スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(3)ホルン吹き ロイトゲープ

 翌朝、玄関のドアを乱暴にノックする音でW.A.は 目を覚まされました。
「こらー、いつまで寝てるつもりだ。起きろ、ヴォルフィー! 」
「・・・あのロバのような声は ライトゲープ親父に違いない。相変わらず やかましいなー 」
微笑みながらベッドの中で一度大きく伸びをすると、起き上がったW.A.は 寒さにふるえつつ 玄関ドアまで自分の身体を やっとこさ運んでいくと そのカギを開けました。すると ドアの外から香ばしい香りと共に 焼きたてのパンと 巨大なモッツァレラ・チーズの塊とが ぬっと突き出されます。
「ほーら、今朝も パンとチーズを恵んでやる。ありがたく思えよ、小僧 」
そこに 人懐っこく笑っているのは、ザルツブルク時代から モーツァルト家とは家族ぐるみの仲だった ホルン奏者のイグナツ・ロイトゲープでした。

 優秀なホルン奏者として かつてザルツブルクの宮廷オーケストラに在籍していた頃、同僚のヴァイオリン奏者だったレオポルド・モーツァルトと親しくなり、その息子だった7歳の天才W.A.に初めて出会った時は すでにロイトゲープは31歳でした。しかしW.A.の楽才が、この二人の24歳という年齢差を超え、それ以後 現在に至る長きに渡っての友人関係を成立させることになったのでした。
 その後 ロイトゲープは1777年頃ザルツブルクからウィーンへ移住し、チーズ製造と販売を営む商人の娘バルバラの婿養子となって 妻の実家のチーズ業を引き継ぎながら 立派にホルン奏者としても活躍していました。

「いつもながら 口がわるいな、ライトゲープ親父 」
「ロイトゲープだ、小僧。ザルツ訛りが 未だに抜けないようだな。田舎者め 」
ロイトゲープは 口調はとても乱暴でしたが、まるで本当の肉親のような優しい微笑みをW.A.に浮かべて言いました。
「お前の父レオポルドは 俺の心の友だった。逝ってしまって寂しいけれど、ヴォルフィ、お前がウィーンにいる間は 俺がお前の父親代わりだと言っただろう。しっかりと感謝しろよー 」
ロイトゲープは ウィーンの街の庶民の情報に たいへん詳しかったので、世事に疎いW.A.に いつも最新のニュースを教えてくれる貴重な存在でした。W.A.は 亡き父レオポルドの思い出を話題にされたことに苦笑しながら 薪に火をつけ、お湯を沸かすため ケトルを暖炉の上に乗せました。
「ホント恩着せがましいんだから。第一そのパンとチーズだって、どうせまた お前んとこの奥さん - バルバラさんの工房からくすねてきてくれたんだろ。先週 街でばったりバルバラさんにお会いしたから、『いつも チーズ ご馳走さまです 』ってお礼を言ったら、変な顔されちゃったじゃないか 」
これを聞いて思わず爆笑するロイトゲープ、もし他人が傍からこの様子を見ていたら、これほど年齢の離れた二人の男がタメ口を叩き会っているのを聞く限り、二人はきっと親子に違いないと思うことでしょう。
 やがてケトルから蒸気の噴き出す快い音に耳を澄ませながら、ロイトゲープは、奥で部屋着に着替えているW.A.に声をかけました。
「お前も いつまでも独身のままじゃ 体裁が悪いだろう、ヴォルフィ。いまだに あのウェーバー家の娘にご執心なのか? コンスタンツェさんとの結婚が無理そうだったら さっさと早い所 あきらめて、もっと若い他の娘と身を固めたらどうだ 」
この言葉に W.A.は 独り言をつぶやくように、ロイトゲープに 自分の胸の内を打ち明け始めました。
「実際のところ、ボクはこのままだと 本当にコンスタンツェとは一生結ばれないような気がするんだ。ウェーバー家では ボクのことを売れない楽師としか見てくれてないし。ウィーンの宮廷では アントニオ・サリエリなど イタリア人の作曲家ばかりが幅を利かせているから、ボクにはろくに仕事が回ってこないんだよ。状況を好転させるような実績をつくろうとして、去年なんかフランクフルトまでの演奏旅行を自前で企画したけれど とても成功したとは言えない骨折り損のくたびれ儲け、ひそかに探した地方都市での転職先も 結局見つからなかったし・・・ 」
そうなのです、W.A.は 10年前 - 1781年 - ここウィーンへ移住してきて以来 ずっと親密に交際を続けていながら 愛し合うコンスタンツェ・ウェーバーと 未だに結婚出来ずにいたのでした。それは、彼女の実家である 堅実なウェーバー家が 将来性を認められない 浮沈も激しい一介の音楽家に 大事な娘を嫁がせることを 決して許さなかったためでした。
 W.A.は 胸に拳を当てて ため息をつきました。
「ああ、愛しいコンスタンツェ・・・先が見えない不安で 焦燥感ばかり募るよ 」
「お前の愛しいコンスタンツェは 今 ウィーンの実家にいるのかい 」
「いや、体調を崩して 今 バーデンの温泉療養へ行かされてるそうだ。と言っても 本当かどうかわからないよ、ウェーバー家のやつらったら コンスタンツェをぼくに会わせようともしないんだ。もう半年近くも顔を見ていないし、手紙の返事も届かなくなった・・・ 」
ロイトゲープは 心底気の毒そうにW.A.のそんな様子を見ていましたが、ようやく沸いた熱いお湯を コーヒーポットに注ぎながら、W.A.を元気づける話題を思いつきました。そして
「そうだ! 良い情報があるぞ、ヴォルフィ 」
と努めて明るく言うと 窓辺に近づくなり さっとカーテンを開きました。
外から明るい陽ざしが部屋いっぱいに注ぎ込みます。明け方まで降り続いていた雪が、窓の向こう遥か遠くに見えるシュテファン教会の外壁一面に凍りついています。
「あれが見えるか。あの大聖堂の・・・ 」
と、そこまで言いかけると ロイトゲープは声をひそめました。
「・・・カペルマイスター(楽長 )、レオポルド・ホフマンが 今、病気で在宅療養中なのを お前、知っているか 」
しかしW.A.は無邪気に首を横に振ります。
「へえ、そうだったの。ボクには面識はないけれど、シュテッフェルの楽長ホフマン師と言えば、もう相当 高齢だそうだね 」
「そのカペルマイスターになれば 給料いくら貰えるか 俺は知ってるんだぜ 」
「? 」
「年棒2,000グルデンだ。お前が一番売れていた頃 - 10年位前だったかな - の収入と同じくらいあるんじゃないか。これに日常 使う必要な薪やろうそくはもちろん、楽譜の紙やインクまで現物支給で与えられるんだぜ、悪くはねえだろう 」
「それは どういう意味だ。どうして急にそんな話をする、ライトゲープ親父?」
「ロイトゲープだ。まあいい、お前ほどの力量があれば ホフマン師の後継を狙えるぞってことだ、ヴォルフィ 」
「・・・ 」
「シュテファン大聖堂の楽長と言えば、何より名誉職でもある。あの仕事は 皇帝からではなく、ウィーン市当局から任命される職務なんだよ。もし任命されたら、お高くとまっていやがるウェーバー家もきっとお前も見直すようになるぜ。お前が そういう誉れ高い地位に就けば、コンスタンツェとの結婚も許されるんじゃねえか? 」
しかし、たとえ将来 楽長の後任に就けたとしても、そのような重責がお気楽な自分に務まるだろうか - と、一瞬 頭の中で思い巡らしながら、W.A.はひそかに握りこぶしを そっと開いてみました。すると、昨晩「春への憧れ 」を作曲していた時には 姿を現さなかった筈の 銀の小笛 が、今朝は まるで主人を元気づけるかのように、W.A.の掌の中で一瞬キラリとウインクしてみせるではありませんか。

