スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら



(10)「最も偉大な作曲家 」
 そのころ W.A.は 自宅に ひとりの紳士を迎えていました。
 その訪問者 - ヨハン・ペーター・トースト氏は、ウィーンの宮廷に納めている最高級のワインを 彼自身の生まれ故郷であるメーレン(ハンガリーの一地方 )の大手生産団体から仕入れては卸売をするという商館経営で大きな成功を収めつつあった若い商人で、年齢こそW.A.と同年代くらいではありましたが、そのイギリス製の高級生地を仕立てた服装は 彼の羽振りの良さを伝えていました。
 トースト氏は、かつてはハンガリーの貴族エステルハージ侯爵のおかかえ楽団 - それは私設にしてはあまりにも大規模なオーケストラでしたが - その優秀なメンバーのひとりとしてヴァイオリンを弾いていたという、意外な経歴の持ち主で、そこでは楽長ハイドン師自身から大きな信頼を得ていたことでも知られていました。その名を聞いて、W.A.は思わず懐かしさで声を上げました。
「ハイドン先生なら、私にとっても 以前から親しくお付き合いさせて頂いていますよ。イギリスへお発ちになる直前には お食事に招いて頂き、互いの健康を祝し とても美味しいワインで 別れの乾杯をしたものでした 」
「そのワインとは - 」
と、トースト氏は うれしそうに追いかけてきました。
「私が 王宮に卸している高級なトカイ・ワインだったでしょう。英国へ渡るハイドン先生へのお餞別として、私が差し上げたものなんですよ。トカイは かつてフランス王ルイ14世も 『王のワインにして ワインの王 Vinum Regum, Rex Vinorum 』 と称えたほどの銘品です 」
「そう言えば、ハイドン先生はワイングラスを傾けながら『これは信頼する友人から贈られた銘酒なんだよ 』と 確かにおっしゃっていたことを 今 思い出しましたよ 」
「もちろんモーツァルトさんのお噂は、ハイドン先生から直々に伺っています。貴方の才能には 常に最高の賛辞を与えておられましたよ 」
「それは名誉なことです 」
恐縮しつつも W.A.は、ハイドンとの忘れられぬ ひとつの思い出が 内心から湧き上がってくる気持ちを抑えきれませんでした。


 ・・・それは かつてW.A.の老父レオポルドが、ザルツブルクからウィーンに住む息子の許を 生前 最後に訪れた際のこと、以前から旧知の仲だったハイドン自身が レオポルドに真顔でこう言ってくれたのでした - 「私は正直な人間として神に誓って申し上げますが、私の知る限り、あなたの息子さんは 最も偉大な作曲家です。美しい音楽を組み立てる その趣味の良さ、優れた作曲技能、それらいずれも完璧に身に着けておられますよ 」 - と。
 ハイドン Leopold Mozart
 (左 )ハイドン先生 と (右 )W.A.の父 レオポルド・モーツァルト
 その瞬間、老いたレオポルドの熱くなった両まぶたから流れ出す嬉し涙を 両手の拳で必死に抑えていた、その父の仕草を W.A.は 決して忘れることはありませんでした。W.A.が 幼いころから その音楽的成長に半生を賭けてきた父親が 今 静かに嗚咽(おえつ )を漏らしながら、両手で隠した顔の下から「これで報われた。今の言葉で、私の心は報われた・・・ 」と、途切れがちに繰り返すのを聞いた途端、W.A.自身も 成人してから 実は反発することも多かった老父レオポルドに対し 謝罪にも似た気持ちを 素直に表したくなったのに、まさに「お父さん・・・ 」と声を発しかけたところで、ぐーっと胸が詰まってしまったのでした。これを ただ黙って頷きながら ハイドン師が温かく見守ってくれる前で、父と息子は 互いに言葉もなく歩み寄り 固く抱き合うだけでした。
 故郷ザルツブルクに帰った父レオポルトが亡くなるのは、それから わずか二年後 - すなわち 今から四年前のことだったのです。


