スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(30)ヴェルディ 「ファルスタッフ 」
   医師カイウス先生 を演じる


■ 1966年「カイウス 」~ ヴェルディ : 歌劇「ファルスタッフ
ヴェルディ Leonard Bernsteinファルスタッフ(バーンスタイン)CBS
 ヴェルディ : 歌劇「ファルスタッフ 」
 レナード・バーンスタイン指揮 / ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団
   ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ファルスタッフ )、
   レジーナ・レズニク(クイックリー夫人 )、
   イルヴァ・リガブエ(フォード夫人、アリーチェ )、
   ロランド・パネライ(フォード )、
   ヒルデ・レッスル=マイダン(ページ夫人 メグ )、
   グラツィエッラ・シュッティ(ナンネッタ )、
   ホアン・オンシーナ(フェントン )、
   ゲアハルト・シュトルツェ(医師カイウス )、
   マレイ・ディッキー(バルドルフォ )、
   エーリヒ・クンツ(ピストラ )、他
録音:1966年3月、4月 ウィーン・ゾフィエンザール
CBS-SONY(CSCR-8081~2 )


 われらがシュトルツェには珍しく、イタリア・オペラのブッフォ役です。
 幕が上がるや 天を衝く怒髪もあればこそ カンカンに怒りつつ舞台に登場し、最初の第一声を発するのが シュトルツェ演じる 医者のカイウス先生、彼は ファルスタッフに 前夜 召使が暴行を受けたことを 物凄い勢いで激しく抗議します。フォルテで高音を連発、シュトルツェ“先生” 動脈硬化の血管も千切れそうではないですか。
 さて 幸運にして この躍動的なディスクを もし「初めて 」聴かれる - という人がいらっしゃったら、壮年期のレナード・バーンスタインウィーンフィルを強力にドライヴする冒頭の一音を聴いただけで きっと言葉を失うに違いありません。その素晴らしさに、油断しているとバーンスタインが 満身で振り回す指揮棒の先っぽに引っ掛けられて、ウィンザーの居酒屋ガーター亭の窓から シュトルツェの扮するカイウス先生と一緒に 丸められて ぽーん と 外へ吹き飛ばされかねませんよ。しっかりと 吊革か手すりに つかまっていてくださいね。

 ヴェルディ最後のオペラ「ファルスタッフ 」には、傍流のように一組の若い恋人たち( ナンネッタフェントンの恋愛 )のドラマが伏線として張られていますが、本筋となるストーリーとの関連性や主要人物に絡み合う重要さは、プッチーニの「ジャンニ・スキッキ 」における若いカップル(ラウレッタリヌッツィオ )の存在にも比べられるものと思います。
 ナンネッタの父フォードは、愛し合っている相手が すでにいる娘の意志をまったく無視して、彼女よりも相当年上の医師カイウス先生に娶せようと かなり強引に画策しています。これは シュトルツェが演じるカイウス先生にとっては、実に 美味しい話だったことでしょう。
 しかし愛娘ナンネッタの女性としての幸せを願う母アリーチェは、夫フォード氏とは考えを異にしていました。彼女は 親しい仲間“ウィンザーの陽気な女房たちクイックリーメグら )”と一致結束し、年甲斐もなく言い寄ってくる好色なデブ ファルスタッフとその一党ばかりか、夫フォードや医師カイウス先生をも含む、すなわち 「自立する女性の地位を軽んじる すべての男たち 」を 懲らしめの対象として厳しく処罰する計画を 実行へと移し、愉快な作戦を見事成功させてしまうのでした。 
 さらに彼女は 多くの衆人の前で 愛娘ナンネッタと彼女の恋人フェントンとの婚約をも既成事実にしてしまいます。これを仕方なく許す 夫フォードと 遂に和解するアリーチェ、また 新しい若いカップルの幸せな姿も目にしたファルスタッフは、さすが 腐っても騎士(? )、「この世はすべて冗談、最後に笑う者こそが 本当に笑うのだ 」と 明るく口火を切ってみせると 登場人物全員と一緒になって豪快に歌い、最後には 思いきり笑うのでした。
 そのフィナーレの 全員による大フーガの 迫真の凄さには特筆すべきものがあり、もちろん 真ん中に立って音頭をとる ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのカリスマ的功績は言うまでもありませんが、医師カイウス先生を演じる われらがシュトルツェの 甲高く上昇する個性的な 「あの 」声が、複雑なアンサンブルの網の目を突き抜け、やや右寄り後方の位置から しっかり浮かび上がって わたしたちリスナー側のシートにまで余裕で飛んでくるのが、はっきり聴き取れます !

