本記事は 8月 2日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。



スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら



~ ここまでの あらすじ ~ 
 
 W.A.は、物心ついた幼時から その掌(たなごころ )に 銀の小笛を隠してきた。手のひらを開けば、そこには いつでも小指ほどの長さのが現れて、主人であるW.A.に ひそかに手を貸してきた。銀の小笛 W.A.自身の楽想の源であり、彼の才能そのものだった。
 1791年の初め、W.A.は 愛するコンスタンツェとの結婚をずっと許さない彼女の実家ウェーバー家を納得させるために、シュテファン教会楽長という名誉職に就任する可能性を求め、旧友ロイトゲープに勧められるまま、今は病床にある 教会の現職楽長ホフマン師を訪問する。
 しかしホフマン楽長W.A.の楽才は認めるものの、すでに後継はジュスマイヤーという若者に決めていることを告げ、しかもW.A.には ジュスマイヤーが 将来 教会楽長としての職務が務まるように指導してやってほしいと 逆に要請。
 困惑し、断ろうとするW.A.に、ホフマン師は もしW.A.が 依頼を引き受ければ コンスタンツェと結婚できる秘法を明かすことを約束する。それは、今年のクリスマスまでに W.A.の作曲に対し 心から感謝の言葉を発する者が 最低5人でも現れたら、その瞬間 コンスタンツェは、いかなる境遇にあろうと、めでたくW.A.の妻になっている - というものだった。容易なことのように思え、内心喜ぶW.A.。では逆に もし期限たるクリスマスまでに 5人から感謝の真心を 得られなかった場合には・・・? ホフマン師は 答えた。
「その時には、この老いぼれた わしよりも先に、お前自身の生命(いのち )の灯(ともしび )が 消え失せるであろう -  」


 雪のシュテッフェル
(6)思い出の中にある音楽
 
 その見上げるばかりの威容を誇るシュテファン大聖堂が 黒く巨大な影を落とす真冬のウィーンの凍りついた街路を、厚いコートを着込んだ二人連れの男が 今、足早に通り過ぎようとしています。

「うれしいなあ、私。憧れていたモーツァルト先生に これから音楽を教えて頂けるなんて 」
長身の若者がうきうきしながら 連れ立った年上の相手に話しかけました。彼に「モーツァルト先生 」と呼ばれた30代の男は、隣を歩く若者より30cmは背の低い、そして 今はちょっぴり表情も青ざめている 小柄なW.A.です。
「ところでジュスマイヤー君は、ぼくが幼い頃にイタリアで得た名誉ある受章歴を、なぜ あんなにも詳しく知っていたの? 」
さきほどホフマン楽長の屋敷で、この青年が披露した自分の経歴に対する正確な知識に驚いたW.A.が これをジュスマイヤーに尋ねると、彼は明るく答えました。
「なぜって、先生はずっと私のアイドルでしたからね。先生がここウィーンで ご活躍を始めた当時、私は まだウィーン郊外の修道院で聖歌隊員として歌っていましたが、その頃 音楽の基礎を仕込んでくれていた年配の修道士が、モーツァルト先生が主催していた素晴らしい予約演奏会へ 私を連れて行ってくれたのですよ 」
「へぇ・・・その晩の 印象に残っているプログラム、何か記憶してるかい? 」
「はい、先生ご自身がソリストを務めておられたクラヴィーアとオーケストラのための協奏曲も素晴らしかったですが、その晩は 宮廷歌劇場から有名な歌手が何人も来ていて・・・特にバリトン歌手が素晴らしかったなあ。ほら、先生の有名なオペラ『フィガロの結婚 』から『もう飛ぶまいぞ、恋の蝶 』を、実に格好よく歌ったのですよ。あの晩のわくわくするような感動は、決して忘れられません 」

 それを聞いてW.A.は 思わず心の中で 小さくため息をつきました。その晩のことは覚えている・・・聴衆も満員だったし、演奏も満足のいく 大成功のコンサートだった。・・・しかし ウィーンでの彼の人気は、もう以前とは異なり、ここ数年来 急落していたのです。今年などは 申し込みが少な過ぎて 恒例だった予約演奏会を開くことさえ難しい状態だったことを、W.A.は思い出したのでした。
「ぼくは 君に期待されるほど よい教師ではないよ 」
と、呟くW.A.の声があまりに小さくて 耳に入らなかったらしいジュスマイヤーは、無邪気に話し続けました。
「さあ、モーツァルト先生、これからは何でもおっしゃってくださいねー。私は 先生のお仕事のお手伝いをしながら 学ばせて頂くつもりです。音楽だけではありませんよ、掃除でも洗濯でも使いでも どうか何なりとおっしゃってください 」
「うん、・・・ありがとう 」

