スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(18)「サロメ 」その1 : ヘロデ・アンティパス を予習する。

■ 1961年「ヘロデ 」
~ R.シュトラウス : 楽劇「サロメ 」


 R.シュトラウス「サロメ」Decca_0001 R.シュトラウス「サロメ」LONDON
(左)L.P.オリジナル・ジャケットを復刻したCD表紙(海外盤:Decca 475 7528 )
(右)国内CDの表紙(ポリドール POCL-2964~65 )


R.シュトラウス:楽劇「サロメ 」
ゲオルグ・ショルティ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  ビルギット・ニルソン(サロメ )、
  エバーハルト・ヴェヒター(ヨカナーン )、
  ゲアハルト・シュトルツェ(ヘロデ )、
  グレース・ホフマン(ヘローディアス )、
  ヴァルデマール・クメント(ナラボート )、
  パウル・クーエン(第1のユダヤ人 )、
  シュテファン・シュベール(第2のユダヤ人 )、
  クルト・エクヴィルツ(第3のユダヤ人 )、
  アーロン・ゲストナー(第4のユダヤ人 )、
  マックス・プレブストル(第5のユダヤ人 )、
  トム・クラウセ(第1のナザレ人 )、
  ナイジェル・ダグラス(第2のナザレ人 )、他
録音:1961年10月 ウィーン、ゾフィエンザール
DECCA-LONDON


 ・・・物凄い演奏です。
 ゲオルグ・ショルティに率いられたウィーン・フィルが、ありとあらゆる叩きつけるようなパワー全開で、当時 これと同時進行で ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環 」全曲録音中でもあったジョン・カルショー John Culshaw (デッカ)による「ソニック・ステージ 」という眉唾な過剰演出効果も手伝って結実した、最高の名盤のひとつでありましょう。
 この録音のプロデューサー、カルショーは、彼の回想録「リング・リサウンディング Ring Resounding(山崎浩太郎氏 = 訳 / 学習研究社 ) 」の中で 以下のように述べています。

   - シュトルツェは前年のR.シュトラウスの《サロメ 》の私たちのレコーディングでヘロデ(原文のママ )を歌い、彼がマイクの前での演技においては「ナチュラル〔天才〕 」であることを証明していた。多くの歌手が一生かけて学ぶことを数分で把握したのだ ― それはマイクを知的に「活用する」方法で、状況に応じてマイクから適切に距離をおくという知識も含まれる。
 私たちのステレオによる《サロメ 》の制作案に、彼は厳密に従ってくれた。それは肉体的な動きをたくさん含むもので、特に後半のヘロデ王が幻覚にとらわれ始めた場面が激しかった。彼はステージ中を走り回り、素晴らしい奔放さと力強さで歌った。
(以下略 )
 (左から)ニルソン、ショルティ、カルショー
 録音スタジオでプレイバックを聴く(左から)ニルソン、ショルティ、カルショー 

 しかし 拙文をお読みくださっている“スケルツォ倶楽部”会員 の皆さまの中で、もし 幸運にも まだ一度も このR.シュトラウスの楽劇「サロメ 」を聴いたことがない、という人がいらっしゃったら、そのファースト・チョイスは、決してショルティ盤「ではなく 」 ・・・そうですね、カラヤン(EMI )盤あたりにしておくのが 妥当と思うのです。
 なぜって? つまり、ゲアハルト(ゲルハルト )・シュトルツェが その素晴らしい「ヘロデ 」を演じているショルティ盤を聴く機会は、出来るだけ 後まわしにすることをおススメしたいがためです( 楽しみは 取っておきましょう )。
 もし シュトルツェの演技で最初に ヘロデを聴いてしまったら、もはや貴方は、たとえ どんな名歌手がこの残虐な古代ユダヤ領主を歌い演じるのを耳にしても(マックス・ローレンツユリウス・パツァークも、セット・スヴァンホルムからジョン・ヴィッカースハインツ・ツェドニクライナー・ゴールドベルクも、あ、ついでにカール・ワルター=ベームまで・・・ )とても生温(ぬる )くって聴いてはいられない、気の毒に そんな耳になってしまっていることを警告するものです。
 シュトルツェ耳も心も奪われた私自身が言うのですから 間違いありません。シュトルツェの素晴らしい演技力に匹敵し得る「ヘロデ 」歌手は、どこにも存在しません。 私 - 発起人は、自分自身が 贔屓たっぷりにシュトルツェに肩入れし過ぎていることは 十分自覚しています - その上で、正にシュトルツェが「古今東西、史上最強のヘロデ 」であることを これまた 勝手に断言いたします。

