本記事は10月 3日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(28)グノー「聖セシリアのための荘厳ミサ 」で
   ソリストを務める 


■ 1965年(テノール独唱 )~ グノー : 聖セシリアのための荘厳ミサ
 グノー 聖チェチーリア・ミサ(マルケヴィチ) Igor Markevich
(左 )復刻CDのジャケット表紙
(右 )指揮者 イーゴリ・マルケヴィチ Igor Markevich


グノー : 聖セシリアのための荘厳ミサ
イーゴリ・マルケヴィチ指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団&合唱団
ソリスト:イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ )
ゲアハルト・シュトルツェ(テノール )
ヘルマン・ウーデ(バス・バリトン )
録音:1965年6月、プラハ
ドイツ・グラモフォン=チェコ・スプラフォン(輸入盤 00289.477.7114. )
 
 ドイツ・グラモフォンが、チェコのスプラフォンとの共同制作で チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のレコード録音を行なうという試みが、1961年頃から断続的に実施されていました。
 有名な音盤を挙げますと、それは たとえば・・・
 ヴァーツラフ・スメターチェクの指揮、シュテファニア・ヴォイトヴィッツ、ヴィエラ・ソウクポーヴァらの独唱、プラハ・フィルハーモニー合唱団によるドヴォルザークの「スターバト・マーテル 」(1961年、Supraphon Archiv SU-3775 )とか・・・
 ドヴォルザークの「スターバト・マーテル 」(1961年、Supraphon Archiv SU-3775 ) 
 エディト・パイネマンをソリストに迎えたペーター・マーク指揮によるドヴォルザークヴァイオリン協奏曲ラヴェルの「ツィガーヌ 」の録音(1965年、Tower Records Universal Vintage Collection / PROA-164 )とか・・・
 パイネマン ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲
 両国の大手メジャー・レーベル、グラモフォン、スプラフォン の提携によって実現された一連の録音から、現在入手可能なディスクの一部です。
 これらと同様に、このグノーの「聖セシリア・ミサ 」録音も、同じ事業企画の一環として プラハで録音・制作されたものだったのです。
 グラモフォンでは この後も引き続きスプラフォンとの共同制作によるチェコ・フィルの録音シリーズを計画していました。しかし その後 チェコスロヴァキアソ連との政治的緊張を高めた結果、1968年8月チェルナ会談を経て 事実上ソ連軍が率いるワルシャワ条約機構軍の軍事介入によって悲劇的なチェコ事件へと至り、この影響によって両国の文化的提携も中断されることになってしまったのは、極めて不幸なことでした。
 一連の独捷共同企画における おそらく最後の一枚となったのが、悲恋の女性チェリスト アニア・タウアーをソリストに迎えた、若き日のズデニェク・マーツァルの指揮による ドヴォルザークチェロ協奏曲(1968年3月、Tower Records Universal Vintage Collection / PROA-62 )の録音でしょう。
 アニア・タウアー ドヴォルザークのチェロ協奏曲(PROA-62 )
 上記パイネマン盤と同様、こちらもタワー・レコードからCD復刻・再発され、しかも驚くほどの安価で入手も容易となりました。
 近年のタワー・レコードによる 過去の埋もれた名盤発掘・再リリース活動の内容は素晴らしく、これこそレコード産業が有する文化的な側面 = 専門性の高いプロの仕事である、と 東京スカイツリーより高くタワーを評価したいです。小売店とは思えぬ 素晴らしい企画力には、これからも大いに期待しています!

グノー作曲「 聖セシリアのための荘厳ミサ
 シャルル・フランソワ・グノー Charles Franccedil;ois Gounod 聖セシリア
(左 )シャルル・フランソワ・グノー
(右 )「オルガンに座る聖セシリア(部分 ) 」Carlo Dolci

 シャルル・フランソワ・グノー Charles François Gounod (1818 – 1893 )のミサ曲の原題 “ Messe Solennelle de Sainte Cécile ” の聖セシリア(または聖セシール。Cécilはフランス語、イタリア語・中世ラテン語では聖チェチーリアCecilia ドイツ語では聖ツェツィーリア Cäcilia )とは、紀元170年~230年頃(諸説あり )、キリスト教を禁じていた当時のローマ皇帝セヴェルスあるいはマルクス・アウレリウス帝いずれかの統治下で弾圧に遭い、殉教を遂げたとされる聖女ですが、彼女が神を賛美する際に楽器を奏でながら歌った、と伝えられるところから「音楽の守護神 」とされています。
 たしかに聖セシリアは、 マーラー交響曲第4番 第4楽章 では 天上の音楽隊を率いて 雲の上で演奏していますし、ローマの「聖チェチーリア音楽院 」の名前も その御名に因(ちな )んで付けられていることは よく知られていますよね。
 この「聖セシリアのための荘厳ミサ 」は、さすが「アヴェ・マリア 」、「ファウスト 」の作曲者シャルル・グノーらしい、その全曲が旋律美に溢れた聴きやすい名曲です。戦前からドイツ国内の一部では盛んに演奏されていた声楽曲だったようで、有名な第5曲「サンクトゥス 」など、テノール独唱が活躍するパートも用意されています。

