本記事は、2月27日「人気記事ジャズ ランキング」で 第1位となりました。
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クラヲタに捧ぐ、ジャズ=フュージョンの名盤 ランダム辞典
スケルツォ倶楽部、スティーヴ・ガッド Steve Gadd を讃える。   
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「エイジャ Aja 」(スティーリー・ダン )1977年
 - ウェイン・ショーターとの共演

スティーヴ・ガッド(Warner Bros.) スティーリー・ダン_ドナルド・フェイゲン と ウォルター・ベッカー(左) ウェイン・ショーター Wayne Shorter
(左から)スティーヴ・ガッド、“スティーリー・ダンドナルド・フェイゲン ウォルター・ベッカー(ギター)、& ウェイン・ショーター

 この時期、スティーヴ・ガッドの音楽活動の特記事項といえば、やはりスティーリー・ダン Steely Dan 不朽のアルバム“エイジャ AJA ”への参加について 触れないわけには ゆきますまい(二重否定の肯定文です )
 アルバムのタイトル・ナンバー「エイジャ 」における、当時ウェザーリポートに在籍中だった名手ウェイン・ショーター (テナー・サックス ) とガッドとの 爆発するような「同時多発ソロ 」によって - その部分の素晴らしさは 即興的な「ソロ 」でありながら 同時に 高度な「アンサンブル 」にも聴こえてしまうことです - ジャズ・フュージョン愛好家だけでなく、それはロックのファン層にも 「ザ・ドラマー、スティーヴ・ガッド、ここにあり 」と、その名を強烈に刻みつけた まさにボーダーレスな銘品です。
 ガッドのドラムス・ソロは、曲中、二度に及びます。
 04:42 ~ 05:40の第一回目。ドラムスとサックスの同時ソロ。そしてワン・コーラス挟んで、06:55 ~ 07:56の怒涛の雪崩込みの第二回目。注目すべき点は この第二回目のソロの際、何故か ここでショーターはサックスを吹いておらず、ガッドの独り舞台となっています。何か意味があるのではないでしょうか・・・。
 これについては、後ほど 考察しようと思ってます。

■ 名盤には 良いジャケットがよく似合い -
山口小夜子 Steely Dan  AJA
(左 )モデル、山口小夜子
(右 )スティーリー・ダン、アルバム“エイジャ Aja ”の表紙

 
 この神秘的なジャケット写真(右)に起用されたのは、まさにアルバム・リリース年でもある1977年、ニューズウィーク誌「世界のトップモデル 6人 」に アジアで初めて選ばれた日本のカリスマ・モデル、山口 小夜子でした。
 彼女は 最初、高田賢三山本寛斎との仕事で注目を集めていましたが、1972年、パリコレクション史上最初に起用されたアジア系モデルとして、一気にブレイクしました。

 それでは、ご一緒に 音楽を一曲 聴きましょう。
 スティーリー・ダン「Aja エイジャ 」 - このアルバムに収録されているすべて傑作ぞろいの 全7曲 ( ブラック・カウ - Black Cow 05:10、 エイジャ - Aja 07:57、 ディーコン・ブルース - Deacon Blues 07:37、 ペグ - Peg 03:57、 安らぎの家 - Home at Last 05:34、 アイ・ガット・ザ・ニュース - I Got the News 05:06、 ジョージー - Josie 04:33 ) のうち、ガッド、および ウェイン・ショーターが セッション参加したナンバーは、唯一 このタイトル曲だけ - です。

  スティーヴ・ガッド(ドラムス )Steve Gadd
  チャック・レイニー(エレクトリック・ベース )Chuck Rainey
  ラリー・カールトン(エレクトリック・ギター )Larry Carlton
  ウォルター・ベッカー(エレクトリック・ギター )Walter Becker
  デニー・ダイアス(エレクトリック・ギター )Denny Dias
  ジョー・サンプル(エレクトリック・ピアノ )Joe Sample
  マイケル・オマーティアン(ピアノ )Michael Omartian
  ヴィクター・フェルドマン(パーカッション )Victor Feldman
  ドナルド・フェイゲン(ヴォーカル、シンセサイザー、警笛 )Donald Fagen
  ウェイン・ショーター(テナー・サックス )Wayne Shorter


