スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真) 目次は こちら

(22)モンテヴェルディ 「ポッペーアの戴冠 」
   ネロ帝(ネローネ )を演じる


■ 1963年 ウィーン国立歌劇場へ復帰する
 1963年 2月15日 および3月24日、カラヤンは 自身が芸術監督を務めるウィーン国立歌劇場で お気に入りの ワーグナー「ラインの黄金 」単独上演を行なっています。
 主要なキャストは、ハンス・ホッターによるヴォータンエバーハルト・ヴェヒタードンナーアントン・デルモータフロー(3月24日は ヴァルデマール・クメント に交替 )、イーラ・マラニウクフリッカゲルダ・シェイラーによるフライアアロイス・ペルナーシュトルファーアルベリヒペーター・クラインによるミーメなど 常連メンバーですが、今回は ゲアハルト(ゲルハルト)・シュトルツェローゲ役に復帰しています。前年からの体調不良から再起復活しての登場は、カラヤンを含め 関係者全員から 大いに祝福されたことでしょう。
 そして 翌月4月には さらに「意外な 」上演プロジェクトに シュトルツェは参加することになります。 ・・・それは何と モンテヴェルディでした。

■ 1963年「皇帝ネローネ(ネロ帝 ) 」
 ~ モンテヴェルディ : 歌劇「ポッペーアの戴冠 」

 「ポッペーアの戴冠」カラヤン ウィーン国立歌劇場管弦楽団(D.G.) シュトルツェ演じるネロ帝(左)
 (左から)ディスク表紙、舞台で ネロ帝に扮するシュトルツェ

モンテヴェルディ
歌劇 「ポッペーアの戴冠(エーリヒ・クラークによる1963年版 ) 」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団、
  セーナ・ユリナッチ(S. ポッペーア )、
  ゲアハルト・シュトルツェ(T. 皇帝ネローネ )、
  マルガリータ・リロヴァ(Ms. オッターヴィア )、
  オットー・ヴィーナー(Br. オットーネ )、
  カルロ・カーヴァ(Bs. セネカ )、
  グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S. ドゥルシッラ )、
  マレイ・ディッキー(T. 小姓、ルカーノ )他
録音:1963年4月1日(ライヴ )ウィーン国立歌劇場
音盤:ドイツ・グラモフォン(ポリグラムPOCG-10094~5 )

 
 このディスクは、ゲアハルト・シュトルツェが扮する皇帝ネローネという 意外なキャスティングが聴ける楽しみ以上に、この時期のウィーン国立歌劇場における たいへん意欲的で 興味深い公演の記録でもあります。
 
 モンテヴェルディ_Claudio Monteverdi
 1642年秋に初演された ↖ モンテヴェルディ Claudio Monteverdi (1567-1643 )作曲の歌劇「ポッペーアの戴冠 」は、古代ローマの史実をテーマに、ブゼネッロ(1598-1659 )の協力を得て 作曲者自身が台本を作成したものと伝えられています。
 
 その内容は、皇帝ネローネと不倫関係を続けるポッペーア(ネローネの親友にして家臣オットーネの妻 )が、為政者にあるまじき不道徳であると諌(いさ )める哲学者セネカを自決に追いやり、双方の配偶者も排除して めでたく皇后として戴冠する、という たいへん不条理な物語です。
 ネロ帝の頭部像(古代ローマ時代 ) ポッパエア・サビナ像
(左 )ネロ帝の像
(右 )ポッペーアの像 (いずれも古代ローマ時代 Wikipedeia より )

 
 尤も、史実では ポッペーアは その後 ネローネに癇癪から蹴り殺され、またネローネ自身も失脚して 悲惨な最期を遂げることは、世界史にお詳しい方ならすでにご存知のとおり(ちなみに ポッペーアの元夫だったオットーネは、逆に その後 力づくでネローネから三代後の皇帝に即位することになります )。

