本記事は、2月19日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


(2)「春への憧れ 」

 W.A.は、どんな詩であっても一度読んだら、その記憶の中へ正確に刷り込んでしまうことができました。しかも彼が頭の中で歌詞を反芻する時、掌から浮かび上がった 小指ほどの小さな銀色の横笛は、詩人オーフェルベックの「子どもの遊び」に相応(ふさわ)しい 愛らしく旋回するイ長調のメロディを奏していました。
 またひとつ 歌が生まれたのです。
 しばらく瞳を閉じたまま 横になったベッドの上で 横笛の奏でる可愛らしいメロディに合わせて W.A.は童謡の歌詞をすらすらと口ずさんでいましたが、やがて最後の第4節まで辿りついた時、彼にしては珍しく、そこで少しだけ思案しました。
「 “ おひさま・・・ もう沈んじゃうの?
   こんなに早く?
   ボクたち まだ遊び飽きたわけじゃないのに。
   ねえ、まだ行かないで! ”
 - と、沈みゆく太陽に 子供が呼びかける、この最後だけ 嬰へ短調に転調してみたら どうだろう? 」

 すると即座に 小さな銀の笛はそのとおり 平行調でもうひとつの旋律を哀しげに歌い始めます。目を閉じたまま これを聴いていたW.A.は、枕に埋めた首を 軽く左右に振りました。
「いや、短い童謡だし、複雑にすることはない。歌い手の表現に任せ、単純な有節歌曲にまとめるとしよう 」
・・・そしてW.A.はそのとおりにしました。後奏を付ければ、もう完成です。驚くべきことに ここまでわずか時計の秒針ひと周りほどの時間しか要してはいません。これは 天賦の才なのです。
 小さな横笛は その銀色の姿を空中でくるくると回すと、うれしそうにW.A.に光り瞬(またた)いて見せてから、空中の闇の中へそっと消え去りました。
 
 もし これを他人が目撃していたら、きっと目を丸くして驚いたことでしょう。
 W.A.と銀の小笛とのつきあいは 実に古く、遠い過去、彼が生まれ育ったザルツブルクの日当たりの良い自宅で、初めてクラヴィーアの鍵盤を探りながらハ長調の三和音を この小笛から教わって弾いた、幼少の日の ある暖かな午後から - 「二人の仲」は、W.A.の物心ついて以来のものでした。
 銀の小笛は「主人」である W.A.以外には 誰の目にも決して その姿形を現すことはありませんでした。いつも小笛が吹くメロディを W.A.は心で聴き、それを楽譜に書き留めてゆけばよかったのです。銀の小笛はW.A.自身の楽想の源であり、彼の才能そのものでした。

 W.A.は すでに昼間のうちに仕上げてある 歌曲「春のはじめに 」と併せ、今 出来たてほやほやの「子どもの遊び 」と一緒に オーフェルベックから依頼された作品三篇をすぐ明日にも渡せるものと考えながら、相当疲れてはいたものの、今夜のうちに童謡の作曲を完成させてしまおうと、最後に もう一曲残った「春への憧れ 」の歌詞を 頭の中で正確に思い出しつつ 半ば無意識に掌を再び広げました。

「 “ 来ておくれ、懐かしい春よ
   樹々をふたたび緑にしておくれ
   小川のほとりに
   可愛らしいすみれの花を咲かせておくれ - ” 」

 いつもと同様、そこには 小指ほどの銀色の横笛がふわっと現れる筈でしたが・・・ どうしたことでしょう。
 銀の小笛が姿を現さないのです。
 こんなことは 初めてのことです。W.A.は少し狼狽しました。彼にとって、銀の小笛は、言うなれば口の中に歯や舌が並んでいるようなもの、ピアノの鍵盤を叩けば正確に音をとらえる耳が両側頭部に在るようなもの、それらと同じように、在って当たり前の、まさに自明の存在だったのですから・・・。
 W.A.は 自分の首が鳴るほど激しく頭を振ってみました。 - いやいや、今夜はきっと疲れているに違いない・・・。
 そう思いながら、つい先日 銀の小笛と心の中に湧き溢れるまま 演奏する当てもないのに仕上げた変ロ長調のピアノ協奏曲の第3楽章で用いた、それは暖かい上昇気流のようなロンド主題のことを突然思い出すと、W.A.は 瞬時にその旋律がこの童謡歌詞のイントネーションや抑揚、文字数のみならず 何より詩のテーマにぴったり合致していることに気づきました。
 - オーフェルベックの長い原詩の構成を多少組み直せば、五番までの有節歌曲に出来るかも。
 ああ、これは使える・・・。普段はあまりやらぬことでしたが、W.A.は 銀の小笛の助けを借りることなく、「二人の」ピアノ協奏曲のメロディを転用して 歌曲「春への憧れ 」を みるみるうちに仕上げてしまいました。

 ― つづく ( この物語は 音楽史を基にしていますが、パラレル・ワールドのフィクションです。
          史実との違いを お楽しみください )


■ 今宵の モーツァルト音盤 

 モーツァルト ピアノ協奏曲集 デムス dhm.
ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調K.595
イエルク・デムス(ハンマーフリューゲル )
コレギウム・アウレウム合奏団
録音:1969年7月 フッガー城、糸杉の間
ドイツ・ハルモニア・ムンディ(BVCD-8819~20 )

併録曲 : ピアノ協奏曲第8番ハ長調K.246「リュッツォウ」、同第21番ハ長調K.467、同第23番イ長調K.488、同第26番ニ長調K.537「戴冠式」(録音:1970年~1975年 )

 今日のオリジナル楽器による演奏が普及することに甚大な貢献があったコレギウム・アウレウム合奏団と、やはり早くから積極的にピリオド楽器を用いた録音を手がけていたイエルク・デムスとによる1969年の録音です。
 ドイツ・ハルモニア・ムンディ録音における独特の音場で残されたデムスのハンマーフリューゲル(フォルテピアノ )の ぱきぱきと鳴る音の心地良さについては、以前「架空のシューベルティアーデ 」でも触れましたが、本当に素晴らしい雅やかな響き - ここでも健在です。。
 ピアノ協奏曲第27番変ロ長調は、モーツァルト最後の年の作風に共通した、枯淡の味わいある簡潔にして透明な印象です。
 終楽章が「春への憧れ」だとして、さらに もし音楽に「季語 」があったとしたら、この協奏曲は 間違いなく「冬 」の音楽と呼べるものではないでしょうか。
 暖かい春が 再び戻ってくるのをじっと耐えるように 人々が待つ季節 -

 「モーツァルト歌曲集 」(EMI CLASSICS 決定盤1300シリーズ / TOCE-13299 )
歌曲 「春へのあこがれ Sehnsucht nach dem Frühlinge 」K.596
エリー・アーメリング(ソプラノ ) 
イエルク・デムス(ピアノ )
録音 : 1969年12月 ベルリン、ツェーレンドルフ

モーツァルト歌曲集 」(EMI CLASSICS 決定盤1300シリーズ / TOCE-13299
併録曲 : 静けさがほほえみながら K.152、鳥よ、年ごとに K.307、寂しい森の中で K.308、 満足 K.473、おいで、愛するツィターよ K.351( ウィリー・ローゼンタール : マンドリン )、いましめ K.433、すみれ K.476、私の慰めであっておくれ K.391、魔法使い K.472、別離の歌 K.519、ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時 K.520、夢のすがた K.530、私の胸は喜びに高鳴る K.579、かくしごと K.518、 可愛い糸紡ぎ K.531、夕べの想い K.523、老婆 K.517、クローエに K.524

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