■ “エイジャ Aja ”の歌詞
スティーリーダン_ベスト(ABC YX-8140AB)
作詞 : ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカー
対訳 : 橋本 ユキ
( ユニバーサル・ビクター株式会社 MVCZ-10077 ) より

  丘の上じゃ
  人は何かを見つめることはしない
  彼らはあまりにも物事に無関心・・・
  バニヤンの木の下では
  チャイニーズ・ミュージックが流れる
  ここは海を見下ろす観光牧場

  Aja
  10セント銀貨が宙を舞ったら
  俺はお前のもとへひと走り

  丘の上じゃ
  人はただ時間を浪費するだけ
  見返りなんて何もない
  今宵は 夜空に二重の螺旋模様
  武器なんか捨て去って
  うまくやるのさ

  Aja
  10セント銀貨が宙を舞ったら
  俺はお前のもとへひと走り

  丘の上じゃ
  俺が結構うまくやっていると
  もっぱら巷の噂
  チャイニーズ・ミュージックは
  俺を自由な気分にしてくれるし
  四角いバンジョーの音色も
  なんともご機嫌なサウンドだ

  Aja
  10セント銀貨が宙を舞ったら
  俺はお前のもとへひと走り


■ 謎めいた“エイジャ ” - その詩を勝手に解釈する。
 わたし - “ スケルツォ倶楽部発起人(妻のほう ) - の考えるところ、この歌は あるひとりの(架空の )「アメリカ白人男性 」の異国(東洋 )女性に対する イヤらしい妄想の世界に過ぎないのではないか - って 思ってます( あくまで わたし個人の 勝手な見解ですが。 ・・・って、どうか悪しからず )。

 この歌に登場する主人公たる ひとりの「白人男性 」は、ハイスクール時代の友人の兄が 韓国の若い少女と結婚したという情報を聞き、心の底で羨望をおぼえます。女性の名は Aja – その名前の発音が持つ神秘的な響きから、主人公は まだ見ぬ Asia - “ アジアなる国 ”の広大なるイメージを しばし空想するのでした・・・ はい、ここから この不思議な音楽が 始まるのです。
 もとより 肝心なことは この歌の主人公である「アメリカ白人男性 」が アジアに対して 正しい知識を 持ち合わせていない - という設定です、そんな「無知な 」主人公が ここで夢想する架空の国アジア 」とは どんな国かというと、まず丘の上にあって、そこでは あらゆる物事に無関心な人々が ただぼんやりと時間を浪費していますし、熱帯アジア原産のバンヤンツリーの下では 三味線 = 四角いバンジョー(笑 )が 中国音楽を奏でている・・・というふうに、そんな彼の乏しい知識の中では、韓国中国日本も そして東南アジアまでも すべてが「 意図的に 」安っぽく一緒くたにされています。音楽も 随所でペンタトニックなフレーズを交錯させてみせたり、あの ヴィクター・フェルドマン が叩く木琴はジャワのゴングみたいなリズムを模していたりと、これもまた「 意図的に 」雑多で無国籍です。
 ・・・なぜなら 主人公にとっては、そんな舞台背景などは 全然どうでもよいからです。そもそも この「タイトル 」 からして 本物の「アジア 」ではない - ということを示す 「エイジャ AJA アジア ASIA 」 - 似て非なるもの -  つまり この歌詞の中に登場する アメリカ白人男性は、あろうことか 「アジア 」 の正しいスペル(綴り )さえ知らない( ! ) ということ自体が、この歌の謎を解く ひとつのヒントになっているではありませんか。 
 それは、かつて合衆国の 若い海軍士官ベンジャミン・フランクリン・ピンカートンが 15歳の日本人少女 - 「 蝶々夫人 」 - を囲った、その初めての夜のように、彼は自分の妄想の中でアジア 」の少女 「エイジャ 」 を一時 自分のものにできたらなあ - などと、そう、心の中で想像してみたに過ぎないです。
 彼(コイツ )の 「乏しい 」イマジネーション世界では、その方法は もともと第二次大戦以前からアメリカにあった風俗業“タクシー・ダンスホール ” - 客である男性が 好みのダンサー = ホステスの女性を指名する代わり 一回10セント( Dime )のチケットを買って 彼女とダンスできる - というシステムを想像するのが精一杯のようです。
「 エイジャ・・・ 10セント銀貨が宙を舞ったら / 俺はお前のもとへひと走り 」という歌詞と、主人公になり切って イヤらしく自虐的に歌うドナルド・フェイゲンのヴォーカルからは、持っている小銭を全部はたいても 異国の少女を一時だけ占有できる「ダンス 」が 実は 別の「ある行為 」の象徴である という 隠された意味までも伝えてきます。

