スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
 オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(16)J・シュトラウス「こうもり 」
   オルロフスキー公爵を演じる 


 1960年「オルロフスキー公爵」
~ J・シュトラウス二世:喜歌劇「こうもり」

ヨハン・シュトラウス 2世 カラヤン「こうもり」(1960)RCA_オルロフスキー公爵_
J・シュトラウス二世:喜歌劇「こうもり」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団、
  エバーハルト・ヴェヒター(アイゼンシュタイン)
  ヒルデ・ギューデン(ロザリンデ)
  エーリヒ・クンツ(フランク)
  ジュゼッペ・ザンピエルリ(アルフレード)
  ワルター・ベリー(ファルケ)
  ゲアハルト・シュトルツェ(オルロフスキー)
  リタ・シュトライヒ(アデーレ)、他
ライヴ録音:1960年12月31日 、ウィーン国立歌劇場 
BMG/RCA (輸入盤 74321 61949 2 )
かつてのARKADIA盤(CDKAR215.3 )と同音源
シュトルツ(左)と ワルター・ベリー
シュトルツェオルロフスキー公爵ワルター・ベリー(右)のファルケ


 ウィーンの年末年始と言えば、今も昔も 大晦日の国立歌劇場における オペレッタ「こうもり」上演と 年始のウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサート
 このライヴが、戦後シュターツオパーが 再建成って最初のプレミエ公演だったという記念すべき晩の記録であるという事実を知れば、残された録音に聴ける その相当な熱気と盛り上がりにも、うん、なるほど と頷(うなづ)けます。
 第2幕の仮面舞踏会の場では、当時ウィーンで人気の高かったエーリヒ・クンツ Erich Kunz が お得意のレパートリー「フィアッカー・リート(ウィーンの辻馬車の唄)」で 馭者の口笛を高らかに披露して聴衆を沸かせていますし、オルロフスキー公爵が招いたゲスト歌手という設定で イタリア・オペラの大物歌手ジュゼッペ・ディ・ステファーノ Giuseppe Di Stefano(1921–2008)まで登場、満場の拍手に迎えられて「オー、ソレ・ミオ」ばかりか、レハールのオペレッタ「微笑みの国」から 名曲「君はわが心のすべて」までも あの全開の発声で歌い出し、物凄い喝采を受けています。
Erich Kunz (1960) Giuseppe Di Stefano(1921#8211;2008)
(左)エーリヒ・クンツ、(右)ジュゼッペ・ディ・ステファーノ 
 普段のオペラ上演であれば おそらく静かに取り澄まして聴いている筈の観客席も この夜に限っては 平気で爆笑を炸裂させ、それはまるで寄席のような反応です。うーん、ホント楽しい。

魅力的な脇役 オルロフスキー公爵を演じた名歌手たち
 さて、ヨハン・シュトラウス二世が作曲した傑作「こうもり」における魅力的な脇役たち、その筆頭に挙げられる人物が 第2幕の舞踏会の主催者でもある“ロシアの貴族”オルロフスキー公爵でしょう。
たいへん若くて大金持ちで、そして途方もなく退屈している貴族」という退廃的な人物設定。上演される場合は、ちょうど「フィガロ」のケルビーノとか 「ばらの騎士」のオクタヴィアンのような、いわゆる「ズボン役」= 男装の女声を充てることも多く、ブリギッテ・ファスベンダー Brigitte Fassbaender などがその代表的なイメージでしょう。
Brigitte Fassbaender オルロフスキーを演じるブリギッテ・ファスベンダー
(左)ブリギッテ・ファスベンダー、(右)オルロフスキーを演じる男装のファスベンダー
(DVD‐ORF/ グシュルバウアー指揮 = シェンク演出)
より