■ スコアの不完全な「ポッペーアの戴冠 」を いかに上演するか 
 さて、このモンテヴェルディの遺作「ポッペーアの戴冠 」は、後世の筆写譜しか現存せず、その楽譜でさえ 楽器の指定はもちろん 声楽部分と通奏低音しか書かれていないのだそうです。けれど「声楽部分と通奏低音 」・・・って、見方を変えれば「メロディとバス進行 」という、音楽を構成する上で 必要最低限の要素は残されている、と言い換えることもできます。この隙間を埋めようと食指を動かす補筆志願者は 結構たくさんいたのではないでしょうか。
 実際、このオペラを披露しようとする演奏者団体、もちろん監督 / 指揮者等は、公演の都度 聴衆からモンテヴェルディの音楽への見識を厳しく問われることになるでしょう。カラヤンは 本公演では果たしてどのような「見識 」を見せたでしょうか。
 リチャード・オズボーンの「ヘルベルト・フォン・カラヤン ( 木村博江=訳、白水社 ) 」から、この上演について書かれた個所を 以下、引用させて頂きましょう(青字 )。
 ヘルベルト・フォン・カラヤン_0003 Karajan in Conversation (D.G.)
 (左 )「 ヘルベルト・フォン・カラヤン (下巻 ) 」 白水社 表紙
 (右 )カラヤンリチャード・オズボーン( 70年代 D.G.特典盤インタヴュー・レコード表紙より )


 - (1963年 ) 3月には、思いがけない大成功がウィーン国立歌劇場を活気づけた。新演出によるモンテヴェルディの「ポッペア(ポッペーア )の戴冠 」である。ドイツ人の音楽学者で自称「音の演出家 」エーリヒ・クラークが新たに校訂した版を使い、カラヤンがみずから指揮したものだった。そこではモンテヴェルディへの新しいアプローチがとられていた。(中略 )「迫力のある 」「輝くばかりに美しい 」という言葉が、ウィーン国立歌劇場の「ポッペア 」の批評では頻繁に使われた。 (中略 ) ポッペアを歌ったセーナ・ユリナッチのように、これを芸術監督としての彼(カラヤン )の最高の仕事に数える者もいた。ユリナッチによれば、歌劇場は 最初この公演に全員反対で、学者たちも同様だったが、実際に観た人には決して忘れられない舞台になったという。(以下略 )

 ・・・オズボーンの筆致は、ついさっきまで笑顔を見せていたマエストロ・カラヤンに、くるりと背を向けると 見えない場所で舌を出しながら皮肉な冷笑を浮かべているように思える部分もあり、絶賛された当時の批評を書き並べつつも、実は 疑問を胸に秘めて 首を振っている姿が目に浮かびます。「思いがけない大成功 」、「実際に観た人には決して忘れられない舞台 」と表現された部分などは、必ずしも肯定的な意味ばかりで引用されたわけではないようにも読めます。

■ “考古学 ”が 復元する遺稿「ポッペーア 」 
 ディスクは、1998年にカラヤン生誕90年を記念してグラモフォンから発売されるまでずっと封印されていたライヴ音源でした。
 その“想像力豊かな”クラーク版は、今日(こんにち )のオーセンティックな古楽発想を代表する名盤として評価の高い - たとえば ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツらによる最小限の楽器数による 透き通るような音響編成(1993年録音ARCHIV )などと比較すると、そんな近年の潮流に対しては真っ向から逆走しているようなオーケストラ編曲版である - としか申し上げられません。
 もちろん それは“未来の聴き手 ”である 現在の私たちの視点から聴けば - という立場は わきまえておかなければならないでしょうが。
 それでも今日の大部分の鑑賞者にとって、この録音に残された音への抵抗感は やはり 少なくないものと察します。酷い。聴くに堪えない - という人さえいるのではないでしょうか。無理に譬えれば、不完全な骨格化石しか現存しないマテリアルに 思いきり想像をふくらませて肉付け、彩色まで施した上、一頭の巨大な恐竜の全身模型を完成させてしまったような音響です。
 その厚塗りで鈍重な大オーケストラ、ルネサンス = バロックには あり得ないメジャー・セヴン和音の多用、ハープまで鳴ってます。その上、不幸なことに ヒスノイズも目立つモノラル音源で フォルテでは混濁してディテールもよく聴き取れない録音状態が 尚更 演奏を古臭く感じさせています。

■ シュトルツェ“皇帝”、イタリア語で大爆発!
 そんな 大オーケストラの音色を背景に、カラヤンに起用されたシュトルツェの役どころは ・・・リチャード・バートン主演のハリウッド映画「聖衣 The Robe 」(1953年、ヘンリー・コスター監督 )に登場するカリグラ帝を演じていたジェイ・ロビンソンのような -
 カリグラ帝を演じるジェイ・ロビンソン (「聖衣」より ) 「ポッペーア」で ネロ帝を演じるシュトルツェ
(左 )舞台出身の性格俳優 ジェイ・ロビンソン
(右 )舞台出身の性格テノール ゲアハルト・シュトルツェ

