が持てなくなっていたのでした。
「うーん、誰にでも そういうことはあるよ 」
と言うなり、W.A.は 小さい くしゃみをしました。今度は 片手にスパイス・ミルを持って 黒胡椒を 思いきり挽いています。
「え、誰にでもある・・・ですか? 」
「そうさ、説明しても 誰にも信じてもらえないような不思議な事はね 」
そこでW.A.は洟(はな )をかむと、さらに言い添えました。
「そういう事は 実は ぼくにもあるからさ。他人(ひと )には決して言えないようなね - 」
「・・・ 」
「だから ジュスマイヤー、お前も もう何も言わなくていいのさ。安心をし、ダイム伯爵には ぼくからお詫びの一曲を進呈して すっかりご機嫌を直してもらったからさ、少し時間を置いて 来週にでも 一緒に謝りに行こう 」
「先生・・・ 」
「これ以上は もう ぼくも詮索しないし、何も訊かない。その代わり、ぼくも自分の秘密は 誰にも しゃべらないぞー 」
と言って くすくす笑うW.A.の掌の中で、きらめく銀の小笛が放つ光が 彼の指の隙間から 確かに少しもれましたが、それは弟子の目に見えません。でも 彼は W.A.から ヌードル入りの熱いコンソメ・スープの皿を受け取ると、
「わお! 美味しそうですね。いただきます 」
「おお、ようやく元気が出てきたようだね、よかった よかった 」
ゆっくりとスプーンを口元に運び、ふうふういいながらスープを一口すすったジュスマイヤーの手が しかし何故か ぴたりと止まりました。
「・・・先生? 」
「はい、どうしたの 」
「こ、これ 超カライんですけど・・・ 」
「あ、ゴメンね。塩と胡椒 効かせすぎちゃったかも 」
「うぇー 」
「でも ワインが すすむだろう? 」

 その晩、テーブルに着いたまま うとうとと眠り込んでしまったジュスマイヤーの肩に毛布を掛けてやると、W.A.は ひとり隣室の書斎に場所を移し、今日の昼にヨハン・ペーター・トースト氏から依頼された ロンドンにいるハイドン先生の許に渡される 弦楽五重奏曲 変ホ長調 の作曲を、猛烈な勢いで再開しました。
 今宵は 銀の小笛も絶好調で、依頼された楽曲編成が弦楽アンサンブルであるにもかかわらず、これはどうだ とばかりに 狩猟ホルンの音色を模した動機を W.A.に歌って聴かせます。W.A.は その個性的なホルン五度の響きを 二つのヴィオラで表現することを思いつき、同時にコール & レスポンスで 二つのヴァイオリンが このホルン信号に応えるかのように明るく切り込んでくる、そんな快活な狩りのギャロップを思わせる第1楽章構想を固めると、それから一気に楽譜に落とし始めて、午後11時頃には仕上げてしまうと、もう止まらなくなっています。
 次は第2楽章です。あたかも美しき乙女が 初めての時のように ためらいがちに 口ごもりつつも愛の告白をするような 清い旋律のアイディアを銀の小笛から得たW.A.は、日頃からハイドンがあらゆる作品の緩徐楽章において しばしば採用してきた変奏曲を その基本形式として選びました。
 緩徐楽章を午前 2時過ぎに書き上げたところで、W.A.は うんと濃いコーヒーを淹れ 少しだけ休息しましたが、机上のキャンドルを 光の強い新しいろうそくに替えると、第3楽章に着手します。ここでW.A.は 第1楽章のコール & レスポンスで使ったヴァイオリンの応答(レスポンス・ )動機を3拍子に変形させると、冒頭から付点のリズムで降ってくるようなメヌエット主題を決定させました。そのトリオでは、チェロが主音をぐーんと持続させた上に、素朴なパストラールを思わせるレントラーをふわりと乗せます。
 続けて 休むことなく終楽章へと突入、ロンド主題は まるで小鳥がさえずるような繊細にして快活なメロディーですが、それはメヌエットと同様、W.A.が思いついて 第1楽章のレスポンス動機を「リサイクル 」したもの。その特徴的リズムを伴なう小刻みな動機をどんどん発展させては、また 思い出したかのように 原型の動機も大事に繰り返す、まさにハイドン先生へのオマージュに相応(ふさわ )しく、W.A.自身も満足の一品に仕上がったのは、白々と夜が明け始めた 午前 6時頃のことでした。
「ふぅー、またやっちまった・・・。 徹夜仕事を(笑 ) 」

   ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


■ 本日の音盤
モーツァルト弦楽五重奏曲全集 ブダペスト弦楽四重奏団 CBS-Sony. ブダペスト弦楽四重奏団 ワルター・トランプラー Walter Trampler
モーツァルト:弦楽五重奏曲 第6番 変ホ長調K.614
ブダペスト弦楽四重奏団
 ジョセフ・ロイスマン(第1ヴァイオリン )
 アレクサンダー・シュナイダー(第2ヴァイオリン )
 ボリス・クロイト(ヴィオラ )
 ワルター・トランプラー(第2ヴィオラ 写真 右
 ミッシャ・シュナイダー(チェロ )
録 音:1966年2月、12月、ニューヨーク
併 録:
弦楽五重奏曲 第1番変ロ長調K.174、第2番ハ短調K.406、第3番ハ長調K.515、第4番ト短調K.516、第5番ニ長調K.593(全集 )
音 盤:国内盤CBS / ソニー CSCR8346~48

 この全集は、私“スケルツォ倶楽部” 発起人にとって、いいえ きっとモーツァルトの音楽を愛するどなたにとっても 揺るぎなく「これしかない 」と讃えられてきた名盤です。
 20世紀を代表する名室内楽団の代名詞だったブダペスト弦楽四重奏団は、もともとブダペスト歌劇場オーケストラのメンバーによって 1917年に結成されましたが、団員の変遷を経ながら 1938年以降はアメリカに渡って 最終的なメンバーは 全員ロシア人となりました。ロシア人メンバーは 互いのプライバシーを尊重し、リハーサルのとき以外は 殆ど 別行動をとっていたそうです。親しいアメリカ人同士がよくやるように 互いをファーストネームで呼び合うこともせず、喫茶店などでさえ 別々のテーブルに座るよう努めていたのだそうです。唯一、音楽以外で 同じ席につく機会があったのは、メンバー同士でトランプを楽しむときだけでしたが、これがグループを長続きさせる秘訣だったという話(出典 Wikipedeiaより )ですから、わからないものです。
 ベスト・メンバーだった最盛期のブダペストS.Q.に 名手ワルター・トランプラーの第2ヴィオラを加えた演奏の切れ味は史上最高。いささか録音こそ古くなったものの これを超えるような全集のレコーディングには なかなか出会えないでしょう。就中 第6番変ホ長調 K.614 のアンサンブルの素晴らしさは言うまでもなく、白眉の傑作 第4番ト短調 K.516 の「疾走する哀しみ 」のドライな表情と格調の高さは もはや別格です。

ハイフェッツが好んだというジョーク
「もしロシア人が一人でいたら そいつは何者だろう? 無政府主義者さ。二人でいたら? チェスの試合が始まる。三人でいたら? 共産主義グループになるぞ。それでは ロシア人が四人揃ったら?  ・・・ ブダペスト弦楽四重奏団だ! 」



↓ 清き一票を

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ  こちらもどうぞ ⇒ 音楽広場
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)