遺伝子 生命の設計図としてのDNA (Wiki) 遺伝子 生命の設計図としてのDNA (Wiki)

 また、歌詞の中に登場する不思議な言葉 - 「 Double helix橋本ユキさんの良訳に拠れば ) “二重の螺旋模様” 」 - とは、言うまでもなく 生物遺伝子DNAの分子構造に違いありません。この 普通は日常的に使われることのない 学術的な言語イメージに、「 in the sky tonight 今宵は 夜空に 」という 詩的な言葉の持つイメージを さらりと大胆にぶつけてみせるおもしろさを通し、異なる人種同士の交合さえ連想させる 詩人フェイゲンの狙ったシュールな効果、恐ろしいほど 冴えています。

■ 命名「同時多発ソロ 」!
 ここから、音楽は暫し 緊張をはらんだインストゥルメンタルの展開となります。
 その映像的なイメージを想像させられる音楽の流れを 聴いているとワクワクしてきます。やがて1.5拍目と2.5拍目という 本来なら弱拍の位置に食ってアクセントを置いてシンコペートさせたビートを執拗に繰り返しながら、ここで音楽は 誰にも予想出来なかった、まったく異なった様相を展開し始めます。
 淡々と大人しくラテン調のリズムを叩きながら パワーをずーっと抑えてきたスティーヴ・ガッドの 遂に炸裂するドラムス・ソロは 古今無類の演奏で、すでに多くのロック・ジャズ両愛好家の方々によって十二分に語り尽くされてきました。なので、もはやわたしごときが更に重ねて書き加えるような言葉は 殆どありません ( それでも 語らずにはいられない、という 二重否定の肯定文 )。
 そこに登場する大物ソリストが、エモーショナルな情熱の化身のような存在 - ウェイン・ショーター Wayne Shorter(1933年~ )によるテナー・サックスのソロです。 ガッドの凄まじいドラムスと 同時に咆哮するテナーサックス、その溢れ出す官能的なソロ・フレーズの芳醇さ、圧倒的です。
 主人公の 「アメリカ白人男性 」 が「エイジャ 」と交わし合う言葉なき会話、そして情熱的な吐息から、始めは静かだった欲情が徐々に熱い昂りをみせ、やがてサックスの のた打ち回るような興奮と激しい雄叫びへと至る、その息の長いクレッシェンドへの展開は、本当に即興的にピタッと合致した偶発的な一瞬をとらえた録音だったのか、それとも 事前に構成を計算され尽くした上でのプレイだったのか ( 例の有名な“ スネア叩き損ね?疑惑 ”も含め )、わたしにはその真相を区別することは出来ません。しかし 真実がどちらであったにせよ その結果は同じ、素晴らしい(!)です。