 ・・・そんな思い出に浸っていたW.A.に 顔を近づけながら、トースト氏が言いました。
「私が 今日 お伺いしたのは、“最も偉大な作曲家”たる モーツァルトさんに お願いがあってのことなんです 」
一瞬で現実に戻されたW.A.は、内心慌てつつ 言葉を返しました。
「あ、失礼しました。て、照れるなあ、ええと・・・私にお手伝い出来ることであれば、どうぞ何なりとおっしゃってください 」
「実は、私は 一週間後に 商用でロンドンへ参ります 」
「ロンドンへ! そこは、ハイドン師が滞在している街ですね 」
「もちろん せっかくですから、ハイドン先生にもお会いしたいと思っています。そこでモーツァルトさんに、ハイドン先生へのプレゼントということにして 新作を一曲、ぜひ作って頂きたいのです。それを携えて、私は海を渡ろうと 思って いるの ですよ 」
「それは・・・? 」
「弦楽五重奏曲がいいですね。それをロンドンの地で ハイドン先生と楽団のお仲間、そして私自身 - あ、私は第二ヴァイオリンのパートを担当したいと思ってます - で、楽しく合奏できるような 何か軽くて明るい作風がよいのですが。 ・・・ただ 私の出立まで もう間もないので、セットでなくてかまいません、一曲で結構です 」
 ・・・これは、当時 室内楽曲が 三曲、もしくは倍の六曲ほどを 常にセットにして出版するのが普通だったことを指しています。
 W.A.は自分の表情に 満面の喜色が充ちてくるのを感じました。
 何とうれしい仕事でしょう、音楽の素養も深いトースト氏のために、しかも尊敬するハイドンに捧げることを前提で作曲できるというのです。
「喜んで 引き受けさせて頂きます。出立は 一週間後 - とおっしゃいましたね、間違いなく 五日後には トーストさんのお屋敷まで 手渡しに伺うことをお約束しますよ 」
「それはうれしい。これはお支度金です。少なくてすみませんが - 」
「どうもありがとうございます 」
と、W.A.が喜んで手を伸ばした時、そこへ ミュラー芸術館のダイム伯爵が 突然ノックもせずに荒々しくドアを開けると、室内に駆け込んできました。
「・・・おや ダイム伯爵、どうされましたか 」
W.A.は 心配そうに伯爵の表情をのぞき込みました。引き際を察したトースト氏は 手付金をテーブルに置くと、W.A.
「ご来客ですね、では 私はこれで。よろしく モーツァルトさん 」
と告げるや否や 足早に出ていきました。

 こうして室内には W.A.とダイム伯爵だけになりました。伯爵は下から階段を駆け上がってきたらしく、激しく息が切れており、その上 かなり怒った表情でやっと口を開きました。
「モーツァルト先生の寄越した ノッポの弟子・・・あの野郎は 一体何者なんだ? 」
「ジュスマイヤーか・・・あいつ、何か やらかしましたか 」
「何か どころじゃないよ。やつは ラウドン元帥のデスマスクを 落として割ってしまったんだ。それはもう取り返しがつかないだろー 」
「えーっ! そ、それは申し訳ないことを・・・。将軍の霊廟に飾る蝋(ろう )人形の展示・開催が 出来なくなってしまいますよね? 」
「・・・いや、まあ 幸いにして 蝋(ろう )人形の顔は、オリジナルのデスマスクの型から採った 複製を使ってこしらえてあるので、展示に関して 実害はないんだが 」
「ああ、それを伺って、少し安堵しました。なにしろ新聞に大きな広告まで載せていましたものね。作り直す時間など もうなかったでしょうから・・・ 」
「ただ あのノッポ野郎が 将軍のデスマスクを壊しておいて 何も言わずに黙って帰ってしまったのが 癪にさわってるんだよ。普通なら まず謝るだろう、犯人が逃げちゃったもんだから、結局 砕けた石膏を 全部拾って捨てるところまで・・・ 何で 私が掃除までしなきゃならないんだろう、おかしいじゃないか? 」
ヒート・アップの気配を察して W.A.は 巧みに話題を変えました。
「 ええと、それで自動オルガンの演奏は いかがでしたか 」
「え? ああ、音楽のほうか・・・ 」
と、さんざん大声を上げた後で疲れたのか、あるいはそれで幾分気が済んだのでしょうか、W.A.の真摯な対応にも 少し落ち着いてきたダイム伯爵は、傍らの椅子に腰をかけると 自動オルガンが演奏したW.A.の「幻想曲 」を思い出すと、さすがにこれには称賛の言葉をもらしました。
「うーん、さすが モーツァルト先生・・・ としか 他に言葉もないほどの素晴らしさだったよ。時間配分もあれでぴったりだ。あれで 一般公開が始まれば、朝8時から夜10時まで いつも時報毎に鳴り響かせることが出来るから、きっと評判になるだろう 」
「伯爵、実は 霊廟に流す音楽として さらにもう一曲 “ヘ長調のアンダンテ”を用意しておきました。これを 私の あの間抜けな弟子の不始末のお詫びに、無料でサービスさせて頂こうと思っているのですが・・・ 」
「え、本当か? それは 正直ありがたいなー。自動オルガン演奏のレパートリーなんて まだまだ少ないので、いくらでも欲しいところだったんだ・・・ 」
「あとで ジュスマイヤーの奴には 十分 お灸を据えておきますので・・・ 」
「うん、それは そうだよ。あんなんじゃ通用しないよ、社会人として。モーツァルト先生の評判も落とすことになると思ったほうがいい、しっかりと叱っておいてくださいよー 」
大分 機嫌を直して立ち去りゆくダイム伯爵の後ろ姿を見送りながら、W.A.は 寂しげに呟きました。
「あーあ、良かった。一時はどうなるかと思った。でも残念だが 結局 ジュスマイヤーが 粗相をしたせいで、ダイム伯爵からは『心からの感謝の言葉 』は頂けなかったなー。『素晴らしい 』とか、『ありがたい 』とか いう言葉はくれたけれど、ボクには判るんだ。あれは 決して伯爵の『本心から 』の言葉ではなかったって・・・ 」