 その時、W.A.は 宮廷から別の仕事を依頼されていたことを 思い出しました。 ― そうだった、急ぎの用件が もうひとつ残っていたではないか・・・
「何ですか ?」
楽しそうにジュスマイヤーが顔を近づけてきます。
「決まっているだろう、作曲だよ 」
「わお、それは早速に素晴らしい! オペラですか、コンチェルトですか 」 
「・・・いや、ダンス音楽だよ 」
無表情に W.A.は 答えます。
「だ、ダンスですか。モーツァルト先生が? 」
新年が明けて、御公現の祝日で始まった今シーズンは 例年より寒かったせいか、当初 宮廷の名簿に登録されていた貴族の子女の参加人数が、スタートしてみたら大幅に増えていたことが 王宮ではちょっとした話題になっていました。皇帝への有力貴族の裏工作もあったらしく、王宮の大小ホールで同時に開催される舞踏会の回数が、予定されていた1.5倍もの量に突然 追加されてしまったため、そのためのダンス音楽も 急に必要になってしまったのでした。
「ダンスの楽曲なんて、効率よく同じ音楽を使い回せば良いではありませんか 」
と、宮廷のしきたりに詳しくないジュスマイヤーが、不思議そうに口をはさむのを聞いて、思わずW.A.は 久しぶりに笑うことができました。
「ははは、王宮の舞踏会だぞ、演奏されるのは 基本的に新曲だけと決まっているんだよ 」
「でも 先生。ダンス音楽なんて 貴族の踊りの役に立てば良いだけの機会音楽ですよね。どこの舞踏会場に行っても 実際には 楽団の奏者は同じような音楽を 演奏していますよ、あのサリエリだって - 」
「Jeeeetzt ! サリエリなんかと一緒にするな。ジュスマイヤー君には、ぼくモーツァルトが作るダンス音楽は一味違うぞ っていうところを、ご覧にいれちゃおうかな 」
「わお、待ってました! 」
「ふふん、それでは 君の思い出の中にある、ぼくの『もう飛ぶまいぞ 』のメロディ、今も記憶しているかな? 」
「もちろん おぼえていますとも、忘れっこありません。歌ってご覧にいれましょう。 エヘン エヘン、良いですか - ♪ Non più andrai farfallone amoroso、Notte e giorno d'intorno girando・・・ 」
本来バリトンが歌う低いメロディを 忠実にハ長調で、しかし高い声質のジュスマイヤーには 低い声が出ないらしく、苦労して一オクターヴ上げながら歌うのを聴かされたW.A.は 激しく笑い転げつつ、
「とてもいいね、ジュスマイヤー君。君は 本当にぼくの音楽が好きなんだね。それがわかるよ、とても嬉しいよ 」
と、お腹を抱えながら 言いました。
「その『フィガロ 』のメロディを使って、舞踏会のダンスを一曲作ってやろうと、今 思いついたところさ 」
「先生、それって・・・ 『もう飛ぶまいぞ、恋の蝶( = 貴族が貴族でいられる時代は もうこれまでよ ) 』っていう歌詞のメロディを使って、まさに当の貴族の子女たちを 踊らせようっていう魂胆ですか 」
W.A.は ジュスマイヤーの察しの良さと 意外な賢さに、少し驚きました。
「なかなか鋭いねえ、ジュスマイヤー君は。でも それは、誰にも言っちゃダメだよ。ぼくと君との 二人だけの秘密ということにしようね(忍び笑い ) 」
ジュスマイヤーも その共犯者となるのを覚悟したかのように、一緒に声をひそめました。
「音楽は歌詞がなければ、それはただの音楽ですからね。誰にも咎められませんよ(笑 ) 」

 そして、くるりとW.A.のほうを振り向くと、今度はジュスマイヤーが尋ねました。
「では、先生ご自身の 思い出の中にある音楽とは、何ですか 」
「そうだな・・・ 」
と、W.A.は 自分のあごを撫でながら 凍りついた舗道に立ち止まって考えました。
「 - ぼくに音楽の手ほどきをしてくれた父の名前もレオポルドといってね・・・ 」
ジュスマイヤーは ふんふんと頷きながら聞いています。
「ホフマン楽長と同じ名前だろう、実はね 顔も楽長にそっくりだったんだよ。だから さっきホフマン師のお屋敷で 初めてお目にかかった時、そりゃ 驚いたさ 」
そう話すW.A.の傍らを 郵便馬車が氷結の石畳上を切り裂くような音を立てながら そりを引いて通り過ぎてゆきました。
「・・・その父が 若い頃に作曲した『そりすべり 』という組曲があってね。それは 雪の中、そりを引いて舞踏会に出掛けるっていう音楽なんだけど、実際に そりの鈴や御者の鞭を打楽器として楽団の中に持ち込んだりする発想の、それはとても楽しい曲で 大好きだったんだ。それがぼくにとっての 思い出の音楽かな 」
それを聞いてジュスマイヤーは、手を叩いて喜びました。
「先生、お父さまの その素敵なアイディアをお借りして、舞踏会のダンスを もう一曲 作ってみたらいかがですか 」
「え、『そりすべり 』かい? ・・・うん、それもオモシロイかも知れないな 」

