スケルツォ倶楽部
架空のシューベルティアーデ
シューベルティアーデ  目次は こちら


(8)最終回 「冬の旅 」D.911 ~ エピローグ「音楽に寄せて

 ・・・いよいよ 今宵のシューベルティアーデも 大詰めです。
 最後のプログラムは、シューベルトの熱心な支持者にして 年上の友人、ウィーンで 最も有名な歌手ミヒャエル・フォーグルが歌う 歌曲集「冬の旅」です。
 予定では 作曲者のシューベルト自身が ピアノ伴奏を務めるはずだったのですが、ああ、とうとう間に合わない雲行きです。一体どうなるのでしょう。
 今宵 ソロに伴奏にと 大活躍しているヨーゼフ・フォン・ガヒーに シュパウンが楽譜を見せて、 「どうだ、弾けるか」と訊いています。これに応え、「任せてください」と言わんばかりに ピアニストが自分の胸を叩いているのが見えました、大丈夫なようです。 よかった・・・ 安堵のため息が 若い主催者グループを中心に広がりました。
 シューベルティアーデのサロンは、大物フォーグルの出演も手伝って、満員御礼の状態です。


 当スケルツォ倶楽部では、基本的に CDRなどの非正規盤の 紹介は しないつもりでおりましたが、この一枚だけは 別格です。いえ、本当は 私だって イエロー・レーベルで買って聴きたかったのですよ、ちゃんと発売されていれば。しかし、これほど優れた内容の音源を 市場に出そうという 当たり前の努力さえ 怠っている としか思えぬ、大手レーベルの 消極的な態度に、私は 一人の音楽愛好家、一人のリスナーとして、誠に僭越ですが 抗議の意味を込め、この埋もれた貴重な音源の価値を認めた 発売元の勇断に対し、大きな拍手を送りたい と思うのです。

ディースカウ‐ポリーニ1978ザルツブルク・ライヴ「冬の旅」(非正規盤FKM) マウリツィオ・ポリーニ(ポリグラム資料) D.F=D - コピー
シューベルト 歌曲集「冬の旅 」
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン )
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ )
録音:1978年8月23日ザルツブルク音楽祭ライヴ
音源:非正規盤FKM(FMKCDR-1012 )
 
 私“ スケルツォ倶楽部発起人が、クラシック音楽に夢中になっていた中学生の頃の思い出話におつきあいください。当時 ウィーク・デイの夜8時から NHK-FMでは 藁科雅美氏などの案内で 海外コンサートの実況録音が、ほぼ毎晩 放送されていました。特にオーストリア放送協会提供のライヴは メジャーなアーティストによるレコードとは「一味違う演奏を聴ける」ので(・・・とは言っても、経済的に苦しい学生時代のこと、たとえ聴きたいレコードがあったとしても1枚2,400~2,800円もしたメジャーレーベルの新譜を購入して聴くなどという贅沢は 簡単には許されるわけもなく、当然 ライヴをレコードの演奏と比較することなど 殆んど出来なかったのが現実でしたが・・・)、この放送を 本心から楽しみにしていたものです。
 このF=ディースカウポリーニザルツブルク音楽祭での共演「冬の旅」ライヴは、当時そこそこ話題になり、たしか一般紙にさえ放送の紹介記事が載っていたような記憶があります。 ・・・しかし、学校で試験でもあったのか、バスケットボールの練習が長引いて帰宅が遅くなったのか、これを聴いた という記憶は 無いのです。覚えているのは、この歴史的なリサイタルを聴けなかったことを 後で 猛烈に悔やんだということだけでした。
 それから30年近く経ち、この時の記憶もすっかり忘却の彼方にあった頃、ふと立ち寄った秋葉原の海賊盤コーナーに、このCDが 私を待っていたのでした。
 忘れてしまうほど長い時間 こちらも待たされた挙句、初めて聴くことが出来た この演奏は、過剰な期待を裏切らぬ名演でした。強いてその印象を比較すれば、ダニエル・バレンボイムとのスタジオ録音(D.G.)盤に近いインタープレイと言えるように思いますが、さらに即興性溢れる昂りは激しく、荒削りなれど超一流の才能を有する偉大な二人が しかも生涯のピークにあるとさえ言い得るこの時期、極めて高いレヴェルでぶつかり合う その火花を間近で浴びるような凄演です。1978年 絶好調のマウリツィオ・ポリーニのピアノで 「菩提樹」が聴けるとは! 音符の一つ一つは きらきら輝く大粒の真珠が降ってくるようです、また 感情の爆発する個所では まさしく鋼のような打鍵が ガンと打ち込まれます。
 感情の爆発といえば、「かえりみ」「春の夢」におけるF=ディースカウの歌唱は、まるで本来のコースから逸脱したかのような表情を記録しています。いえ、F=Dのことです、きっと制御された上での “計算された狂気”“意図された暴発”だ、とは思うものの、あまりにも巧すぎます。
 そして「最後の希望」、北風の吹き荒ぶ中で 放心したように冬空を仰ぐ 主人公の劇的な有様は、遂に その精神もコントロールを失って 寒空の彼方遠く ちぎれ飛んでしまったかの如く 私には聴こえます、凄すぎる! 「あらしの朝」冒頭ピアノの音は 録音ミスによって一瞬欠落しています。 くそ 惜しい!(・・・あ、失礼) あー、彼らの演奏は この時「確かに存在した」というのに!  いつか 正規音源で発売される日を、それでも 私は 死ぬまであきらめずに 待ち続ける決意です。

