スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら



(8)ダイム伯爵のミュラー芸術館
    Joseph Graf Deym von Stritez (1752-1804)
    ヨーゼフ・ダイム伯爵 またはミュラー氏 の肖像画

「・・・では 次に、この蝋(ろう )人形の顔の部分は - 」
と、ミュラー芸術館のオーナーでもある ダイム伯爵は、軍服を着けた威厳ある老人の人形一体を指差しながら、ジュスマイヤーに説明を続けました。
「 - 七年戦争やバイエルン継承戦争、オーストリア・トルコ戦争など歴戦の将として わがオーストリアに大勝利をもたらした英雄、偉大なラウドン元帥のデスマスクから、直接 その型を採りました 」
有名なラウドン将軍の名前はもちろん、昨年 元帥の葬儀が大規模に営まれたニュースは ジュスマイヤーでさえ知っていました。
「去年の夏、ラウドン元帥の訃報を聞いて駆けつけた貴方は、かつて所属されていた軍隊の上官でもあった将軍のご遺族の許しを得て、そのデスマスクを採ったわけですね 」
「そのとおり。かつて私はバイエルン継承戦争の折、まさにラウドン将軍と一緒に前線にいたのです。しかし この戦争ではプロイセンとの和平交渉が長引き、にらみ合いの包囲陣地の中で戦闘を抑えることを強いられていました。このため気も荒くなった配下の兵士同士の争いに巻き込まれてしまい、その責任を取って除隊させられることになったのですが、当時 そんな私が軍に留まれるよう最後まで骨を折ってくださったのが ラウドン元帥閣下だったのです。私の残留は結局かないませんでしたが、その恩義は決して忘れないつもりです。元帥のご家族とも その頃からの親しいおつきあいでした 」
「なるほど 」
「人形が身につけている衣装も ラウドン元帥ご自身が 有名なシュヴァイトニッツ要塞の奇襲攻撃の際、その攻略に成功した時に着ておられた軍服を これもご遺族からお借りしてきたものです。従って 生前の元帥の面影そのまま、文字どおり生き写しに再現しているのです 」
その造作の巧みさに 思わずジュスマイヤーはため息をつきました。
「素晴らしいですね 」
「ここミュラー芸術館には おかげさまで 休日には1,000人を超える入場者があるんですよ、決して自慢じゃありませんが - 」
と、鼻息を荒くするダイム伯爵の口調は 明らかに自慢気でした。

       

「ジュスマイヤー君、ぼくの代わりに ミュラー芸術館へ行ってきてくれないかな 」
と、W.A.から ジュスマイヤーが 代理を頼まれたのは つい今朝のことでした。
「ミュラー芸術館? 」
「機械仕掛けの大時計とか蝋人形など、いろいろ珍しいものを展示している、ほらヒンメルフォルト通りにあるミュラー芸術館だよ。あそこにはおもちゃみたいな自動オルガンもあってね、予めパンチで穴を空けたロール譜をセットしておけば ゼンマイ仕掛けで意外にきちんと演奏するんだが、実は そのオルゴール用の音楽を - 」
と言いかけると、そこでW.A.はおかしそうに くすくすと笑いました。
「 - このぼくに 作ってくれって、あの変わり者のオーナー、ダイム伯爵から注文をもらってしまったんだよ 」
「先生のところには オモシロい受注もあるんですね 」
「詳しくは知らないけど、何でも昨年亡くなった ハプスブルク騎士団のお偉いさんの霊廟だかに陳列する遺影に合うような、8分間の長さの葬送音楽をご所望だったのさ。で、今日 その機械に設置するロール譜の入力作業が完了したんで、一般公開の前にテストで鳴らしてみせるから聴きに来いっていうのさ、そんな急に 伯爵ったら 」
「・・・って、先生 その音楽は、もうお作りになったんですか 」
「うん。そんなおもちゃのための音楽なんか、一晩もあれば出来ちゃうさ。 ・・・でもフーガのパートなんか 作っているうちに 職人肌の悲しさかな、やっぱりつい熱中しちゃうんだ、しっかりと厳格に組み立ててある。機械仕掛けで密室で鳴らすにゃ 少し力が入り過ぎたって感じかなー 」
そう答えながら 笑うW.A.の掌の中で、きらめき光る銀の小笛の姿は ジュスマイヤーの目には見えません。
「うわー、それ どんな曲なんだろう。先生、写しは取ってないんですか 」
「写しなんか いつも取らないよ。オリジナルの楽譜は 伯爵の使いの者に渡しちゃったからね 」
「も、もったいない・・・もし失くされたらどうするんです 」
「頭の中に入っているからね、書こうと思えば いくらでも書けるのさ 」
と、事もなげに言うと そこでW.A.は洟(はな )をかみました。そして、
「実はね、ジュスマイヤー君。今日 この後 ぼくに来客があるんだよ。イギリスへ渡ったハイドン先生のお友だちで 今 ウィーンに在住されているヨハン・トースト氏という実業家だそうだ。ハイドン先生のご関係と聞いては こちらの用件が気になるので、外出するわけにいかないんだよ、それで ジュスマイヤー君。今から ぼくの代わりにミュラー芸術館へ行って、オルゴール曲の出来栄えを聴いてきてほしいんだ 」
ジュスマイヤーには 断る理由はありませんでした。
「喜んで 先生の代わりを務めさせて頂きます。自動オルガン演奏とは言っても、先生の新しい作品が聴けるわけですし、私にとっては 一石二鳥です 」
そんなジュスマイヤーに、 W.A.は 急に真面目な顔になると そっと囁(ささや )きました。
「よく聞いておいておくれ。もしダイム伯爵が、ぼくの作曲に心から感謝してくれたら、その言葉を間違いなく持って帰ってきておくれ。ぼくにとっては とても大事なことなんだ、いいかいジュスマイヤー君、頼んだよ 」