 しかし、ユニークな歌手の起用もかなり自由に許されており、過去この役には 実に多くの興味深いキャスティングが組まれてきました。
 思いつくままに挙げてみますと・・・
 私にとっては 正直ミス・キャストだったと思いたい(・・・個人的感想、スミマセン)異様なファルセットを聴かせる イヴァン・レブロフ (D.G.クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団)盤
クライバー盤「こうもり」(D.G.) Ivan Rebroff(CBS )
(左 )クライバー盤のジャケット、(右 )問題のイヴァン・レブロフ

 往年のメトロポリタン歌劇場の女王 リーゼ・スティーヴンス(RCA ダノン指揮 /メトロポリタン歌劇場)が クープレ「お客を招くのが僕の趣味 」を歌う - という たいへんめずらしい音源。私の所有ディスクは 残念ながら抜粋盤ですが、これ 全曲盤って存在するんでしょうか? 現代の私たちの耳には 特別 大時代的な、のどを必要以上に震わせる スティーヴンス の歌唱法は、その声があまりにも揺れ過ぎ、さすがに古くさく聴こえてしまいます。ちなみに ジャケット写真(左 )は ロザリンデを演じるアンナ・モッフォですが、ダノン盤は なんと英語歌唱という、この点でも 違和感たっぷりな オモシロさ。 
英語版「こうもり」抜粋(RCA) 若き日のリーゼ・スティーヴンス Rise Stevens(Sony )
(左)ダノン指揮 メトロポリタン歌劇場抜粋(RCA)盤のジャケット、(右)若き日の リーゼ・スティーヴンス

 それから 往年の名ジークフリートヴォルフガング・ヴィントガッセンの コレが意外なラスト・レコーディング(Decca ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)盤だったそうな・・・。
 映像もあります。なかなか凄いキャラクターを演じています。そのDVDで観ると、第2幕冒頭から不機嫌なしかめ面で登場、「わしは退屈で、笑ったことがないよ」と嘆いているのに、ファルケが企画したアイゼンシュタインへの仕返しのドタバタを見せられているうちにすっかりご満悦になり(第2幕の)フィナーレでは満面に幸せな笑顔になります。
 稀代のヘルデン・テノールは この映像から2年後に惜しくも急死してしまいますから、私にとっては ヴィジュアルのヴィントガッセンといえば、この「こうもり」第2幕幕切れの 晴れやかな笑顔の印象が ずっと残っています。
ベーム「こうもり」Decca盤 オルロフスキー公爵を演じるヴィントガッセン(1972年)
(左)ベーム「こうもり 」Decca盤のジャケット、(右)オルロフスキーを演じるヴィントガッセン(!)

 実は S.P.盤の収集オタク・・・というカウンター・テナーのヨッヘン・コヴァルスキ (リチャード・ボニング指揮/コヴェントガーデン王立歌劇場、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテインメント DVD)盤には、名歌手ジョーン・サザーランド ルチアーノ・パヴァロッティという豪華ゲストがガラ・パフォーマンスに登場します。
ボニング指揮「こうもり 」コヴェントガーデン王立歌劇場 (ジェネオン ユニバーサル エンターテインメント ) Jochen Kowalski ヨッヘン・コヴァルスキ Operetten Gala (Capriccio 10-835 )
(左から )ボニング/コヴェントガーデン歌劇場 DVDの表紙、オルロフスキーを演じるコヴァルスキオルロフキークープレが聴ける「コヴァルスキ、オペレッタ(女声 ! )名唱集 」(ミュンヘン放送管弦楽団、Capriccio盤 )

 また 正規録音は無いようですが、ニコラウス・アーノンクールボーイ・ソプラノの少年(!)をオルロフスキー役に起用した、という公演についての記事も どこかで読んだ記憶はあるのですが、出典が思い出せず、また実際にも聴いていないため、ここでは深追いしません。
 
 ・・・そういった 奇抜な歌手たちの顔ぶれに唸っている暇もなく、カラヤン/ウィーン国立歌劇場での上演で オルロフスキー公爵役に起用されていた歌手が、何と 私の偏愛するゲアハルト・シュトルツェで、しかも録音も残されている、という情報を 初めて知った時には、興奮のあまり 無茶苦茶に自分の膝を叩いたものです、嬉しかったなあ。
Herbert von Karajan シュトルツェを起用、ありがとう カラヤンさん
 