 もうその頃には 自分の掌の中で、ジュスマイヤーには隠している 銀の小笛が、その豊かに溢れ出す楽想の処理に困って暴発するのを必死に堪(こら )えながら じたばたと もがいていることを、W.A.は すでにわかっていました。
 そこで 今は小笛が飛び出さぬように、掌をぎゅっと握りしめて拳(こぶし )を作ると、元気を取り戻したW.A.は、ジュスマイヤーの肩を軽く叩くと、歩く速度を速めて言いました。
「さあ 急ごうか、おかげで山ほど楽想が湧いてきたよ。ジュスマイヤー君には パート譜の写譜をどっさりやってもらうことになるだろう、頼むぞー 」
「わお! 」
凍りついた雪道の上を 転ばぬよう注意しながら、二人は小刻みに走り出しました。

  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


 ■ 今宵 聴く音盤
 Berlin Classics(0093752BC ) Hermann Prey
 歌劇「フィガロの結婚 」から アリア「もう飛ぶまいぞ、恋の蝶 Non piu andrai, farfallone amoroso 」
 ヘルマン・プライ(バリトン独唱 )Hermann Prey
 オトマール・スイトナー 指揮 Otmar Suitner ,
 ドレスデン・シュターツカペレ Dresden Staatskapelle
ヘルマン・プライ、モーツァルト・オペラ・アリア集より
併録曲:

歌劇「魔笛 」から Act I: Der Vogelfanger bin ich ja、Act II: Ein Madchen oder Weibchen wunscht Papageno sich、Papagena ! Papagena ! Papagena !  
歌劇「コシ・ファン・トゥッテ 」から Act I: Rivolgete a lui lo sguardo、Act II: Donne mie la fate a tanti a tanti
歌劇「ドン・ジョヴァンニ 」から Act I: "Champagne Aria" Finch'han dal vino、Act II: Deh, vieni alla finestra、Act II: Meta di voi qua vadano、Act I: Ho capito, Signor, si !
歌劇「フィガロの結婚 」から Act I: Bravo, signor padrone! - Se vuol ballare, Signor Contino、Act IV: Tutto e disposto - Aprite un po' quegl'occhi、Act III: Hai gia vinta la causa! - Vedro, menter'io sospiro
録 音:1965年頃
音 盤:Berlin Classics(0093752BC )

 このディスクは、名歌手の よくある安易なコンピレーション盤などではなく、最初からヘルマン・プライをソリストに予定して「バリトンのアリア集 」として企画されたセッション録音でした。全曲どの歌唱も それは素敵な仕上がりです。
 「フィガロ 」と言えば、長くクラシック音楽を愛好してこられた皆さまなら、やはりいまだにプライの声を思い起こす人が多いのではないでしょうか、あの完璧なベーム(D.G. )盤の印象で。しかし もともとプライの持ち役が 実は「アルマヴィーヴァ伯爵 」だった(! )ことは意外に知られていません。レコーディングの都合上フィッシャー=ディースカウに役を譲ったのだそうです(・・・が、それはまた 別の機会に話題にしましょう )。
 アリア「もう飛ぶまいぞ 」で 最盛期の張りのある若きプライの個性的な美声を支えているのは、名門ドレスデン・シュターツカペレの弦セクションが刻むリズムの心地良さ。そして後半で聴かれる素晴らしいティンパニの音は、まさにこの時代の空気を震わせるドレスデンの太鼓の音です - それは たとえばルドルフ・ケンペR.シュトラウス交響詩「ツァラトゥストラ 」(EMI )の冒頭とか ヴォルフガング・サヴァリッシュシューマン交響曲全集(EMI )ならば随所で、その無比なる素晴らしい音響を確かめることが出来るでしょう。


 TUDOR-737.jpg
レオポルド・モーツァルト作品集
ディヴェルティメント ヘ長調「音楽のそりすべり 」 - 第1曲「導入曲 」、第2曲「鈴の音 」、第3曲「馬の身震い 」、第4曲「行進曲 」、第5曲「鈴の音 」、第6曲「寒さに震える 」、第7曲「舞踏会 」、第8曲「ドイツ舞曲 」
 ハンス・シュタットルマイヤー指揮
 ミュンヘン室内管弦楽団
 併 録:
おもちゃの交響曲、交響曲ニ長調、シンフォニア・ダ・カッチャ「狩りの交響曲 」
 音 盤:海外盤(TUDOR-737 )
 こちらはモーツァルトの父レオポルドの作品ばかりを集めた興味深い一枚です。
 モーツァルトが その晩年に作曲したドイツ舞曲「そりすべり 」で 手本にしたに違いない レオポルド楽曲の楽しいオリジナルな発想を、ご自分の耳で確かめることが出来る、これは そんな魅力的なアルバムです。

 ↓ 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ  
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)