       

 ・・・そこで ジュスマイヤーは、このミュラー芸術館へ独りでやってきた というわけでした。
 ひととおりの説明を語り終えると ダイム伯爵は 自動オルガンを演奏させるための支度を始めました。
「 それでは、一度 最後まで通して オルガンを鳴らしてみますからね。私は 機械操作のため 隣の部屋へ行っています 」
ジュスマイヤーは 黙って頷きました。
「お弟子さん、元帥の蝋人形の正面 - オルガンの真下 - に椅子を一脚用意しておきましたから、そこへお掛けになってお聴きになってください 」
ダイム伯爵は ジュスマイヤーに椅子を指差しました。そして
「しかしモーツァルト先生が 今日 お出でになれなかったのは誠に残念です。先生には ぜひこのラウドン元帥閣下の特別室に設置した自動オルガンの鳴り具合を 事前にご自身の耳で聴いて頂きたかったですね 」
と言い残すと 部屋を去りました。
 やがて、裏の方で機械を作動させる音が聞こえたかと思うと、自動オルガンがW.A.の作曲した ヘ短調の幻想曲の演奏を開始しました。音程も正確で、当初予想していたよりずっと良い音響です。葬送の開幕らしく厳粛なイントロダクションに続いて始まったアレグロのフガートな展開の精妙さに、ジュスマイヤーは 深く聴き入っていました。
と、その時です。
「・・・そこの若者よ、どうか わしの魂を 解放してくれ - 」
よく徹(とお )る老人の声が、ジュスマイヤーの耳に はっきりと聞こえたのです。

 ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです 。史実との違いを お楽しみください )


■ 本日の音盤
音楽時計のための作品_ウィーン管楽合奏団(ポリドールPOCL-2210 )
「音楽時計のための作品集 」
演 奏:ウィーン管楽合奏団 / ヴォルフガング・シュルツ(フルート )、ゲルハルト・トゥレチェック(オーボエ )、ペーター・シュミードル(クラリネット )、フォルカー・アルトマン(ホルン )、フリードリヒ・ファルトゥル(ファゴット )
収録曲:自動オルガンのための幻想曲(アダージョとアレグロ )ヘ短調 K.594、同幻想曲 ヘ短調 K.608、同ワルツ(アンダンテ )ヘ長調 K.616(以上、モーツァルト )、ディヴェルティメント(伝ハイドン )、「笛時計のための7つの小品 」(ハイドン )、音楽時計のためのアダージェットとアレグレット(ベートーヴェン ) 
録 音:1980年 8月 ウィーン、ゾフィエンザール
音 盤:デッカ=ロンドン(ポリドールPOCL-2210 )


