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「サンタクロース物語」(15)

Armin Jordan(EMI) クリスマスの音楽_サンタ_スヌーピー

↑ 今日の一枚
▽ ハイドン「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」
オリジナル室内管弦楽(1786年)版

序奏(イントロダクション)、Ⅰ「父よ、彼らをお許しください。彼らは自分が何をしているか知らないのです 」、Ⅱ「あなたは今日、私と一緒に楽園にいるであろう 」、Ⅲ「女よ、御覧なさい。これはあなたの子です 」、Ⅳ「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか 」、Ⅴ「のどが渇いた」、Ⅵ「成し遂げられました 」、Ⅶ「父よ、わたしの魂を御手にゆだねます 」、「地震」
アルミン・ジョルダン 指揮 Armin Jordan
アンサンブル・オルケストラル・デ・パリ Ensemble Orchestral de Paris
録音:1992年10月27~29日 パリ
海外盤 Virgin Classics 0946 391333.2.1 
 

 キリスト・イエスについて想いを馳せる意味でも 敢えてクリスマスの25日に 聴く価値のある一枚ではないでしょうか。
 ジョルダンの 雄弁にして表情豊かな、芯も強靱で力強く鳴らす音響は 一瞬たりとも緩むところのない名演です。
 1785年頃、ハイドンが スペイン南部の町カディスサンタ・ロザリオ教会の司祭ホセ・サルス・デ・サンタマリア から キリスト受難の聖金曜日の礼拝のための音楽として依頼され、翌年にほぼ完成させた傑作です。最後の「地震」の速度だけがプレストであることを除けば、すべての曲がアダージョ、ラルゴ、グラーヴェ、レントという緩やかな速度を依頼主から指定されるという 困難な課題を克服した作品でもあります。
 完成の翌年に初演が行われた1787年にハイドン自身が弦楽四重奏用に編曲、出版社サイドでは 同年ピアノ独奏版にも編曲しています。また 1796年にはドイツのヨゼフ・フリーベルトという教会作曲家がこれに合唱をつけたオラトリオ版編曲を行ない、さらにこれに手を加える形で ハイドン自身が編曲したオラトリオ版が同年ウィーンで初演されています。さまざまな編曲版の多さによって、初演当時から この曲に与えられていた世間の評価の高さが しのばれます。

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「サンタクロース物語」
(15) ゴルゴダ


 それから 事態は予想外の展開を迎えました。
 処刑を覚悟しながら総督の法廷へ連行されていったはずのイヴリーの息子イエス・バラバが、それから二時間もしないうちに、両手のいましめを解かれ 満面の笑みをたたえながら、父イヴリーやニコラウス、同志の政治犯たちが収監されている牢獄の前に立っているのです。イヴリーが真っ先に気づいて 近寄って声をかけます。
「息子よ、一体どうした。お、お前は本物か、足はついているんだろうな 」
「安心しろよ 親父、本物だよ。聞いてくれ、奇跡が起きたよ。ほら 過越しの祭りの特赦があるだろう、祭りの日に罪人をひとり許すという・・・。さっきは それで呼び出されたんだ。広場に集まったみんなが オレのことを許せ と声を上げてくれたんだよ。だから放免されたんだ 」
仲間たちは 一瞬信じ難いという顔をしました。あまりの突然のことに ニコラウスは 父イヴリーでさえ 固まってしまっているのに気づきました。そんな牢内の様子を見ながら、バラバは話を続けました。
「総督ピラトの奴は、本当は“もう一人のイエス”を解放したかったらしいんだけど、たぶん政治的な力関係で めずらしくユダヤの神殿と自治組織側の意向が勝ったんだ。それでピラトの奴、結局メンツ丸つぶれでさ、腹立ちまぎれにオレに言ったのさ『バラバ、お前は自由だ。いや、お前ひとりの命だけでは あの義人には釣り合わぬ、ついでにお前の仲間も全員解放してやろう。とっととどこへでも行ってしまえ 』ってね。親父もニコラウスさんも一緒だよ、さあ出よう。もうみんな自由なんだから 」
次の瞬間、牢の中は 歓声で沸き返りました。