NEWS ⇒ 2013年 9月30日、オルフェオより 正規音源がリリースされることが決まりました( ! )。

 ・・・ 「ライアー回し(辻音楽師 )」の 斬新なる完全5度による最後の和音が 静かに鳴り終わり、圧倒的な感動の末に訪れた長い沈黙の後、やがて嵐のような拍手がサロンを埋めました。
招待客や、フォーグルだけを目当てに来た聴衆の中には シューベルトの名前さえ知らない人も 少なからずいて、周囲のシューベルティアーデの常連をつかまえては、この若い作曲家が何者なのか 尋ねていました。
どの楽曲も 何というレベルの高さだろう、感動した。」
フランツ・シューベルトという人は、まだ30歳そこそこだというが、これほどの才能が今後 まだ どれほど開花するか、まったく楽しみだね。」
この夜のシューベルティアーデのサロンには、対位法の大家として有名な音楽理論家シモン・ゼヒター師の姿もありました。ゼヒター師は 周囲の人々に自慢げに、吹聴しています。
ふふん、実はね、まさに明日から 私は シューベルト君に 自宅で フーガの技法についての 個人レッスンを授ける予定にしているんですよ。シューベルト君自身から 弟子入りの相談を受けたんです。いや、彼は 本当に謙虚な青年ですね。いえいえ、私が指導する以上、必ずや“ 第2のバッハ ”に 育て上げてみせますよ
あちこちから 感心するような 溜息が上がります。
また シュパウンも、ここぞ とばかりに シューベルトを売り込んでいます。
フランツ・シューベルトは、交響曲やオペラ、ジングシュピールも手がけています。でも、まだ 一般に演奏・上演される機会は 殆ど無いのです。
これには聴衆も声を上げました。
それはもったいない。ぜひ聴いてみたいものだ!
「冬の旅」を歌い終わったフォーグルは、額の汗を拭きながら 感慨深げに 顔見知りのゼヒター師に話しかけました。
我々は 昨年 あの偉大なベートーヴェンを失ったが、全能の神は、ここにきちんと 後継者を控えさせていたというわけだな。かつてモーツァルトの死と入れ代わるように、あのベートーヴェンが ウィーンに現れた時のことを思い出すよ -