 今回のストーリーの中に登場する「ラウドン将軍の霊廟 」のために作曲された作品とは、K.608 の「幻想曲 」だったとされています。
 ダイム伯爵 Joseph Graf Deym von Stritez (1752 - 1804 )委嘱の 自動オルガンのために作られた三曲は、いずれも四声で書かれ、のちにモーツァルト自身の手によって四手ピアノ用に編曲された楽譜が出版されました。このディスクは 1980年当時のウィーン・フィル主席管楽奏者たちによる 速めのテンポでまとめられた演奏ですが、木管アンサンブルへのアレンジの基本になったのは その楽譜です。
 当時 この自動楽器のために、モーツァルトだけでなく ハイドンベートーヴェンも依頼を受けて作品を残しました。このディスクでは それらを一度に聴くことが出来ますが、もしミュラーの機械仕掛けの自動楽器が現存していれば、ぜひその音を聞いてみたいものでしたね(惜しくも行方不明とのこと )。
 この収録曲の中で 興味深いのは、ハイドンの作として伝えられてきたディヴェルティメント(「聖アントニウス 」 )が聴けることです。のちにブラームスが「ハイドンの主題による変奏曲 」の“テーマ”として起用した、あの有名な旋律とは このディヴェルティメント第2楽章「聖アントニーのコラール 」ですが、石井宏氏のお書きになられた詳細なライナー解説に拠れば、実際にはハイドンの作曲ではなく、イグナツ・ヨーゼフ・プレイエルの作品だという説が 今日(こんにち )では有力なのだそうです。 ホフシュテッターの「セレナードと似たことですね。一方「笛時計のための7つの小品 」のほうは 正真正銘ハイドンの作ですが、興味深いことに この終曲のアレグロは 彼の弦楽四重奏曲第71番変ホ長調からの転用です。
 この価値ある一枚は しばらく入手困難でしたが、数年前 タワーレコードから突然復刻されました(PROA-210 )。しかも1,000円で(! )、祝 & 拍手・・・。

モーツァルト 木管五重奏曲集_アンサンブル・ウィーン = ベルリン(SRCR-8960 )
「モーツァルト 木管五重奏曲集 」
演 奏:アンサンブル・ウィーン = ベルリン / ヴォルフガング・シュルツ(フルート )、ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ )、カール・ライスター(クラリネット )、ギュンター・ヘーグナー(ホルン )、ミラン・トゥルコヴィチ(ファゴット )

収録曲:弦楽五重奏曲第2番ハ短調K.406(木管アンサンブル版 )、自動オルガンのためのアダージョとアレグロ(幻想曲 )ヘ短調K.594、 同幻想曲 ヘ短調K.608、同アンダンテ ヘ長調 K.616
録 音:1984年 8月18~21日 ザルツブルク
音 盤:ソニー・ミュージック エンタテインメント(SRCR-8960 )


 上記のデッカ盤の4年後 フルート奏者のヴォルフガング・シュルツは、今度はウィーンとベルリンの名門オーケストラの首席奏者たちによって結成された木管五重奏団「アンサンブル・ウィーン = ベルリン 」の一員として、前述のモーツァルト「自動オルガンのための 」三曲を ここで再演したことになります。シュルツ以外はメンバーが異なるので当然ですが、ふたつの解釈は全く違っていて、デッカ盤がさしずめ機械的な自動演奏を意識したものとすれば、こちらアンサンブル・ウィーン = ベルリンのソニー盤は、情緒豊かで人間的な(? )演奏です。
 また 脱線してしまいますが、実は私にとって このディスクの中で本当に興味深い演奏は、カップリングされている 弦楽五重奏曲第2番ハ短調 K.406木管アンサンブル版のほうなのです。この曲は 元々はモーツァルト自身が1782年に作曲した「管楽セレナードK.388 」が原曲でした。これは管楽器8本による編成(オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2 )でしたが、基本が五声であったことから おそらく容易に弦楽五重奏に編曲可能だったものでしょう。
 ちなみに 弦楽五重奏曲の楽譜から さらにこのレコーディング用にと 特別に新しい楽器編成(フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット )への編曲の手を加えたのは、ヴェルナー・ロットラーです。


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コメント

yonepon1962 さま!

見識のコメントを、どうもありがとうございます。
私も「1年前 」の作品を あらためて 聴き直してみたくなりました。
・・・さて、間もなく「最期の年 」にも K.614(変ホ長調 )が登場します。これには どんなストーリーをつけようか、今 あれこれと考えております。自由勝手なフィクションではございますが、ある程度までは 史実に沿って骨組みを作り、特に 音楽史を 詳しくご存知でいらっしゃるかたほど 読んでニヤッとして頂けるような工夫を 散りばめてゆきたいと思っております。どうぞ ご支援くださいね。
yonepon1962 さまの 楽しい シルキーシックスhttp://blog.livedoor.jp/yonepon1962/ にも ときどき お伺いします!

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

最後の年・・・の1年前

はじめまして。興味深く読みました。
たくさん名作がひしめく最後の年に比べて、
異様に曲が少ない1年前。
それに惹かれて、KV593やコシファントゥッテを愛好しています。
またお邪魔します。

URL | yonepon1962 ID:-

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