 バラバの父イヴリーとともに、30年ぶりに 遂にいましめを解かれたニコラウスの心の中は、しかし複雑でした。 彼はバプテスマのヨハネが最期に残した予言の言葉を 今 思い出していたのです。
 ・・・お二人とも 救い主キリスト・イエスのお力で、間違いなく 牢獄から安全に出してもらえますよ - 。
「 “キリスト・イエスのお力で ” ・・・ でも、そのキリスト・イエス本人は 今 代わりに処刑場へ向かわれているという事なのだろうか? ということは、われわれは - いや、少なくとも自分は、キリストが身代わりになってくださったおかげで - その尊い お命と引き換えに - おのれの自由を得て 命拾いしたことになるのではないか 」

 監獄の看守を務めるローマ兵らは さかんに首を振りながら 牢の鍵を開け、
「こんな話、聞いた事がないぞ 」
と呟きました。監獄内では手続きらしいことなどは何もなく ただ総督ピラトの権威ある言葉ひとつだけで 自由の屋外へと向かって通路を走り抜けてゆくニコラウス、イヴリー、バラバ、そしてバラバの同志10人の 合計13人に対し、通路両側の牢に幽閉されている他の囚人たちからは 羨望と祝福が9:1割合のブーイングが降って来ました。

 神殿広場の人混みの中、ニコラウスは イヴリー親子と解放戦線の志士たちに別れを告げました。
「本当に長く世話になったな。オレは息子イエスと その仲間たちと一緒に、ローマからユダヤを解放するゼロテ党に合流するつもりだ。ニコラウスさんも元気でな、恩義は一生忘れねえよ。またいつか会おうぜ 」
と、今や 深いしわが額に刻まれたイヴリーが最後に言いました。バラバも、
「ホント、父がお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。恩義があるとしたらお互いさまですよ。エリサベトさんに どうかよろしくね 」
と、手を振る 老ニコラウスの顔も 今や 豊かな白いひげに覆われていました。

 それから老ニコラウスは城外を出ると、それはまったく知らない道であるはずなのに、まるで誰かに呼ばれていたかのように、迷うことなく 真っ直ぐゴルゴダの丘へと向かって急斜面を駆け登りました。
 もはや当初用意していた贈り物はずっと前に失くしてしまいましたが、彼は キリストに一言そのお詫びの言葉を申し上げなければ、そもそも依頼主だった東方の三博士に対しても 気がすまない想いがありました。
 すでに時は 正午を過ぎています。
 30年間ずっと会いたくて会えなかった あのお方が 今 この埃だらけの道の果てに 自分を待っておられる、という確信がニコラウスにはありました。
 しかし若い頃には頑健だった身体も 今はすっかり老いてしまい、登坂の勾配はきつく感じ、急速に息が切れるので しばしば路傍の石に腰を下ろして休まなければなりませんでした。
 そして遂に 彼はゴルゴダの乾いた丘の上に聳え立つ逆光の十字架上に、これまでずっと探し求め続けていた あのお方が、両腕 両足を釘に打たれ、血にまみれていらっしゃる姿を認めなければなりませんでした。
思わず駆け寄ったものの、言葉は 声になりませんでした。
「ああ、イエスさま 30年以上も経って、やっとお目にかかれたというのに、なぜ このようなお姿に - 」
 筆舌に尽くしがたい受難の辛苦の中、キリストは 足元で自分を見上げている泣きはらした顔の老人にお気づきになられたのか、血で固まってしまった睫毛をゆっくりとお開きになりました。それは やっと薄目でしたが、たしかにニコラウスをご覧になりました。そして 口元を少し開かれて 何かおっしゃったようでしたが、その言葉もまた 声にはなりませんでした。
 けれど ニコラウスには キリストが たしかに「・・・よく間に合ったね 」と 自分を労(ねぎら)ってくださったことが 即座に解りました。ああ そうだ、御子さまは 私が来るのを ここに こうして ずっと待っていてくださったんだ、さぞ おつらかったことであろう・・・、そう思うと ニコラウスの老いた喉の奥からは 声にもならぬ か細い叫び声が 長く発せられました。それを叫んでいるのが自分自身だったことに気づいた 次の瞬間、彼はキリスト・イエスの血が流れ落ちる十字架を深く埋め込んだ大地を 両手で抱えるような姿勢のまま ゆっくりと崩れるように倒れました。

次回 ( 最終回 )聖ニコラウスの新しいお仕事 に続く・・・

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文章:“ スケルツォ倶楽部 ”発起人
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