 ・・・ と、その時です。
 シューベルトの下宿先へフランツの様子を見に走っていたヒュッテンブレンナーの弟ヨーゼフが、全速力で駆け戻ってきました。
 彼は なぜか 顔面蒼白です。
 シュパウンは ヨーゼフに その顔色の理由を 尋ねました。
 すると、彼は一同に告げたのです、今宵 フランツ・シューベルトが サロンに来れなかった 本当の理由を・・・。 
 これを聞いた シュパウンは、親友の名前を 何度も叫びながら、深闇の戸外へと 飛び出して行ってしまいました。

■ エピローグ
 ・・・ 真夜中に、誰もいなくなったシューベルティアーデの会場となった 客間に置かれたピアノの蓋が 音もなく開き、そこから 美しい音楽が 静かに流れ出しました。
 それは、シューベルトが 生前 作曲した歌曲の旋律だったかもしれないのですが、この時間に ゾンライトナー家の内外には 誰ひとりおらず、果たして 本当に音楽が鳴ったのかさえ 確かめることは 出来ませんでした - 。


ジェラルド・ムーア フェアウェル・コンサート(EMI) Homage to Gerald Moore_EMIオリジナル盤LP デザイン
(左 )現国内盤(TOCE-14297 ) (右 )EMIオリジナル盤LP デザイン     

シューベルト 歌曲「音楽に寄せて 」D.547ピアノ独奏版
ジェラルド・ムーア( P.)Gerald Moore
録音:1967年2月 ロイヤル・フェスティバル・ホール(ムーアの引退フェアウェル・ライヴ )
EMI(TOCE-14297 )
 
 フィッシャー=ディースカウ自身が 自伝「追憶Nachklang( 實吉晴夫・田中栄一・五十嵐蕗子=共訳 メタモル出版 )」の中で、この演奏のときの思い出について 自分で触れている個所があります。殆ど歌曲の伴奏を専門としていたジェラルド・ムーアが、珍しくソロでステージに上がったのを見た というくだりです。
「・・・彼が舞台でソロ演奏するのを見たのは、シューベルトの『音楽に寄せて 』の編曲であった。ジェラルドが数年前にBBCの彼の放送シリーズでテーマ曲として選んだ作品であった。彼はそれをロイヤル・フェスティバル・ホールで彼のさよならコンサートの結びに、五万人にものぼる聴衆を前に演奏した。こうしてジェラルド・ムーアは聴衆に別れを告げたのである。エリーザベト・シュヴァルツコプフヴィクトリア・デ・ロサンヘルス そして私が この晩、歌で 彼のお供をしたのである。涙を流さない者は一人としていなかった。総立ちになって拍手の嵐が止むと、ジェラルドは 聴衆にまた腰を下ろすように言った『どうぞお座りください! 』と 」。
 最近 久しぶりに この国内盤が再発売されました。名盤だっただけに、たいへん嬉しいことです。ところで、そのジャケットは オリジナル・デザイン(写真右 : 三人の独唱歌手 - シュヴァルツコップフデ・ロサンヘルスF=D - とムーアが一緒に舞台に並んで立っているもの )ではなく、敢えて日本独自のデザインなのでしょうか、こちらは 聴衆のアンコールに応えて ステージに戻ってきた時の ムーア独りがぽつんと写っているスナップなのです(写真左 )。彼は、まさに この直後、ソロで この素晴らしい「An die Musik 音楽に寄せて」独奏版 を演奏するわけですから、有難いことに 当記事の内容には適している - と言えましょうか・・・。


「音楽に寄せて」  An die Musik

音楽よ、
現実の つらく 耐え難い時間を、
もうこれ以上 生き続けてゆくことに、
わたしが 絶望の気持ちさえ 感じてしまったとき、
幾度 あなたは わたしの心に 灯りをともし、
より良き別世界に 誘(いざな )ってくれたことでしょうか
あなたの 竪琴から 湧きだす 吐息によって、
あなたの 甘く清らかな楽の音によって、
わたしの頭上に 天国の景色が開けたことも しばしばです
音楽よ、
今 わたしは あなたに 心から感謝します!

原詩  フランツ・フォン・ショーバー
意訳  山田 誠


「架空のシューベルティアーデ」 おわり

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