■ ウェイン・ショーターの即興演奏と個性的な音色
マイルスとの共演時代のショーター Wayne Shorter (Blue Note ) 最近の Wayne Shorter
(左から ) 1960年代 マイルス・デイヴィスとの共演時代 ( Great“A Conversation On Cool " より )、 1970年代 アルバム「 オデッセイ・オヴ・イスカ Odyssey Of Iska (Blue Note CP 32-9550 ) 」 の表紙より、 最近のショーターの肖像写真 

 ウェイン・ショーターという、稀有なほど神秘的な即興演奏家を聴く時 わたしたちは そのプレイを通して、大袈裟に言えば ひとりのジャズ・プレイヤーの存在する価値についてまで 考えさせられます。自分自身の音色を、今 鳴っている音空間の上に ふわりと乗せるように最適なインプロヴァイゼーションを 刹那的に生み出してみせるミュージシャンの存在を、この人以上に 想像することは ちょっと難しいです。
 彼がソプラノ・サックスのマウスピースの先を少しくわえて、軽く自分の息を「プッ 」と放つだけの一音( たとえば ウェザー・リポートの 同名のファースト・アルバム「ウェザー・リポート 」冒頭の不思議な一曲「ミルキー・ウェイ 」におけるプレイ )を聴くだけで、ショーターの個性的な音が 空気を震わせるのを聴く - それだけで、わたしたちは「ああ、まさに 今ここにショーターがいる! 」という実感を共有できる筈です。  
縮小 Weather Report 1971(CBS)

 ・・・あ、尤も これから初めてショーターを聴こうという人に、すぐ「実感を共有でき 」ます - なんて言い切ると、それはウソになってしまいますね。いくらなんでも すぐには無理です。それは、保険料を払わずに年金を受け取るようなものです。
 そうですね・・・ 少なくともショーターがブルーノート・レーベルに録音したリーダー作を せめて5 ~ 6枚は聴いておくとか。(左から )「ナイト・ドリーマー Night Dreamer 」とか、「スピーク・ノー・イーヴル Speak No Evil 」、「アダム’ズ・アップル Adam's Apple 」あたりは もう必修(? )でしょう。
縮小 ウェイン・ショーター ナイト・ドリーマー Night Dreamer 縮小 ウェイン・ショーター 「Speak No Evil 」Blue Note 縮小 ショーター「Adams Apple」Blue Note

 そしてショーターマイルス・デイヴィス60年代黄金のクインテットのメンバーのひとりとして参加したアルバムも できれば全部聴いておきたいですね。少なくとも( 左から ) 「ライヴ・アット・プラグドニッケル The Complete Live At The Plugged Nickel 1965 」、「ソーサラー Sorcerer 」、「ネフェルティティ Nefertiti 」におけるショーターの仕事は、やはり必聴ですね。
縮小 マイルス 「1965 プラグドニッケル(完全盤)」Sony 縮小 マイルス「ソーサラー 」CBS 縮小 マイルス「ネフェルティティ 」 CBS

 ショーターと言えば、V.S.O.P.での活動も鮮烈に記憶に残っていますね。 これは もともと 当時一時的に活動を休止し 引退状態になってしまったマイルス・デイヴィスがかつて率いていた“ 黄金のクインテット(マイルス、ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス ) ”を 一夜だけ再現しようというハービー・ハンコックによる Very Special Onetime Performance 企画で、「不在マイルス 」の代わりに ハンコックらメンバーと同世代の腕利きフレディ・ハバードをトランペッターに迎えた、まさにスペシャル・グループの活動記録でした。
 1976年、ニューポートにおける最初のステージ「V.S.O.P. ニューポートの追想 」 (左 )と1979年 田園コロシアムにおける 豪雨の中の「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ伝説 」 (右 )がおススメです。特に 後者におけるショーター(サックス)とハンコック(ピアノ)の二人だけによる 最後のアンコール曲「ステラ・バイ・スターライト ~ オン・グリーン・ドルフィン・ストリート 」の迫真の呼吸をとらえた実況録音の凄さについては、もはや言葉もありません。
縮小 V.S.O.P. ニューポートの追想(CBS) 縮小 V.S.O.P.Live Under the Sky(CBS)

