本記事は 12月 7日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部 
クリスマスの音楽    もくじ はこちら 
 
「サンタクロース物語」(6)
 
 ベルリオーズ「キリストの幼時」クリスマスの音楽_サンタ_スヌーピー
 ↑ 今宵の一枚
▽ ベルリオーズ:宗教的三部作「キリストの幼時 」(RCA)
シャルル・ミュンシュ指揮/ボストン交響楽団、ニュー・イングランド音楽院合唱団
チェーザレ・ヴァレッティ(語り)、フローレンス・コプレフ(マリア)、ジェラール・スゼー(ヨセフ)、ジョルジュ・トッツィ(ヘロデ王) ほか

 
 意図的に 批評家を騙すため 「17世紀パリのサント・シャペル聖歌隊長ピエール・デュクレ」なる全く架空の作曲家(笑)の作品として、ベルリオーズが 全曲完成に先立って 単独で公開発表した第2部合唱曲「聖家族と羊飼いたちの別れ」に注目です。羊の鳴き声を模した可愛らしい前奏に続いて、素朴で単純な旋律ながら 一ヶ所だけ不思議な転調をする魅力的な個所があり、その場所が聴きたくて ついつい何度もCDをリピートさせてしまいます。
 しかし作曲者自身の手になる脚本の一部には 首を傾げたくなるような個所も。それは 第1部ヘロデの夢」。王位を赤子に奪われるという悪夢にうなされる狂気のヘロデ王によって召集されたユダヤの預言者たちが 自国民の幼児虐殺をに進言する(!)という、どう考えても あり得ないストーリー展開、聖書の記述にも無い そんな必然性の欠如に 唖然とします。
 短い 第2部は全曲が、美しい 第3部は後半が、いずれも素晴らしく 天使の警告によって ベツレヘムから危機を脱した 幼児キリスト母マリア、その夫ヨセフ聖家族 が 無事にエジプトへ避難する、その逃避行の過程を叙情的に描きます。
録音:1956年12月23、24日 ボストン、シンフォニー・ホール
RCA = BMGジャパン(BVCC-38439~40)


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「サンタクロース物語」
(6)ヘロデ王

 
 ヘロデ王は 激怒していました。
 七日前の午後、東の国から 裕福そうな身なりの占星術師三人が 突然 宮殿に立ち寄るやいなや「この国を治めることになる 神の御子の出生をお祝いに参りました 」などと 寝耳に水のようなことを言うので、そんな話は知らないぞ、と王は返事をしたのです。すると彼らは無邪気に、今宵 御子がお生まれになる場所が ベツレヘムのどこであっても 自分たちはつきとめる技術を持っています などと言うので、ヘロデ王も「それでは 御子に無事会えたら、どこにいらっしゃったか ぜひ知らせてほしい。余も 挨拶に行きたいから 」と鎌をかけてみると、彼らは やすやすとひっかかり「帰路、必ず立ち寄ります」と約束の言葉を残し宮殿を退出したのでした。
 しかし、翌日になっても そのまた翌日になっても、学者たちはヘロデのところへは現われず、今日で もう七日も経とうとしています。
「あの異邦人どもは 非礼にも約束を忘れたようだ、余を軽んじた罪は重いぞ。それ以上に、余の代わりに王国を支配する者の誕生など 想像することも出来ぬわ 」
 
 この当時 ユダヤの国の統治者が このヘロデ王でしたが、王は決して他人を信じることが出来ず、猜疑心ばかり強い頑迷な老人でした。けれど それには複雑な理由もありました。
 ヘロデ王は、当時ユダヤの国を軍事制圧していた 強大なローマ帝国の支配を認める立場にありました。帝国は、その見返りとして 彼にユダヤ王としての権限を与えていたのです。
 ヘロデ王は、圧政に苦しむ自国民の激しい反発を 力づくで抑えるために ローマ軍隊の力を借りているほどでしたから、ユダヤ教の自治組織 最高法院をはじめとする 国民のすべてから憎まれ、同時に恐れられてもいました。そしてヘロデ王もまた 反逆や謀反などの可能性に対しては、異常なまでに神経質だったのです。
 ヘロデ自身に代わって「この国を治めることになる 神の御子」誕生などという情報を聞かせてしまったら、この残酷な王が選ぶ手段は もはや一つしかありません。彼は 東方三博士から「御子」の住む場所を聞き出したら、「挨拶に」どころか 即刻 捕まえに向かわせるつもりだったのです。

「もう待ってはおれん 」
王は、自分の言いなりになる 忠実な近衛隊長ロンギヌスを呼びました。ヘロデ王が直轄する王宮守備の近衛小隊は ローマ兵が半分、ユダヤ兵が半分の混合部隊で、特にローマ兵は たとえどんなに残虐なことであっても 王の命令なら顔色一つ変えず 完璧に遂行する訓練を帝国で受けてきていました。
 彼らは、ヘロデ王自身の求めによって その妻だった王妃ばかりか、つい2ヶ月前も ヘロデが血を分けた実の息子 ‐ それは かつて王が 後継者に指名するほど可愛がっていた王子まで - をも 謀反の疑惑から 処刑してしまったほどでした。しかし、今回ほど酷い命令は 過去一度もなかったのではないでしょうか。
 その命令とは、「ベツレヘムおよび周辺の 2歳以下の男子を すべてその場で 速やかに処刑すること」というものでした。

・・・次回 (7)もうひとつの「ベツレヘムの夜」 に続く

    キリスト時代のパレスチナ地図
  キリストの時代のパレスチナ ( 国際ギデオン協会の 新約聖書に掲載 )

文章:“ スケルツォ倶楽部 ”発起人

 ↓ 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)