 - 「権力を握った我儘勝手な暴君 」の ストレートなイメージ、まさにコレでしょう。「悪が勝利をおさめる 」場面で幕が降りる、という逆説的なオペラに相応しい素晴らしいキャスティングではありませんか。
 但し 今回は歌唱がドイツ語ではないので、いつものシュトルツェらしい独特の発声(巻き舌で発音するRの子音 - 顫動音 - や ぶち切れるような破擦音、つばが飛ぶ摩擦音など )を楽しめないことは少し残念ですが、ネローネポッペーアを愛撫する猫なで声、愛の喜びに浸る時の呆けたように伸ばす母音、哲学者セネカを短慮から怒鳴りつける罵声、そのセネカが自決したとの訃報を聞かされ 三拍子で喜び踊り出すミーメのような悪魔的無邪気さの表現など、シュトルツェの個性が剥き出しになる歌唱サンプルが次々と繰り出され、その楽しさたるや もう堪(たま )りません。
 終幕、ネローネポッペーアとの背徳の勝利をうたう有名な二重唱、 - オペラを締めくくるに相応しい 戴冠の場の甘美なフィナーレ - これは近年の研究(斉藤基史氏など )によると、実はモンテヴェルディの作曲でなく、ベネデット・フェルラーリ・デラ・ティオルバ(1604? - 1681 )という人の作品から転用されたものである、という新しい説が有力になっているそうですが - この場面を、たとえばエリオット・ガーディナー(ARCHIV )盤での女声(二人のソプラノ歌手、シルヴィア・マクネアーダナ・ハンチャード による二重唱で聴くと、もしやネローネポッペーア自身から派生した もうひとりの人格だったのではないか、などという陽炎(かげろう )のような幻覚さえ感じて頭がクラクラきますが、その後に このカラヤン - ユリナッチポッペーアと男声シュトルツェネローネの歌唱 - を 聴き比べてしまうと、今度は正しく二人の不道徳性とドラマ展開への正当な違和感( なにしろ シュトルツェの演じるキャラクターが、ハッピー・エンドの主役を演じるなんて、そりゃあり得ないだろ ! ) を 思い知ることが出来ます。 ・・・良い / 悪い のレベルでは 決して語っておりません。オモシロ過ぎます。ああ、せめて音質がもう少し鮮明であれば!

 本来の演出家と大喧嘩して公演初日の開幕前に劇場から追い出してしまうほどカラヤンは 積極的に演出面にも口を出していましたが、この当時(アーノンクールが登場する10年以上も前ですが )カラヤンが「古楽の復興 」をしようなどとは 露の欠片(かけら )ほども 考えていなかったことは - 言うまでもなく - 明白です。

 最後に 再びオズボーン著の前掲書から、セーナ・ユリナッチ の善良な回想を引用させて頂きましょう。 
 Sena Jurinac
 ポッペーア 」役で シュトルツェと共演したセーナ・ユリナッチ  

 彼女は、今回の「ポッペーア 」ラスト・シーンのカラヤン演出の元ネタが、実は1957年12月に国立歌劇場合唱団コンサート協会から選抜した歌手を使って カラヤン自身が歌劇場舞台で演出した パレストリーナの「教皇マルチェルスのミサ の振付から取り入れられていたことも明らかにしています。貴重な証言です。
  - 「私(ユリナッチ )は、(ゲアハルト・シュトルツェとの )二重唱を鮮明に憶えています。白い敷物のほか 何もない舞台に、ポッペーアが赤いスポット・ライトを浴びて立ち、あとは真っ暗でした。そこに 例の素晴らしく静かな音楽がゆっくりと強まり、それにつれて二人の掌(てのひら )がだんだん合わされてゆくのです。まさにシンプルで、それは本当に魅惑的でした・・・ 」。 ( リチャード・オズボーン木村博江訳 「ヘルベルト・フォン・カラヤン 下巻 」白水社 より )

次回 (23)1964年、カラヤン ウィーン国立歌劇場を辞任 に続く・・・

あるいは、(番外編 )シュトルツェの長女レナ、映画「マーラー、君に捧げるアダージョ 」に出演・・・も どうぞ。


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