 W.A.もまた 気を取り直し、先刻トースト氏の依頼によって ロンドン滞在中のハイドン師に届けられることになる依頼品 - 新しい「弦楽五重奏曲 」の調性を、しばし思案の末 変ホ長調にすることを決めると、さあ作曲を始めようかと 五線紙を広げました。そして心の中で 離れて暮らす恋人のことを想いました。
「トーストさんからは 絶対に頂くぞ、真実の感謝の言葉を、コンスタンツェ・・・! 」
 周囲に注意しつつ 静かにW.A.は 自分の掌を開きました。そこには 昔から いつもどおりに小指ほどの長さの銀の小笛が ふわーっと その姿を空中に現しました。
 ・・・が、その時です、玄関の重いドアが静かに開き、そこから 反省のあまり憔悴し切ったジュスマイヤーの顔が差し入れられ、やがて W.A.の室内に 今にも倒れそうな足取りで おそるおそる入ってきました。
「せ、先生、すみません。大変なご迷惑をおかけしてしまいました・・・ 」
「おお、ジュスイヤー ずいぶんと帰りがおそかったね 」
W.A.は、静かに 手のひらを結(むす )ぶと 銀色の小笛を掌の中に隠し、ゆっくりと玄関に出迎えました。

  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )

■ 本日の音盤
 CD復刻を希望? 
 モーツァルト オルガンの旅 A Mozart Organ Tour  ・・・という幻のレコード
 A Mozart Organ Tour (CBS ) 「フランチェスコ教会でオルガンを弾く幼いモーツァルト 」(Heinrich Rossow 1864 )
 A Mozart Organ Tour
 Columbia stereo L.P. box set. Performed by E Power Biggs
 with the Camerata Academica, Salzburg
 conducted by Bernhard Paumgartner (COLUMBIA K3L-231 )
 右側の画は 「フランチェスコ教会でオルガンを弾く 幼いモーツァルト 」( Heinrich Rossow C.1864 )

 今宵は 私“スケルツォ倶楽部”発起人自身も聴いたことのない一組のレコード・セットを、復刻発売への願いを込めて ご紹介しましょう。
 モーツァルトが生前 実際に弾いたオルガンを訪ねて旅行し、各地で録音した名手パワー・ビッグスによる 魅力的な3枚組L.P.レコードです。
 たとえば 生地ザルツブルク大聖堂では パウムガルトナー指揮モーツァルテウムとの共演で まず 教会ソナタが演奏され、キルヒハイムボランデンでは 自動オルガンのためのアダージョとアレグロ ヘ短調 K.594 を、ミューレンバッハでは 自動オルガンのためのアンダンテ ヘ長調 K.616アルザスエバースミュンスターでは 命名日のセレナード 変ホ長調 K.375パッソー自動オルガンのための幻想曲 へ短調 K.608ウルムでは アダージョとフーガ ハ短調 K.546インスブルックグラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調 K.356 を それぞれ弾いています。選曲には 作曲された年代等に こだわってはいないようですが、もしモーツァルトが それぞれのオルガンに座って 当時 実際に 誰のどんな楽曲を弾いたのか特定することが出来たとしたら、そして それらをパワー・ビッグス に 突きとめてもらって まさに当地の楽器でレコーディングしたとすれば、このディスクのドキュメントとしての価値は さらに高まったことでしょう。
 しかし さらに企画は モーツァルトの足跡を辿(たど )り、10か所以上もの教会のオルガンの音色教会の鐘の音まで 収めているそうです。もともとモーツァルト 生誕200年1956年に企画されたレコードで、各地の教会の美しい写真も入った解説書も 目にしてみたいものです。
【 本情報の出典 : モーツァルト「全作品 」ディスコグラフィー高橋英郎、若松茂生小学館1992年 初版第1刷 】

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