バーンスタインDecca録音、ウィーンフィルCBS録音
 このディスクは、バーンスタインウィーン国立歌劇場デビューの圧倒的な成功の勢いに乗って、この時期ウィーン・フィルハーモニーと独占的に録音契約を結んでいたデッカと、バーンスタインをドル箱の大看板に掲げていたCBSとが、円満な交換条件下で 両者の顔合わせによる一群の録音を決行した ということだけでも画期的な企画の成果でした。さらに このオペラのレコーディングが 「ソニック・ステージ 」のデッカ録音チームを率いた エリック・スミスが担当していたという情報も 重要な特記事項ですよね。
バーンスタイン ウィーンフィル モーツァルト(DECCA ) マーラー「大地の歌」バーンスタイン、ディースカウ、ウィーンフィル(DECCA )
 (左 )モーツァルト「ピアノ協奏曲第17番 」、バーンスタイン / ウィーン・フィル
 (右 ) マーラー「大地の歌 」、バーンスタイン / ウィーンフィル、独唱は キング、ディースカウという男声二人による歌唱


 バーンスタインのピアノ弾き振りによるモーツァルト「ピアノ協奏曲第17番 」や、ジェイムス・キング(T. )、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br. )らの独唱によるマーラー交響曲「大地の歌 」 - 特にバリトン歌手アルトに代わって 偶数楽章でソリストを務めている歌唱が聴けるレコーディングなどは 当時まだこれが唯一で、たいへん珍しい音源でした - これらレコードの存在を 後になってから知った、当時まだ中学生だった私は、これらを聴きたい一念で 土曜日の午後、定期券を使って降りられる西武新宿線の駅 ひとつひとつで下車しては 沿線のレコード店を 一人で歩き回り、(1970年代も後半頃 その当時の中学生にとって 目当てとするレコードの探索・入手方法は それ以外に思いつかなかったのです )、懸命に探し回った、という楽しい記憶があります。
 今でも これらの名盤をCDで聴きながら 淹れたてのコーヒーの香りを嗅いでみれば、音楽と一緒に針音の幻聴さえ聴こえてくるほどの懐かしさで 心の中が一杯になります。

フィッシャー=ディースカウ、素晴らしきミス・キャスティング?
 ・・・それにしても マーラー「大地の歌 」第6楽章「告別 」を歌っていたディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(以下 D.F=D )が、今度は その同じ声で、肥満した初老の騎士、戦場では逃げ回る臆病者だが大酒飲み、強欲・狡猾にして好色な「ファルスタッフ 」役を演じるとは! なんともエグいキャスティングですよね。
 そのイタリア語の美しい発音も、まるで語学講座のお手本になるくらい上手いのですが・・・ あのD.F=D.が 何と 滑稽なハゲカツラかぶって着ぐるみで太鼓腹に変身している そんな姿を 写真で見せられては、これで舞台に立ったのか・・・と、感慨もひとしお(笑 )です。
 ファルスタッフを演じるフィッシャー=ディースカウ(Orfeo )
 それは、例えば 普段からとても真面目な人が 無理してギャグを言ってみたりする ‐ しかも、それがどこかで聞いたような ありきたりのネタだったりすると、お愛想に笑うこともむずかしく、逆に自分のほうが気恥ずかしくなってしまう瞬間ってありませんか? D.F=D.扮する「コスプレ写真 」を見せられるのって、どこか そういう時のやり場のない辛(つら )い気持ちにも似てます。と 言いながら、そのあまりの似合わなさにも また 屈折した可笑しさを やはり禁じ得ないのです。