■ 「ヘロデ 」は「ヘロデ王 」ではない
 さて、ヘロデと しばしば混同される「ヘロデ王 」とは、原作であるオスカー・ワイルドの戯曲の登場人物「ヘロデ 」から見ると 実父に当たる人物で、この父王はイエス・キリスト誕生の際「救い主 」の出現によって自己の立場が脅かされることを恐れ、「エルサレムの二歳以下の幼児を全員殺すべし 」という信じられぬ命令を下した残虐な暴君です。 拙著「サンタクロース物語 」から ヘロデ王の章を読む
 彼は、紀元前37年 ローマ皇帝への絶対従属を条件にユダヤの分封王となることを認められた立場でしたから、自国内でローマへの反旗が挙がることを最も警戒し、自国の反乱分子に対しては 本来侵略者であるローマ軍の力を借りて徹底的に弾圧し続けました。猜疑心も強く、考え方が違うというだけで息子や妻でさえも処刑してしまっています。
 父ヘロデ王の死後、生き残った3人の息子のひとりが、楽劇「サロメ 」の登場人物ヘロデ・アンティパス(以下、ヘロデ )です。
 このヘロデは、父王の遺言で他の2人の兄(アルケラオス、フィリポス )と共にユダヤ支配者の地位(在位:紀元前4年~紀元39年 )を後継することをローマ皇帝に許されたものの、「王 」を名乗ることは認められませんでした。父王の死後 ユダヤ王国は ローマに廃され、帝国の直轄領にされてしまったからです。
 ヘロデの支配地として許された領土も、(他の二人の兄弟の領土、ローマ総督の直接統治する領土、を除く )四分割された地域の1つ‐ガリラヤペラエア地方‐のみに限定されてしまいます。
 この背景のように、楽劇「サロメ 」のヘロデは、「王 」どころか、正確にはローマ総督の顔色をうかがう「四分封領主(テトラルケス )」に過ぎなかったわけです。
 間もなく、ヘロデの兄で もう一人の領主だったアルケラオスは、支配地のサマリアイドゥメアで起きた反乱の鎮圧に手こずった挙句、皇帝アウグストゥスから「統治力無能 」と判断され、地位も財産も剥奪された上、追放処分となります。ヘロデと兄弟たちの分封領主としての立場は、これほどまでに弱いものだったのです。兄の苛酷な処分を見せつけられたヘロデは、常に「次はわが身か 」という危機意識に苛まれ(その予感は、紀元39年に現実のものとなるわけですが)、焦燥感に苦しんでいました。過度のストレスから精神を病んでいたとも伝えられます。苦悩から逃避するため、酒色に溺れていたとも言われます。
 そんなヘロデが、ヨルダン川北東部の分封領主だった異母兄フィリポスから彼の妻で美貌のヘローディアスを奪ったのは、この頃のことです。ヘロデにとっては ユダヤ王家ヘンデルのオラトリオで有名な「ユダス・マカベウス 」の血筋、ハスモン王朝 )の血を引くヘローディアスを利用すれば、支配領のユダヤ人たちを服従させるに役立つ、という付加価値も見出したのでしょう。いえ、これが本来の目的だったのかも知れません。
 ヘロデは人妻だった 貴いヘローディアスを自分の妃として迎えただけでなく、彼女の元夫で 自分にとっては異母兄だったフィリポスを追い詰めて捕らえ、その後12年間も古井戸跡の地下牢へ監禁し続けて苦しめた末、首切役人ナーマンに処刑させています。
 この楽劇の原作となったオスカー・ワイルドの戯曲にも、フィリポスの悲惨な最期について、劇中の登場人物「第2の兵士 」が「カパドキア人 」に語って聞かせるシーンがあるのですが、興味深いことにR.シュトラウスは 楽劇として作曲する際、ワイルドのオリジナル台本から その台詞は カットしています。
 ヘローディアスは、前夫フィリポスとの間にもうけた4歳の幼女(言うまでもなくこの娘が「サロメ 」です。本来 実名の記録はありませんが、ここでは便宜上その名を使用することにします )を連れ、ヘロデのもとへ輿入れしてきていました。12年が経過するうち、美しく成長したヘローディアスの娘サロメは、自分の実父がごく最近まで地下牢で生かされていた事実を果たして知っていたのでしょうか・・・。この点は、後ほど。
 サロメの 処刑された実父フィリポスと交替するように、古井戸跡の地下牢へ送られてきた男がいます。それが、若きキリスト・イエスに洗礼を授けたバプテスマのヨハネ(以下、ヨカナーン )です。 ⇒ 拙著「サンタクロース物語 」から バプテスマのヨハネの章を読む。

 もとい。そのヨカナーンは、ヘロデヘローディアスとの不倫結婚を決して許されぬ姦淫の罪であるとして 領主夫妻を公然と咎(とが)めたため、妃ヘローディアスの怒りを買って捕らえられ、奇しくも彼女の前夫フィリポスと「同じ 」古井戸跡の地下牢に監禁されたのでした。
 しかし新約聖書マルコ伝によれば、ヘロデヨカナーンのことを「正しい聖なる人であることを知って、彼をおそれ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた 」という、まるでヘロデに 敬虔な一面があったかのような記述もあります。
 ヘロデは、単に迷信的な感覚で預言者を畏れていただけかもしれませんが、領主たる自分自身と妃とに公然と非礼な発言を繰り返していたヨカナーンの首を刎ねることには 最後まで躊躇していたそうです。それは、当時ローマ帝国の支配下にあったユダヤ地方の一分封領主に過ぎなかったヘロデが、ローマ総督ピラトの許可も得ず 勝手に 囚人を処刑する権限がそもそもなかったということもあるでしょう。また「民衆が皆ヨカナーンのことを支持していたため、この預言者を処刑したら支配地域での暴動を誘発させることになるのを恐れた 」というあたりも 事実に近いものと思われます。

 さて、次回は 番外編 ・・・ 私の妄想を膨張&飛躍させ、オスカー・ワイルドの創作した架空の世界に、勝手で余計な解釈を付加する もうひとつの「サロメ 」ストーリーの展開となります。
 今暫く お付き合いくださいますでしょうか ?
  YES 「番外編 」 ・・・へ 飛ぶ
  N O  (19)「サロメ 」その2 : シュトルツェが演じる ヘロデの凄さを 思いきり語る。 ・・・へ飛ぶ

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)