 ニューイヤー・イヴの「こうもり 」プレミエ公演オルロフスキー役にシュトルツェを起用するという秀逸なアイデア、一体誰の思いつきだったんでしょうか? それは、やはりカラヤンしかいなかったでしょう。歌手のキャスティングについては、芸術監督が一手に掌握していた筈ですからね。
 ( 但し、年明け1月以降の上演では、マレイ・ディッキーというキャラクター系 テノール歌手とのダブル・キャストになっています。「正月休みぐらい与えておかないと、さすがに働き詰めではシュトルツェも倒れてしまう 」などと考えたのでしょうか? 実際 この後 本当に倒れるのですが、それは また次回の話・・・ )

 それにしても、舞台上では他の誰よりもセリフ回しが板についているシュトルツェの演技は、若きドレスデン時代にはコメディ役者だったという、その異色の経歴にも納得させられるほどの巧さです。
 シュトルツェオルロフスキー公爵が自己紹介しながら アイゼンシュタインに歌って聞かせる愉快なクープレ「お客を招くのが僕の趣味 」も個性的で、「僕の屋敷で退屈そうな顔してる人は、外へつまみ出しちゃうからね 」などと楽しそうに歌ってはいるものの、それが あのシュトルツェの あの声でですから・・・ 
 もし アイゼンシュタインを演じるエバーハルト・ヴェヒターが、何か粗相しようものなら、その瞬間 表情も笑顔のオルロフスキーから 狂気のヘロデ王へと変貌、ヒステリックな声で「つまみだせい、この者を!」などと本当に言われそうです。もしアイゼンシュタインの前世が、ヘロデ宮殿に招待されたヨカナーンだったとしたら・・・? 間違いなく その首は 胴体を離れて 銀のお盆に乗せられたことと思います。 あ、脱線は この辺にしてと。

シュトルツェが演じる オルロフスキー公爵 の聴きどころ 
 もとい。
 そして アイゼンシュタインが、女優に化けた家政婦アデーレの変装を鋭く見破り、「コイツ、うちの家政婦だ 」と 「正しく 」口走ったばかりに周囲から顰蹙(ひんしゅく )を買うという あの愉快なシーン、普段お屋敷では お掃除に お洗濯に お買い物にと、コキ使われている上、セクハラまで受けている ご主人のアイゼンシュタインを 舞踏会の満座の中で思いきり嘲笑して 日頃の溜飲を下げる使用人アデーレの小気味良い笑い声が その場でみるみるコロラトゥーラへと変貌してゆく、あの有名な「侯爵様、貴方のようなお方は 」が始まる直前のアンサンブル部分に、ご注目。
 シュトルツェが 必死に笑いを堪(こら)えながら 他の客人たちに招集をかけてしまうシーン、アイゼンシュタインのことを「何と滑稽な 」と白い目で見ながら、「それはアンギャラントungalant(淑女に失礼 )な 」の 打消の接頭語“ un(ウン ) ”を 力いっぱい迫り出すように彼が歌えば、客人たちも面白がってシュトルツェを真似しながら同じ位置にアクセントを置いて歌います、「それはアンギャラントな 」、「アンギャラントな 」、「アンギャラントな 」と 皆で繰り返すばかばかしさ、これが何とも言えず可笑(おか )しい、文章で書いても伝わらないもどかしさも秀逸です。
 