 それからショーターが 70年代に放った数少ないリーダー・アルバムの中でも ミルトン・ナシメントとの共演という意味でも 傑作の誉れ高い「ネイティヴ・ダンサー Native Dancer 」を、少なくとも10回位は繰り返し聴いて、ショーターがよく使う即興演奏フレーズの傾向をしっかりと憶えたら、きっとその音への「実感を共有できる 」ようになっていることと思います。年金をもらえるよう(笑 )がんばって聴きましょう。
縮小 ネイティヴ・ダンサー Native Dancer

ショーター、サックスを片手に フェイゲン&ベッカーのスタジオを訪れる 
 そんなショーターでしたが、この「エイジャ 」セッション参加の時について 本人が 後日 語った興味深いおはなし ‐ たしか スイングジャーナル誌 だったでしょうか? - これを 過去 読んだ記憶が。 以下、その「記憶 」だけを頼りに書きます。
 
 ・・・1977年 ある指定された日時、ショーターは、自分のマネジャーから渡された地図を確かめながら、レコーディング中だという ある音楽スタジオに向かいました。そこではロック・ポップス系の音楽を録音中であるらしく、ショーターは すでに録音されているリズム・トラックを聴かされながら プロデューサーから 彼が参加すべきソロ演奏について、独り 説明を受けます。内容を了解したショーター、 テナーサックスを構えるや、バッキング・トラックに合わせて スタッフの意向どおり 殆ど一発でソロを決めると、その日は 自宅へ帰りました。
 その場では それが 誰の何という音楽であるか 尋ねることもなく、知ろうともせず 無関心にスタジオを後にした多忙なショーターでしたが、それから数ヶ月経って、車の運転をしながら何気なくつけたFMラジオの放送から 自分のテナーサックス・ソロが突然鳴り響くのを聴いて驚くことになります。それが、スティーリー・ダンの「エイジャ 」だった( ! )というのです。

2013年 1月13日、追加情報 の記入あり
    ⇒  フェイゲン自身が語る、録音スタジオにおけるW.ショーター 

 これは ゲスト・ソロイストとして単独でセッション演奏に参加したショーターの あたかも古武士の如き飄々(ひょうひょう )とした姿勢が興味深いエピソードではありますが、もうひとつ、そういうことであれば この逸話から推測されることは、「 ショーターが この録音スタジオでは スティーヴ・ガッドと 顔を会わせていないのではないか - 」ということです。
 逸話の内容が伝えていることは、「エイジャ 」は 全パートのミュージシャンが同時に揃って最初から最後までライヴで演奏した一発録りだったのではなく、楽曲のバッキング・トラックだけすでに先立って録り終わっており、その後 上からソロとヴォーカルだけをオーヴァーダビングする方法でレコーディングされていた、ということを意味します。 ・・・尤も すでに1960年代から セッション・ミュージシャンのスケジュールが過密になってくると 効率が求められ、作業の無駄を省く目的でも このマルチトラック・レコーディング手法は ビートルズをはじめ ポップ・ミュージックのミュージシャンを中心に、ごく当然のように行なわれるようになっていた、という背景がありました。
 事実、ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカー、およびプロデューサーのゲイリー・カッツらによる 当時の“スティーリー・ダン”もこのアルバム「エイジャ 」録音時、豪華なソロイストたちを何人もスタジオに招き 入れ替わり演奏させておきながら、彼らを帰した後で 録り貯めた録音を比較した上、ドライに取捨選択する、などという行為を これも当たり前のように 平気で行なっていたのでした。