「ヴォルフィ、お前なら ウィーンには一般市民の友だちも多いだろう、絶対推薦してもらえるさ。それには まず大聖堂現職楽長ホフマンの補佐という立場に今のうちに就いておくべきだろう。チャンスだぞ、これに志願するんだ 」
W.A.は ポットから来客用のカップにコーヒーを注ぎながら、深く決意して頷きました。
「ありがとう、親父。ボク やってみるよ。今日は このあとオーフェルベックの出版社に楽譜を届ける約束があるから、明日にでも ホフマン楽長のお屋敷へ 挨拶に伺うことにしようかな 」
ロイトゲープは 一生懸命 W.A.に 知恵を授けます。
「見舞いに行くんだよ、あくまでな。花束を持ってな。それから お前が作った教会音楽を何か、忘れずに 持って。何かあるだろう 」
「えーと、もうずっと教会音楽とは縁がなかったから 今は 何も手元にないなあ・・・ 」
「お前のことだ、今日中に コラールでもモテットでも 大急ぎで 作ってしまえよ 」
そう言い放つと、ロイトゲープは ピアノの上に置かれた「子どものための歌曲 」の楽譜を手にとり、
「今日 出版社へ持っていくのって、この童謡か。届けに行くだけだったら、これから お前の代わりに 俺が出版社へ行ってきてやらぁ 」
「えー、悪いよ・・・ 」
「気にするな ヴォルフィ。善は急げだ。ふふん、お前 俺に感謝しているかー? 」
「もちろん、いつも思いっきり感謝しているさ、ライトゲープ親父には 」
「ロイトゲープだ、小僧。じゃ、それなら・・・ 」
と、その身を仮そめのチーズ商人にやつしたホルン吹きの老人は ニヤッと人なつこい笑顔を浮かべると おもねるように言いました。
「・・・俺のために 新しいホルン協奏曲を 早いところ頼むぜ 」
と、突然 意外な方向へ話題が逸れたことに、W.A.は 面食らいました。
「お、親父にはホルン・コンチェルトを もう3曲も作ってあげたじゃないか 」
「だって約束しただろ、2年以上も前に。ふふん、さては忘れやがったなー 」
と、不満げにロイトゲープは 熱いコーヒーを一口すすり、自分が持ってきたパンを一切れ千(ち )切ると ポイッと自分の口に放り込みました。そして
「さすがに歳のせいかなー、ここ最近 高音を長く安定的に伸ばそうとすると どうにも息苦しくて難儀なんだな。ヴォルフィ、次は ちょっと考慮してくれねえかな 」
と、本数も減った歯で むしゃむしゃとパンをしゃぶるようにかんでいる初老の男を横目で眺めながら、W.A.は 彼に聞こえないほどの小声で そっとつぶやくのでした。
「ライトゲープ親父も 今年でもう59歳だったかな・・・ふふん、大好きなあんたのために ちゃんと約束のホルン協奏曲、こっそり作っている最中さ。最適のニ長調でね、まだ途中だけど 第1楽章はとっくに完成しているし、第3楽章も もう殆ど仕上っているのさ。そうそう、楽しい悪戯を仕掛けておくからね。うふ、いつか楽譜を見て驚くなよー(忍び笑い ) 」
その傍らでは 銀の小笛もくるくると回りながら、まるで主人に同意するかのように W.A.の掌で 再び光を放ちます。・・・それは、もちろん ロイトゲープに気づかれぬように。

 ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


■ 今宵の一枚
 バウマン_アーノンクール_ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス_モーツァルト ホルン協奏曲全集(1973 ) ヘルマン・バウマン Hermann Baumann 
ホルン協奏曲第1番ニ長調 K.386b.
 (併録 : 同第2番変ホ長調K.417、同第3番変ホ長調K.447、同第4番変ホ長調K.495 )
 ヘルマン・バウマン(ナチュラル・ホルン )
 ニコラウス・アーノンクール指揮
 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
録 音 : 1973年11月 & 12月
音 盤 : ワーナーミュージックジャパン(WPCS-5973 )

  80年代以降にモーツァルトを聴き始めた若い皆様方なら、彼が残した4つのホルン協奏曲のうち 実は この第1番ニ長調K.386b.(412 )が 1791年モーツァルト最後の年 )に作曲された、この楽器による「4番目の協奏曲であり、結局その死によって未完成に終わってしまった という事実を、もうすでによくご存知でいらっしゃることと察します。しかも意図せずに緩徐楽章を欠いたため 「第2楽章 」と呼ばれることになってしまったロンド楽章には、あの「レクイエム 」を補筆したモーツァルトの弟子クザヴァー・ジュスマイヤーのペンが ここでも加わっていた - という驚きの新事実も・・・。
 当時のそれまでの定説を全く覆してしまった 音楽学者アラン・タイソンによる 衝撃の情報を初めて読んだ時、子供の頃からデニス・ブレインカラヤン/フィルハーモニア管弦楽団による(擬似ステレオの )EMI盤で親しんできた程度だった私 “スケルツォ倶楽部 発起人 にとって、それは 相当の驚きではありましたが、しかし同時に 心のどこかで 実は「とても腑に落ちる結論だ 」と感じたこともまた 今でもはっきり記憶しています。
 それは、ロンド楽章(本来の第3楽章 )の途中に現れる 独奏ホルンが弦とユニゾンで演奏する歌謡調の経過句部分が ひどく間延びするものですから、いつ聴いても何だか落ち着かない気持ちになってしまっていたためです。ですから、これがジュスマイヤーによって引用・挿入された当時の俗謡「エレミアの哀歌 」の旋律だったということを初めて知った時、ああ良かった、「この部分は やはりモーツァルトの作曲じゃなかったんだ 」という安堵に似た気持ちと 自分の勝手な直観が間違っていなかった(! )という自己満足に近い感情が湧いたのでした。
 今宵のおススメの一枚は、今となっては 少し古い録音となりましたが、名手バウマンによるナチュラル・ホルンの演奏です。
 その思い切りよく鳴り響く恰幅の良さは比類なく、近代以降のヴァルブ・ホルンによる演奏とは異なり 自然倍音と特殊なストップ奏法(ゲシュトップ )とをバウマンが 自由自在 巧みに操っている様子が はっきりと その音色から手に取るように判るのです。アーノンクールウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのサポートも そこまでやるかという覇気と勢いに溢れた 魅力的な演奏、バウマンの豪快なナチュラル・ホルン奏法と 見事に釣り合っています。

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