 また(第2幕の)フィナーレシュトルツェがシャンペンのコルクを抜いて歌い出す急速なポルカ「酒の炎は奔流の中へ」も、他では決して聴けない白熱した面白さです。大晦日のワインやシャンペンの酔いが 歌手たちにも十分回っていたのでしょう、合唱や歌手のリズムがオーケストラ・ピットとズレまくるのを シュトルツェ唯ひとり、余裕しゃくしゃくで手拍子を打ちながら周囲に正しいテンポを教えています。リタ・シュトライヒイーダ役のエルフリーデ・オットと一緒に イヒー、イヒーと可愛らしい奇声を上げながらバタバタと走り回る音まで聴こえてくるなど、舞台上の盛り上がりも手に取るように伝わってきます。
 中でも、このポルカリフレイン部分 Es lebe Champagner der Erste !( 「酒の王者、シャンペンに乾杯!」 ) の、合唱の旋律線から三度上を突き抜けて駆け昇りゆくオルロフスキー公爵の朗々と響く凄い声は、楽譜にも指定は無く、 おそらくシュトルツェ即興的な思いつきで歌われたものではないでしょうか、この「ソロ」は 強烈に耳に残ります。

■ Jeeeetzt !
 そして第3幕大詰めアイゼンシュタインが入所することになった刑務所に舞踏会の登場人物たちが押しかけてきて 主人公に「ドッキリ」の種明かしをするシーン。
 女優志望のアデーレに「私が後見人となって育てましょう」と提案する刑務所長フランクの厚意に、実は 自分こそが彼女のパトロンに相応(ふさわ)しい と内心では考えているオルロフスキー公爵が、オリジナル台本ではフランク所長の提案を 「“ Nein ”いいえ 」と 打ち消すところ、 シュトルツェ演じるオルロフスキーは、否定の言葉ではなく、代わりに「“ Jeeeetzt ! ”という(文脈上、この“ Jetzt ”は 日本語の「しばらく 」「ちょっと待った 」に近い感覚でしょうか? ) - 些細なことかもしれませんが、この“ Nein ”を“ Jetzt ”にするだけで、クンツ演じるフランク所長も 舞台上で面目を潰されることがありませんから 観ていて 後味も良く、これは意外にスマートな解決方法だと感じます。舞台経験も豊富なシュトルツェのアイデアだったかも(?)知れません。柔らかいニュアンスを持った言葉をクッションに置き、その上でクープレ「お客を招くのが僕の趣味」のフレーズを引用、「誰でも好きなように振舞うのが、僕の国のルールなんだ」を 繰り返し、これで 首尾一貫 見事に締め括るのです。これに フランク所長クンツも快く納得したように “ Ja ~ ” と明るく賛同、その裏で 誰かが 絶妙のタイミングで シャンペンを開けています。 って、おい オマエら まだ飲もうってのか? それも こんな朝から ?! 録音マイクが コルク栓の抜かれる音を しっかりと拾っているところなんかも どうかお聴き逃しなく! 
 
 これらすべてが、一度聴いたら忘れられない、実に 素晴らしくも楽しい一夜なのです。

次回 名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
(17)活動拠点をウィーンへ移す に続く・・・
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コメント

のり2さま

とても嬉しいコメント、ありがとうございます。
それで のり2さまの 新年最初のブログを拝見したら、
http://plaza.rakuten.co.jp/noclasica/diary/201101010000/
有言実行、本当に 「こうもり(ベームDVD) 」を ご覧になられたんですね!

あ、「サンタクロース物語 」http://scherzo111.blog122.fc2.com/archives.html#all9 にも ご感想を頂けて、心より感謝です。
あのストーリーを思いついたのは 私がまだミッション・スクールに在籍していた高校時代のことでした。ずーっと大事に温め続け、 昨年の12月、一気に書き下ろしました。意外に反響が良くて喜んでます。
これには 自己満足の「あとがき」も 近々 勝手に予定してます。
また この次は モーツァルトのストーリーも計画してますので、今年もよろしくお願いいたします。
ブログの先輩 のり2さまに 元気を頂けました、頑張ります!

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

Good afternoon!

こんにちは!
ゲルハルト・シュトルツェの記事興味深く読ませていただいています。
2011年の聴き初めは「こうもり」にしようかな、(笑)
サンタクロース物語も大いに感動しました。
来年も楽しみにしています。
お二人ともどうぞ良い新年をお迎えください。♪

URL | のり2 ID:-

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