■ ガッドショーターとの共演盤・・・少ない! 
 さて 意外なことに、このスティーリー・ダンの「エイジャ 」を除くと、スティーヴ・ガッドがドラムス・パートを担当して ウェイン・ショーターのバックで共演しているセッション録音の数たるや たいへん少ないことに 今回 あらためて気づき、ちょっと驚きました。
 じゃ、探してみよう というわけで わたしのとぼしい手持ちのコレクションだけでなく、 行きつけの ソッ・ピーナマスターが保有してるお店のディスクも 端から端まで当たってみましたが ホント 殆ど見当たらず、結局 発見できたのは なんと 「エイジャ 」以外は下記の2枚だけでした。
 ・・・本当かしら。参考情報求む! (ステージでの共演実績はきっと数多くあるのでは? と思いますが、件数などデータも不明です )。
 
Weather Report_Mr.Gone(CBS)1978 Weather Report_スケルツォ倶楽部
1978年 
ウェザー・リポート Weather Report(CBS )
「ミスター・ゴーン 」Mr.Gone
 
ガッドが参加しているのは「ヤング・アンド・ファイン Young And Fine 」、「アンド・ゼン And Then 」の2曲のみ。
ショーター(テナーサックス )、ジョー・ザヴィヌル(キーボード、パーカッション )、ジャコ・パストリアス(エレクトリック・ベース )、ガッド(ドラムス )、ピーター・アースキン(パーカッション )、モーリス・ホワイト(ヴォーカル “アンド・ゼン ”のみ参加 ) 
 
 詳しくはこちら ⇒ (12)「ヤング・アンド・ファイン(ウェザー・リポート ) 」
 ・・・ここでの演奏って、これも もしかしたら リズム・セクションに参加していたスティーヴ・ガッドは、スタジオでウェイン・ショーターと顔を会わせていない可能性もないとは言えません( 二重否定の肯定文です )

ランディ・バーンセン Paradise Citizens(MCA) (左から )ガッド、ランディ・バーンセン、ミッチェル・フォアマン(?)、マーカス・ミラー
1988年 
ランディ・バーンセン Randy Bernsen
(ユニバーサル MVCM 20053 )
「パラダイス・シティズンズ 」 Paradise Citizens
▲ ショーター、ガッドが共演・参加しているのは、収録曲「 」1曲のみ。
ショーター(ソプラノ・サックス )、ガッド(ドラムス )、バーンセン(ギター )、マーカス・ミラー(エレクトリック・ベース )、ミッチェル・フォアマン(キーボード ) 

 元ウェザー・リポートの天才ベーシスト、故ジャコ・パストリアスと同郷(フロリダ出身 )のギタリスト、ランディ・バーンセン によるオリジナル・アルバム。
 タイトルは「天国の住人 」の意で、このアルバム発表の前年に亡くなった、彼の親友ジャコを指します。タイトル曲「パラダイス・シティズンズ 」は、生前のジャコが遺したメジャー、マイナー演奏を取り混ぜ、細かく刻んでコラージュしたような 短いけれどオモシロイ作品です。
 ショーター & ガッドが参加した 注目の 「 」 は、バーンセンのオリジナル曲。
Z 創刊号
 シンプルな このタイトル名 「 」 とは、ジョー・ザヴィヌルの頭文字を指しているのでは (ウェザー・リポートでの盟友だったショーターが参加しているから )? と察しますが、確証は 希薄です。
 快適なロック・テンポに乗せた、ブレイクを多発するショーターによるソプラノ・ソロは熱いものの即興演奏を聴かせてくれる時間が短く、構成もフラストレーションが溜まりそう。ガッドも随所で格好良いフィル・インを炸裂させてはいますが、総じて大人しくエイトビートを刻むのみで、「エイジャ 」のような 両者の (仮想 ? )インタープレイを期待して聴くと、かなり失望します。もしかすると このレコーディングでも ガッドショーターと リアルタイムでは 同じスタジオに居合わせなかったかも・・・?

