スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら


  
   おひさま・・・ もう沈んじゃうの?
   こんなに早く?
   ボクたち まだ遊び飽きたわけじゃないのに。
   ねえ、まだ行かないで!

         詩 : クリスティアン・オーフェルベック
         童謡 「子どもの遊び 」から 第4節 後半部分より



(1)掌には銀の小笛
 
 冬が降りてきました。
 窓ガラス1枚を隔てた厳寒のウィーンの街は 夕刻から氷のような雨でしたが、冷たい水の粒はやがて雪へとその形を変え、今 屋外の景色を一面 真っ白に塗り替えています。
 遠く見上げるように聳え立つ漆黒のシュテファン大聖堂は まるでチョコレート・ケーキにパウダーを塗(まぶ)したような美しさ、古いゴシック様式の壮大な建築物に 天空から舞い落ちてきては 風当たりの強い側面へと張りつく白い粉雪の量も徐々に増えています。

 夜中に一日の仕事を終えたW.A.は、自分の身体に どれほどの疲労が溜まっていたか、その肉体をベッドに横たえた時 初めて気づきました。
 真っ暗な天井を見上げながら、鉛と化したかとさえ感じるほど重くなった四肢を 寝台の上に大の字に投げ出しながら、その一方で 彼の頭の中ではいくつかの詩の言葉たちが、あたかも暗闇の中を明滅する蛍の光のように、軽やかに駆け巡っています。
 ― それらは、子どものための創作物語を手がけている詩人クリスティアン・オーフェルベックの作による童謡の歌詞でした。W.A.は 知人の付き合いから入会していた「石工組合 」の会合で この詩人とも知り合ったのですが、子ども向けの雑誌のために ぜひ詩に歌をつけてはもらえないか、と委嘱されたのでした。

「どれも素直で良い歌詞だ - 」
W.A.は、昼間のうち それら短い原詩のいくつかに目をとおしていましたが、いずれも憧れに満ちた 遠い子ども時代を思い出させるものばかりでした。

「何故 楽しい思い出は いつも眩しく輝く光の中にあるのだろう?」
それは、ザルツブルク時代のある晴れた5月の、明るく暖かい日の記憶でした。
 父レオポルトの友人のひとりで、幼かったW.A.をとても可愛がってくれた若いオルガニストが教会の奏楽を担当したミサに、家族みんなで参加した日のこと。見事なオルガン演奏と聖歌隊の妙なる合唱に 身も心も清められた気になった、その帰り道・・・ 。
 敬虔な気持ちを抱きながらも、祈りの合間に流れていた奏楽の効果について、その感想を 家族同士で話し合いながら歩く、帰路の楽しさ・・・ 。
 5歳だったW.A.は、当時すでに自分の小さな掌(たなごころ)に 生まれたばかりの短い銀色の横笛を 誰にも知られることなく隠していました。
 その小指ほどの長さの笛の力を ひそかに借りながら、姉ナンネルに たった今 聴いたばかりの聖歌の旋律を正確に歌ってみせると、家族みんなが 心からの称賛のまなざしをこの神童に向けるのでした。それが得意でW.A.は有頂天になり、両手を大きく振り、膝を高く上げて行進してみせたりしたものでした。その様子がまた可愛らしいと言って 両親が微笑むのを見ることが、彼の気持ちをさらに高揚させました。
 明るく元気な母アンナ・マリアと、優しい姉ナンネルがいて ・・・そして尊敬する父レオポルドが、子供だったW.A.の すぐ傍を歩いていました。あらゆる音楽に対して 常に的確な批評を加える 父の見識に、まだ幼かったW.A.は まるで教会の尖塔を見上げるような高さを感じたものでした。

 生前の父と最後にウィーンで別れた時のおぼろげな記憶では その老いた眉間の皺は もう相当深くなっていましたが、W.A.の思い出の中に住んでいるザルツブルク時代の父レオポルドの姿は、何といつまでも若々しいことでしょう・・・。

 凍りついた窓ガラスの外側を、冷たい真冬の突風に雪片が激しく吹き飛ばされてゆくのを眺めながら 冷え切った部屋に一瞬で戻ってきたW.A.の頬を 暖かい5月のそよ風が撫でてゆきました。

 ― つづく ( この物語は 音楽史を基にしていますが、パラレル・ワールドのフィクションです )


■ 今宵の 一枚 
ウィーン少年合唱団 PHILIPS
歌曲 「子どもの遊び Das Kinderspiel 」K.598
ウィーン少年合唱団員 (ボーイ・ソプラノ独唱 )
ロマン・オルトナー (ピアノ伴奏 )
録音 : 1982年2月11~16日 ウィーン、ローゼンヒューゲル
「ウィーン少年合唱団、ソングブック 」( PHILIPS / PHCP-10603 )

収録曲 : 五月の歌(シューマン )、子守歌(シューベルト )、すずらんと小さな花たち(メンデルスゾーン )、音楽に寄せて(シューベルト )、すみれ(ライヒャルト )、春のはじめに(モーツァルト )、私の願い(モーツァルト )、つばめたち(シューマン )、子供たちの見張り(シューマン )、子守歌(ブラームス )、春の挨拶(シューマン )、渡り鳥の別れの歌(メンデルスゾーン )、幸福(シューベルト )、秋の歌(メンデルスゾーン )、マリアの子守歌(レーガー )、田舎の楽しみ(ハイドン )、美しい花(シューマン )、子供の遊び(モーツァルト )、眠りの精《 歌劇「ヘンゼルとグレーテル」より 》(フンパーディンク )

 K.598 歌曲「子どもの遊び 」は、K.596「春への憧れ 」、K.597「春のはじめに 」と共に モーツァルトがその生涯 最後の年 - 1791年 - の1月に生み出した、三曲の子供用リート(歌曲 )のひとつです。
 ( 本記事の冒頭に引用した )歌詞の第4節 “ 沈みゆくおひさま ” とは、正に1791年のモーツァルト自身を指しているかのようです。そう解釈すると“ 日没を嘆く子ども ” とは モーツァルトを愛する私たちすべての姿に他ならず、その歌詞もまた 私たちの心境を代弁するもの以外の何物でもありません。
 ここにご紹介する歌唱は、ウィーン少年合唱団員のボーイ・ソプラノによるディスク。女声のソプラノとは異なり、無垢で透明な響き、芯の強さがストレートに伝わります。技巧や高揚には程遠いものの、本来の子どもの歌にふさわしく、伸びやかな少年の語り口は、曲調にとても調和しています。

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