 ベーム盤「魔笛」パパゲーノはF=ディースカウ(D.G.) 「ジャンニ・スキッキ 」フィッシャー=ディースカウ_1973年 バイエルン
 (左 )冷静で威厳ある「弁者 」が いかなる運命の悪戯か、お調子者の猟師「パパゲーノ 」を演じることになってしまったモーツァルト「魔笛 」(ベーム盤 )
 (右 )二色の個性的な声の軽妙な変化が楽しめる プッチーニ三部作から「ジャンニ・スキッキ 」(サヴァリッシュ盤 )

 D.F=D の歌唱もその表現も技巧も癖も、そのすべてが ホントに好きなんですが(この パパゲーノ とか ジャンニ・スキッキ とか - いえ、さらに言わせて頂ければ、本当は グンター とか ファーニナルヴォツェック なんかも - 彼の持つ本来のキャラクター・イメージからは 相当遠いような気がするのに、しかし なぜか決して嫌いにはなれないキャスティングってありますよね・・・ )、違うぞ 違うぞーって思いながら、 - しかも今回は 肝心のシュトルツェのパートも 第一幕の冒頭場面以外は 殆どアンサンブル要員としての登場に過ぎず、残念ながら その出番も多くはないにもかかわらず、 - D.F=D の このオモシロさに、バーンスタイン盤で「ファルスタッフ 」を 聴き始めれば、そんな「快適な違和感 」の魅力と 何より圧倒的な上手さに惹かれ、ああ・・・結局 今日もまた(登場人物全員で 猛烈に盛り上げる 有名な最後のフーガまで ) 全曲 聴き通してしまった・・・(笑 )、そんな傑作ディスクなのです。


ヴィーラント・ワーグナー、死す
 なお この年(1966年 )には、シュトルツェバイロイト音楽祭への出演はありませんでしたが、かつて このワーグナー音楽祭 シュトルツェの才能を見出した上 これを高く評価し 重用した ヴィーラント・ワーグナーが、同年 10月17日、まだ49歳という若さで急死しています。
 ヴィーラント・ワーグナーとシュトルツェ Orfeo D’or(C603.033D)より
 打ち合わせする シュトルツェ(左 )とヴィーラント・ワーグナー Orfeo D’or(C603.033D)より
 優れた演出家としての実力だけでなく、偉大な作曲家リヒャルト・ワーグナーの直系の子孫として 戦後バイロイトのひとつの象徴でもあった「巨人兄弟 」の長兄ヴィーラントが 若くして亡くなったことによって、確実に またひとつの時代が終わりを告げたのでした。


次回 (31)ショルティ「エレクトラ」エギストを演じる に続く・・・

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knapper2 さま!

初めまして!
オーケストラのヴィオラ セクションでも ご活躍中の knapper2 さまは、たいへん興味深い 名演聴き比べ のブログ 「誰にも教えたくないレコードを聴く 」http://knapper2.blog.fc2.com/ の Author でいらっしゃいます。 ジュリーニが ヴィオラ奏者 出身だった(! )件、初めて知りました v-11
弊ブログを リンクしてくださり、どうも ありがとうございます。“スケルツォ倶楽部” にも 貼らせて頂きました v-238 むふっ 
今後とも ご支援のほど どうぞ よろしくお願い申し上げます!

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

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ファルスタッフのいい演奏を探していました。
記事を読んで、とても聴きたくなりました!
シュッティのファンですし。
またおじゃまします。

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