■ 「エイジャ 」二回目のドラムス・ソロに サックスが不在の意味
 ・・・もとい。
 「エイジャ 」に話題を戻して、06:55以降の二回目のドラムス・ソロ -  ガッドの刻むリズムの切れは凄みを増し、顔を背けたくなる嵐のような勢いと吸引力を伴って、もはや誰にも止めることは出来ません。しかし、そのソロには 第一回目と比べると決定的に異なる点があります。
 それは 言うまでもなく、 「ショーターのサックス 」不在 - です。
 思い起こせば 学生時代、初めてこの「エイジャ 」を聴いた時、演奏の素晴らしさに 半分は感動しつつも、しかし正直言って よくわからなかったのも半分 - 今 思えば ガッドが二回目のソロを叩き始めた瞬間、あ! きっとショーターとの凄い同時ソロを 最後に ここでもう一度披露してくれるのかなー などと 勝手に思い込み喜んでしまい、そこで構えて聴いてしまったせいでしょう。え? なんでウェイン、吹かないんだろう・・・などと その不自然さの理由を考えているうちに、力強く白熱する拍動を果敢に打ち続けるガッドがいつのまにか 独り遠くへ消え去って行く後ろ姿を見送っていましたっけ。

 ・・・20年以上経った今、もう一度 その理由を わたしは 以下のように(勝手に )解釈しています。
 親しい友人の兄という とても身近な存在が、逆に とても遠い「東洋人の女性と結婚した 」という、日常性から遠く離れたニュースを聞かされた主人公の「白人男性 」の心の裡に 瞬時に思い描かれたイヤらしい夢想は すべて幻 ‐ というストーリーを表現するために、フェイゲンベッカーたちは スタジオに招いた超大物ウェイン・ショーターの演奏を 二回目のソロのスペースからは 敢えて外してしまうことによって これを暗示したのではないか - と、ふと 悟った気になったのです。
 
 主人公の「白人男性 」は、そのイヤらしい妄想からは目覚めたものの 誰かに自分の卑猥な内心を悟られてしまったのではないか - とドキドキしながら周囲を見回しつつ、しかし 先ほど 一場の幻想の中で「体験 」してしまった 架空の東洋人女性「エイジャ 」との 美しくも淫らにして あまりにも激しい交情を 忘れられなくなっています。その内心では 嵐のごとく脈打つ情熱の鼓動が、一層の力強さを増し 動悸のように打ち続けます。それは いつまでもエンドレスで ‐ 。
 ショーターサックスソロ「不在 」が象徴する、妄想だった「エイジャ 」が 現実には存在しない女だった = 主人公が勝手に描いていた「 」に過ぎなかったことを、ガッド独り 嵐のように暴れまくるという 衝撃的なエンディングによって、見事に表現されていると思うのです。
 フェイゲンベッカーが周到に意図したところは、楽曲の最後を たとえばジャーン! などと演(や)って安易に終わらせることを慎重に避け、ガッドが叩き続ける強烈なビートを いつまでも打ち止まさず、これに幻想的なシンセサイザーの効果音を絡みつかせながら 少しずつ 徐々にフェイドアウトさせるという 合理的なエンディングを選んだということではないでしょうか。

 ・・・次回 リチャード・ティー 1992年「リアル・タイム 」ライヴ  に続く

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コメント

とも さま!

「ショーター・ファン 」を自認なさる ともさま に ご支持を頂けて、“スケルツォ倶楽部”発起人、勇気100倍です!
印象的だったのは ウェザー・リポートの「 8:30」で、無伴奏テナーサックス1本だけで「サンクス・フォー・ザ・メモリー 」を思い切り吹奏しながら ステージ裏に消えてゆくショーターのプレイの気持ちよさ。
ほーら、久しぶりに聴きたくなっちゃったでしょう、でも もう夜中ですから 近所迷惑にならぬように 小さい音で聴くんですよー (忍び笑い )

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

ウェインショーターのファンです。宜しくお願い致しますm(__)m

URL | とも ID:-

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