シュトルツェが声楽曲のソリストに(?) 異例の抜擢
 ゲアハルト(ゲルハルト )・シュトルツェが、ソリストとして声楽作品の録音に参加することはめずらしいですが、期待に反して(・・・と言うべきか、聴く前からこちらの期待が大き過ぎたためか )あまり面白い仕上がりではありません。
 もちろんソリストとは言っても、自分が演じる役割を常にわきまえている歌手ですから、今回は そのプロ意識が、全体の調和の中で過度に突出しないことを自身に課していた、ということは あり得ることと思います(第2曲「グローリア 」のアンサンブル部分や ウーデと交互にソロを取る個所など )。たしかに シュトルツェのいつもの「あの声 」は聴かれますが、ヴィブラートも抑えたニュートラルな発声、良く言えば キチンと歌われているが、悪く言えば まるで初見の楽譜を前にしたような シュトルツェにしては消化不良な歌唱(特に第6曲「アニュス・デイ 」のソロなど )ではないか - と、私には思えてしまうのです。それは借りてきた猫のような印象でもあり、おい ゲルハルト 一体 どうしたんだ、と尋ねたくもなります。
 実際、シュトルツェだけでなく、ここでソリストを務めているゼーフリートウーデも、またチェコの合唱団も、元来このミサがレパートリーではなかったため、指揮者マルケヴィチの指導によって わざわざ数日リハーサルした上で録音に臨んだ、という興味深いエピソードが ディスクのライナーにも書かれています。
 しかし、ただ単に楽曲に馴染みが薄かった、という以前に これにはゲアハルト・シュトルツェという歌手の個性が持つ特有の理由もあったように、私には思われるのです。

■ やはり シュトルツェは『演じて 』こそ 本領発揮  
 それを考えてみる前に、ひとつ ご一緒に聴いて頂きたい比較歌唱があります。それはワーグナーの「ニュールンベルクのマイスタージンガー 第3幕シュトルツェザックスの徒弟ダーヴィットとして「 * ヨハネ祭の宣言句『ヨルダンの岸辺に 』 」を歌うシーンです。
 シュトルツェダーヴィット歌唱が聴ける正規なスタジオ録音盤は残されていないため、クナッパーツブッシュ指揮のバイロイト盤をお勧めしますが、そこでもシュトルツェは この「聖歌 」をたいへんキチンと歌ってくれています。でも、同じ「キチンと 」でも グノーにおける歌い方とは かなり印象が異なります。
 比較 参考ディスク
 1960マイスタージンガー(クナッパーツブッシュ) シュトルツェ演じるダーヴィット( バイロイト 1956年)
 (左 )ワーグナー「マイスタージンガー 」バイロイト・ライヴ 1960年7月 Golden Melodram(G.M.1.0029-4CD )
 (右 )徒弟ダーヴィットを バイロイトの舞台で演じるシュトルツェ  詳しくは ⇒ こちらへ
 
 シュトルツェが、グノーのミサで「サンクトゥス 」などを歌う姿勢を、劇中で「ダーヴィットとして ヨハネ聖歌を歌う姿勢と比べてみたいと思います。「サンクトゥス 」も「ヨハネ祭の宣言句 」も、その歌詞は 典礼句 ‐ つまり あくまで「歌詞 」であって、「劇の台詞ではない 」ことに、どうぞご注目ください。
 すなわち シュトルツェは ひとりのテノール歌手として、いわば「シュトルツェ個人 」で グノーの「サンクトゥス 」を歌ったわけですが、当然その時は 何者も「演じてい 」ません。これに対して「ヨハネ祭の宣言句 」の方は、敢えて申し上げると、「シュトルツェ個人が歌っているものではありません。ここでは シュトルツェは「『ヨハネ祭の宣言句を歌っているダーヴィット 」を「演じている 」という図式です。
 しつこい繰り返しになりますが、「サンクトゥス 」をシュトルツェ個人が歌う場合、当然そこには「台詞を発する対象として 演じるべきキャラクターになりきる余地が無く、これが致命的な理由となって、せっかくの個性も生かしきることが出来ず、あたかもシュトルツェ本人が 彼自身を持て余しているような、何とも言えない状態に聴こえるのでしょう。
 けれど(!) ダーヴィットというキャラクターが「ヨルダンの岸辺に~ 」と直立不動で歌いながら、その歌詞の中に出てくる言葉である「ハンス 」という名前に ふと心のうち 引っ掛かりを覚え しばし腕組みして考え込みます、その名前から連想した結果、今日の このめでたき祝祭日が 自分の親方ハンス・ザックスの命名日でもあることを 突然思い出す - その瞬間の演技たるや 秀逸です。
ハンス・・・ ハンス? ・・・ハンス(・ザックス )!」。
その名前である「ハンス 」とは、宣言句の歌詞の一部でありながら、これを彼が3回繰り返すうちに、いつのまにか「ダーヴィットの台詞 」へと 目に見えるように変容を遂げているのです。 ・・・うーん、やはり「演技として 」ということになると、こちらは誠に見事です。シュトルツェは、ここでダーヴィットとして聖歌を歌い終えると、次は そのキャラクターのまま 生き生きとした仕草を再開するわけですが、この瞬間こそが 正にシュトルツェの驚嘆すべき才能を聴くべき 注目の一瞬です。聴き逃してはモッタイナイ!

 脚注 * ヨハネ祭 : かつてヨルダン川の岸辺でバプテスマのヨハネ( =「サロメ 」ヨカナーン )によって洗礼を授けられた男の幼児ヨハン( = ハンス )が、後にニュールンベルクの街の礎を築いたという伝承に基づく 南ドイツ地方の夏至祭を指します。ワーグナーの楽劇「マイスタージンガー 」の背景ともなっています。

次回 (29)ライヴ「サロメ 」における 強烈なヘロデ役を聴く に続く・・・

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